その日、私は高校時代の同級生、Aに頼まれて彼女の家を訪ねていた。私にこんな頼みをするくらいなのだからAはよほど参っているのだろう。噂によると、Aは家の中の心霊現象らしきものに悩まされているらしい。まぁ、訳ありの恋愛を経て結婚の直後にそんな事があれば誰でもまいるかもしれない。
「で、どんなことがあったの?」
私はとりあえず聞いてみた。
「んー、始めは家の中の物が変な所に移動してたり……」
私はため息をついた。
「それは、思い違いだったりしない?」
「あんた私をいくつだと思っているの?私はまだそんな呆けるような年じゃない」
「そう……じゃぁ、他には?」
「消したはずの部屋の電気が勝手についてたりとか……」
再び私はため息をつく。
「それも……」
「思い違いじゃないったら!!」
今度は言い終わらないうちに釘を刺された。
「でもそれだけじゃ……」
「だから、始めはって言ったでしょ?」
「じゃぁ、後の聞かせて」
相手は真剣な顔になった。
「2週間ほど前……なんだけど、深夜にお風呂入って……髪を乾かしてたの、そしたら、こう……ドライヤを持ち換えるほんの一瞬に女の人が鏡に……写ったような気がしたの」
「しつこいようだけど、それってやっぱり」
「ええ、その時は見間違いのような気がしたんだけど……でも、その日だけじゃなかったの」
「というと?」
「旦那が居ない昼間とかが多いんだけど、廊下から部屋に入る瞬間に視界のぎりぎりを掠めたり、台所で洗い物してる時にステンレスに一瞬写ったり、しかも日を追うごとに段々とはっきりと見え始めてるんだよね……」
なるほど、つまりAは段々と波長が合って来てしまっているようだった。
「それに……」
相手は話をつづけた。
「それが見えるとなんでか解らないけど、ある種の感情が湧きあがるような感じがするの。なんて言っていいかわからないのだけど、恨みや妬みみたいな、とにかくあまりよくないネガティブな感情よ。自分でも不思議なんだけど……」
不安そうな顔をした相手を見つめながら私は口を開いた。
「気のせいよって言ってあげたいけど……話を聞く限り確かにこの家には何かいるのかもしれないね。私は確かに霊感が強い方だけど専門家というわけではない、だからあまりハッキリしたことも正確なことも言えないけど、一つだけ忠告すると……心を強く持つことね……そして絶対に諦めない事、強く思い続ければいつか相手に伝わる。
そう、心の中で強くその相手に対して『出ていけ!!ここは貴方のいるべきところじゃない』って念じるの、口に出して言ってみてもいいかもしれない、とにかく意思表示をしっかり相手にすることが大事、大変かもしれないけど……がんばってね」
「ごめんね、初対面の貴方にこんなこと相談しちゃって」
「いいのよ、とにかく諦めないで頑張って」
私はそう言うと寝室を出た。
1階に降りて、台所に行くとAはお茶を飲んで待っていた。
「どうだった?」
心配そうな顔でAは聞いてきた。
「うーん、やっぱ気のせいじゃないかな?別になんも感じなかったけどなぁ。」
私は笑顔で答えた。
「その割には出てくるのが遅かったじゃない」
Aは不審そうな顔をしている。
「ふふふ、新婚夫婦の寝室なんて滅多に見られもんじゃないから、じっくり拝見させてもらっちゃった」
予め用意しておいた台詞だ。
「ちょっとあんた、いやらしい顔になってるわよ」」
Aは安心したのか笑いながら怒った。
「まぁ、とにかくなにも感じなかったから平気だと思うよ」
「あんた昔から、霊感強いって言ってたもんね」
「まぁ、一寸だけだけどね」
それからしばらくして、私はAの家を出た。
高校時代からそうだったが、Aは美人で頭がよく、処世術に長けた所があり、世渡りも上手だった。
しかしその反面、本人の自覚しないところで他人を傷つけることがしばしばあり、味方を作るのは当然うまかったが、意図しないところで敵を作ることも多かった。
寝室で霊視した旦那の前妻と思われるあの女……きっと彼女も被害者の一人だろう。
なんせ、不倫の末の結婚だ。
式にも呼ばれなかった私に、その辺の事情を詳しく知る由もないが……いろいろあった筈だ。
結局のところ彼女がどういう経緯で死んで、今も地縛霊としてあの家で死んだ自覚もなしに生前の生活をしているのかわからない。
しかし、そんなこと私にはどうでもいいことだ。
私は、今出てきたばかりのAの家を振り返った。
自然と笑みがこぼれる。
そう、私もAが嫌いなのだ。
作者園長
既に亡き某サイトに投稿した話をブラッシュアップしたものです