ー佐藤が高校一年の夏休みの時ー
夏休みも中盤に差し掛かる時期、夜の東高校。
時刻は既に10時を回っていたが、校門を乗り越えようとしている者達がいた。
ストッ。
勤「フゥ…夜の学校に忍び込むのも楽じゃないな。」
理子「そうね…それにしても夜の学校ってほんとに不気味よねえ~。」
佐藤「全く…こんな事が先生達にバレたら只じゃすまねえってのに。」
夜の学校に忍び込む事に成功した佐藤達は校舎を見ながら各々が呟いていた。
ちなみに何故佐藤達がこんな事をしているのかについて話は夏休み前に戻る。
夏休みを目前に控えていたある日の放課後、佐藤と理子は部室で本を読みながら暇をもて余していた。
因みにこの時勤は職員室に呼ばれていた為に不在であった。
佐藤「それにしても夏休みももうすぐだって言うのに、先生から呼び出しくらうなんてアイツも災難だよね、理子。」
理子「自業自得でしょう、赤点取っちゃったんだから。」
そう、勤は先日受けた期末テストで赤点を取った為に呼び出されたのである。この高校は成績に厳しく、テストで赤点を取ってしまった生徒には課題が課せられてしまうので夏休み前に赤点を取ってしまった勤は正に災難である。
更に次の追試が不合格だった場合は留年が決定しまうので、勤にとって夏休みは地獄の様な物であると言えよう。
理子「でも正直言うと私は赤点ギリギリだったのよね~。だからほんとに助かったわ。」
佐藤「何の科目がギリギリだったの?」
佐藤の問いに理子は恥ずかしそうに俯きながらも「数学…」と答える。
佐藤「ああ、なるほど。そう言えば数学は難しかったよね。」
佐藤は納得しながら言ったが、理子はため息をつく。
理子「でもなかったんでしょ?」
佐藤「えっ?」
理子「だって佐藤君、数学…クラスでは一番、学年では二番だったじゃない。」
理子の言葉に佐藤はとぼけたふりをするが、全く通じなかった。
理子「佐藤君って凄いわよね~。入学試験でも学校始まって以来の好成績で、中間でも期末でも全科目が好成績だし。ほんとに羨ましいわ。」
理子は羨む様に言ったが、佐藤には皮肉混じりなセリフに聞こえてならなかった。
理子「勤も佐藤君を見習った方がいいわよ、ほんと。」
佐藤「(……理子も人の事言えないと思うけどな。)」
そう思った佐藤だが、敢えて口に出さなかった。
するとその時、駆ける足音が聞こえてくるや否や部室のドアが勢いよく開いた。
ガチャッ。
駆けてきてドアを開けたのは勤だった。
勤「ハア、ハア。」
佐藤「何だ勤、どうしたんだ?」
佐藤が問いかけるも勤は息を切らしていて一言も喋れなかった。
が、やがて落ち着くと勤はようやく喋りだした。
勤「俺、職員室で聞いちまったんだよ。」
そう言う勤の顔には笑みが浮かんでいた。
佐藤「聞いたって何を?」
そこで勤は先程職員室で聞いた事を説明し始めた。
ー数分前、職員室ー
職員室に呼ばれていた勤は担任教師から赤点を取った事で今後の事について色々と説明を受けていたが、それが終わった後に他の先生達の会話を偶然にも聞いてしまう。
栗丘重(くりおかしげる)先生「立石先生、聞きました?また出たようですよ。」
立石先生「出たって何がですか?」
栗丘重先生「ホラ、先日の職員会議でも話題になった“学校の怪談”に出てくる幽霊ですよ。」
その言葉に偶然聞いていた勤は反応した。
立石先生「ああ、あれですか。ですがあれは一部の生徒達の間だけで流行っている只の噂でしょ?今時そんな“学校の怪談”なんて…」
立石先生は呆れた様に言ったが、栗丘先生は深刻な顔をして口を開く。
栗丘先生「いえ、それが今回幽霊を見たと言うのは警備員らしくて…」
立石先生「警備員が?」
栗丘先生が聞いた所によれば昨夜遅く、校内を見回りしていた警備員が怪談に出てくる場所で幽霊を見たらしい。
立石先生「ほんとなんですか?その話。その警備員の見間違えじゃ…」
栗丘先生「ですが警備員は確かに見たと言い張っていて、明日にも仕事を辞めるそうなんですよ。嘘なら辞める筈がないでしょ?」
栗丘先生の説明に立石先生は聞く耳を持たなかったが、勤は逆に興味を持った。
勤「(学校の怪談か…我が心霊研究クラブとしてはほっとけないな。)」
勤は内心でそんな事を考えると直ぐ様職員室を飛び出し、佐藤達にも教える為に駆け出して現在に至る。
勤「ーって訳なんだけど、どうだ?面白そうじゃないか?」
理子「面白そうね!私も“学校の怪談”の事をもっと知りたいわ!」
理子も勤と同様に興味を持ったが、佐藤に関しては腕を組んで黙っているだけだった。
勤「なあ佐藤、お前はどうだ?」
勤の問い掛けに佐藤はようやく口を開いた。
佐藤「別に何も…」
勤「ええ~っ、何でだよ?」
勤は佐藤の返答に不満を持つが、それでも佐藤は全く興味を持とうとしなかった。
理子「佐藤君は気にならないの?怪談がほんとかどうか…」
佐藤「だってなあ…生徒の間で噂になってるって言っても俺は聞いた事が無いし…」
勤「だからさっき言っただろ?一部の生徒達の間だけで流行っているって!」
しかし、それでも佐藤は怪談の話を信じてはいないようであった。
佐藤「そもそも、その話が本当だとしてもどうする気だよ?」
