今日は朝から、僕の気分は最悪だった。
何故なら、学校で算数のテストの返却がある日だからだ。
ハッキリ言って自信がない。
出来ることならすべてを無かったことにしたいぐらいだったが
無情にも、帰りのHRで先生はテストの返却を開始した。
「もっと頑張るように」
そう言って渡された答案を見たとき、僕は眩暈がした。
それ程結果が悪かったのだ。
先生は全ての答案を配り終えると、さらに追い打ちをかけるようなことを言った。
「今回のテストは皆にとっては簡単すぎたようだな。満点を採ったものが二人も居たぞ」
そういうと先生は、男子生徒、女子生徒一人ずつ名前を発表した。
男子生徒の方は、誰もが認める秀才で僕なんかとは比べものにならないほど頭が良かった。
しかし、彼はいい。
彼ならそれぐらい当たり前にやるだろう。
問題は女子生徒の方だ。
彼女も確かに優秀な生徒であり、満点を採ったとて何ら不思議はない。
しかし、僕は密かに彼女に好意を持っていた。
先生が彼女の名前を読んだ時、僕は否応なしに彼女と自分との間に距離を感じたのだ。
そして、それは感覚だけでなく点数と言う形でも明確に表れている。
そして何よりもショックだったのが、皆が感嘆の声を上げる中
名前を呼ばれた二人は、顔を見合わせそして微笑んだことだった。
そこには決して僕が彼女とでは感じることがないであろう、シンパシーが存在しているような気がしたのだ。
それに比べて自分のみすぼらしい答案用紙。
僕は情けなさとみじめさでいっぱいになった。
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私は差し込む朝日の中、目が覚めた。
随分と、昔の夢を見ていたようだ。
私は寝床から起きると、まず布団を干した。
そして、部屋の中を軽く片付けると朝食を採るため階下へ向かう。
一階へ降りると、そのまますぐそばの居間へ向かった。
居間の中央には卓袱台が置いてあり、その上に朝食の用意がされてあった。
いつもの事だ。
今日のメニューは、ご飯、味噌汁、焼き魚、香の物といった、いたってシンプルなものだ。
この朝食が、何時、誰が用意するのかは分らない……いや、そもそも用意する者など居ないのかもしれない。
なぜなら、それは私が望んだことだからだ。
朝食を採ると私は小学校へ向かった。
もちろん生徒として行くのではない、しかし先生として行くのでもない
では、用務員か何かかと言うとそういうわけでもない。
ただの日課だ。
私は人影一つ見えない町内を学校へ向かって歩いた。
まだ陽は高くなっていない、時刻的にもまだ朝と言って十分通じる。
今日は雲一つない晴天で、きっと昼ごろには暑くなるだろう。
季節は夏真っ盛りだ。
もしそんなものが有ればだが、本来は夏休み真っ盛りの筈だ。
学校に着くと「さて、今日はどうしようかな?」と誰にも聞かれる事のない独り言を呟いた。
私は校庭を横切りながら、校舎へ歩を進めた。
辺りを見渡すが視界に人らしき姿は入らない。
それが本来なら夏休みであるから、というわけではない事は十分すぎる程分っている。
しかし私は誰かいないかと、つい期待をしてしまう自分を禁じ得ない。
こういう広い所を見渡せば、あるいは人らしきものを目にするのではないか?
と期待しては結果に裏切られ続けている……。
「今日は図書室にでも行くか……」
校舎に着くと、今度はため息交じりに私は呟いた。
私は図書室に入ると早速、今日読む本を物色し始めた。
この図書室は小学校のそれであるにも関わらず、割と児童書籍以外の本も揃っていた。
以前来た時にはラブクラフトの書籍などが置いてあり、読み漁ってしまった。
一体この学校は何を考えてこんな本を購入したのだろうか?
