此れは、僕が高校1年生の時の話だ。
季節は春先。
《ホラゲーかよin廃病院前編》の続きだ。
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・・・・・・・・・。
「此方。」
川原さんに先導されて階段へと向かう。
下の方から、沢山の足音や何かのぶつかり合う音。
のり姉達が囮になって、あの化け物を近付けない様にしてくれているのだ。
川原さんは言う。
「階段さえクリア出来ちゃえば、もう陽動は要らないから。友達を危険な目に遇わせないで済むよ。」
懐中電灯を消している為、周りはぼんやりとしか見えない。
僕は、転ばぬ様にスロープの方を駆け上がった。
踊り場で反転し、更に上へと・・・・・・
「待って!!」
いきなり川原さんに腕を掴まれた。
「・・・何ですか。」
「足元。よく見て。」
見るとスロープの方に、沢山のメスや鋏、割られた注射器等が散らばっていた。
川原さんが苦そうな笑いを浮かべた。
「トラップのつもりかな。」
「・・・・・・あの、化け物ですか?」
僕が聞くと、川原さんは静かに頷いた。
・・・だから、足が不自由なのに階段を使っていたのか。
「馬鹿だよねぇ。靴履いてるんだから、ただ床に散らしただけじゃダメージ与えられないのに。」
そして、靴の底を使って散らばっている物達を道の端に避ける。
「行こっか。此処からは年の為、階段の方を使って。」
「はい。」
下からはまだ沢山の足音が聞こえる。
僕は更にスピードを上げ、二階へと走った。
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・・・・・・・・・。
無事に階段を上がり終えると、僕は急いでのり姉に電話を掛けた。
電話を掛け始めてから数分。
一階の物音が止み、のり姉が電話に出た。
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「コンソメ君?」
「はい。皆大丈夫ですか?」
「うん。そっちは?」
「無事に二階へと到着しました。もう囮は大丈夫です。のり姉達は何処か安全な所に避難していてください。」
「・・・二階の探索は?化け物がまた二階へ向かうかも知れない。コンソメ君だけを危険な目に遇わせる訳には」
「其れは僕も同じです。・・・あの化け物は、目が見えないし耳も聞こえない。更には動く速度も速い方じゃない。幾らでも逃げ切る術はあります。」
「・・・・・・分かった。だったら、階段を降りる時はまた報告を。」
「はい。了解しました。」
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プツッ
電話が切れた。
川原さんは壁にぼんやりと凭れていたが、僕の電話が終わった事に気付くと
「行こう。部屋は此の廊下の突き当たりにあるから。」
そう言って、また歩き始めた。
川原さんは何処と無く悲しそうな顔をしていた。
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・・・・・・・・・。
「俺の彼女も、此処で死んだんだ。」
唐突に川原さんが口を開いた。
「末期の癌で入居したんだ。・・・まぁ当たり前っちゃ当たり前だけど。此処ホスピスだし。基本的に来る奴は末期だから。」
口調は何処か投げ遣りで、明るいままだった。
「ゴッソリ抜けてた髪の毛も、少しずつだけど生えて来てさ。ほら、抗がん剤止めたから。毎日泣いてたのに、少しずつ笑う様になったんだ。身体へと負担とか考えずに痛み止め使える様になったんから。」
「もう少し髪が伸びたら、式を挙げよう・・・とか言っちゃって。余裕こいて、そんな直ぐには死なないだろう、何て楽観視してた。ドレス買って、式場予約して・・・って。全然焦ったりしてなかった。理解出来て無かったんだろうね。本当に馬鹿だ。俺。」
「でもさ、実際に死んだのは俺の方で。ほら、俺が最初に居た場所あったじゃん。彼処、元々は浴場でさ。彼処で皆風呂に入るんだ。二階にも風呂はあったんだけど、狭いし、何より一階の風呂は温泉を引いてたから。俺も一緒に入れたしね。・・・あ、一緒に入れたって言っても、勿論介護要員の一人としてだよ。」
「其処で俺、彼女の世話してる途中に思いっ切り転んで、頭を打って、打ち所が悪くて、其れで・・・・・・。」
