とある子供を襲った不思議な話。
ある日の日曜の昼過ぎ頃の事。
小学校3年生のY君は家で一人、TVゲームに熱中していた。
母親は「ちょっと友達とお茶してくるから」と言って少し前に出かけて行ったので、3時位までは帰ってこない。
一人になるなり、いつもうるさい母親がいない今がチャンスとゲーム機のスイッチを速攻で入れた。
鬼の居ぬ間にめいいっぱい遊んでやろうと、TVの目の前に座りトイレに行くのも忘れてゲームにのめり込んだ。
そんな時、ゲームへの集中を途切れさせる音が部屋に響いた。
トゥルルルル、トゥルルルル
家の電話がこれでもかとばかりに自己主張してくる。
無視しようかとも思ったが、母親からの電話だったら後でこっぴどく怒られるので仕方なしに受話器を取った。
「はい、もしもし」
「・・・もしもし、高橋さんのお宅でしょうか?」
相手の一言目ですぐよくある電話の流れだと想像がついた。
恐らく何かのセールスだろう。
すぐに終わる電話で良かった、とY君は心の中でガッツポーズをした。
「はい、そうですが」
「・・・お母さんか、お父さんはいらっしゃいますか?」
「いえ、今出かけていていません」
「・・・そうですか」
ほらね、やっぱり。
そう思ったY君だったが、電話先の相手の最後の一言だけはいつもと違っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・それは良かった」
プツッ
その一言とともに突然その電話は切れてしまった。
アクシデントなのか、わざとなのか。
少し気にはなったがゲームの方が重用だったので、Y君はすぐに忘れてまたTV画面に集中し始めた。
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ピンポーン
家のチャイムが鳴ったのはそれから5分もしないうちの事だ。
「あぁもう」と小声で苛立ちを吐き出すと、インターホン親機の受話器を手に取った。
「はい、どちら様ですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
こちらからの応対に対して向こう側からの返事がなかった。
Y君の家のインターホンはテレビ画面が付いているタイプではなかったので、玄関前の相手の姿はそこからでは見えない。
だから相手がどんな人なのかも、そもそも玄関前にまだいるのかも解らない。
(うわっピンポンダッシュだ、絶対そうだ)
ついこの間も似たような状況で結局誰もいなかった事があったのだ。
イライラがさらに加速しそうになった時、不意に耳に聞き覚えのある声が届いた。
「・・・Y君だよね?」
「ふぇっ!?」
予想外の声におもわず変な声が出てしまった。
恥ずかしい気持ちを隠しながら「は、はい、そうですが」と、とりあえず答える。
「・・・解るかな?さっき電話した者なんだけど」
「え?は、はぁ・・・・」
Y君は正直戸惑いを隠せなかった。
同じ人だと言われてもインターホンは古い物で音が悪かったし、先程の電話のやり取りもすぐ終わったから声が一緒かなんか解る訳ない。
何よりなんでわざわざそんな事を伝えてきたのかがその時のY君には解らなかった。
「・・・良かったよ、Y君が今日一人でいてくれて。僕ねずっとY君の事見てたんだよ」
「はぁ・・・・」
何かよく解らない勧誘か何かなのかな、とY君は考えていた。
面倒臭いから早く終わってほしいな、とかその時は軽く考えてしまっていた。
「登校中も下校中も、一人で何処かに遊びに行く時も。いつも遠くから見ていたんだ。」
「・・・・はぁ」
「いつか直接会いにいこうとずっと思ってたんだけど・・・・・でもやっと来れたんだ」
「・・・・はぁ、そうですか」
話を聞いているフリをしながら頭の中はゲームの続きの事でいっぱいだった。
いっそゲームしながら相槌だけしてようかななんて事も考えだした。
そんなY君の態度も気にならない様子で、玄関前の相手は嬉々として語りかけてくる。
「もしかしたらY君も僕の事知ってるんじゃないかい?いつも見てたんだ。そうだよ、きっと解るはずだ」