勤「決まってるだろ!?俺達は心霊研究クラブなんだぜ?」
佐藤「……だから?」
佐藤が嫌な予感を感じながらも質問すると理子が答える。
理子「だから“学校の怪談”の謎を解き明かすのよ!夜中に忍び込んでね!」
佐藤「(あーあ、やっぱりそう来たか。)でもそうは言っても怪談の内容も分からないんだぜ?なのに解き明かしようがないじゃん。」
勤「その点は心配ねえよ。知ってそうな奴なら俺に心当たりがあるからさ!で、そいつに怪談の事を詳しく聞いたら“学校の怪談”の謎を解き明かそうぜ!」
こうして佐藤は勤と理子によって“学校の怪談”の謎を解明するために強制的に夜の学校の調査に参加させられるのだった。
ー現在ー
佐藤「(全く…ほんとに強引な奴らなんだから…。)」
佐藤は二人に対して心で文句を呟いていたが、そんな事には当然の事ながら二人は気づいていなかった。
勤「所でどうして佐藤は制服なんだ?」
勤が不意に思っていた事を口にした。
佐藤「別にいいだろ。学校に来るんならこれしかないと思ったから…ただそれだけだよ。」
佐藤はそう答えると「てか、勤も制服じゃないか。」と言った。
勤「お、俺も佐藤と同じだよ。いいだろ、別に。」
勤が不機嫌そうに言ったが、佐藤自身も同じく不機嫌であった。
理子「まあ、とにかく入りましょ。早くしないと誰かに見つかるかもしれないし。」
理子の提案に勤は賛成すると「よし、じゃあここから入ろうぜ!」と言いながら近くの窓に手を掛けるとその窓は簡単に開いた。
ガラッ。
佐藤「な、何で開いてるんだ!?」
佐藤が驚きながら聞くと勤はニヤリとし、「今日登校日だったろ?それで帰る時に俺がこっそり開けといたんだよ。今日の担当の警備員は窓の施錠のチェック甘いからさ!」と答えた。
呆然としている佐藤を無視して勤と理子は靴を脱ぎ、代わりに用意していた上履きに履き替えると中へ入った。
佐藤「ほんとに仕方ない奴らだな。」
佐藤は困りながらも二人に続いて上履きに履き替え、同じく中へ入るのだった。
そして中へ入った三人は早速調査を開始する事にした。
佐藤「で?どんな怪談があるんだ?」
佐藤の質問に勤は「それはその話の舞台となる場所に行ってから話すよ。」と答えてから懐中電灯片手に歩き出した。
《一階・標本室》
その後勤達は第一の怪談の舞台となる標本室にやって来た。
勤「まずはここだ。」
理子「ここが怪談に出てくる《動く骨格標本》が眠る標本室ね。」
勤も理子も息を呑んでいたが、佐藤だけは平然としていた。
佐藤「それで?ここには一体どんな怪談があるんだ?」
勤「ああ、今から話すよ。これはある奴から聞いたんだけどな…」
勤はそう前置きしてから標本室にまつわる怪談を話し始めた。
ー今から数十年前の夏休み…一人のある男子学生が夜中に忘れ物を取りにここを訪れた。
その男子学生…仮に三沢君は教室に向かっている途中、誰もいない筈の校内から妙な音がする事に気付き、恐れながらも気になるので様子を見に行った。
その音はまるで骨と骨が擦れる様な音であり、しかも段々とこちらへ近付いている様だった。
三沢君は徐々に近づくその音に対して恐怖心を抱きながらも懐中電灯の明かりをその音のする方へ向け、自らもそちらへ目を向けた。するとそこには例の音を出しながら歩く一体の骨格標本がいた…。ー
勤「て、話なんだけど…」
勤は話し終えると佐藤の顔を伺うが、本人は全く動じていなかった。
勤「なんだ佐藤、怖くなかったからつまんないってか?」
佐藤「まあな。てか、ありがちな話だからあんまりな…」
佐藤が感想を述べたその時、不意に理子が口を開いた。
理子「ねえ、何か聞こえない?」
勤・佐藤「えっ?」
勤と佐藤は耳を澄ましてみたが、特にこれといって妙な音は全く聞こえなかった。
佐藤「何にも聞こえないけど。」
理子「変ね…確かに聞こえたんだけど。」
勤「聞こえたって何が?」
勤の問いに理子は真顔で答える。
理子「あれは間違いなく骨と骨が擦れる様な音だったわ。」
勤「まっさかー。」
勤はいかにも信じていない様に言ったが、理子は本当だと反論する。
佐藤「でもなあ、俺には何も聞こえなかったし…」
理子「佐藤君まで信じないの!?」
理子が少し怒った顔で言うと佐藤は「いや、そういう訳じゃなくてさ…」と弁解する。
勤「まあ、とにかく調べてみようぜ?理子の言う事が本当なら骨格標本が定位置からずれてるかもしれないしな。」
勤の提案により、佐藤達は標本室に入る為にドアに手を掛けるが鍵が掛かっていて開かなかった。
ガタガタ…
佐藤「駄目だ、開かないな。」
佐藤が諦めた様に言うと勤はニヤリと笑ってリュックから針金を取り出した。
勤「ジャーン♪」
佐藤「針金なんか出してどうするんだ?」
勤は佐藤の質問に答えず、取り出した針金で鍵をこじ開けた。
ガチャッ。
勤「よし、開いた!」
理子「すご~い、勤!鍵開けの天才ね!」
理子が感心すると勤は誇らしげな顔になり、「まあな。これでも昔からこう言うのは得意だったからな。これぐらいはお手のもんさ♪」と返した。
佐藤「(完全にピッキングだな…先が思いやられそうだぜ、全く。)」