「気付いたら、誰にも見えなくなってた。」
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・・・・・・・・・。
川原さんはそう呟いて、詰まらなそうな顔で言った。
「あれだよね。びっくりしたよ。誰も俺の事分かってくれないし。俺、何時の間にか骨になっちゃってるし。 彼女、骨になった俺を放さないし、挙げ句の果てには発狂しちゃうし。」
「本当にさー・・・。アレは駄目だった。精神ゴリゴリ削られたよ。彼女、めっちゃ俺の骨抱き締めてんの。それで、話し掛けてんの。まるで生きてるみたいに。・・・骨にだよ?骨。抱き締めるのは百歩譲って理解出来るけど、一緒にお喋りはなぁ・・・・・・てか、俺目の前に居るし。」
「んで、そんな事が起こりまくってる中で何に一番ダメージ食らわされたかと言うと、《何も出来ない》って事だったんだよね。」
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「彼女の目の前に居るのに何も出来ないんだ。本当に、びっくりする位何も出来ない。骨何かに話し掛けたって答えが帰って来る訳無いじゃん。手首噛み千切ったって、そう簡単に死ねる訳無いじゃん。ずっと誰かに見張られてる病人なんだから、直ぐに誰かに見付かっちゃうのが目に見えてんじゃん。辛いなら俺に言えばいいのに。ずっと傍に居るのに全然気付いてくれないし。彼女の両親は俺の悪口言いまくるし。其れで彼女は更に発狂具合に拍車が掛かるし。」
「怖かったなぁ。彼女。流石の俺も引いたね。何だろうな。ヤンデレって言うの?病気で死に掛けてるってのに、実の両親をフルボッコ。酷い時は骨とか折ってたからね。まぁ、俺も色々言われて心外だったから、申し訳無いとは微塵も思わなかったけど。其れに、幾ら自分の娘が嫌がってても悪口を止めない、あの人達もあの人達だし。」
「・・・最後は、殆ど監禁状態でベッドに縛り付けられてたな。他の人に暴力を振るうし、何より、自由にさせてると直ぐに自殺を図るから。」
「最後の瞬間なんだけどさ、俺、自分の最後よりずっと良く覚えてるよ。其の頃にはもう寝たきりになってたんだけど、段々呼吸が弱くなって、最後に溜め息みたいな大きな息を一つしたんだ。で、其れっきり動かなくなっちゃった。」
「死に顔を見て彼女の両親は・・・・・・勝手なもんだよな。《何て安らかな顔だろう。まるで優しく微笑んでるみたいだ》なんて言ったんだ。」
「俺には、どう見たって微笑んでる様には見えなかったね。どう見たって全くの無表情だったよ。何なら、不機嫌そうに見えた位だ。自分達で子供を追い詰めておいて、死んだら勝手に脳内補正して・・・・・・。本当に勝手だよな。」
「まぁ、其れでもさ。確かに悲しくはあったんだろうね。猫可愛がりしてた一人娘だった訳だし。御葬式の規模とか凄かった。俺と彼女が予定してた結婚式の三倍は凄かったかな。」
「俺もさ、悲しかったよ。《嗚呼、遂に彼女も死んじゃったんだなぁ》ってさ。」
「でも、嬉しくもあったんだ。《やっと一緒に居られるんだ》って。色々と壊れちゃってた彼女だったけど、俺に会いさえすれば治るだろうって思ってた。あはは、俺って本当にポジティブ。」
「だとしたら、此れからの生活も捨てたもんじゃないかなー・・・何てな。」
「でもさ・・・・・・・・・・・・・・・あ。」
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・・・・・・・・・。
川原さんが突然足を止めた。
「着いたよ。」
廊下の端に、木のドアが見えた。
「此処が、あのシーツ被りの本拠地。」
「・・・シーツ被りは、今何処に?」
「まだ下に居て、友達を探してるんじゃないかな。ほら、音がするし。」
耳を澄ませると、一定のリズムで
ダン・・・ダン・・・
と言う、何かを叩き付ける様な音が聞こえた。
「足が上手く使えないからね。手を床に叩き付けて、スキーみたいに身体をスライドさせて移動してるんだ。」
川原さんが肩を竦める。
「其処までして追い駆け回す意味は、分かんないけどね。」
愈、川原さんがドアの方へと足を速め、ドアノブに手を伸ばした。
その時
