「ふはははは!わが居城へようこそ!!ここに来た以上、タダで帰れるとは思ってないだろうなぁ?存分に楽しませる故に覚悟するがいいわ!!」
少々やけっぱち気味(事実やけっぱち)の俺の声が館内に響き渡る。
「なに今の?」
「今時のお化け屋敷であんなのあるか?」
「私、子供の頃に乗った、乗り物に乗って廻るヤツ思い出した。」
「クスクス」
スピーカーから現場の痛々しい雰囲気や失笑が伝わってくる。
チクショウ!俺だって言いたくやってんじゃない!
仕事だから仕方なく……だいたい俺はエンジニアであって、声優じゃない。
試験運用までに録音が間に合わなかったから、俺が臨時でリアルタイムで俺吹き込んだだけなのに。
「ナイス!オープニング!!」
満面の笑顔で俺を見る開発リーダーのMさん。
「ナイスじゃないっすよ!だいたい、今の奴、本当に試験として必要なんですか?」
「必要だよ、実運用でもあそこはプロの声優さんによる吹込みが入る予定だ。」
「笑ってる奴いましたけど!?」
「ああ、面白かったからな」
「これ『ARお化け屋敷』でしょ!笑わせてどうするんすか!!」
「どうでもいいんだよ。そんなの、本番はこれからなんだから。」
「どうでもいい……」
俺はからかわれていたことを知った。
『ARお化け屋敷』これは、この度うちの会社で新規に開発している新型お化け屋敷だ。
全国の遊園地等にあるお化け屋敷は、現在非常に厳しい立場に立たされている。
もちろん例外はある、そりゃどっかの大手の遊園地の様に巨大な廃病院に似せた施設を実際に作って、化け物の恰好をしたエキストラが人を脅かすようなモノは別だ。
しかし、今時ちゃちい乗り物に乗って廻るようなお化け屋敷なんて誰も怖がらない。
ところがが先の大手の遊園地のアトラクションには人が並ぶ、つまり、需要が無いわけではないのだ、むしろ粗悪品が出回っているので供給過多に見えるが、実のところ供給不足になっているのが現状なのだ。
つまり、諸問題をすべてクリアすればこれは莫大なビジネスチャンスにつながるかもしれない。
こういう経緯の中、うちの会社で開発が始まったのは『ARお化け屋敷』だ。
それがどいうものか体験者側の立場から、順に説明しよう。
まず体験者は入り口で、眼鏡とヘッドホンが一体となったヘルメットのようなものが渡される。
その時点では、眼鏡を通してみる世界に何の異変も見えない。
やがてお化け屋敷の中に入るに従い、世界はその様相を変える。
お化け屋敷の中は、旧来以前のお化け屋敷だがよく見ると違う、明らかに人形と分るお化けその後ろに見え隠れするリアルな人影。
どうやら恨めし気に此方を睨んでいるように見える。
それらがAR技術によって眼鏡を通すから見えるのは分っている。
しかしこのヘルメットは人の助けを借りないと外れないようになっている。
やがて、それは眼鏡によって見えているモノなのか、本当にそこにあるものなのかの境目が希薄になる。
ヘッドホンから流れる音も効果的だ。
何かしら怪しいものが近づいた時は「キーン」と耳鳴りのような音がする。そしてそれは、その怪しいものとの距離に反比例して大きくなる。
怖い物好きな人はそれを頼りに怖いものを探せばいい。
では怖いものが苦手の人は目を瞑っていれば大丈夫か?と言うとそうでもない。
立ち止っているのにどんどん近づいてくる「キーン」と言う耳鳴り。
恐ろしくなって目を瞑り音が過ぎ去るのを待つ、やがて音が小さくなって聞こえなくなる。
もう大丈夫と思って恐る恐る目を開けると、下から生気のない顔がこちら覗き込む。
時同じくして、おそらくそれが発しているであろう怨嗟に満ちた唸り声が聞こえてくる。
ヘルメット内部にスピーカーが内蔵されいているため、耳を塞ぎたくても塞げない恐怖。
といった感じの新感覚お化け屋敷が『ARお化け屋敷』だ。
おそらく考える人が考えたらもっと恐ろしい演出が可能なのではないだろうか?