佐藤が内心でそう呟いているのを知らない勤が自らこじ開けた扉に手を掛けると今度はすんなり開いた。
勤「よし、入るぞ。」
勤が懐中電灯片手に中へ入り、後の二人もそれに続く。
中へ入った三人は早速奥の方にある問題の骨格標本の所へ行ってみたが、そこには骨格標本が定位置にしっかりと立っていた。
勤「う~ん…異常無しだな。」
佐藤「ああ、特に何も感じられないし。」
二人の意見に理子はそんな筈ないと反論するが、骨格標本に変わった所は全くなかった。
勤「とにかく変わった所はないから次に行こうぜ。早くしないと夜が明けちまうし。」
勤の意見に佐藤は賛成し、理子も渋々ながら賛成したので三人は標本室を後にした。
佐藤「なあ、鍵は閉めないのか?」
勤「ああ、大丈夫だろ。後で深夜の見回りに警備員が来るからその時に閉めといてくれるよ。」
そう言って勤達は標本室から去っていった。
だがその時、異常の無かった骨格標本の目の部分が妖しく赤く光っていた。
《二階・化学室》
勤「次はここ、《自殺者の霊が佇む呪われた化学室》だ。」
佐藤「そう言えばここって使われてなかったな。」
理子「うん。昔は使われていたそうだけど、いつしか使われなくなって来年には取り壊されるみたい。」
そこで佐藤がこの化学室についての怪談を聞くとまたも勤が語りだした。
ー今から数十年前…一人の女子学生がいじめを苦に化学室で硫酸を被って自殺した。それからしばらくして夏休み…自殺した女子学生をいじめていた二人の女子学生(赤峰・井沢)が部活で帰りが遅くなった為、迎えの車が来るまでの間、教室で話をしながら待つことにした。
会話が進むにつれてふと自分達がいじめた女子学生…山辺が話題に出た。赤峰には罪悪感があったようだが、井沢は全く反省しておらず、事もあろうに山辺が自殺した化学室に行こうと言い出した。
赤峰は止めようと言うも井沢は全く取り合わず、終いには一人で行くと言ってそのまま行ってしまった。赤峰は井沢が心配だったが、怖くて止める事が出来なかった。
それから30分…井沢が戻って来ないまま迎えの車が来た。赤峰は自分の親と井沢の親に事情を話して一緒に行ってみたが、化学室には井沢の姿はどこにも無かった。その後警備員や宿直の教員と共に校内を隈無く探すも結局見付からず、井沢の親は警察に捜索願を出した。
しかし、警察の捜査にも関わらず井沢は発見されないまま捜査は遂に打ち切られ、罪悪感を感じた赤峰は遺書を遺して首を吊った。更にその後化学室では授業中に劇薬が突然割れて怪我人が出たりと不可解な事が続発したため、生徒達の間では自殺した山辺の祟りではないかと噂される
様になってしまい、
化学室はとうとう閉鎖されて使われなくなった。そして赤峰が自殺してから数ヵ月後に赤峰一家は失踪し、井沢一家も行方をくらました。最後に行方不明になった井沢だが、数十年経った今でも未だに見つかっていない。ー
勤「以上がこの化学室に纏わる怪談話だよ。」
勤が話し終えると理子は震えていて、佐藤は腕を組んで何かを考えていた。
理子「怖いわね…その、井沢って言う娘はどうなったか本当に分からないの?」
勤「ああ、聞いた話ではそうなってるよ。まあ、見つかったならネットとかに載ってるだろうけど、それが無いからな。」
二人が話している傍ら、佐藤はまだ考え事をしていた。
勤「なあ佐藤、何考えてるんだ?」
気になった勤が質問すると佐藤は顔を上げて答え始めた。
佐藤「いや、今の話…どっかで聞いた事がある気がしてな。どこで誰に聞いたかは分からないけど、何となくそんな気が…」
理子「デジャビュ…既視感って言うのじゃない?」
理子の意見に佐藤は頭を捻って考えていたが、ハッキリしなかった。
佐藤「う~ん…そうかなあ。確かに以前聞いた事がある筈なんだけど。」
腑に落ちない様子の佐藤だったが、勤は「とにかく化学室を調べてみようぜ!」と言ってその場を終わらせた。
ガチャッ。
勤「よし、開いた。」
勤は早速針金で鍵をこじ開けると扉を開け、懐中電灯片手に中へ入った。
パッ。
照らしてみたが、中はこれと言って変わった所は無かった。
勤「う~ん…何も感じないな。」
理子「ええ、変わった所も無いようだし。」
二人は異常無しと判断していたが、佐藤だけは黙ったまま一点を凝視していた。
勤「……佐藤?」
勤が呼び掛けても佐藤は黙ったままだったが、上着のポケットから数珠を取り出した。
理子「何かいるのかな?」
勤「ああ、間違いないな。」
二人がヒソヒソと話している中、佐藤は数珠を持ったまま黙って動かなかったが、しばらくしてようやく口を開いた。
佐藤「ふう、終わった。」
理子「ねえねえ。今、何やったの?」
理子が不思議そうに尋ねると佐藤は除霊をしていたんだよと答えた。
勤「やっぱりここには自殺した山辺って女子の霊がいたのか!?」
勤が興奮しながら聞くと佐藤はコクリと頷き、数珠をポケットにしまった。
佐藤「自分をいじめた二人に対して凄い大きな怨みを抱いていたよ。そのせいで怨霊化していたから説得は出来なかった。」
理子「じゃあ、成仏は…」
佐藤「出来ないからやむ無く除霊したよ。ほっとけばこの学校を廃校にしかねないからね。」