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ピロロロロピロロロロ
僕の携帯電話の着信音が鳴り響いた。
のり姉からの着信だった。
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「はいもしもし。どうかしま」
「あの化け物が階段を上がってる。後ろから攻撃を仕掛けても無視して上がり続けてる。コンソメ君達、今何処?」
「二階の、正面から入ってから左の端です。」
「直ぐに逃げるか隠れるかして。あの化け物も左側の階段を使っているから。」
「でも、今やっと鍵のある部屋の前に」
「あの化け物、さっきとは比べ物にならないスピードだった。急いで!!」
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プツッ
電話が切れた。
川原さんは、何時の間にか僕の直ぐ隣に来ていた。
「・・・シーツ被りが近付いてるって?」
「どうして其れを・・・・・・」
僕が聞くと、川原さんはそっと耳を指差した。
「聞こえる。」
ダン・・・ズルズル、ダン・・・ズルズル、
確かに聞こえる。
あの化け物が其の身体を引き摺る音が・・・
「一旦隠れよう。・・・ほら!」
川原さんが僕の腕を掴み、無理矢理隣の部屋のドアを開ける。
視界の端に、白い何かが見えた。
僕と川原さんは急いで部屋の中に隠れた。
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・・・・・・・・・。
ズルズル・・・ズルズル・・・
規則的に聞こえる音は、少しだけ速度を落として、辺りに響いていた。
逃げ込んだ部屋は元々は病室だったらしく、淡いピンクで統一されている。
窓から月光が入るので、部屋の様子が良く見えた。
「・・・・・・此処には、小さな女の子が居たよ。白血病だったかなぁ。彼女は、結局最後まで此の施設に残ってたんだ。」
川原さんがベッドの方に近付き、サイドボードの引き出しを開ける。
「大分前だったし・・・残ってるかな。」
ゴソゴソと中を探り、小さな何かを取り出した。
「ほら、此れ。」
小さな栞が、手の上に乗っていた。
色は褪せているが・・・どうやらチューリップの様だ。
端に数字が・・・・・・。
8.25と書かれていた。
・・・誕生日か何かだろうか。
「お母さんが押し花を持って来て、其れを栞にしてたんだ。本当はもっと沢山あった筈なんだけど・・・一個しか残ってないね。」
だとすれば、製作した日と言うのもありえるな。
栞を元の場所に仕舞い、ドアの方へと向かう。
「・・・・・・・・・音、止んだ。気付かれない様に、カーテンを閉めて。」
僕がカーテンを閉めると、川原さんは僅かに開けていたドアの隙間から廊下を覗いた。
「まだドアの前に居るな・・・何をしてるんだろう。もし鍵とか掛けられ・・・っっ!!」
ピキリ、と川原さんが固まった。
「どうしました?」
「動かないで。」
ドアの隙間から、古びたシーツが見えた。
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「動かないで。今日は月光が強い。影の動きで見付かる。無機物の振りをして。」
川原さんは口早にそう言うと、後は銅像の様に動かなくなった。
僕も動きを止め、じっとドアの隙間を見る。
白い何かが、ゆっくりと部屋の前を横切っているのが見えた。
シーツ被りだ。
たかが数秒の事だったかと思うが、其の時の僕には・・・・・・・・・陳腐な例えではあるが、永遠の様に感じられた。
ズルズル・・・ズルズル・・・
ドアの前からシーツの姿が消え、音が段々遠退いて行く。
そして、其の内にべチャリ、べチャリ、と言う音が聞こえて来た。
シーツ被りが階段を下りる音だ。
暫くすると、音はさっきまでと同じ、手を床に叩き付ける音へと変わった。
・・・・・・一階へと行った様だ。
僕と川原さんは、ホッと安堵の溜め息を吐いた。
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・・・・・・・・・。
のり姉に連絡を入れた後、僕と川原さんはもう一度あの部屋の前に立った。しかし・・・
「・・・・・・鍵、閉められてるね。」
「そうですね。」
