好きです。付き合ってください。
俺は昨日、見知らぬ女の子にそう告白された。
全く見たことの無い女の子だったので、俺は戸惑い、
「僕は君の事を知らないので、じゃあまずは友達から。」
と答えたのだ。それでも、女の子は嬉しそうに
「はい!」と答えたのだ。
俺は一応、その女の子のケイバンとメアドを交換した。
すごくかわいいというほどではなかったが、普通の女の子だった。
「まあまあ普通の子だし、今彼女いないし。付き合ってもいいかな。」
俺は友人にそう話した。そして、彼女の名前を出すと友人の顔が曇った。
「その子、俺、知ってるわ。」
友人が意外な一言を言った。
「え?そうなの?」
「ああ、俺、同じ高校だったから。その子、束縛、きついぜ。たぶん。」
「マジ?俺、そういうの、ヤダなあ。すごい好きな子に束縛されるのならいいけど。」
「あの子の元彼、行方不明なんだ。」
「行方不明?」
「うん、あまりの束縛のキツさに逃げたって話だ。」
「マジで?」
「あの子はストーカー気質なんだよ。常に監視下に置くらしい。ちょっとでもメールやラインの返事が遅れると、すぐに疑って責めるし、押しかけてくるし、とにかくたまらんらしい。社会人と付き合ってたらしいんだけど、あまりにもあの子が押しかけてくるんで、夜逃げしたらしい。まったく連絡がつかなくなって、あの子半狂乱になったらしいぜ?」
「マジかあ。うっかりお友達から、って言っちゃったなあ。どうしよ。」
「まあ、友達って言ったんだろ?彼氏じゃないじゃん。今のうちになんとか遠ざけとけばいいよ。」
「とかなんとか言って、お前が狙ってんじゃねえの?」
「ちげーよ。誰があんな怖い女。俺の高校じゃちょっとした有名人で、あいつに告られるのは死の宣告って言われるくらいだったんだ。俺はゴメンだぜ。」
友人は苦笑いした。
その話を聞いて、俺は一気に気分が萎えた。友人の言う通り、スマホのメールやライン攻勢は昼夜に関わらず、絶えず俺のスマホを鳴らす。俺は正直うんざりして、スマホの電源を切ったのだ。大学からの帰りに、スマホの電源を切ったまま、友人にカラオケに誘われたので、男女含めて大勢でカラオケに行った。夜もふけてきたので、お開きになり、俺は終電に乗って自宅を目指した。ずっとスマホの電源切ったままだったな。俺は恐る恐る、スマホの電源を入れた。
未読67件。俺は携帯を開いてぎょっとした。なにこれ・・・。
「こんにちは。今頃、お昼ご飯食べてるのかな。」
そういう他愛のないメールから始まり、
「返事ないね。」
というメールもあり、
「今、どこ?」
だとか、
「大学全部探したけど、いないね。もう帰った?」とか。
分刻みでメールが入っているのだ。
さすがに俺もぞっとした。
俺がメールを確認していると、自宅のある駅についたのに危うく気付けないところだった。
慌てて、駅で降り、返事をどうしようかと悩みながら、スマホを見つめて家路を急いだ。
彼氏でもないのに、なんだよコレ。きつく言ってやろうか。
そうこう悩んでいるうちに自宅アパートについた。階段を昇り2階の渡り廊下の自宅前を見て俺は心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。なんと、あの子が俺の家の玄関扉にもたれて座り込んでいるのだ。
嘘だろう?