勤「学校を…?でも、目的は自分をいじめた二人に対しての復讐なんじゃないのか?」
勤が疑問に思った事を聞くと佐藤はこう答えた。
佐藤「確かにその通りだよ。でも彼女は本来の目的さえも忘れてしまい、結果怨霊化してしまったんだよ。数十年と言う長い年月が彼女を怨霊に変えてしまったんだ。」
勤・理子「……………」
勤と理子の二人は一言も喋れなかったが、不意に理子が口を開いた。
理子「そ、そう言えば佐藤君が怪談話を聞いた事があるかもしれないっていうのはデジャビュかどうか分かったの?」
理子の質問に佐藤はコクリと頷く。
佐藤「ああ、分かったよ…昔じいちゃんに聞いた事があったんだ、さっきの怪談話を。じいちゃん、この学校の卒業生だから。」
勤「そうか!お前のじいさん、確か今は60代だから、今から数十年前…正確には五十年前となると今の俺らと同い年だな!」
理子「じゃあ、佐藤君のお祖父さんは行方不明の井沢さんの事も…?」
理子の質問に佐藤は首を縦に振って答える。
佐藤「じいちゃんはその娘の行方と生死を霊視で確認したそうだよ。最も、結果彼女はもうこの世にいないって事が分かったそうだけど。」
理子「じゃあ、彼女の遺体は…?」
佐藤「そこまでは聞いてない。」
佐藤がそう言って黙りこんだので、勤は次の場所に行くことを提案する。
理子「じゃ、じゃあ行きましょ!」
佐藤「ああ。」
こうして化学室を後にした三人は次の場所に向かった。
《二階・音楽室》
佐藤達が次に訪れたのは化学室と同じ二階にある音楽室だった。
ここは先程の化学室から少し離れた所にあり、今でも使われている教室だ。
勤「ここが病死した生徒の霊が出ると言われてる音楽室だ。」
理子「ウッソー!ここがー?だって私、音楽の授業にここ使ってるけど別に何も起こらないし、そんな噂聞いた事ないわよ。」
勤「そりゃそうだよ。音楽室は校内でここだけだからそう言う噂は隠してるんだよ。まっ、俺も佐藤も音楽は選択してないからここに来るのは初めてだけどな。」
理子は信じられないと言った様子だが、勤は構わずに音楽室に纏わる怪談を話し始めた。
ー今から数十年前の夏休みを目前に控えたある日の夜、音楽室で一人の女子学生がピアノにもたれ掛かった状態の死体で発見された。検死によると死因は心臓発作で、被害者は元々心臓に持病があったらしい。亡くなった日はコンクールに向けて練習していた為、警察は病死と判断した。
そしてそれから数日後の夏休み、事件は起こった。夜まで残っていた一人の女子学生がピアノの練習に励んでいると突然停電した。突然の出来事に女子学生はパニックになって動けなかったが、目の前に何かが現れた。そしてそれを見た女子学生は驚愕した。
何故ならそれは数日前に病死した生徒の顔だったからだ。その顔はさも怨めしそうに女子学生の顔を覗き込んでいた。だが、女子学生が悲鳴を上げると電気が復旧し、目の前に現れた霊は跡形も無く姿を消していた。
それ以後、夜遅くまで残ってピアノの練習をしていると病死した生徒の霊が出ると言う噂が広まった為に残ってピアノの練習をするのが禁止されたと言う。ー
勤「て話なんだけど、お前聞いた事ないのか?」
勤が話し終わるなり理子に尋ねるが、本人は全く知らない様子だった。
勤「まっ、とにかく検証しようぜ!」
勤はそう言うとまたも針金で鍵をこじ開けた。
ガチャッ。
勤「よし、入るぞ。」
ガラッ。
鍵をこじ開けた勤が真っ先に扉を開けて中へ入った。
佐藤「ここが音楽室か。」
初めて入った佐藤は興味深げに室内を見回した。
理子「何だか誰かに見られてる感じがするわ…さっきの話を聞いたからかしら?」
理子は何者かの視線を感じているようだが、勤は気づかなかった。
勤「特に何もねえな。ピアノにも異常は無いし…」
勤が懐中電灯でピアノとその周辺を照らすが、確かに何も異常は見つからなかった。
佐藤「……(このピアノ…)」
佐藤はしばらく件のピアノを凝視していたが、やがておもむろに数珠を取り出した。
ジャラッ。
勤「あれ?どうした、何かいるのか?」
佐藤が数珠を取り出した事に気付いた勤が聞くが、本人は反応しなかった。
佐藤「二人とも一旦外へ出てくれないか?」
勤・理子「えっ…?」
突然の提案に二人が戸惑うと、佐藤は大きな声で叫んだ。
佐藤「早くしろ!聞こえなかったのか!?」
ビクッ。
驚いた二人は直ぐ様佐藤の言う通りに音楽室の外へと出た。
ピシャッ。
勤「あいつ、一体どうしたんだ?」
音楽室の外に出た勤が呟くと理子はこんな事を言った。
理子「きっと佐藤君、あのピアノに憑いた霊を除霊してるのよ。だから私達を出したんだわ。」
勤「まあ、確かに危険な霊かもしれないからな。」
と、二人で話していると不意に音楽室の中からピアノの音が聴こえてきた。
理子「ピアノ…?な、何で!?」
突然聴こえてきた音に理子が怯えると、勤は理子を安心させようと思い、「き、きっと佐藤が弾いてるんだよ!浄霊の為…じゃないか?」と言った。
だが、それでも理子は怯え続けており、ある疑問を口にした。
理子「で、でも佐藤君、ピアノ弾けるの?ここのピアノ、初めて見たのに…」
