ある日の放課後、友人の一人が唐突に《アイスを奢ってやる》と言い出した。
とても暑い日だったので、其の申し出は本当に嬉かったのだけど・・・
「どうして?」
生憎、アイスを奢られる理由が分からない。
昨日は電子辞書を貸してやったけど・・・。
今更そんな事の礼をされるとも思えない。
単に気紛れなのかも知れないが、特に友人の機嫌が良いと言う訳でも無いし・・・。
僕がそう思って瞬きを繰り返していると、友人は何処かボンヤリとしながら言った。
「理由とかは無いけど。」
そして、口元に手を当てながら考え込む。
「・・・・・・理由かぁ。」
・・・別に、其処まで考えなくてもいいんだけどな。
僕がポリポリと頬を掻いていると、友人は少しだけ眉を潜めた。
「・・・血、出るよ。」
何かと心配性の友人なのだ。
「そんな簡単に出血して堪るか。」
僕が軽く友人を睨むと、彼は何でも無い様に口を尖らせた。
「前にもそんな事、有ったじゃん。」
そして、小さく溜め息を吐いてから、ポツリと呟く。
「強いて言うなら・・・理由、無いでも無いかな。」
「え?」
いきなり話が変わった気がして、思わず聞き返した。
「・・・相談事なら、悪いけど無理だな。」
友人と比べると、僕の対人&人生スキルは極端に低い。
恋愛相談等された日には、もう人格が崩壊する。
「ふえぇ・・・そんなのわかんないよぉ・・・。」
とか言いながら泣く。多分。
「話を聞くだけなら別に構わないけど、僕にアドバイスとかを求めるなよ。」
「別に、相談事じゃないけど。」
何だ。違ったのか。
不安になる事無かったな。
僕がホッと安堵の溜め息を洩らすと、友人は不思議そうに首を傾げた。
「・・・・・・どうしたの?」
「何でも無い。」
頭を振り、荷物を纏める。
友人は暫く不思議そうな顔をしていたが、軈て一言
「まぁいいか。」
と呟き、ノロノロと帰る準備をしている僕を急かし始めた。
夏だからだろう。外は未だ未だ明るかった。
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・・・・・・・・・。
スーパーマーケットの外に何故だか設置されているボロいベンチに腰掛け、アイスを囓る。
序でに言うなら、食べているのは某ガリガリしている棒付きアイスだ。
「ね、《えびす》って知ってる?」
友人が唐突に言った。
「其処まで好きじゃない。嫌いでもないけど。」
「そうなんだ?」
答えると、友人が怪訝そうな顔をした。
僕は溶けそうになっているアイスの一角を囓り取り、そして頷いた。
「最近色々な番組に出てるけど、其処まで面白いとは思わないんだよな。」
友人の顔が更にしかめられる。
「・・・・・・あれ、好きだった?」
此れだから僕は駄目なのだ。
気遣いが上手く出来ないし、適当に話を合わせる事も出来ない。
「ごめん。言い方キツかった。」
「・・・・・・うん。○○、多分何か勘違いしてる。芸能人の方じゃなくて、神様の方。」
「ほぉ?」
予想外の反応に、何だか阿呆な返事をしてしまった。
友人は続ける。
「俺、恵比寿様に会った事が有るんだ。」
「・・・・・・へぇ。」
友人が神との邂逅を果たしたと言っていると言うのに、何なんだ此の反応は。
僕は自分のボキャブラリーの貧困さを嘆きながら、聞き返した。
「で、其れってつまり、どう言うことだ?」
「其れを今から話すんだってば。」
友人が一際大きくアイスを囓り取り、気怠気に溜め息を一つ、吐き出した。
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・・・・・・・・・。
・・・俺が此方に越して来る前の事、話した事あったっけ?
・・・・・・。
そっか。じゃ、先ずは其処からだね。
俺が前に住んでた所ってのは田舎の港町で、もう、どの道も歩いて行けば最終的に海に辿り着く様な・・・そんな町だった。
俺の家も海の近くでさ、毎日、海岸沿いの道を通って通学してた。
・・・・・・あれを見るまでは。
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・・・・・・・・・。
海沿いの道を抜けると、其処からは急な坂道が続いてたんだ。
階段がずっと真っ直ぐに続いてて、其処から横に枝分かれして行く感じ。
其の坂の大分上の方に俺の家は建ってたんだ。
で、さっきも言ったけど、俺は小学生の頃から、毎日毎日、其の坂を上り下りして登下校してた訳なんだよね。
だけどさ、何せ長いんだよ。坂が。
つい昨日までバスで幼稚園に通ってたお子ちゃまが一気に上り切るなんて到底無理な訳。
下手すれば今の○○だってへたばると思うよ。
・・・で、未だ小学生だった俺はどうしてたかって言うと、御参りしてたんだよね。
《恵比寿様》にさ。
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・・・・・・・・・。
「・・・どう言う事だ?」
御参りの神様パワーで体力を回復してたとか?
