目が覚めたとき俺は廃工場らしき所に居た。
いつからなのか解らないが、俺は椅子に縛られている様だ。
「やっと目を覚ましたか。」
どこからともなく声がした。
「ここは何処だ!?そしてお前は誰だ!?」
「ここだよ」
その短い返答とともに、後ろから男が現われた。
その姿に俺が驚かされたのには二つの理由がある。
一つは、男が銃のようなものを手にしており俺に狙いを定めていること。
もう一つは、その男の風貌、体格がそっくり俺と同じである事。
それはもう、双子と言っても疑う者がいないだろうというぐらいだ。
強いて言えば、その男の頬には傷のようなものが有った。
「ははは、混乱しているな。」
男は楽しそうに言った。
「簡単に言えば『並列世界』って概念を理解できるか?」
「……まぁ、その概念は分る。しかし、俺がなぜこんな状態なのかが全く理解できない」
「まぁ、順を追って説明してやるよ。まぁ『並列世界』を知ってるそうだが理解レベルが違うだろうからまずはそこからだ。今俺たちが居るこの世界があるだろう?そのすぐ隣に実はもう一つの世界がある。それは非常によく似た世界なんだが微妙に違う、つまりそれが『並列世界』だ。定義するなら、今いる自分たちの世界、そこから並行的に近似値を取りながら存在する、もう一つの世界ってところか?そして、俺はそのもう一つの世界から来たのさ」
概念としての男の言ってることは分る。
SFなんかによく使われる設定だ。
勿論、俺は男の言う事を狂人の戯言と思いながら聞いてた。
が、暫くは男の話に合わせることにした。
なぜなら男の手には、拳銃らしきものの銃口が常にこちらを向いていたからだ。
とりあえず、今は我慢だ。形勢逆転のチャンスは必ず訪れる。
「……要するに、お前はもう一つの世界の俺と言いたいのか?」
「ああ、そうだ理解したか?」
「いや、まだ半分だ。そのもう一つの世界から来たお前に、なんで俺はこんな目に遭わされているんだ?」
俺がそう言うと男は急ににやけ出した、何か嫌な予感がする。
「お前、彼女居るだろう?」
「ああ、それががどうした?」
「俺の居た世界は本当にひどい世界でな……。常に争い事が絶えず、食い物だってロクにない。その日を食いつなぐために、他人から奪ったり、騙し取ったりなんて日常茶飯事だ。そんなある日、俺はすぐ隣に別世界が在る事を知ったんだ。」
「『並列世界』の発見か?」
「ああ、その通りだ。俺は『並列世界』を覗く方法を研究した、実在する事は分ったんだが、それを普段人間が知覚するように覗く方法をかくりつするのは本当に大変だったんだぜ……しかし、初めてこちらの世界を見たときは驚いたな。」
「自分の世界とのあまりの違いにか?」
「まぁ、そうだな」
「しかし、お前はさっき『並列世界』は非常によく似た世界だって言ってなかったか?そんなに違うんだとしたらそれは、どちらかというと全く別世界なのではないか?」
「それはあくまで俺たちの主観だな。もっととてつもなく大きい天文学的な単位、例えば光年なんて規模でこの世界を考えてみろ。人類なんて地球の表面上に生息するカビのような存在でしかない、世界全体を比較しようと思ったら俺が大きいなんて思った違いは、大した違いじゃないのさ」
「で、それと俺の彼女がどう関わってくるんだ?」
「ああ、そうだったな。向こうからこっちを覗いたときに楽しそうにしているお前らが羨ましかったんだ」
「お前の世界にも俺の彼女のような存在が居るんじゃないのか?」
「死んだよ……」
「……。」
「そんな、同情的な顔するなよ。殺しにくくなるじゃないか。」
男は何の躊躇もなしに言った。
「はぁ?」
「ここまで言えばわかるだろう、俺はお前にすり替わる。そのために俺はこの世界に来たんだ。お前には死んでもらわなきゃ困る」
「ちょ、ちょっと待て!!」
「なんだ、まだなんか聞きたいことがあるのか?」
「いや……なんというか……俺はともかくお前はそれでいいのか?」
「どういう意味だ?」
「この世界の彼女は、お前の知っている彼女では無いって事だ。同じように見えるかもしれないが、こっちの彼女が好きなのはあくまでこの俺であってお前ではない。ここで、お前が俺になり変わったとしてそれでも彼女が好きなのはあくまで俺なんだぞ?それで、お前は満足なのか?」
男は俺の問いに対して、一度深く深呼吸をした後にこう答えた。
「それでも構わない。俺たちは、言うなら同一元素だ。限りなく、同一に近い別の存在だ。」
何故かそこに決意のようなものを俺は感じた。
そして、男は静かに俺に対して拳銃を向けた。
男はにやりと笑った。
それが男の見せた唯一の隙、と言うよりもうここしかチャンスはなかった。
俺は椅子から勢いよく立ち上がり男に向かって体当たりをした。
男は気持ちのいいぐらい吹っ飛っとんだが、拳銃を手放すことはなかった。
代りに男の上着のポケットから携帯らしきものが飛び出した。
男はそれに気付くと慌てて取ろうとしたので、俺は逆に男の拳銃を持った腕を踏みつけ。
ゆっくりとその形体のようなものを男から奪った。
「少し、縄が緩かったようだな」
「それにに触るな!!」
男は叫んだ。
「なんだこれは?」
「いいから返せ!!」
「やだね」
俺は拒否をした。