理子の言葉に勤も確かにそうだと感じた。
勤「(そ、そう言えば前に選択で音楽取らなかった理由を聞いたら楽器が弾けないからって言ってたよな…だとすると何で弾けるんだ?佐藤の奴…)」
勤も知らない内にいつの間にか理子同様、ピアノの音に対して怯えていた。
理子「ね、ねえ…佐藤君、出てこないけど。」
勤「あ、ああ…。そうだな…」
佐藤に追い出されてから既に10分が経過していたので二人とも不安になっていた。
理子「まさか、佐藤君の身に何かが遭ったんじゃ…。」
理子のその一言で勤は意を決して扉に手をかけた。
勤「いいか理子?俺が様子を見るからお前はここから逃げろ。」
勤の提案を理子は拒否するが、勤は理子をその場から遠ざけた。
そして未だに音がする音楽室の扉を勢いよく開ける。
ガラッ。
勤「佐藤!」
音楽室に飛び込んだ勤は異様な光景を目にした。
勤「さ、佐藤…?」
それは佐藤が椅子に座り、弾けないはずのピアノを一心不乱に弾いている光景だった。
勤「おい佐藤!」
勤が語気を強めて呼び掛けるが、佐藤は全く気にせずにピアノを弾き続けていた。
勤はそんな佐藤に恐れをなして後退りするが、思いきって佐藤に向かっていった。
勤「佐藤!」
ガッ。
勤は佐藤の名を呼びながらピアノを弾いている腕を掴むが、佐藤はピアノを弾くのを止めなかった。
勤「お前一体どうしたんだよ?何があったんだ?」
勤は話し掛けてみるが、それでも佐藤は何も答えず、ピアノを弾くのも止めなかった。
勤「(駄目だ…何も話さないし、ピアノを弾くのも止めない。こうなったら…)許せ、佐藤!」
ドカッ。
勤が思いきって殴ると佐藤の体は吹っ飛び、それと同時にピアノの音も止んだ。
勤「ハア、ハア。佐藤、お前…」
佐藤「…………」
佐藤は何も話さないまま倒れていたが、不意に立ち上がった。
勤「おい、大丈夫か?」
そして…
バッ。
勤「なっ…!?」
突然佐藤は勤に飛び掛かり、両手を勤の首に掛けた。
更にそのまま勤を床に押し倒し、首に掛けていた両手に力を込めた。
グッ。
勤「ぐっ…や、止めろ。何するんだよ、佐藤!」
見ると佐藤は無表情のまま勤の首を絞めていた。
勤「!?(ま、まさか…)」
勤は必死に抵抗し、なんとか佐藤を蹴り飛ばした。
勤「ゴホッ、ゴホッ。ハア、ハア。」
勤は咳き込みながらも息をし、呼吸を整える。
そして落ち着いてよく見るとピアノの上には佐藤の数珠が置かれていた。
勤「佐藤、やっぱりお前…」
勤が言い掛けると蹴り飛ばされた佐藤は体を起こし、またも勤に向かってきた。
勤「(くっ、このままだとまたヤられる!)」
そう思った勤は向かってくる佐藤を寸前でかわし、直ぐ様ピアノの上に置かれていた数珠を手に取った。
パシッ。
勤「(やれるか分からないけどやるしかない!)」
勤はそう決心し、佐藤の背後に回って背中を数珠で強く叩いた。
バシッ。
すると佐藤は叫び声を上げ、バタリと倒れた。
勤「さ、佐藤!」
心配した勤が駆け寄ると佐藤は背中を押さえながら起き上がった。
佐藤「くっ、いてて…悪いな勤。助かったよ…」
勤「佐藤…」
勤は佐藤が正気に戻った事に安堵し、その場に座り込んだ。
勤「心配させんじゃねえよ全く!」
勤はそう言いながらも微かに笑顔だった。
佐藤「悪かったよ…ピアノに憑いていた霊を除霊しようと思ったんだけど、逆に体を乗っ取られちまったからさ。」
勤「で、その霊は?」
佐藤「ああ、そこにいるよ。」
佐藤がそう言いながら指す方向を見るとそこには先程佐藤に憑いていたと思われる女の霊がいた。
勤「お、俺にも見える…」
佐藤「そりゃそうだよ。俺の数珠握ってんだから。」
勤「えーっ、お前の数珠って持つだけで霊が見えるのかよ!?」
勤が驚きながら数珠を見ると佐藤は「ああ、そうだよ。」と答える。
そして勤から数珠を受け取ると直ぐ様霊と対峙する。
佐藤「江波さん、あなたのお気持ちはお察し出来ます。ですが、自分の無念を晴らすためだけに先程の様な行為を行うのは間違いです。」
江波「うるさい!お前なんかに何が分かる?私の気持ちが分かるものか!!もう一度その体を奪ってやる!!」
江波の霊はそう叫びながら佐藤に向かってきた。
ジャラッ。
佐藤「なら仕方ないですね…地獄に落としてあげますよ!」
佐藤はそう叫ぶと除霊を始めた。
すると江波の動きが止まり、床にブラックホールの様な大きな穴が開いた。
江波「な、何だこれはー!?」
佐藤「それは地獄の入口ですよ、僕が開けました。」
江波「や、止めろー!!」
佐藤「問答無用!未来永劫に地獄へ封印する!」
佐藤が叫ぶとブラックホールから強力な引力が発生し、江波はその引力に捕まり引きずり込まれていった。
佐藤「フゥ…終わった。」
勤「お、終わったのか?」
佐藤「ああ、除霊は終了だ!」
佐藤は笑顔で答えた。
勤「あっ、そうだ…理子に知らせねえと!」
佐藤「そう言えば理子は?」
勤「いやー、何か危険な感じがしたから逃がしたんだよ。」
勤がそう答えると佐藤は突然叫んだ。
佐藤「おい、直ぐに理子を探すぞ!」
勤「えっ?」
佐藤「急いで見つけないと…」
佐藤が言い掛けたその時…!