「鍵はシーツ被りが持ってるんだろうなー。どうしよっか・・・・・・・・・・・・あ!」
顎に手を当てて悩んでいた川原さんが、目を見開いて言った。
「あ?」
・・・あ、物凄く生意気な応答をしてしまった。
然し、そんな事にはお構い無しに川原さんは目を輝かせている。
「隣部屋の金庫扉!」
「きんことびら?」
間抜けに聞き返した僕に、川原さんは大きく頷いた。
「さっき行った部屋には、此の部屋と繋がってる扉があるんだ。」
「・・・・・・じゃあ、其処を使えば!」
「金庫の番号さえ分かれば、部屋に入れるよ!」
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「・・・・・・え?分かってないんですか?」
川原さんが頷く。
「うん。他人の金庫の番号なんて、俺が知ってる筈無いじゃん。」
いや、確かに其れはそう何だけど・・・。
此れまでずっと色々と知ってる体だったじゃん。
期待・・・するよ。其れは。
「そんなガッカリした顔しないでよ・・・。」
「金庫の番号何て、そうそう特定出来る物でも無いでしょうに。」
「・・・・・・取り敢えず、さっきの部屋に戻ろうか。」
川原さんが歩き出す。
・・・どうしよう。此のままで本当に帰る事が出来るのだろうか。
のり姉のポリシーには反するが、いっそ何処かの窓を割って脱出した方が手っ取り早くはないか。
僕はそんな事を思いながら、トボトボと後を付いて行った。
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・・・・・・・・・。
金庫扉は直ぐに見付かった・・・と言うか、川原さんが場所を知っていた。
「何で場所知ってるんですか。」
「此処の女の子・・・確か、楓ちゃんだったかな。楓ちゃんが、教えてくれた。まぁ、正確には俺にじゃなくて、まだまともだった頃の彼女に、だけど。」
川原さんは寂しそうに笑い、掛けられた南京錠を指で弾いた。
「どうしよっか。此れ。」
数字の数は十二。
最初の三つは埋まっていて8、2、5、が入っていた。
僕はハッとして、サイドボードの方へと駆け寄り、中からさっきの栞を取り出した。
端に8.25と書かれている栞を。
「此れ・・・もしかして・・・・・・。」
「・・・うん。愈、ホラーゲームの世界だね。」
僕等は苦笑いしながら顔を見合わせた。
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・・・・・・・・・。
さて、皆様お馴染み会話オンリーダイジェストである。
需要等一つも有りはしないが、やらねばどうでもいい所で文字数が偉い事になってしまう。
なので決行。毎度お騒がせしてしまい本当に申し訳御座いません。
要らぬ事かも知れませんが、一応ホラーゲーム風を心掛けております。生暖かい目でお付き合いください。
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・・・・・・・・・。
先ずは二階、右端の病室。
「何も無いんじゃ・・・?」
「いや、でも此の病室のお婆さん、楓ちゃんと仲良かったから。何かしら有るんじゃないかと。」
「えー・・・大体ですね。栞何て、薄っぺらい物をそう簡単に見付けられる訳が・・・・・・あー!!!」
「え?」
《雪割草の栞》と《メモ1》を手に入れた。
「数字は?!」
「えっと・・・・・・《3.17》です!」
「其の紙には何て書いてある?」
「《足が三つ、手が一つ、お目目は二つ、誰も気付かないけど。》って何だ此れ意味分からん!!」
「足が三つ、手が一つ・・・あ。分かった。此れヒントだ。行こう。」
「行こうって何処に・・・・・・」
「談話室前の廊下。一階だから、君の友達に連絡取って。」
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・・・・・・・・・。
談話室前の廊下。子供が書いたらしき絵の前。
「此の女性・・・よく見ると、右手が歪んで、足みたいになってる。」
「多分、メモの内容は此れだよ。」
「と、言う事は・・・・・・・・・あ!絵の裏側に・・・!!」
《向日葵の栞》と《メモ2》を手に入れた。
「数字は・・・今度は《10,2》です。メモはえーと・・・《白いお風呂は嫌い。鉄の臭いが染み付いているの。もう踊れない。だからあの子が好き。》だ、そうです。」