とても小学生読む内容とは思えなかったが、それでも暇つぶしになったのでその事には感謝した。
今日はアイザック・アシモフの書籍を読むことに決めた。
ロボット工学三原則で有名な著者だ。
因みにロボット工学三原則とは以下の通りだ。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。
私の個人的な意見では、アイザック・アシモフの最大の功績はこの三原則を作ったことではない。
ロボットに対して、知性や自律性を与えたことだと思っている。
その発想があってこそのこの三原則である。
LSIなど高度な電子機器などが全くなかったあの時代にその発想は奇跡としか思えない。
そんな事を思いながら、私は本を読み始めた……。
「キーンコーンカーンコーン……」
時間が経つのを忘れて本を読んでいるとチャイムが鳴った。
いつの間にか、お昼の時間になっていたらしい。
私はかつて私のクラスがあった教室へ向かった。
過去自分の席であったその机の上には、給食が置いてあり
いつも通り私はそれを食べると少し横になって惰眠を貪ることにした。
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「オイ!!」
学校の帰り道にある空き地を通りかかった時、僕を呼び止める声がした。
声だけでそれが誰だかわかった僕は、聞こえないフリをして通り過ぎようとした。
「オイ待てよ!!」
という再び僕を呼び止める声と同時に、ランドセルが僕を引っ張った。
僕は仕方なく振り向いた。
そこに居たのはやはり予想通り僕と同じクラスのタケシ君だった。
そして、後ろで僕を蔑むような目で見てニヤニヤしているのは、いつもそのタケシ君にコバンザメの様に取りつく子分達だ。
「やあ、君か」
僕は多分引きつっていたであろう笑顔でそう言ったが
タケシ君はそれに答える事無く僕のランドセルを掴み空き地に引きずり込んだ。
何故だかわからないが、彼はご機嫌斜めらしい。
「何で無視すんだよ!!」
彼は僕に顔を近づけながら言った。
「無視って何のこと?」
僕は自分でも白々しいと思ったがとぼけた。
彼はみるみる顔を真っ赤にすると、「嘘をつくな!!」と叫びながら僕の頭を殴った。
子分達はその様子を見ながら、相変わらずニヤニヤ笑っている。
乱暴者の彼の事だからこうなる事は分っていたが、ああ答える以外やり様が無かったのだから仕方ない。
僕が黙って俯いていたら、彼は妙なことを言ってきた。
「オイ、今日のテスト見て見せてみろよ!!」
僕は必死に顔を横に振った。
しかし、そんな事はお構いなしに彼は僕のランドセルを無理やり背中から引きはがそうとした。
僕は抵抗したのだがそのたびに殴られた。
そして、そんな様子を見て子分達はゲラゲラと笑っていた。
その後の事はもう悲惨としか言いようがなかった。
彼は僕からテストの答案を奪い取ると、子分の一人に渡した。
僕はそれを奪い返そうと子分に駆け寄ろうとしたが、すぐに他の子分たちに体を取り押さえられた。
その様子を見届けてから、その子分は答案を「ふーん」と言いながら眺め、そして点数を読み上げる。
タケシ君を含めた、皆の嘲笑が空き地に広がった。
僕はその様子から、あのタケシ君より点数が低かったことを知った。
恐らく、子分の一人が僕の点数を覗き見て知っていたのだろう。
そして僕ほどではないにしろ結果の悪かったタケシ君に告げ口し、そして僕は彼の憂さ晴らしの晒し者にされたのだ。
最後にタケシ君は子分から再び答案を受け取った後、ひとしきりそれを眺めると興味を失ったのかその辺に投げ捨てた。
彼らがその場を去って行った後、僕はしばらくその場で膝をついて泣きつづけた。
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私が昼寝から目が覚めると、給食の食べた跡は片づけられていた。
いつもの事だから気にせず、再び本を読むため図書室に向かった。