理子「キャアー!!」
突然、校内を響かせる程の大きな悲鳴がこだました。
勤「い、今のは理子の…」
佐藤「くっ、遅かったか!」
佐藤は音楽室を急いで飛び出し、勤もその後を追った。
ダダダダ…
勤「おい佐藤!一体どうなってるんだよ!?」
佐藤「この学校には怪談の大元である怨霊が巣食ってるんだ!そいつは年に一度の夏の時期になると活発に暴走し、心霊現象を引き起こす…そいつが理子を襲ってるんだ!」
勤「ええっ!?」
勤は事情を理解したのか、顔が真っ青になっていた。
佐藤「くっ、一体何処にいるんだ?理子…」
勤「け、携帯鳴らすぞ!」
佐藤「ああ、頼む!」
勤は早速携帯電話で理子に電話を掛けるが、理子は出なかった。
勤「くっ、駄目だ…全然出ねえ!」
佐藤「でも理子の居場所は分かるぜ。」
勤「えっ?」
佐藤「ホラ、耳を澄ませば聞こえるだろ?」
勤が言われた通りに耳を澄ますと理子の携帯の着信音が聴こえてきた。
ピロリロ…
勤「間違いねえ、理子の携帯だ!」
佐藤「よし、行くぞ。あっちだ!」
二人はその音を頼りに理子のいる方へと向かった。
ー二階・生物室ー
佐藤「ここは生物室だな…」
勤「ああ、普段は生物の授業で使ってる…」
ピロリロ…
電話の着信音は間違いなく生物室の中から聴こえていた。
勤「理子!」
ガッ。
勤は扉に手を掛けるが、やはり開かなかった。
勤「くっ、駄目か…!」
佐藤「勤、さっきの針金はどうだ?」
佐藤が提案するが、勤は首を横に振った。
勤「駄目だ、針金はさっき音楽室の鍵をこじ開ける時に曲がっちまったから…」
佐藤「くっ…」
佐藤は絶望に近い表情をするが、ポケットに手を突っ込むと直ぐ様明るくなった。
佐藤「おい勤、こいつで開けてくれ!」
そう言うと佐藤はポケットから針金を二本取り出した。
勤「ど、どうしてそんな物持ってるんだ!?」
佐藤「いや、今朝家を出る時に慌ててたからうっかり入れちまったんだよ。それより早く!」
勤「お、おう!」
勤は佐藤から針金を受け取ると直ぐ様解錠に取り掛かった。
ガチャガチャ…
ガチャッ。
勤「よし、開いたぜ!」
佐藤「よし、入るぞ!」
勤は頷くと立ち上がり、扉を勢いよく開けた。
ガラッ。
勤「おい理子!」
だが、中からは携帯の着信音だけが鳴り響いていた。
勤「おい理子、何処だ?」
佐藤「いるんなら返事しろ!」
中に入った二人は音のする方へと向かい、床に落ちている理子の携帯を見つけた。
勤「理子…」
佐藤「(落ち着け…こんな時こそあれを…)」
佐藤は自分に言い聞かせながら数珠を取り出し、遠隔霊視を行った。
佐藤「(理子、一体何処にいるんだ…?……ここは…教室?でも一体何処の…?…!?こ、ここは…)」
佐藤は理子の居場所を特定すると直ぐ様生物室を飛び出した。
勤「お、おい佐藤!」
勤は佐藤に気づくと直ぐに生物室を飛び出した。
ダダダダ…
勤「おい佐藤!急に一体どうしたんだよ?」
佐藤「理子の所に向かうんだよ!さっき霊視したら俺達の教室が見えた…つまり理子は教室にいるんだ!」
勤「そうか!ようし…」
事情を理解した勤は理子の携帯を握りしめ、必ず助けると誓った。
ー二年D組ー
佐藤「よし、着いたぞ。」
勤「おし、開けるぜ!」
勤は早速針金を取り出し、鍵をこじ開けた。
ガチャッ。
勤「理子!」
ガラッ。
二人が中に入ると教室の真ん中に理子は立っていた。
勤「理子!!」
勤は理子に駆け寄ろうとするが、佐藤がそれを制する。
そして緩めていたネクタイをしっかり締めると数珠を取り出した。
佐藤「お前はこの学校に巣食ってる怨霊だな?正体を現せ!」
佐藤はそう叫びながら数珠を理子に向かって放り投げた。
すると数珠は理子に当たり、理子は絶叫しながら倒れこんだ。
ドサッ。
勤「り、理子…?」
佐藤「勤、行くぞ。」
その一言で勤は理子に駆け寄った。
勤「理子!大丈夫か!?」
理子「うっ…勤?」
勤「よかったー…」
勤は安堵の表情をした。
佐藤も安堵の表情をすると落ちていた数珠を拾い、「さあ出てこい。この学校に巣食いし怨霊!」と叫んだ。
すると開け放していた教室の扉が突然閉まり、カーテンも勢いよく閉まって教室内は闇に閉ざされた。
そして天井に怨霊と思わしき者が現れた。その霊は沢山の男女の霊が合体している為、体は男女の顔で構成されていた。そしていずれの顔も不気味な表情をしていた。
勤と理子にも視えているらしく、二人は怨霊がいる所を見ながら怯えていた。
佐藤「お前がこれまでの怪談の原因である大元だな。」
佐藤の言葉に対して怨霊は全身の口から一斉に答え始めた。
怨霊「いかにも。私こそがこの学校に巣食いし大元だ。」
佐藤「お前は恐怖心を糧に成長している。だから理子の携帯を生物室に置き去りにして俺と勤に恐怖心を煽らせた…そうだろ!?」
佐藤の言葉に怨霊はガハハと笑いだした。
怨霊「その通りだ。お陰で私の力も強まった…感謝するぞ!」
勤「ふざけるな!黙って聞いてりゃ…」
先程まで怯えながら黙って怨霊の話を聞いていた勤だが、利用された事を知って怒りを露にした。
怨霊「フッ。夜の学校は私の聖地…そこへ来たお前たちが悪いのさ!」
理子「だから私をさっき襲ったのね?あの骨格標本で!」
理子が言うには先程歩いていた時に骨格標本に襲われて気を失ってしまったらしい。
勤「ますます許せねえぞ!理子をひどい目に遭わせやがって!!」
怨霊「怒りたければ怒るがいい。だが、それだけでは私には勝てんぞ?むしろ私の力が強まるだけだ。何故なら私は恐怖心だけでなく、憎しみや怒りと言った負の感情をも糧にしているのだからな。」
勤「くっ…」
ジャラッ。
佐藤「なら俺が封じ込めてやるよ。未来永劫に!」
怨霊「面白い。ならばやってみろ!」
怨霊が叫ぶと突然教室の扉が開き、先程理子を襲った骨格標本が入ってきた。
理子「キャアー!」
勤「貴様か…許さねえ!」
勤は骨格標本を見るなりリュックを下に下ろし、向かってくる骨格標本に正面からぶつかり合った。
佐藤「勤!その骨格標本はあの怨霊に操られているんだ!奴をどうにかしない限りそいつはいつまでも活動を止めない…俺が奴を封じ込めるからお前はそいつを足止めしてくれ!」
勤「おう、任せろ!」
佐藤は再び怨霊に向き直る。
佐藤「怨霊…お前を許さない!」!
