「祖母が死んだ時の話、聞いて。」
「え?」
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友人の家に遊びに来ていた時、唐突に友人の姉(以下《友姉》とする)がそう言った。
「今度、祖母の命日なの。」
「御婆さん・・・・・・ですか?友姉の?」
僕がそう言うと、友姉さんは頷きながら顔をしかめた。
「そう。確か・・・・・・結構前に死んだ。」
「結構前?」
「・・・・・・10年・・・に、なるかな。」
友姉さんは全くの無表情で答えた。
何時も楽しそうに笑っている彼女にしては、歯切れの悪い話し方だった。
「其れは・・・そうですね。うん。結構、前です・・・・・・ね。」
僕まで釣られて言葉の歯切れが悪くなってしまう。
「其れで・・・話したい事・・・・・・って?」
「うん。」
友姉が、ふいっと横を向いて目を伏せた。
「・・・・・・余り楽しい話じゃないの。自分から言っといて何だけどね。」
伏せた目を開き、此方に向き直る。
「でも、話さなくちゃ決心が付かないから。」
大きな溜め息を一つして、彼女は僕を真っ直ぐに見詰めた。
其れは殆ど《睨み付けている》と言っても良い程だった。
「話させて。此れはーーーーー
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此れは・・・いえ、余り具体的には話したくないから、やっぱり、少し話し方を変えるね。
弟が何時も使ってる常套句も使ってみようか。
《此れは、只の作り話なんだけど》
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・・・・・・昔、ある所に一人の女の子が居たの。
其の女の子は、自分の祖母・・・・・・うん。少し、言い方が堅いかな。《お婆さん》にしようか。
お婆さんが、大嫌いだったの。
本当に心から《死んで欲しい》と常日頃から思っていた位にね。
・・・・・・勿論、何の理由も無く嫌っていたんじゃないんだよ。
世の中にはそう言う・・・《生理的に受け付けない》人も居るのかも知れないけど、取り敢えず、女の子にとってのお婆さんは其れとは違ったの。
ちゃんと理由は有ったんだから。
・・・えっと、説明し辛いな。
まぁ、要するに《嫁姑戦争の火種を浴びていた》から何だけどね。
ほら、《坊主憎けりゃ袈裟まで憎い》って言うじゃん?
其れだよ。其れ其れ。
《大切な一人息子を奪った女の子供だから孫だろうが何だろうが憎い》ってね。
馬鹿だよね。
何で其処で《大切な一人息子の嫁と子供何だから大切にしよう》ってなんないのかな。
まぁ、其れは置いておいてだね、端的に言っちゃうと・・・。
其の女の子は、お母さんと一緒に、お婆さんから虐待を受けていた。
・・・・・・勿論、夫には知られない様にしてね。
で、此処までが前提って言うか・・・・・・。
此処からが本題ね。
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ある日、お婆さんが病気になったの。
原因は不明。
治療方も勿論不明。
高熱が続いて、其の内
「鬼が来る。」
「鬼が私を喰らいに来る。」
「腸を喰らわれる。私の腸を。」
と魘される様になったの。
病気と併発した認知症の所為で、言葉を発する事すら不可能に近い筈なのに、はっきりと言う。
「鬼が来る。もう直ぐ其処まで来ている。私の腸を喰らいに直ぐ其処まで来ている。」
何かの文句を唱える様に、酷く流暢に。
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そんな日々が続いて、そろそろお婆さんも危ない・・・・・・となった頃の、ある日。
其の女の子は、夜中にふっと目が覚めたの。
トイレに行きたい訳でもないのに、目が覚めて眠れない。
女の子はフラフラと廊下に出て、家中を歩き回り始めたの。
お婆さんの部屋の前からは、相変わらず
「鬼が来る。鬼が来る。もう来る。鬼が来る。」
と言う声が聞こえて・・・・・・。
女の子は怖くなって、急いでお婆さんの部屋から離れたの。
そして、玄関の前まで来て、女の子は気付いた。
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玄関の扉の向こうに誰彼が居る事に。
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其の人影は、明らかに《悪いモノ》だった。
背筋がゾワゾワと逆立って、足元を冷たい空気が這い回って・・・・・・。
彼女は一瞬で理解したの。
嗚呼、此れが《鬼》何だって。
そして・・・・・・・・・彼女は扉を開けた。
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其処に居たのは、黒いペラペラした何かだった。
黒くて、ペラペラとした何か。
詳しく分からないのは、見て直ぐに気を失ってしまったから。
其処から女の子は三日間眠り続けて・・・・・・目が覚めると
お婆さんは死んでいた。
死因は心不全。
お婆さんの腸は、まるで食い尽くされた様に、爛れてグチャグチャになっていた。
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「其れって詰まり、其の女の子がお婆さんを・・・・・・。」
「うん。ちょっとだけ違うかもね。彼女は扉を開けてしまっただけ。」
友姉さんは苦々しそうな笑みを浮かべた。
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「オチとしてはね、《女の子が喜びながらお母さんの部屋に行くと、其処ではお母さんが首を吊って死んでいた。其の死体は黒い紙で出来た人形を握り締めていて、其の人形は女の子が見た《鬼》にそっくりだった》って言う話。」
「へぇ・・・・・・。あれ?と言う事は、此れ、友姉の話ではなかったんですね。」
友姉さんが頷き、机の中に手を入れる。
「うん。此れはおばあちゃんが死ぬ間際に、私に教えてくれた事。」
ゴソゴソと引き出しの中を掻き回し、何かを取り出した。
「そして、此れがおばあちゃんが死ぬ間際に、私に遺してくれた物。」
友姉さんの手には、黒い、紙で出来た酷く歪な人形が握られていた。
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「其れ・・・・・・!」
「決めたの。今日で終わりにする。今まで捨てられなかったんだけど。やっぱりこれは私が持ってていい物じゃない。教えられた事も全部忘れる。」
人形の腹の部分を二つに捻り、思い切り千切った。
「此れで御仕舞い。」
ボトリ、と人形が床に落ちる。
「・・・・・・此れで。少なくとも、私の分は、御仕舞い。」
床に落ちた人形は、拾い上げられ、ゴミ箱に捨てられた。
僕は聞いた。
「私の分は・・・・・・って?」
友姉さんは、大きく息を吐いた。
「おばあちゃんに可愛がられてた叔母が居たんだけど・・・・・・。」
「けど・・・・・・?」
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「おばあちゃんが死んだ後の数ヶ月かで、相次いで其の叔母の周りの人間が心不全で死んでるの。もしかしたら叔母は・・・・・・。いえ、もう、この話は止めよう。」
友姉さんがハッとして口を押さえた。
「・・・・・・どうして、ですか?」
僕が聞くと、彼女は顔を背けながら窓を指差す。
其の指の先を見てみると
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黒いヒラヒラとした何かが、窓の端に写っていた。
「鬼が来るから。」
作者紺野-2
どうも。紺野です。
友姉さんは今日も元気です。
どのくらい元気かと言うと、
「ちょっと今日忙しいから止めて」と言って置いたにも関わらずエヴァンゲリヲンの実況をして来る程です。
友人の方も「姉貴が五月蝿い」と苦情の電話を入れて来るし・・・・・・。
此方の身にもなって欲しいです。あの姉弟。
宜しければ、次回もお付き合いください。