おや、お兄さん…見いひん顔やね。ここ来たばっか?
うーん、案内のもん、誰もおれへんかったかな。
すまんなあ。最近はここも忙しなってなあ、人手不足やねん。
そや、ほなワシが案内させてもらいま。
ええねん、ええねん、ワシ今ちょうど空いたとこや。
え、「ここ何処」てお兄さん、今さら何ゆうてんのん。ここはここやん。
それ以上でもそれ以下でもないがな。
まあ、ええわ。ほな行きまひょか。
◇◇◇◇◇
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ああ何か見えてきたな。行ってみよか。
ああここは…歯医者のようやなあ。
ちょっと見てみよか。
ああ、ほれ、ドリルで歯ぁ削ったはるわ。
うわあ、えらい勢いで…歯ぁ全部削り取られてもたがな。
歯茎までゴリゴリ抉られてんで。
あーあ、ドリルがアゴ突きぬけよったわ。
お兄さん、こっちも見てみ。
ペンチで無理やり歯ぁ引っこ抜いてるで。
うわあ、歯茎まで持っていかれよった。
あれ、神経やろか、今、ブチって千切れたヤツ。
痛そやなー。ま、しゃーないわな。
何、お兄さん、どないしたん。気分悪いんか。
ほうか、お兄さん、歯医者が苦手やったんか。
なるほどな。それでか。
◇◇◇◇◇
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ほな次行きまひょ、次。
遊園地?…みたいやなあ。けどジェットコースターしかないで。
お兄さん、乗りたいんか?
なんや、そんなビビって。うはははは。
まあええわ。見とりい。
うわあ、すごいスピードやね。
あらららら、脱線してトロッコ飛んでったがな。
うわ、向こうでえらい音したなあ、グシャって。
って、あれ?残りのトロッコも途中で止まりよったがな。
あーあ、あんな高いとこで、逆さまになってもて。
皆ぶら下がっとる。あ、一人落ちた。
うわ、今の見た? レールにもろ背中直撃。
えっらい音しよったわ。折れたな、あれは。
あ、また動き出したで。
あーあ、えらいこっちゃなー。
ぶら下がっとった人らみな車輪に巻き込まれて
下半身グチャグチャや。
お兄さん、目ぇ瞑っとらんと、ちゃんと見ときや。
いずれあんたも乗るかもしれんし。
◇◇◇◇◇
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ああ? なんや騒がしいのう。
あいつか。なんか叫んで逃げまくっとるな。
おお、後ろから誰ぞ追っかけてきとるわ。
うわ、チェーンソー持っとるやん、あいつ。
おうおう、追いつかれたで。
あーあ、バラッバラや。悲惨やなー。
大丈夫かお兄さん。顔、真っ青やで。
警察て、ほんなもんいるかい。心配せんでも見とき。
ほれ、また元通りになったやろ。
で、また逃げると。チェーンソー男もまた追いかける。
まあ、あれや。トムとジェリーみたいなもんやな。
◇◇◇◇◇
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うん? なんや?
スマンな、お兄さん、下のもんが何か言うてきた。
ちょっと待っとってや。
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…ええ? なんやてえ?
ほんなミス…ちょ…あかんやろ。
どないすんねん。今さらそんなこと言われたかて…。
まあええわ、ワシが何とかフォローしとくさかい。
お前らは仕事戻りや。
◇◇◇◇◇
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お兄さん、ちょっと。
あんたまだ死んでへんのやてね。
…そやから! あんたまだちゃんと死んでないねん。
あんたらの世界で言うとこの臨死状態ちゅうやつか。
参ったわー。いくら人手不足や云うても…
どんな手違いやねん。ほんま、かなんわー。
まだ死んでへん奴がここへ来るて…。
ああ、そんで案内ついてへんかったんか。
◇◇◇◇◇
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ここ何処て…
お兄さん、大体、察しついてんのちゃいますん?
せや。ここが地獄いうとこや。
はあ? 血の池地獄う? 針山地獄うう?
何アホな事ほたえてんねん。
そんなもん、あんたらの宗教観に則って創ったオハナシやろが。
血の池地獄て、そんなもんドラキュラ来たら大喜びやがな。
針山地獄かて、超ド級の真性Mやったら嬉しいだけやろ。
罰にならへんがな。
地獄ちゅうのはな、一人一人違うねん。
そいつにとって何が一番イヤか。何が一番怖いか、辛いか。
みなそれぞれ違うやろ。
そいつが怖いと思う事、嫌やと思う事を未来永劫、味わい続ける。
これが地獄や。
大体、アンタらの言うとる地獄て、みんな一緒に罰受けてるやん。
そもそも、そこが違うわ。
人間てなあ、ほれ、なんや苦境に立たされたり、しんどい事が起きると、
群れて力合わせるとか、仲良うなったり、助け合いちゅうの?
いきなり連帯感とか発揮したり…そういうトコあるやん?