経営者側にしてもメリットが多い。
まず、現在のお化け屋敷の施設を再利用できるので、導入時のコストを抑えることが出来る。
実際に必要な現場での作業は、現場の間取りを3Dモデリングし、ヘルメットに情報を送るためのアクセスポイントの位置を設計・配置するだけである。
あとはデザイン部が適切な位置に体験者が来た時に表示させるお化けの3Dモデルや音を配置する。これもある程度パッケージ化しておけば、各お化け屋敷での再利用性も高まるのでゆくゆく安価にできる。
さらにはそのランニングコストの安さだ、基本的には何も必要ない、脅かし役のエキストラを研修する必要も、そもそも雇う必要も無い。
月一、程度でうちの会社が有料でメンテナンスを行うが、これも大した費用はとらない、なぜならそれは新パッケージの営業の場となるからだ。
勿論、新パッケージの導入は新規導入時より断然安くできるし、うちの会社もそれで十分収益になる。
これが『ARお化け屋敷』の主な概要となる。
今日は被験者モニターを用意しての試験である。
今、俺たちが居るところはお化け屋敷内に設置された管理室だ。
お化け屋敷内はいたる所に隠しカメラを設置しており、試験状況を記録していく。
カメラの映像は、管理室内に無数に置かれたモニターで確認することが出来る。
今のところ試験は順調だ、お化け屋敷内では至るところで悲鳴が上がっている。
「しっかし、AR技術をお化け屋敷に利用するなんてよく考えたよなぁ。うちのプロマネ」
俺はお気楽ムードでコーヒー片手に、Mさんに話しかける。
「仮想現実の逆の発想だって言ってたっよあの人は」
「どういう意味っすか?」
「『マト〇ックス』って映画知ってるだろう?」
「はい。」
「あれは、仮想現実の世界だが言い換えると、仮想世界を作り上げて現実のルールをその世界に持ち込むって事だろう?」
「なるほど、ARは現実拡張、つまり現実の世界に、仮想世界のルールを持ち込んでいるわけですね」
「そういう事、現実世界に何を持ちこんだら、一番面白いかを考えたんだとよ……あれ?」
ふと、Mさんが何かに気付いたような声を上げる。
「ん?どうしたんですか?」
俺はMさんが見ているモニターに近づいた。
「いやこのモニター見てみろよ。」
「ん?これがどうしたんすか?」
「何か被験者が避けてんだろ?」
「あ、本当だ。何かに驚いて避けているように見えますね。」
「あんなところになにかあったっけ?」
モニターに映し出されているのは、あくまで部屋の様子なので被験者見えているARはこのモニターから見ることは出来ない。
「ちょっと試験中止して、デザイン部に問い合わせてみてくれる?」
そういうとMさんは、デバッグ用のヘルメットを一つ持って管理室を出て行った。
どうやら実地で確認するらしい。
俺は、お化け屋敷の外に居る試験進行役に一時中止の連絡をすると、Mさんに言われたとおりデザイン部に電話した。
「うーん、おかしいなぁ。そんなはずないんだけどなぁー。」
デザイン部に聞いたところ、確かにその位置には『生首』を開発終盤まで配置していたのだとか。
しかし、とある理由から削除したらしい。
「そんなこと言われてもですね?実際、被験者はあの辺見て何かを避けてるんですよ。今Mさんが確認しに行ってますから、詳しい事はそれでわかると思いますけどね」
「まぁ、こっちでもデータ確認してみますけど、最後に加えた編集なんでしっかり記憶にあるからねぇ。消したはずなんだけどなぁ。」
ふと疑問に思ったので聞いてみる。
「何でそんな開発期限ぎりぎりの間際に、そんな変更したんですか?」
「いやね、オペレータで不謹慎な奴が居ましてね。実際の画像を使っちまった奴が居たんですよ」
「実際の……?」
「まぁ、偶然ネットでその元画像を発見したとかで」
「元画像……?なんの?」
何故だろう、何か嫌な予感がするが深く聞いてしまう。
「言いにくいんですが……まぁ、要するに電車の人身事故現場の写真をね……。」
「事故現場ぁ!?それってちょっと問題じゃないですか?」
思わず電話口で叫んでしまった。
「ですよね、そうですよね。だから、消したんです。消すように言ったんですよ、そのオペレータに」
「言った??貴方が消したんじゃないんですか?」
「あ、デザイン部リーダーと言う立場で消したという事です、実作業は基本的に各オペレータに任せてますから。」
「確認はしてないのですか?」
「すいません、普段ならするんですが……こう言っちゃなんですが期限間際の変更で……その、時間がなくって」
その言い方にピンときた、おそらくこの一件についてプロマネに報告していないのだ。
まぁ、こっちのシステム部も似たようなことがあるので深くはツッコまないようにしよう。
どっちにしろその生首は、消してもらわなくてはいけないが……。
なんだろうこの嫌な予感は……。
「分りました、本番リリースまでにはよろしくお願いしますね」
そう言って電話を切ると、俺はモニターに目を向けた。
その瞬間俺は冷たい手で心臓を握られたような錯覚に落ち込んだ。
モニターの右端、先ほどまで被験者が避けているように見えた場所に丸っこいものが見える!