佐藤は数珠を固く握った。
ギュッ。
怨霊「バカめ…お前ごときに封じ込められる程ではない!」
怨霊はそう叫ぶと闇全身の口から佐藤に向けて一斉にの波動を放ってきた。
佐藤「くっ…!」
佐藤は数それらを珠で必死に防御するが、闇の波動の力はとても凄まじかった。
怨霊「どうだ…?これこそが私が恐怖心で手に入れた力だ!」
佐藤「成る程…伝わってくるぜ、この波動。様々な怨念や恐怖がな。」
怨霊「さあ、恐怖と怨念の前にひれ伏せー!!」
そう叫んだ途端、更に波動の力が強まった。
一方、骨格標本と対決していた勤はやや劣勢になっていた。
勤「くっ、こいつ…骨だけのくせに何て力だ。」
骨格標本は怨霊の力でパワーアップしている為、勤の腕力はもはや通じなかった。
理子「勤!頑張って!!」
理子はそんな勤に声援を送るが、勤は尚も劣勢だった。
そして遂に…
ドカッ!
勤「ぐわっ!」
ドサッ。
勤は骨格標本に蹴り飛ばされてしまい、床に倒れ伏した。
勤「ぐっ…」
理子「勤!」
理子は勤の名を呼んで駆け寄ろうとするが、その声に反応した骨格標本はやっくりと理子に向き直った。
そして理子に標的を変えると口を上下にカクカクと動かしていた。
理子「あ…あ…」
理子はそんな骨格標本を前に身動きが取れなくなり、その場に座り込んでしまった。
ゆっくりと理子に迫る骨格標本。
勤「り、理子…逃げろ。」
勤は理子に向かって手を伸ばすが、直ぐに気を失った。
怨霊「ククク…あの女の恐怖とあの男の絶望が私の力になる。」
佐藤「くっ、理子…勤…。」
佐藤は怨霊を前にして理子達を助けられない事を悔やんだ。
怨霊「お前の悔しさも私の力になるぞ…?」
佐藤「(くっ、どうすればいいんだ!?)」
こうしている間にも骨格標本はジリジリと理子に迫っている。
勤も理子も動けないままだ。
理子「(勤…助けて…)」
動けない理子は心の中で勤に助けを求めた。
するとその思いが届いたのか、気絶していた勤の手が微かに動いた。
ピクッ。
勤「理子…」
勤は最後の力を振り絞って上半身を起こした。
勤「(くっ、俺は諦めねえぞ…例え奴に敵わなくても…。)」
理子「(勤、信じてる…勤ならきっと立ち上がれるって。だからお願い、私を助けて!!私も諦めないから…!)」
上半身を起こした勤がふと横に目をやるとそこには先程下ろしたリュックがあった。
勤「そうだ…」
勤は何かを思い出したらしく、リュックの中からある物を取り出した。
勤「(これならひょっとすると…)」
中から取り出したそれを手に取って眺めていた勤の目には微かに希望の光が灯っていた。
だが、その間に骨格標本はとうとう理子の眼前に立った。
理子「………。」
佐藤「くっ、理子…」
佐藤は理子の身を案じるが、闇の波動を防ぐのに必死で理子を助ける事は出来なかった。
佐藤「(くっ、せめてこの力が一瞬でも弱まれば…。)」
怨霊「いいぞ、もっとだ…もっと絶望するがいい!」
怨霊は佐藤の心中を察して嘲笑う様に言い放った。
そして絶望した理子は目を瞑り、骨格標本はそんな理子に手を伸ばす。
理子「(もうダメ…。……でも、諦めない。絶対に勤が助けてくれる…絶対に…!)」
すると…
ピシッ!
何かが当たる音がしたと同時に骨格標本の手が止まった。その音に気づいた理子は目を開ける。
そして骨格標本の足下にBB弾が落ちている事に気がついた。
背後を振り返る骨格標本。
理子も骨格標本の背後に目を向ける。
そこにはエアガンを両手で構えた勤がいた。
理子「勤!」
勤「待たせたな、理子。」
二人は笑顔で頷きあった。
骨格標本は勤を睨み付けるかの様に赤く光っていた目を細めると標的を又も勤に変えて前進し始めた。
勤「来るなら来い!」
勤は結んでいたネクタイを緩めるとエアガンをしっかり握り、骨格標本に向けた。
そしてその様子を見ていた怨霊は動揺を隠せなかった。
怨霊「バカな…恐怖と絶望しか感じられなかった奴らから希望の光が感じられるだと!?何故希望が…」
どうやら怨霊は負の感情を糧にしている代わりに正の感情を苦手としている様だ。
佐藤「あの二人には絆がある。そしてその絆が二人を再び奮い立たせたんだ。」
怨霊「絆だと…?」
佐藤「それだけではない。二人の最後まで決して諦めない強さが希望の光となったんだ。分かるか、怨霊?お前が操る骨格標本はあの二人の絆と諦めない強さに負けたんだ。」
怨霊は一言も喋れないまま動きを止めていた。
怨霊「希望に絆…最後まで決して諦めない強さだと?笑わせるな。私はそんな物に負けたりはしない!!」
すると怨霊はこれまでで最大級の闇の波動を放ってきた。
佐藤「(!この波動…これまでで一番強力で危険だ!!)」
怨霊「さあ、今度こそ恐怖と絶望の前にひれ伏せー!!」
グッ。
佐藤「そうは行かない。必ずお前をその恐怖と絶望諸とも封じ込めてやる!!」
佐藤は強くそう誓うと数珠を握りしめて最大級の闇の波動と怨霊に立ち向かった。
勤「オラッ、オラッ!!」
バン、バン。
勤は向かってくる骨格標本にエアガンを連射しつづけているが、骨格標本は全く怯まずに突き進んでくる。
勤「くっ、効かないか…だが諦めねえぜ、絶対に!」
勤はエアガンが効かない事を悟るとエアガンを骨格標本に投げつけ、代わりにリュックから取り出したバットを手にして立ち向かった。
勤「オラァ!!」
ドカッ!