そして、陽が地平線近くに落ちるまで本を読むと私は帰途に着いた。
家に着くと私はまず朝干した布団を取り込んだ。
それから昨日着た服の洗濯を始める。
洗濯のボタンを押すと、次に私は風呂の掃除に取り掛かる。
それが終わると、今度は湯船にお湯を貯まるのを待ちながら家の掃除だ。
不思議なことにこんな状態でも電気、ガス、水道は問題なく使える。
おかげで洗濯機が使えたり、温かい風呂に入れたり、掃除機が使えたり、ありがたい事この上ない。
洗濯物を干し終わると私は風呂に入った。
風呂に入ると、私は決まって今日一日の事を振り返る。
本来なら、その日にあった面白いことを思い出し笑いしたり、失敗したことがあったら反省したりするのだろうが。
私には何もない。
唯々、今日在ったことを振り返るのだ。
そこには何の感情も思い入れもない。
私がこんな日常を送り始めて既に久しい。
風呂から上がるといつも通り、居間には夕食が用意されていた。
私はそれを食べると、歯を磨き2階の寝室へ上がった。
後は今日学校から持ち帰った本を読みながら、眠くなったら寝るだけだ。
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「今日テストが帰ってきたでしょ?」
その日の夕食時、ママは突然言い出した。
「何で知ってるの?」
と言う僕の問いに、ママは無言でエプロンのポケットから薄汚れた答案用紙を取り出し僕に突き付けた。
間抜けなことにその時になって初めて、あの空き地に答案用紙を忘れてきたことを思い出した。
「近所の空き地に、こんなものが落ちてたって近所の人が届けてくれたの」
僕は何も言え無かった。
「ママが何に対して怒っているかわかる?点数の事もそうだけど、一番怒っているのはそれを隠そうとした貴方の行為について怒っているの」
僕はママが勘違いしていることに気付いた。
「違う、違うんだよ、ママ!!タケシ君が…そうタケシ君が無理や僕の答案を奪ってそこに捨てたんだ!!」
その瞬間、ママの表情が一変した。
「嘘おっしゃい!!なんでタケシ君がそんなことするの!!こんな点数とって、空き地に捨てて、それをお友達のせいにするなんて!!あなたはなんて子なの!!」
「違うよ!!本当なんだ!!僕、嘘なんかついてないよ!!」
「じゃぁ、なんであなたはそれを知ってて拾ってこないの!!」
「忘れちゃったんだ!!いろいろあって忘れちゃったんだよ!!」
「じゃぁ、あなたはこんな点数採っておいて、忘れちゃったって言うの?」
「それは……」
「ホラごらんなさい!!嘘つくから、説明できないじゃないの!!」
その後は何も言う事は出来なかった。
ママにすごい剣幕で叱られながら、僕はちらりとパパの方を見た。
パパはこちらに何の興味も示さず、テレビを眺めていた。
結局それはママの僕に対する罵倒が終わるまで……いや、終わった後さえも変わることはなかった。
最後に僕は声を絞り出すように「ごめんなさい」と謝り、二階の自分の部屋へ上がった。
僕は部屋に入ると、今日二度目の涙を流した。
そしてこんなことを思った。
つまりはテストという制度が悪いのだと。
しかしそれは仕方の無い事なのかもしれない、社会で生きていくという事は常に何かと比較されて続けるという事なのだ。
なぜなら、社会は優秀なものを求めるからだ。
その為に比較をより明確にするためにテストというのは必要なのだ。
その中で、僕の様に誰と何を比べても劣るものは、蔑まれ虐げられ続けるのだろう。
ならばいっそのこと……社会が無くなれば……僕以外の人が居なくなれば……
その時、部屋にある学習机の引き出しが突然開いた。
そしてそこから、見慣れた二頭身の青を基調とした姿を現したのはアイツだ。
僕はアイツに抱き着き、泣き喚いた。
アイツは未来から僕を助けるために来たロボットだ。
ロボットである以上、人間とは違う。
だけど僕にはそんな事はどうでも良かった。
なぜなら、アイツは僕にとって本当に唯一の理解者であり、味方であり、そして親友だから。