「鉄の臭い・・・白いお風呂ってのは、多分、一階の浴場だと思う。でも、嫌いって・・・。」
「其れに、《もう踊れない》ってどういう事でしょう。病気で窶れたとか?・・・にしては、妙にピンポイントな気がするんですけどね。足がどうかしてるとかでしょうか。」
「《もう踊れない》・・・踊れない。足に何かあって・・・・・・。楓ちゃん、別に足は不自由じゃなかったけど・・・。分かんないな。」
「・・・・・・・・・まぁ、取り敢えず、大浴場じゃない方の浴室へ行きましょう。」
「・・・・・・え?どうして」
「其の女の子・・・楓ちゃんは、大浴場がいやならば、普段はそっちへ行くしかなかったと思うんです。女の子ですしね。入らないと言う訳にもいかなかった・・・と思います。」
「・・・・・・分かった。此処で悩んでいてもどうしようもないし、行こう。」
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・・・・・・・・・。
小浴場。
「・・・・・・さて、来てみたは良いんですけど、此れからどうします?」
「どうしよっか。・・・取り敢えず、踊れなさそうな物を探して。」
「突き詰めて言っちゃえば、椅子も机も踊れませんけど。」
「・・・・・・いや、まぁ、そうだけど。」
「んー・・・・・・ん?」
「どうかした?」
「いえ・・・ぬいぐるみが落ちています。ほら、浴槽の中に。」
「でも、足付いてるよ。」
「近付いて見なきゃ分からないじゃないですか。」
・・・・・・
《切り裂かれたテディベア》を手に入れた。
「あ、ほら。足の裏側を切られています。多分此れですよ。」
「と言う事は、メモと栞は・・・・・・此のぬいぐるみの」
「ええ。中でしょうね。」
「・・・・・・どうする?」
「どうするもこうするも無いですよ。」
・・・・・・
《切り裂かれたテディベア》の中から《楓の栞》と《メモ3》を手に入れた。
《切り裂かれたテディベア》が壊れた。
「うわー・・・。また派手に引き摺り出したねぇ。」
「出したら詰めて縫えば良いんですよ。さっきのお婆さんの病室から裁縫セットを持って来ていたんです。はい、お願いしますね。・・・・・・あ、痛い。」
「大丈夫?」
「縫い物はあまり得意じゃないんです。」
《継ぎ接ぎテディベア》を手に入れた。
「・・・此処に置いてきぼりも可哀想ですね。取り敢えず連れて行きましょうか。」
「別に良いけど・・・。気持ち悪くない?」
「幽霊が吐く台詞ではありませんね。・・・さて、南京錠の数字は十二。だとすれば、数は全部揃いました。兎も角、あの部屋に戻ってみましょう。」
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・・・・・・・・・。
帰っている途中の廊下。
「・・・今までは毎回、もうちょっとサラッと帰らせる事が出来てた筈だったんだけどな。」
「・・・・・・今までって?」
「此処ってこんな見た目だし、元々は病院だろ?肝試しに来ちゃう人達が結構居るんだ。」
「僕達みたいな?」
「そう。君達みたいな。だから、平和を愛する俺は何時も何時も迷い込んで閉じ込められた人を助けてるんだ。」
「そうなんですか。だから色々と知ってた訳ですね?」
「まぁね。・・・・・・其れにさ、ぶっちゃけ、俺が居なかったら君、窓割ったりして脱出しようとしない?」
「ええ。でしょうね。と言うか、基本的にそうだと思います。多分ですが。」
「其れは駄目何だよな。ちょっとだけ困った事になるから。」
「・・・何故?」
「シーツ被りは、此の場所を守る為にあんな事をしてるんだ。物を壊したり何かしたら・・・。其の人に付いて行って、それで・・・・・・。」
「・・・・・・・・・殺す?」
「多分・・・ね。そんなの見たくも考えたくもないけどね。其の為に俺はめんどい案内人をやってるんだから。」
「・・・何か、すいません。」
「あ、気にしないでよ。そう言う意味じゃないから。他の人達と比べると、君は素直だから扱い易いしね。ほら、こういう・・・心霊スポットに来るのって、どうしても・・・・・・あ、君達の事はそう思ってないんだけどね。どうしてもさ、不良っぽい人が多いから。」
