秋も中頃に入った頃、私が[先生]と呼んでる人から、『桜を見に行こう』と電話が来た。
先生はお酒が好きな人だったから酔っ払ったのかと思っていたが、いざ目的地に着くと、
本当に桜が咲いていたのだ。
今は秋だ。
桜が咲いてる筈がない。
だが、咲いていた。
先生はそんなことは無視でもう酒を呑んでいた。
だから、私も無視して先生が作って来た(と思われる)料理を食べた。
小学生の頃から生意気にもひねくれていた私だ。
桜を見ても「綺麗だ」とか「桜の見方云々」等何も思わずただ淡々と見ていた。
でもまあ、花見は花見だ。
一応桜を見ていると先生が突然、
「酒の肴に旨い物を持ってきても困る」
と言い出した。
まあ、先生の事だし酔っ払ったのだろうと思って無視していたが、
「どう思う月見?」
と聞かれ驚いた。私は気付いたら、
「美味しいのなら其で良いと思います」
と、やはりひねくれた答えを出していた。
それに対し先生は
「それもそうだが、やはり所詮肴は肴。酒の口直し程度の物。だからこそ、旨いと困る。
でも、勿体ない勿体ないと言いながら箸は進む。困った物だ。」
私は思った。「タッパにでも容れて持って帰れば良いんじゃないか」と。
其を言葉に出した訳では無いが先生は
「其では酒の肴の意味が無いじゃないか」
と言い出した時は驚いた。先生は人の心が読めるのか、と。
そんな事思っていると、先生が
「まあ、肴の洒落も分からない奴にはこの狂い咲きの桜も分からないか」
と言われた。
少々ムッしていたら先生が突然、手に持っていた飲み掛けの酒を桜に掛けた。
私は驚いたが先生の事だ何等かの儀式なのだろう、と思っていた。
次の瞬間、『善きかな』だか、何だか分からないが声が聞こえた気がした。
まあ、そんな事もあり少々ボケッとしていたら、先生が
「よし、月見帰るか」
と言われた。
帰り際、例の桜の所にもう一度行って貰ったのだが、何故か狂咲の桜は無くなっていた。
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今からもう何年も前の出来事だが、この季節になると何時も思い出す。
肴の洒落とは何なのかが、今でも私には分からない。
作者退会会員
殆ど実話です。
狂い咲きの桜は幻想的ですよね。