これまでも何度もアイツに助けられてきた。
アイツはいつも通りの笑顔で「どうしたんだい?」と優しく声をかけた。
僕は今日在ったことをすべて話し、そして最後にこう言った。
「一人で生きて行きたい」
それを聞くとアイツは、お腹にあるポケットに手を入れた。
そして、慣れた手つきでアイツがポケットから空間が歪める様にして出したのは、電話ボックスのような物体だ。
僕はそれがなんのかを知っていた、以前出してくれた道具であるからだ。
それは仮定を現実にする機械だ。
使い方も知っている。
僕は軽くアイツを見て一言「ありがとう」と礼を言ってから、その電話ボックスの扉を開け中に入った。
そして、一瞬ためらったのち受話器を取るとこう呟いた。
「もしも、世界に僕一人しかいなかったら……」
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私はいつも通り、差し込む朝日の中、目が覚めた。
そして、今日が自分の三十歳の誕生日であることに気づいた時、久しぶりに泣いた。
ここへきたばかりの頃は、月に数回、多い時には週に何回かそんなことがあったが、ここ十数年は心が麻痺してきたのかそんな事は無かった。
恐らくは最近、続けざまに見た過去の夢が何らかの要因となっていると思われる。
暫く感情の赴くままに泣き続け涙が枯れてきた頃、ある二つの疑問が私の頭を駆け巡った。
一つは、アイツはロボット工学三原則に準拠していたのだろうか?という事だ。
この世界はおかしい所がいくつかある。
私の仮定は「もし、この世界に僕一人しかいなかったら?」である。
今現在、意図的に用意されているとしか思えない食事や、電気、ガス、水道などのライフラインについては一切触れていない。
だとしたら、考えられるのは電話ボックスに何らかの細工がされていたという事だ。
となればそれをしたのはアイツしかいない……そして、それは三原則によるところの抑止事項とはなり得ないのだろうか?
なり得ないだろう。
なぜなら、それは危害を加える行為でもなければ、そうなることを看過する行為でもない。
何より、私があの時アイツに与えたとみなされる命令はまさに「一人で生きて行きたい」だからだ。
で、あるならば結局のところアイツが三原則に準拠しているかどうかを判断することはできない。
明らかに原則を無視した動きがあれば、それは準拠して無い事になるだろうが
そうでなければ、たまたま行動が抑止事項の範囲内にあったのか、抑止が働いたために範囲内にあるのか、体外的には判断が着かないという事だ。
そして二つ目の疑問。
それは、アイツはこうなることが解っていたのだろうか?という事だ。
少なくともあの時アイツは、私があのようなお願いをすることは分っていたはずだ。
だからこそ電話ボックスにあらかじめ細工をすることが出来たのだ。
私はあの日、押入れからではなく、机の引き出しからアイツが来た現れたことを思い出した。
アイツは何処に行っていたのだろうか?いや……正確には何時にだ。
しかし、現在の私の状況についてはどうだろう。
こうなることをアイツは知っていたのだろうか?
もっと言えばアイツはこうなる事を望んだのだろうか?
ひょっとしたら、アイツはいつも不平や厄介な問題ばかり起こす私にうんざりしていたのではないのだろうか?
私は再び、一つ目の疑問について考えた。
個人としては三原則に準拠していて欲しくはない。
なぜなら、もし準拠していいたとするなら、
理解者であり、味方であり、そして親友であると感じたアイツの行動がすべてが
ただの三原則に準拠した行動となってしまう可能性が出てきてしまうからだ。
たとえ空想の中であろうと、むしろ空想の中ぐらいはアイツが親友であったと信じていたい。
私は小さく、溜息を吐いた。
二度とこの事は考えないようにしようと心に決めると
私は部屋の片隅を見つめた。
そこにはたった一度使っただけで、動かなくなった電話ボックスのような道具が静かに佇んでいる。
作者園長
3D映画公開記念