地獄に落ちたくせに、逆境に立たされたら急にエエ人なりよってからに。
お前は映画版ジャイアンかっちゅうの。
それ地獄でやられたら、かないまへんわ。
ここはなあ、オトモダチ作ったり仲間作るトコちゃうねん。
そやから地獄ではみんな独りや。
周りに人がおっても分からへん。自分の地獄では自分一人だけ。
誰とも励まし合うたり、慰め合うたり、助け合うたりできへん。
独りぼっちで自分の嫌な事に耐え続けなあかんねん、未来永劫な。
◇◇◇◇◇
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「俺は怖いものなんかない」言うてる奴もいてるけどな、
そんなもん、ここへきたら一発じゃ。
誰かて心の底に怖い思てる事のひとつやふたつ、あんねん。
兄ちゃんは、歯医者が怖いんやな。歯医者で歯ぁ削られるドリルが。
それからなんや、ジェットコースターも怖いんか。
確かに、さっきのはシャレんならんかったな。
なんか怖い映画でも見たんか?
あと、あれか、チェーンソー男な。
あれって、例のアレやろ? ホラー映画。テキサスやら何やらの。
そんなビビるんやったら、初めから見んなや、そんなもん。かかかかか。
そいつの怖い思うもんが、そいつの地獄になんねん。
お兄さんの地獄もなかなかオモロかったわー。
一通り回って見て、自分が一番ビビったやつに放り込まれんねんけど、
全部を延々と回り続けるコースもあんねん。これやと飽きへんでえ。
◇◇◇◇◇
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せやけどなー。
お兄さんはまだ死んでないねん。
まあそのまま死んだら、ここに居ってもろても構へんけどね。
ほれ、息吹き返しそうやん。
はよ帰り。
あっちの明るい方まっすぐ歩いていきや。
川とか花畑とか見えてきたら、その反対方向に歩いてくんやで。
川向こうで誰が呼んでても、絶対に渡りなや。
まあ大体、お兄さん、ゼニ持ってへんよって渡れへんけどな。
持ってへんやろ、渡し賃。三途の川渡るんもゼニいるねんで。
阿呆、カードなんか使えるかい。現金で六文や。消費税はかからへん。
ビタ一文まからんで。死んだ時はちゃんと持たせてもらいや。
そんでな、ここの事は誰にも言うたらあかんでえ~。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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「あかんでえ~」の声がエコーとともにフェイドアウトしていくのを聞きながら目を覚ますと、
俺の頭の上に医者やら看護師やらが覗き込んでて、その向こうに白い天井と味気ないカーテンが見えた。
それから、母親に思いっきり頬っぺた叩かれた。
看護師が慌てて制止した。
「このアホンダラ! どんだけ心配したと思てんの!」
母親は怒りながら泣いていた。泣きながら怒っていたというか。
医者や看護師らがあれこれ俺の体をチェックして、
「もう大丈夫です」と言って、出て行った。
母親は、まだ鼻と目を真っ赤にしながらグスグス言っている。
思い出した。
俺は友達と肝試しとか言って、「出る」ので有名なトンネルを見に行って、
なんかビビって、めっちゃ焦ってバイクを飛ばしたんだった。
なんでビビったかは覚えてない。
で、交差点で事故ったと。
ダッサ…。俺、ダサ過ぎるわ…。
けど、一時は死にそうになってたらしくて、母親はずっと付きっきりだったそうだ。
確かにちょっと疲れてやつれて見える。
母親はもうブツクサ言うのを止めて、俺が助かった事をただ喜んでくれていた。
退院はまだしばらく先で、俺は母親に頼んで求人誌を買って来てもらった。
「どういう風の吹き回し?」
と母親は驚いていたけど、俺は真剣だった。
「おかん、今までゴメンな…俺マジメに働くわ」
母親は、信じられないと言った風に目を丸くして、俺の洗濯物を持って病室を出て行った。
入れ替わりに友達が見舞いに来た。
求人誌を真剣に見ている俺を見て、友達も怪訝そうに眉を寄せた。
そんな友達の疑問に答えるように俺は言った。
「いや俺、地獄に落ちたないねん。せやから真面目ンなろかなー思て…」
それを聞いた友達は、思いっきりバカにした様な顔で言い放った。
「アホか、お前。地獄も天国もあるかいや。そんなもん人間が考えたもんや。ホンマにあるわけないやろ。
大体お前、実際に天国行って帰ってきたとか、地獄行って帰ってきたとか、そういうヤツ、聞いた事あるか? な? ないやろ? 天国も地獄もあらへんねんて!」
ドヤ顔でご高説をたれる悪友に、俺はただ曖昧に笑うしか出来なかった。
作者退会会員
どんな地獄やねん(笑)
こんな軽いノリの獄卒(しかも関西弁)なんか書いて、バチ当たりそうですね私。
読んでくださる方に楽しんでいただければ…バチなんか…(笑)
一応これ「解説にネタバレ含む」んかな。