俺はこの恋にかけていた。
3度目のデートで、なんとか夜の海へ、彼女を誘い出すことに成功したのだ。
彼女は、1ヶ月前、合コンで知り合った、俺より一つ年下の女の子。
合コンの女子の中では顔は地味だったけど、それを補って余るほどのナイスバディーだった。顔の綺麗なスレンダーな女の子より、地味でもおっぱいの大きな子に目が行くのは男の本能として仕方ないこと。熾烈な攻防の中、見事俺が彼女をGETしたのだ。
いきなりがっついたように欲望を丸出しにするわけにはいかない。最初はノーマルに食事に誘い、二回目は映画デート。いたく映画に感動した二人は会話もはずみ、俺はその勢いで彼女に言ってみたのだ。
「俺、今日の映画の中の海より綺麗な所知ってるんだ。」
「うそ!あれって外国でしょ?日本であれより綺麗な海があるなんて、在り得ない。」
「ところが、あるんだな。しかも、この近海。」
「えー?このへんって海、お世辞にもあまり綺麗だとは思わないよ?」
「夜じゃないと、見れないんだ、それ。すごくロマンチックだよ。今度どう?一緒に見に行く?」
「見たい!」
トントン拍子に、次のデートの予定が決まった。俺は心の中で小さくガッツポーズをした。なんとか、夜のデートにこぎつけた。海を見に行ったその後は。俺は横目で彼女の胸元をチラチラと見ながら、欲望を膨らませていたのだ。
当日、俺は清潔感の漂う服を着て、彼女を車で迎えに行った。下心を隠す、ささやかな俺のプライド。決して君をそういう目で見ているんじゃないんだ。俺は、君の全てが好きなんだよ、というアピール。でも、俺は今日きめるつもりだ。着る物で体の欲望を隠しても、バッグには欲望が詰め込まれている。俺はしっかりと、バッグの中にいろいろな物を用意した。いざというときに困らないよう、男のたしなみだ。
波止場の駐車できるスペースに車を止め、俺達は海岸に二人で歩いて行った。海岸が見えてくると、彼女が息を飲むのがわかった。
「わあ、きれーい。なにこれ~。」
彼女の目が大きく開かれ、一面に広がる幻想的な光景に見入っている。
「どう?綺麗だろ?」
俺はドヤ顔で彼女に微笑んだ。
このあたりは、この時期になると、夜光虫が見れるので有名なのだ。ロマンチックな光景を見た後は。俺の下半身の欲望はもうすでに膨らんでいた。
俺達はしばらく、その海岸沿いの石階段に腰掛け、話し込んでいた。さぁ、どうやってこの子をホテルに連れ込もうか。俺は話しながらも、そのことばかりを考えていた。
しばらく海面を見ていると、夜光虫の群れがあわただしく動いた。俺達は、そのあたりに目が吸い寄せられた。
「なんだろう。あのへんに大きな魚でもいるのかな。」
それにしては、少しあわただしすぎはしないか。狂ったように海の中で光が舞う。そして、徐々にそれは波打ち際まで移動して行き、波打ち際の夜光虫が大きく盛り上がってきたのだ。俺達は度肝を抜かれた。
その大きな夜光虫の塊は、通常では考えられないほど、海面から盛り上がった。
「きゃーーーーーっ!」
あまりの異様な大きさに驚き、彼女が俺にしがみついてきた。
その夜光虫は完璧な人型だった。嘘だろう?夜光虫が人間になるはずがない。きっと海に潜っていたダイバーが上がってきたのだろう。
「だ、大丈夫だよ。あれは人だよ。」
俺はそう言って彼女を安心させるため、肩を抱いた。
その、大きな夜光虫と同じ光を放つ人型の物は、手に大きな網を携えていた。ほらな、何か海の中で獲っていたんだよ。俺はほっとしたが、やはり違和感はぬぐえない。海からあがっているのに、夜光虫があんなに人にまとわりつくんだろうか。全身が光を放つなんてあり得るのだろうか。俺は勇気を持って、その人型に話しかけてみたのだ。
「こ、こんばんは。何を獲っていたんですか?」
極力フレンドリーに俺は話しかけた。
ところが、話しかけられた人型は無言だった。暗い所為か顔はのっぺらぼうのように見える。人型は海からあがってだいぶ時間が経つのに、一向に発光が衰えない。これは、もしや人ならざるものでは。俺がそう思っていると、彼女が俺の手を固く握るのがわかった。俺が彼女の方を向くと、
「あ、網の中・・・。」
と彼女が呟き、ガタガタと震えだした。
言われて、初めて俺は網の中の物を見た。
俺は思わず、ひぃっと息を飲み、声が出なくなった。
網の中にも、青く発光する人型が横たわっていたのだ。
その青く発光する人型は、その人型の入った網をずるずると引きずりながら無言で岩場のほうへ歩いて行く。
俺は彼女の手を引き、慌てて車に戻った。一刻も早くこの場所を離れたかった。
「な、な、何あれ?怖い、怖いよー。」
彼女はパニックになって、車の中で泣いた。もう下心どころではない。俺は泣く彼女を、一生懸命あらゆる可能性を並べ立てて安心させることに終始した。
結局その日は、そのまま彼女を自宅まで送り、俺は何もしないまま帰宅した。俺もすっかり恐ろしくなって下心はどこかへ吹っ飛んでしまった。
いったいあれはなんなんだろう。人、なのか・・・?