「・・・・・・まぁ、確かにそうですね。僕達も偶に鉢合わせしますし。」
「だろ?そういう人達って、妙に捻てるし、何より俺の言う事を聞かない事が多くてさ。」
「でも、初対面でいきなり《幽霊やってます》とか言われたら誰だって警戒しますよ。」
「うん。其れはそうだ。現に、今までそんなにリアクションが薄かったのは君達を含めて二組だけだよ。他は皆何かしら言って来たし。」
「二組・・・・・・。もう一組の人って?」
「聞く?」
「出来れば。」
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・・・・・・・・・。
僕が頷きながらそう言うと、川原さんは空中に目を游がせながら呟いた。
「そうだなー。あれは・・・・・・どの位前の話だったろうね。」
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・・・・・・・・・。
どの位前の話だったろうね。
忘れちゃったよ。ずっと此処に居たからな。時間の感覚が希薄なんだ。
此処が廃院してから何年経つのかさえ、定かじゃない程だ。
でも、出会った人達の事は不思議と忘れないんだよ。
此処での暮らしは平和だけど単調だから。
偶に人が来ると迷惑でもあるけど、其の反面嬉しくもあるんだ。
話し相手が出来るからね。
でも、ちゃんと話を聞いてくれる人は殆ど居ないな。
先ず、単に俺達を見れない人。此れは論外。
一番難しくもあるんだけどね。
ひたすらにポルターガイスト起こして帰らせてる。呻き声とか。
次に、信じない人。
見えたとしても、俺を生きてる人間と勘違いしちゃう人も結構居るんだ。
後、話を聞かない人。
・・・此れは、素行の良くない人に多いね。
パニックに陥ってるのを隠そうとして、無理矢理強がっちゃうんだよね。
正直、此れが一番迷惑だなぁ。
最後に、俺を怖がっちゃう人。
幽霊だって認識して、過剰反応を起こしちゃうんだ。
まぁでも、ちゃんと事情を説明すれば聞いてくれるから、他の人達よりは少しマシかな。
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さっき言ったよね。
《外の人達がシーツ被りの怒りを買わない様に、来た人達の案内人をしている》って。
確かに其れもそうなんだけど・・・理由は其れだけじゃないんだ。
単に寂しくて、誰かに構って欲しい・・・ってのも結構大きな要因だったりするんだよ。
だからさ、ちゃんと俺と話をしてくれた人の事は絶対に忘れない。
・・・て言っても、其のちゃんと話した人ってのが君を含めて二人何だけど。
あれ。此れ、さっきも言ったな・・・。
堂々巡りは此れ位にしといて、話を進めようか。
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・・・・・・・・・。
数年前・・・・・・だったかな。多分。
何かの物音で目を覚ますと、小さな女の子が俺に縋り付いてた。
「助けて!お姉ちゃんが!!お姉ちゃんが!!」
水色のワンピースを着ていてね。其れで俺はぼんやりと「嗚呼、今は夏なのか。」って思ったんだ。
目の前の女の子は、大体・・・そうだなぁ。小学生位に見えた。
どうやら俺が幽霊だって気付いてないみたいでね、泣きそうになりながら、俺のシャツの裾を引っ張っていたよ。
俺は寝起きって事もあって、状況が上手く飲み込めなくてね。
何だろうなぁ・・・。
多分、いきなりサツキに泣き付かれたトトロって、あんな気持ちだと思うよ。多分。
「白いシーツのお化けに!!お姉ちゃんが追い掛けられてて!!」
「・・・あーはいはい。そゆことね。了解了解。」
嗚呼、またシーツ被りが暴れてるんだって。
途端に意識がハッキリして、女の子の方を見ると、彼女は安心したみたいで、ボロボロボロボロ泣き出してた。
俺は焦って・・・でも、女の子の喜びそうな物なんて何も無いから。病院だし。浴場だし。
だから、せめて少しでも気を逸らす事が出来たら、と思って自己紹介をしたんだ。
「俺は川原。幽霊やってます。よろしくねー。」
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・・・・・・・・・。
以外に、其の子は俺が幽霊だと知っても驚かなかったよ。