女の子は俺を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。
「お帰りなさい。ずいぶん遅かったね。」
はっきり言って気持ちが悪かった。俺は住所まではまだ教えていない。
友達なら、学校で会えば十分だと思っていたし、友人に話を聞いて、遠ざけようとすら思っていたのだ。
「帰ってくれないか。」
俺は、静かに彼女に告げる。彼女はとたんに、表情が曇った。
「どうして?」
彼女はうつむいて呟いた。
「どうして?だって?迷惑だからだよ。だいたい、1日にあんなにメールしてくるなんて、全部返信できるわけないだろ?しかも、俺は友達からって言った。別に君の彼氏じゃない!」
俺はつい興奮して大声になった。
「酷いよね。浮気者。知ってるんだから。女とカラオケしてたでしょ。私、見ちゃったの。ショックで。だから帰ってくるまで待ってたんだ。」
「はあ?だから、彼氏なんかじゃ!」
俺がそう叫んだとたんに、俺のわき腹に痛みが走った。
俺があまりのことに呆然としていたら、今度は胸に痛みが走った。
「な、なにすんだ。」
俺はそう言うのが精一杯で足が震え、膝から崩れ落ちた。
「こんなに好きなのに!なんでわかってくれないのっ!」
そう言いながら、俺に刃物をつき立てる。
隣の住人が異変に気付き、玄関のドアを開け、惨状に驚いて震える手で携帯で警察に電話しているようだ。
それより、助けて。この女を止めてくれ。
俺はだんだんと意識が遠のいて行った。
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俺は、窓から差し込む朝日で起こされた。
俺はベッドから飛び起きて、自分の体を撫で回した。
あれ、何も傷が無い。俺はあの女に滅多刺しにされたはず。
痛くもなんともない。あれは夢だったんだろうか?
俺はとりあえず、大学へ向かった。
「よ、彼女とはうまく行ってる?」
後ろから友人にぽんと肩を叩かれ、俺は振り返った。
「彼女って?」
俺は怪訝に思い、友人にたずねた。
「またまた~とぼけちゃって。あの告白された彼女とお前、付き合ってるじゃん。」
友人がニヤニヤして俺を小突く。
あの女と、俺が?付き合ってる?
「付き合ってねえよ。」
俺がそう言うと、
「照れるなよ。あ、噂をすれば。」
と友人が遠くを見つめた。
あの女が手が千切れんばかりに俺に手を振っている。
俺は悲鳴をあげそうになった。
女は駆け寄ってきて俺の腕に巻きついてきた。
「おはよう!」
そこには嫉妬に狂って刃物で俺を滅多刺しにした女は居なかった。
あれは夢だったのだろうか。
「じゃあ、先行ってるぜ。」
友人は気を利かせてやったとばかりに先に小走りに行ってしまった。
女はとりとめとなく、くだらない話を延々と俺に聞かせた。
「ねえ、聞いてるのぉ?」
俺はその言葉に我に返って聞いてるよと答えた。
何がなんだかわからない。いつの間にか俺とこの女が付き合ってることになってる。
これはどういうことなんだろうか。
しかし、俺は自分が助かったことにほっとした。やはりあれは悪夢だったんだろう。
そして月日が流れ、やはり彼女は友人が以前言ったように束縛は厳しかった。
「何ですぐ返事くれないのっ?浮気してたっ?」
これが彼女の口癖だった。どんなに違うと言っても、少しでも返事が遅れるとすぐにそんな妄想じみたことをすぐに言うので、もうウンザリしていた。俺は別れを切り出そうとした。
だが脳裏にあの悪夢が蘇ってきた。狂ったように刃物を俺につき立てる彼女の顔。俺は怖かった。彼女が怖かったのだ。俺は大学を卒業すると共に、女とのつながりを全て切った。ケイバンを変え、行き先を告げずアパートを引き払い、就職先はデタラメを彼女に教えて、その地を去った。
これであの女との縁が切れた。そう思った矢先だった。
「逃げ切れると思った?」
そう。彼女は俺の行き先を突き止めて、俺のわき腹に刃物を突きたてていたのだ。
どうやら俺はあの時、俺が彼女と付き合った世界に引きずり込まれたようだ。
なんだよ、お前、付き合わなくても付き合っても、俺を殺すのかよ。
作者よもつひらさか