網の中に入っていたのも。
その後、俺はなんとなく彼女とうまく行かず、なんとなく別れた。あの説明のできない出来事が二人の間になんらか影響したのかもしれない。俺はその後、二度と夜の海へ行くことはなかった。
数年後、俺は友人の誘いで、海水浴へ行くことになった。あの日以来、俺は海へと足が向かずにいたが、昼間の海水浴ということで、しぶしぶOKしたのだ。俺が難色を示したのは、あの海岸だったからだ。今でも目に焼きついて離れない。
「なぁなぁ、夜光虫ってさ。」
俺があの日のことを考えていると、唐突に友人の口から夜光虫という言葉が出たのでドキっとした。
「ん?なに?」
「夜光虫って海のプランクトンの群れだって、知ってた。」
「知ってるよ。常識だろ。」
それくらい小学生だって知ってるだろう。
この男はどこまで俺をバカにしているのだ。
俺がそんなことを考えているうちに、海辺の駐車場についた。
俺達は、レジャーシートとクーラーバッグ、パラソルを手に海岸へと歩いて行った。
「あっちゃー」
海が見えてくると、友人が荷物を海岸に落とし、頭に手を当てた。
海面は一面真っ赤だった。
「うっわ、くっせえ~。」
俺は鼻をつまんだ。
海面には赤潮が発生していた。
「嘘だろう?ここまできて。」
俺達は疲労感に襲われた。俺達が仕方なく引き上げようとすると、波打ち際が盛り上がってきて、海面から何かが飛び出してきた。俺達はあまりのことに、足が動かず、あっと叫んだまま固まった。
海面から出てきたのは、紛れもない人だった。だが、様子が違った。まるで真っ赤な全身タイツを頭からすっぽり被ったような。赤潮の色そのものだった。そして、その男の手は網を携えていた。
まさか!俺はデジャブに襲われた。恐る恐る網の中を見ると・・・。
やはり、同じ、真っ赤な人型のものが入っていた。それをずるずると引きずりながらこちらへ向かってくる。
「わあぁぁぁぁあ!」
俺達は叫びながら、荷物をそこへ放り出したまま、駐車場に向かって走った。
俺達は、砂のついた裸足の足のまま車に乗り込む。
「き、来たっ!」
友人がバックミラーを覗いて恐怖の表情で固まった。
友人は震える手で、キーを差し込もうとするがうまく行かない。
ずるずると網を引きずる音。俺は窓が開いているのに気付き慌てて窓を閉める。
「早く出せよ!」
俺は焦って友人に叫ぶ。
何度かエンジンが空回りする。
マジか!こんな時に!
「やべえ、バッテリーが弱ってるのかも。」
その間にも、赤い男はこちらへと向かってくる。
「はっ!早く!」
ついに、赤い男に追いつかれた!
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ドンッ!
車の窓に赤い男が張り付いた。
「ひぃっ!」
俺が叫ぶとともに、エンジンがブルルンとかかった。
ズルリと赤い男が滑って、後方で倒れた。
友人は裸足でぐんぐんとアクセルを加速し、海岸から離れて行った。
俺達は、帰ってからもどうしてもあれが何なのかを特定できずに、誰かの悪戯だということにして、自身の安定を図った。
友人はそれでよかったかもしれないが、俺は二回目だから。
あれがいったい何なのか。考えれば考えるほど不安になる。
俺はあれから二度と、海には行っていない。
作者よもつひらさか