いや、丸っこいと言うよりはそれはまるで人の頭部……つまり生首のように見える。
そして、次にモニターが映し出したのはMさんの異常な行動だった。
Mさんはデバッグ用のヘルメットを片手にゆっくりモニターの端から現れた。
そしてMさんはそのヘルメットを手から離すと、思いっきり蹴っ飛ばした。
経る目とは勢いよく壁に当たり、跳ね返り、Mさんの足元へ。
再びそれを思いっきり蹴っ飛ばすMさん。
なにやら奇声をあげているらしく、スピーカーを通してMさんの叫び声が聞こえる。何を言っているかは分からない
やがて、一つ数十万円はするデバッグ用のヘルメットは完全に破壊された。
そしてMさんは何かを求めるように部屋の中を歩き回る。
俺は嫌な予感が止まらない。
「ボールがない!!ボールがない!!」
Mさんの叫び声が、再び聞こえてきた。
「ボールがない!!ボールがない!!ボールがない!!ボールがない!!ぼーるがない!!ぼーるがない!!ぼーるがない!!ぼぉるがない!!ぼぉるがない!!ぼぉるがない!!ぼぉるぐぁぬぁい!!ぼぉるぐぁぬぁい!!ぼぉるぐぁぬぁい!!るぐぁなぁい!!るぐぁなぁい!!るぐぁなぁい!!ぐぁなぁい!!ぐぁなぁい!!ぐぁなぁい!!ぬぁあああいぃいいる!!ぬぁあああいぃいいる!!ぬぁあああいぃいいるうほぉおとてっぷぅうじゅる!!」
声はしっかり聞こえるのに何を言っているかもはや分らない。
それはまるで、呪文のように俺には聞こえた。
いや、実際に何かの呪文なのか……
「くとぅるふ!!ふたぐんにゃるらとてっぷ、つがー。しゃめっしゅ、しゃめっしゅ、にゃるらとてっぷ・つがーくとぅるふ・ふたぐん!!にゃるしゅたん、にゃるがしゃんな!!あざとーす!!…い!!あうらにいす、ういちろそぷとる!!くぐさくすくるす!!
何かしら不吉な余韻しかもたらさない、韻が聞こえてくる。
それがどれくらい続いたのだろうか?
数十秒の出来事なのか、数十分間の出来事だったのか。
「みぃいつけたぁああああ!!」
子供が叫ぶような大声とともに、Mさんは俺が最も恐れいていた行動に出る。
Mさんは、モニター右端にある丸っこい生首らしきものに近づくと、それを抱きかかえたかと思った瞬間、ぱっと手を放し先程のヘルメットよろしく思いっきり蹴っ飛ばした。
人の生首ってどれくらいの重さなんだろう?
思わずそんな事を考えた、生首はヘルメットのようには飛ばず「ズン」と言う鈍い音と共にMさんのすぐそばで落ち、ごろごろとゆっくりと転がりやがて止まった。
その瞬間、Mさんは再び思いっきりその生首を蹴る、今度は先ほどより勢いよく飛び、壁にぶつかると少し跳ね返える。
よく見るとMさんの足首はあり得ない方向に曲がっており、骨の一部が折れて皮膚を突き破っているように見える。
ごろ。ごろ。ごろ。ごろ。
生首はその角度を変えながら、転がった。
生首と俺はそのとき初めて目が合った。
その表情は狂喜に歪んでいた。
ふと見るとMさんも同じ顔で隠しカメラに目線を送ってきた。
それがその場での俺の最後の記憶だ。
その後の事は良く分らない、俺は何も言わず、語らず、訴えずその会社を辞めた。
噂では、Mさんは病気療養という事で休職扱いになった。
『ARお化け屋敷』と言う言葉がまだ世の中に出回って無い所を見ると、まだ開発は続いているのだろうか?
どの道、たとえどんなに可愛い彼女に誘われても俺はそのアトラクションを全力で拒否する事だろう。
しかし、俺たちが現実の世界に持ち込んだあれは一体なんだったのだろう?
電車の事故現場の写真がすべてのきっかけに思えるが、そうではないのかもしれない。
ひょっとしたら俺たちは、あの時、現実に持ち込んだルールはひょっとしたら
暗黒の宇宙に漂い、神の冒涜だけをするという……なのかもしれない。
作者園長
かなり趣味に走った、自己満足的な内容です。
AR技術の関係者の方、もしいらしたらできませんかね?ARお化け屋敷、わりといいと思うんですが……。