まだ小さい子だったから、下手するとまた泣かせちゃうかなー・・・とか思ってたんだけどね。
其の子が言うには《元々そういうのが見える体質なので、其れ程驚かない》んだって。
やっぱり、そういうのでも違うんだろうね。
んで、取り敢えず、話を聞いたんだけど・・・。
其の子が言うにはさ、彼女はお姉ちゃんと数人のお友達と一緒に此処へ来たんだけど、いきなり白いシーツの化け物に追い掛けられて、お姉ちゃん達とはぐれちゃったんだって。
で、化け物はお姉ちゃんの方へと付いて行ったから、お姉ちゃんが危ないんだって。
まぁ、あの頃のシーツ被りは耳が聞こえてたからね。逃げるのが今より大変だったし、女の子一人を放って置くのも後味悪かったし・・・・・・。
で、そんな訳で俺は仕方無く其の女の子と《お姉ちゃん達探し》をする事になったんだよ。
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・・・・・・・・・。
お姉ちゃんとお友達は直ぐに見付かったよ。
優しげなお姉ちゃんでね、また安心して泣き出した女の子を抱き締めながら、俺に向かってゆっくりと頭をさげたんだ。
「妹がお世話になりました。」
って言ってね。
で、其の後は普通に案内して帰らせたんだけど・・・・・・。
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・・・・・・・・・。
「どうやら其の子、俺の事を《シーツ被りの所為で此処から出られない可哀想なお兄さん》って思っちゃったらしくてね・・・。」
「ほぉ?」
川原さんが感慨深そうに言い、微笑まし気な表情になりながら言った。
「《何時か、私が連れ出しに来てあげる!!》・・・ってさ。」
そして、其のままクスクスと笑った。
然し、にこやかな反面、其の表情は何故か寂しげにも見えた。
「俺は、自分の意思で此処に居るんだからね。」
「・・・・・・川原さん? 」
「・・・ほら、部屋に着いたよ。金庫扉を開けよう。」
何時の間にか、あの部屋の前に来ていた。
川原さんは扉を開け、もう部屋の中に入っている。
・・・どうして、そんな顔をしているのかは、聞かない方が良い。
僕はそう思い、口を噤んだ。
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・・・・・・・・・。
此れがホラーゲームならば、此れからどうやって金庫扉を開けるか苦心する所なのだろう。
然し、僕達はそんな焦れったい真似はしなかった。
・・・即ち!
片っ端から色々なパターンを試したのである。
下手な鉄砲も数を撃てば当たると言うではないか。正に其れである。
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・・・・・・・・・。
「次は・・・雪割草、向日葵、楓の順番で。」
「はい。825317102・・・えっと、楓が・・・・・・5,12。」
カチリ
小さな音を立て、金庫扉が開いた。
川原さんがホッと溜め息を吐く。
「良かった・・・。こういうのって開かなくなってる事も多いから、心配してたんだ。」
「え。そんな事、さっきは一言も・・・」
「希望は潰さない方がいいかなって。」
「えー・・・。」
「まぁまぁ。ちゃんと開いたんだから。」
「自分で言う台詞じゃないでしょう。」
「早く行こう。お友達が君の助けを待ってるんだろう?」
「・・・・・・。」
僕は溜め息を一つ吐き、小さな扉を潜り抜けた。
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・・・・・・・・・。
他の病院と違い、其の部屋は酷く《整っていた》。
埃一つ無い室内。薄く漂う病院独特の消毒臭。
其の部屋だけ時間が止まり、今でもホスピスとしての役割を果たしている・・・そんな錯覚すら覚えた。
あの化け物の部屋とは、とても思えない。
「えーと・・・・・・鍵は・・・?」
川原さんが部屋中をウロウロと歩き回る。
「大切な物だし・・・此処かな。」
ドレッサーの引き出しを開き、大きな溜め息。
「違うか。そんな簡単な訳無いよなぁ。もっと・・・・・・。」
「あ、あの。」
「ああ。ちょっとじっとしてて。下手に触ると怒られる・・・って言うか、祟られちゃうよ。」