「・・・はぁ」
「・・・・・・・・あぁごめんね。このままじゃ解らないよね。ちょっとまってね」
すると急に受話器の向こう側からの声が途切れた。
話をまるで聞いていなかったY君は「よく解らないけどやっと終わった」とか勝手に思っていた。
これでゆっくりゲームが出来る。
そう気楽に考えていたY君は次の瞬間前進の毛が逆立つような恐怖に襲われた。
すぐ目の前にあった窓に何かが、すぅーっと現れたのだ。
30代後半位の不気味な男の顔だった。
「ひぃっ!?」
Y君は思わず受話器を掌からこぼれ落とし、その場にへたりこんだ。
男は体を隠すように顔だけを窓から覗かせ、家の中のY君を笑いながら見つめていた。
あまりの恐ろしさにY君はその場から動けなかった。
しかしその直後、泣きそうになるY君に追い打ちをかけるかのようにさらなる恐怖が襲いかかった。
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「どうかな?見覚えないかな?」
「ひっ!?」
突然、垂れ下がり逆さの状態でぶら下がっていた受話器から先程の男の声が聞こえてきた。
「窓から見えているだろう?僕の顔だよ。ほら、見た事あるだろう?」
Y君には彼が何を言っているのかが全く解らなかった。
先程話をちゃんと聞いていなかったからだとかそんな事は関係ない。
男は窓から覗く顔をまるで自分の顔のように話している。
でもそんな事はありえない。
玄関から窓は何メートルも離れているし、仮にどうにかして声を届けているとしても窓から見える顔は口元がまるで動いていないのだ。
「解るだろ?ほらっ、よく見て。ほらっ」
目の前の窓からは得体の知れない男がニヤニヤしながらこちらを覗きこみ、すぐ横の受話器からは男の声が部屋に響いてくる。
Y君はどうする事も出来なかった。
ただ小動物のように小さく丸まって気味の悪い声と視線に耐えるのが彼に出来る精一杯だった。
「・・・う~ん、駄目か。見覚えがあるんじゃないかと思ったんだけどなぁ~」
「もっと近くに寄って見てもらえれば解るかもなぁ~」
先程とは逆に、聞きたくないもない男の声は鮮明に耳の中へと入ってくる。
だが結果的にそれがY君がすぐに行動に移せた要因となった。
「・・・あぁ二階の窓が空いてるなぁ」
その一言と共に窓から覗いていた顔はすっと引いていき見えなくなった。
一瞬助かったのかと思ったが、すぐに先程の男の言葉が頭に蘇った。
(二階の窓?・・・・・やばい、僕の部屋の窓が開いてる)
最近熱い日が続いていたのでY君は自分の部屋の窓を家にいる時はずっと開けっ放しにしていたのだ。
部屋の窓は外から丸見えの位置にあるので、間抜けな泥棒でもないかぎり誰かが入ってくるような心配はない。
ただそれは、相手が普通の人間だったらの話だ。
Y君はすぐさま自分の部屋へと急いだ。
階段をドカドカと大きな音を立て力強く踏みつけながら上がっていく。
Y君には確信があった。
普通の人だったら二階の窓から侵入するには時間が掛かる。
でもさっき見た男は・・・・絶対普通じゃない。
急がないと絶対ヤバイ。
そう思っていたY君の考えは悪い意味で当たってしまった。
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キィーッ
階段を上りきり二階に着くと同時に不意にY君の部屋の扉が大きく開いた。
思わず足が止まった。
足だけじゃない。
手も、顔も、体も。
呼吸すらも止まってしまったんじゃないかと思う位、全身の動きがピタリと止まった。
Y君の視線は扉の向こうの一点に集中していた。
視線の先、扉の右斜め上の辺りからそれはゆっくりと姿を現した。
「・・・やっと・・・会えたね」
不気味で気持ちの悪い笑顔。
間違いなく、さっき見た顔だった。
もう駄目だ。
Y君はとっさに覚悟して目を瞑った。
チャリンチャリーン
聞き覚えのある音に思わず目が開く。
「ただいま~。ごめんね~ちょっと話が長引いちゃってさぁ~」
(・・・お母さんだ!助かった!)