勤がバットで思い切り殴り付けると骨格標本は微かによろめいた。
勤「よし、効いてるぜ!」
理子「その意気よ、勤!頑張って!!」
理子の声援を受け、勤は奮い立ち、更に骨格標本を殴り付ける。
佐藤「そろそろ決着を付けてやるぜ!」
向かってくる最大級の闇の波動を自身の霊能力で抑えていた佐藤がそう叫ぶと、たちまち闇の波動は消滅した。
怨霊「ば、馬鹿な!!」
佐藤「さあ、これで終わりにしてやるぜ!」
佐藤は動揺している怨霊の動きを霊能力で押さえつけた。
怨霊「くっ、や…止めろー!!」
佐藤「(よし、後はこいつを封印するだけ…でもどこに封じ込めるかが問題だ。これだけ沢山の男女の霊が合体しているんじゃその分怨念も強い。となると地獄に封印してもまた戻ってきそうだな…ならば!!)」
決断した佐藤は数珠にこれまでで最大の霊能力を注ぎ込み、封印し始めた。
怨霊「ぐっ…こ、これで終わったと思うな!!例え地獄に封印されようと、必ずや怨念の力でこの世に舞い戻り、貴様らに復讐を…!!」
佐藤「甘いな。俺は確かにお前を封印すると言ったが、封印する場所が地獄だとは一言も言ってないぜ?」
その言葉を聞くや否や怨霊の全身の顔が一気に怖じ気づいた表情になった。
佐藤「今、お前を地獄に封印してもいずれ怨念の力でまた戻ってきそうな事ぐらい分かってるさ。だからこそ、今は別の場所に封じ込めてやるんだよ!」
怨霊「べ、別の場所だと…?い、一体何処に私を封じる気なんだ…?」
怨霊は予想外な事に不安になったらしく、段々と声が小さくなっていた。
佐藤「お前を封じ込める場所は…」
佐藤はそう言いながら数珠を握りしめ、「ここだ!!」と叫んだ。
その途端、怨霊は瞬く間にそこへ吸い込まれていき、断末魔の叫びを上げながら封印された。
そして骨格標本も両目の妖しい光が消え、勤がバットで思い切り殴り付けると姿を消した。
勤「あ、あれ?消えちまった…」
勤は突然の事態にはてな状態だったが、佐藤は骨格標本が消えたのを見届けると安堵の表情をしていた。
佐藤「お、終わった…」
そう呟くと佐藤は全身の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
勤「な、何か分かんねえけど勝ったみたいだぜ。」
勤がそう言いながら理子の方を向くと理子は涙目になっていた。
勤「り、理子…?」
勤が動揺していると理子は直ぐ様勤に駆け寄り、抱きついた。
その弾みで勤は手にしていたバットを落としてしまったが、目の前で起きている事に戸惑っていた。
勤「お、おい理子…」
勤が理子の名を呼ぶと理子はゆっくり顔を上げ、笑顔で「勤、ありがとう。大好きだよ。」と言って唇を重ねた。
勤「!」
理子とファーストキスをした事で勤は顔が真っ赤になっていたが、嬉しく感じていた。
そして唇が離れると二人は誰にも邪魔されずにしばらくの間抱き合っていた。
ちなみにそんな二人に気づかないまま気絶していた佐藤は精神世界であるビジョンを見ていた。
佐藤「これは…」
佐藤が目にしていたビジョンとは帽子を深く被って顔を隠す警官が自分を見つめている物だった。
佐藤「この警官は一体…」
佐藤が目の前のビジョンを意味も分からずに見ていると急に体が動かなくなってしまう。
佐藤「!?ど、どうなってるんだ?これは…」
突然の出来事に狼狽えていると何処からか先程封印した怨霊の甲高い声が聞こえてきた。
怨霊「どうだ、動けないだろう?それこそが私の力だ!」
佐藤「お前は…バカな、確かに封印して…」
怨霊「今は封じられているが、やがて私はあの御方に解放されるのだ!そしてその時、貴様を今の状態にしてやる!」
佐藤「一体奴は何者なんだ!?」
佐藤の問いに怨霊は「いずれ分かる。」と言い残す。
佐藤「いずれ奴は復活して俺をこうすると言うのか…?一体、あの警官は…」
佐藤が疑問に思っていると今度は光が降り注ぎ、その光の中から勤達の声が聞こえてきた。
勤「佐藤!」
理子「佐藤君!」
佐藤「勤、理子…」
その途端、佐藤は意識を取り戻した。
ハッ。
気がつくと佐藤は教室の床に倒れたままだったが、勤と理子が心配そうな顔をしながら見つめていた。
勤・理子「佐藤(君)!!」
佐藤が意識を取り戻した事に気づいた二人は安堵の表情をしていた。
佐藤「俺、どうして…」
勤「お前しばらく気を失ってたんだぜ?全く心配したんだからな!」
佐藤は先程の出来事について考えていたが、二人に怨霊の事を聞かれたので質問に答える。
佐藤「怨霊なら封印したから大丈夫だよ。骨格標本も怨霊を封印したから元の場所に戻ってるはずだ。」
理子「でも、怨霊は何処に封じたの?」
佐藤「そこだよ。」
佐藤がそう言いながら指した方には数珠が転がっていた。
理子「えっ、あの中に!?」
佐藤「ああ、地獄に封印しても怨念の力でまた戻ってきそうだったからな。それでしばらくあれに封じておいて、怨念の力が弱まったら今度こそ地獄に封印するつもりだよ。」
理子「そっか!」
その後三人は床に散らばっていたBB弾等を片付けると揃って学校を後にした。
帰路に着いている最中、佐藤はあのビジョンについて考えていた。
佐藤「(あのビジョンに出てきた警官は一体何者なんだ?あの怨霊を封印から解放するなんて…まあ、とにかくこの数珠は怨霊を封じ込んでいて使えないから何処かに封印しておく必要があるな。それと新しい数珠も用意しないと。)」
佐藤はそんな事を考えていたが、まだ何も知らなかった。
これから先、佐藤を待ち受ける出来事を何一つ…
作者おにいやん
今回は佐藤達が学校の怪談の謎に挑む話でした。
あまりうまくまとめられませんでしたが、長々とお付き合いくださりありがとうございました!
この話のラストに出てきた警官とは皆さんご存じの…
それでは次回お会いしましょう!
~次回予告~
『死の脅迫者』の謎の力に心当たりがある佐藤。彼は確証を得る為にある場所へ向かうが…
次回、『死の脅迫者』の正体に迫る!