「面白い手紙が届いたんだ。」
僕が読書をしていると、頭上から兄の声が降って来た。
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「手紙?」
今時古風な、と思いながら顔を上げる。
白い封筒をヒラヒラさせながら、兄は頷く。
「そう。昔の友人からね。」
そして、ストン、と僕の前に腰を下ろした。
「さて、此のまま原文を読んでも良いのだけど、如何せん其れは送り主のプライバシーに関する事になってしまうからね。私が適当に暈して話す事にしよう。」
兄がニヤリと口許を歪める。
ザワリ
一筋の風が、庭の外に広がる竹林を揺らして行った。
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兄の《面白い話》は、大抵は心霊柄みの話・・・つまり、怪談だ。
彼は其の手の話を集める事を趣味としていて、更に何の因果か、怪談の方も勝手に彼の元へと集まって来る。
どんな具合かと言うと・・・・・・・例えば、前にこんな事が有った。
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兄が馴染みの古本屋に立ち読みをしに行った時の事だ。
彼が立ち読みを終え、目ぼしい古本を購入し、さぁ帰ろうとカウンターを離れた瞬間。
突然そこそこ大きな地震が起こり、兄の頭に一冊の本が落ちて来た。
見てみると、ずっと探していた怪談物の古本だった。
買い取ろうと思い店主に聞いてみても、こんな本は置いていなかった筈との事。
彼は無料で其の本を手に入れた。
其れだけならば単なる運の良い話なのだが、其の日は地震等無かったのだと言う。
・・・・・・まぁ、真偽の程は不明だが。
兎にも角にも、兄が沢山の怪談をしっている、此の事は紛う事無き事実である。
・・・・・・少し無駄話が過ぎた様だ。
本編に・・・兄の話に戻ろう。
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先ずは、此の手紙の差出人を事を話そうか。
彼は・・・そうだね。仮に、田中君、とでもして置こうか。
田中君は、私の高校時代の友人でね。
・・・と言っても、其れ程は親しく無かったんだが。
まぁ、親しく無いからこそ、話し易いと言う事も有るからね。
彼と仲が良かったのは、同じクラスの宮永君と言う人で、此の手紙には《田中君が宮永君の家へ遊びに行った時の事》が書かれている。
其れは、彼が高校二年の夏休みの事・・・。
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宮永君は、此処から少し遠い海辺の町に住んでいて、普段は学校の近くにアパートを借りて暮らしていた。
生家に帰るのは長期休暇の時だけ。
宮永君の生家は其の町でも有数の名家だ。
そして田中君は、高校二年の夏休み、そんな宮永君から《遊びに来ないか》との御誘いを受けた。
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古く立派な家での生活。
初めは見る物全てが珍しくて楽しかったが、直ぐに飽きた。
家から出ると周りの人達がヒソヒソを噂話をするので外にも出られない。
単調で堅苦しい暮らしに、田中君は退屈しきってしまった。
そんな折、宮永君が面白い物を発見したと言う。
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「ほら、これ!!」
案内されたのは蔵の奥だった。
大きな荷物を除けると、隠し階段が姿を現した。
「行ってみよう。」
宮永君はそう言って懐中電灯を手渡して来た。
ヒンヤリとした風が、隠し階段の奥から流れて来る。
田中君は直感で《此処は危険だ》と感じた。
・・・・・・が、どうにも退屈だったので、つい、宮永君の誘いに乗ってしまった。
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階段を下りきると、其処は薄暗い廊下になっていた。
暫く進んで行くと、壁に鉄格子が嵌められ、牢の様になっている場所に出た。
壁際に幾つも幾つも部屋が有り、其の一つ一つに鉄格子が嵌められている。
「これって・・・・・・!」
宮永君の顔が青くなった。
「地下牢・・・だろうな。」
部屋の大きさは区々で、何れも只土を掘っただけの物だった。
懐中電灯の光を当てると、部屋の隅に、茶色み掛かった白い欠片が落ちているのが分かった。
「骨・・・・・・。」
背筋が氷でなぞられた様に冷たくなる。
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「・・・い、行こう!」
今にも泣き出しそうな顔で、しかし、ハッキリと宮永君は言った。
まだまだ通路は続いていて、二人は最初の部屋を少し覗いただけだ。部屋は両側にまだ幾つも有るのだ。
だが、田中君は、もう帰りたかった。
肌を刺す様な冷たく空気も、地下室特有の黴臭い湿った土の匂いも、もう我慢の限界だった。
田中君は宮永君を引き止め、宮永君は其れに反発した。
其の内、二人は言い争いを始めた。
すると
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何処からか笑い声が聞こえて来た。
かなり大きな声だった。
一文字ずつ区切る様に
「あ は は は は は は は は は は は は は 。」
と。
声が地下室中に、何度も跳ね返って響いた。
更に
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンガンガンガンガンガンガンガガガガガガガガガガガガガガガ
と鉄格子を揺する音も聞こえて来た。
「あ は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は 。」
笑い声はまだ続いている。
二人は怖くなり、一目散に逃げ出した。
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「って、話だよ。」
兄はそう言うと、手の中の手紙をクルクルと弄んだ。
「結局、其の牢は何に使われていた物だったんでしょう。」
僕が聞くと、兄は何でも無い様な調子で言う。
「障害を持った子供に痴呆症を患った老人、気に入らない嫁に放蕩息子。名家を名を汚す人間を秘密裏に処分する場所何て、結構何処にも有る物だよ。流石に、此の話を知った時には驚いたけどね。」
「うわ・・・・・・。」
思わず絶句してしまった。
二人が地下牢で聞いた声とやらも、元々変な所が有ったから地下牢に入れられたのか、はたまた、暗い牢の中に閉じ込められている内に、頭が可笑しくなってしまったのか。
どちらにせよ、其の人物は自分が死んだ後も其れに気付かず・・・・・・いや、気付けず、冷たくて暗い牢の中に・・・。
「自分が死んでいるとも知らずに・・・・・・。哀れな事ですね。」
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「・・・・・・・・・はぁ?」
僕が何とか声を絞り出してそう言うと、兄はまるで鳩が豆鉄砲を食った様な顔をした。
そして、ポリポリと頭を掻く。
「何でそうなるかな・・・。」
「え?」
肩を竦めながら兄は言う。
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「地下牢から声や物音がしたんだったら、幽霊じゃなく、他に誰かが居たと考えるのが普通じゃないかい?」
「其れってまさか・・・」
「其の地下牢、まだ実際に使われていたんじゃないかな。・・・・・・・・・嗚呼、そう言えば。」
ザワリ
風も無いのに竹林が音を立てた。
兄は小さく鼻を鳴らし、話を続けた。
「宮永君から、《小さい頃に病気で急死した姉が居た》と聞いた事が有るんだけどね・・・・・・」
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其の御姉さんとやら、本当に普通の病気だったのかな。本当に、急死したのかな。
本当は・・・・・・・・・。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
一応オリジナルタグを付けておきます。本当の話かどうかは分かりませんので。
此の話の宮永君ですが、高校卒業を前に家出してしまい、今では所在が分からないそうです。
其れでは、宜しければ、また次回もお付き合い下さい。