「それに迂闊に触るなよ!!とんでもないことが起こるぞ!!」
「とんでもないことってなんだ?」
「実を言うと……俺がここに存在することは世界にとって非常にバランスの悪いことなんだ……。同じ世界に、同一の存在が二つ居るという事は物理的には解を生み出さない。そいつはそれを無理矢理に制御するために在るものだ……もし、それを間違って操作したりしたら……」
「操作したら?」
「何が起こるか想像すらできない……下手したら世界の崩壊までありうる……だから大人しくそれを返してくれ」
「妄想もそこまで行くと、芸術的だな!!」
「何だと!!」
「仮にお前のホラ話が本当だったとしてもだ。どの道、このままだったら俺は殺される。だったら俺は最後に抵抗を選ぶ!!」
「やめろっっ!!!」
俺は、その携帯らしきものにあるボタンの一つを押した。
その瞬間、それは破裂し液晶画面の一部が飛び俺の頬を裂いた。
その残骸からは強烈な光を発し、それから……
◇
先ほど傷を負った頬のヒリヒリとした痛みで、俺は目を覚ました。
そこは研究室らしきところで、辺りには無造作に置かれた端末やら、何やら難しそうな資料、本などが散乱している。
その部屋には、無数のモニターが置かれた一角があった。
映し出されているのは、俺と彼女が何気なく普通に喋っている様子だった。
映像は約30分ぐらいを1サイクルとして何度も繰り返し映し出されていた。
俺は始め、全てのモニターで同じ映像を流しているのかと思っていたのだが、よく見るとそうではなかった。
全てのモニターで微妙な差異があり、どれ一つとっても同じものは存在しなかった。
そして、それらを大別すると二つに分けられる。
一つは頬に傷がある俺、もう一つは傷が無い俺。
俺は薄気味悪くなってその研究室らしき所を抜け出そうとし、そしてその時初めてその部屋にはドアらしきものが一つも無い事に気づいた。
何故だか解らないが『檻』という言葉が頭をよぎった。
それから数時間、俺はどうしようもなかったのでその場で横になり
自分に起こったことを反芻していたのだが突然ある疑問が頭を駆け抜けた。
それは「この部屋はあの男が居た場所なのではないだろうか?」という事だ。
それからというもの、俺はこの部屋にあるものを片っ端から読み始めた。
あれからどのくらい時間がたったのだろうか?
感覚でしか測りようがないため正確なものは分らないが
少なくとも数年単位での経過はしているはずだ。
ふと、モニターに反射して映り込んだ、自分の顔を見つめてみる。
俺はあの頃と全く変わっていない、ここはどうやら並列世界の中でも特殊な世界で、そういう場所らしい。
この部屋にある本や、メモ、ノート、端末に保存されている情報等を読んでいく中で、俺はようやくこの部屋がどういう『仕組み』なのかは解らないが、この部屋の『意味』は理解し始めていた。
やはり、あの男が語ったことには嘘があった。
しかし、それは俺が思っていた通りの嘘……つまり狂人の戯言や妄想ではない。
そして、多分に事実も含まれていた。
『並列世界』は存在する。
世界は一つではなく時間軸に沿って並列に、そして無数に存在し、すべての世界において隣の世界と近似値を取る。
それは宇宙レベルで見ても、人間個人が感じられる主観レベルでもだ。
この部屋に無数に置かれているモニターに映し出されているのは、その『並列世界』のサンプルだ。
あの男には分かっていたのだ
ああいう状況になれば俺がああいう行動をとるという事が、逆に「押せ」と言われて俺が押すような人間でない事が。
『俺たちはいわば同一元素だ』
あの男の言葉だが、確かにそうなのかもしれない。
あの男はここで研究をし、そしてついに並列世界を渡る方法を確立し、俺の居る世界にやってきたのだ。
今度は俺の番である。
あの男と同じように俺はここで研究を続け、並列世界に渡る方法を確立しなくてはならない。
俺に出来るだろうか?
いや、あの男に出来たのだから俺にも出来る筈だ。
最近、思う事がある。
あの男と同じ行動を俺がとったとして、俺はその世界の彼女を愛する事が出来るだろうか?
そして、彼女が俺ではなくその世界の俺が好きであると言う事実を受け入れる事が出来るのであろうか?
これも出来る筈だ。
水素分子は酸化して酸素分子と結びつくが、その酸素分子は特定の酸素分子である必要はない。
酸素分子でさえあればいいのだ。
俺とあの男が同種の元素であるなら、俺が居た世界の彼女もこれから行くであろう世界の彼女もまた同種の元素だ。
実際はどうあれ、とにかくそう思い込む必要がある。
世界は違えど、あの男と私は全く同じなのだ。
そうでなくては今の状況に耐えられない。
今はとにかく、彼女に会いたい…。
あの男は全て分ってやっていたのだ。
俺を縛っていた縄が緩かったのも、装置を胸ポケットから飛び出すよう携帯型にしたのも、俺がああいう行動をとる事が分かっていたのだ。
なぜなら、自らも同じ行動をとってこの部屋に来たのだから。
一体、『俺』はこの部屋に来た何人目の『俺』なのであろうか?
作者園長
飽きずにまたSFホラー的なの書きました。
描写力のないせいで意味がよくわからないかもしれませんが、ご質問等あれば極力答えます。
よろしくお願いします。