その時、目の前から強烈な風が吹付けてきた。
バタァン!!!
気づくとY君の部屋の扉が閉じられていた。
今感じた風は扉を勢いよく閉める時に起こったものだったのだろうか。
「ちょっと!強く閉めるなっていつも言ってるでしょ!」
「ち、ちがっ・・・た、助けて!変な人が家の中に入ってきたんだ!」
Y君は大急ぎで下の階まで行くと母親に必死に助けを求めた。
「まぁ~たそんな事言ってあんたは。こんな家に入る泥棒はねぇ~」
ガラガラガラ、ガチン
不意に二階から何か大きな音が聞こえ、母親の唇が動きを止めた。
「・・・・・・本当に誰かいるの?」
急に小声になった母親に対しY君は「お、男・・・男の人」とだけ答えた。
すると母親はすぐに近所の人に携帯から連絡をしだした。
数分後に大人数人がYさんの家の前に駆けつけると、すぐに家の中に招き入れられ集団で恐る恐るY君の部屋の扉を開いた。
だが、部屋の中は特にこれと言って変わった様子もなかった。
部屋の中が荒らされた形跡はなかったし、男が潜んでいる様子も見られなかった。
その後「何か盗まれた物があるかも」と念の為安全を確認してからY君が部屋に呼ばれた。
Y君は数分したのちに「何も取られてない」と大人達に伝えた。
皆ほっとひとまず安心した。
「あ、でも・・・・窓が」
思い出したかのようにY君がボソリと呟いた。
「窓がどうかしたのかい?」
「窓・・・・開けてあったと思うんだけど・・・・」
そういって指差した先にあった窓はしっかりと閉められ鍵も掛けてあった。
「・・・・誰か窓閉めた奴いるか?」
男性が皆に問いただすも誰一人としてそれに答える者はいなかった。
「そういえばさっき聞いた音は窓が閉まる音だったかもしれないわね」
Y君の母親が考え込みながら答えた。
「いや・・・・そんな訳ないでしょう。こうして鍵も壊れずちゃんと掛かってるし。こっから逃げたってならどうやってこの鍵を掛け、うわっ!?」
話の途中で男性は急に驚きの声を上げた。
男性の手は何かヌメヌメとした液体のようなもので濡れていた。
見ると、閉められた鍵のあたりも同じように濡れているのが確認出来た。
得体の知れない状況を前にして、その場にいた全員が思わず息を飲んだ。
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結局その後、Y君の部屋に何者かが侵入したという形跡は見つからなかった。
しかし母親はY君の話を信じ、それ以降一人で出歩かせないように心掛けたという。
どうしてもという時には送り迎えを欠かさないようにし、不審者から息子を守る為に必死だった。
それから大事な事がもう一つ。
事件の日以降、Y君の家では窓を開けっ放しにする事を極力禁止するようにしたらしい。
その成果があったのかどうかは解らないが、その後Y君の周りに不審者が現れるという事はなかったそうだ。
暑いからといって窓を開けっ放しにしていると人間以外の物も侵入させてしまうのかもしれない。
これを読んでいるあなたの家は大丈夫だろうか?
気をつけた方がいいだろう。
こうしている今も誰かが窓から覗いているしれないしれないのだから・・・・
作者バケオ
前回の話にコメント、怖い、をくれた皆様ありがとうございました。
こんな話の締め方をしてるのに窓全開でこれ書いてた私は駄目な人間でしょうか・・・
最近は蚊もあまり見なくなってきたので窓はずっと開けっ放しです。