そんな馬鹿な。
「有ったんだよ。神社・・・って言うか祠が。阪の丁度真ん中辺りに。」
友人が答えた。
「一休みするのに丁度いい所に有ったしさ、適当に手を合わせてただけ・・・だけどね。」
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・・・・・・・・・。
学校の先生に、何でも知ってる生きる百科辞典みたいな人が居てさ、其の人に聞くと、其の祠に祀られてる神様ってのが《恵比寿様》みたいだって事が判明したんだよね。
其れまで俺は、其の祠が何の為に誰を祀ってるかも知らなかった訳だ。
まぁ、其れはともかくとしてだ。
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・・・・・・・・・。
「○○、恵比寿様って何の神様か知ってる?」
友人の問いに、僕は静かに頷いた。
「商売繁盛と豊漁、海上の安全も司ると言われている・・・・・・筈だったかな。」
友人が満足気に笑う。
「正解。・・・で、俺の家は別に漁師とかじゃ無かったからさ、俺は専ら商売繁盛を願ってた訳なんだけどね。」
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・・・・・・・・・。
ある日、下校中に浜辺を通ったら、妙に騒がしかったんだ。
どうやら浜で水死体が上がったみたいでさ。
警察が到着する前だったのかな。何か白い布を被せられた塊が見えて、沢山の人が居たよ。
もっと近付く事も出来たんだけど・・・・・・。不意に腐臭がした気がして、全力で逃げたんだ。
気の所為だとは思うんだけどね。俺、風上に居たし。
走って走って・・・・・・。
気が付くと、何時もの祠の前だった。
祠の方に駆け寄って、必死に手を合わせたんだ。
恐ろしい物を見てしまった自分を綺麗にしたかったんだろうな。今思うと。
別に自分に何があった訳でも無いのに、
「ごめんなさいごめんなさい、お願いだから助けてください。」
何て言いながら。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、お願いしますお願いします、助けてください。お願いします。助けてください。お願いします。助けてください助けてください助けてください助けて・・・・・・」
ふと見上げると、祠の扉が少しだけ開いていた。
顔が着く程の距離に居た俺は、其の祠の中に居たモノを見てしまったんだ。
祠の、祠の中には・・・・・・
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水死体がぎっしり、詰まってたんだ。
其の水死体が一斉に此方に手を伸ばして・・・・・・手招き、してた。
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・・・・・・・・・。
「刑事事件だろ!其れ!!」
僕は思わず叫んでいた。
然し、友人は涼しい顔で笑っている。
「俺もそう思ったよ。で、大人に連絡した。けど、改めて扉を開けて見ても、何も・・・其れこそ、虫一匹すら居なかったよ。」
其れに、と友人が続ける。
「死体は扉を開けて、腕を伸ばしたりしない。手招きもしないよ。」
「・・・まぁ、其の日から俺は通学路を変更したけどね。二倍近くの遠回りでさ。」
大きな欠伸を一つ。
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・・・・・・・・・。
・・・恵比寿様って、蛭・・・ほら、あのグニャグニャした黒っぽい蛞蝓みたいな奴。
其れに子供の子で、《蛭子》とも言うんだって。
《蛭子》ってのは古事記に出て来る神様で、恵比寿様の前身とも言われてる。
三歳になっても立てなかった不具の神様。
遂には、実の両親に流されちゃったんだ。
其れでも最後は恵比寿様になれたんだから、立派だよね。
・・・・・・。
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あのさ、浜に打ち上げられた水死体を、恵比寿様と崇める事もあるんだって。
ほら、前身の蛭子神と水死体。
どっちもグニャグニャしてるし・・・・・・。
ほら、水死体って魚も寄って来るしさ。豊漁をもたらすと言っても可笑しくないし。
・・・今思うに、あの祠は、そんな水死体達を祀っていた祠だったんだと思う。
恵比寿様にされた人達を。
あの日扉が開いたのは、腕を伸ばして手招きをしてたのは、あの日打ち上がった水死体を呼んでいたんだと思うんだ。
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・・・・・・・・・。
其処まで言うと、友人はゆっくりと瞬きをした。
「今日、叔父さんの命日なんだ。」
何時の間にか食べ終えていたアイスの棒を弄びながら、溜め息を吐き、友人は大きく背伸びをした。
「叔父さん、海に落ちて溺れて・・・で、浜に打ち上げられたんだ。死体で。」
「其れって・・・・・・。」
「未だに怖いんだ。もし、あの祠の中に、叔父さんも居るかも知れない何て考えると。」
「だ、だとしても、叔父さんは神様に・・・」
「でも!!!」
友人が一瞬にして泣きそうな顔になり、絶叫する。
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「あの祠の人達は、神様らしい表情なんて一つもしてなかった!!みんな・・・みんな、凄い勢いで此方を睨んでたんだ!!」
動揺で僕の手が大きく震えた。
グシャ、
半分程残っていたアイスが、僕の手から滑り落ち、シャツに鮮やかな水色の染みを作った。
「・・・・・・・・・くい。」
僕にハンカチを差し出しながら、友人が全くの無表情で呟く。
「え?」
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「憎い。どうして私だけが。恨めしい。許さない。仲間だ。逃がすか。不公平だ。決して逃がさない。・・・・・・腐って膨れた腕を伸ばしながら、濁って虚ろな目を見開きながら、あの人達はそう言っていたよ。」
青い染みから立ち上るソーダの香りに、ふと腐臭が混じった気がした。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
オリジナルタグを一応付けておきます。
話は此れからも続けて行きます。
宜しければ、お付き合いください。