僕は頷き、また黙り込んだ。
「多分、此処ら辺に・・・あ!!」
ベッドの下に身体を滑り込ませていた川原さんが、嬉しげな声を上げた。
「有った!有ったよ!!・・・あでっっ!!!」
ゴン、と鈍い音を響かせ、川原さんがベッドの底に頭をぶつける。
今度は体制を低くしてゴソゴソと這い出す。
「ほら、此れだよ!」
手の上には、持つ所が木で出来た大きな鍵が握られていた。
「良かった・・・此れで・・・!!」
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ズ ル リ。
「え?」
後ろを・・・金庫扉の方を見ると、開け放たれた扉から、白いシーツに覆われた球状の物が見えた。
シーツ被りの頭だった。
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「あ・・・・・・!!」
固まってしまおうにも、ついさっきまで動いていたのだ。
場所は把握されているだろう。
其れに、何より此処は此の化け物の部屋なのだ。
肩らしき出っ張りが扉を通過した。
あれを押し退けて逃げるのは・・・無理だ。
あの扉が使えないとすれば・・・・・・。
部屋のドアの鍵を開ければ!!
僕はドアの前まで走り、鍵を開けようとした。
のだが・・・・・・・・・。
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無かった。
室内側に付いている筈の金具・・・確か、サムターンだったか・・・其れ自体が、存在していない。
「どうしよう・・・」
此れでは出られない。
いっそ、呪われる事を覚悟で窓を割って、飛び降りてしまおうか。
・・・・・・いや、僕だけが呪われるなら良いが、のり姉達にまで迷惑を掛けてしまうかも知れない。
「どうしよう・・・・・・。」
僕は呟きながら、シーツ被りがノロノロと扉を通過して行く様を呆然と見ていた。
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・・・・・・・・・。
遂にシーツ被りの全身が扉を潜った。
ゆらり、
シーツ被りが身を起こし、ゆっくりと僕の方を向く。
僕は床に張り付けられた様に突っ立っていた。
ズルリ
シーツ被りが此方へと這い始めた。
ズルリ、ズルリ、ズルリ、ズルリ。
どうしよう。こんな所で死にたくない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
もし、皆を助けられなかったら。
もし、もし、もし・・・・・・
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「今だ!逃げるよ!!」
突然、川原さんが大きな声で叫んだ。
腕を掴まれ、川原さんと金庫扉へ向かって走る。
「滑り込んで!!」
「え、うわっ・・・!!」
背中を押され、転ぶ様にして扉を潜り抜ける。
床に頬を嫌と言う程ぶつけた。
だが、痛みに呻いている暇は無い。
扉の向こうには、僕等を見失っているシーツ被りの姿が見えた。
川原さんが扉を・・・・・・潜り抜けた!
足を使って、思い切り金庫扉を閉める。
そして、急いで南京錠を掛けた。
ガシャン
硬質な音が響き、鍵が閉まった。
あの部屋は内側から鍵を開ける事が出来ない。
金庫扉も、こうして閉まっている。
「此れって・・・もしかして。」
「うん。・・・・・・そうだよ。君は、シーツ被りを・・・・・・・・・。」
床にへたり込みながら、川原さんが言う。
「君は、シーツ被りをあの部屋に閉じ込めちゃったんだ。」
僕は身体中の力が抜けて、ぼんやりと床に座っていた。
斯くして、シーツ被りは完全な密室へと閉じ込められたのだ。
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・・・・・・・・・。
其れから
廊下を通り、階段を下り、また廊下を進み、
僕等は、遂に出口となる部屋へと辿り着いた。
川原さんが言う。
カチリ
然したる抵抗も無く扉は開いた。
「終わった・・・・・・?」
僕は小さく息を吐き、ゆっくりと扉を押し開いた。
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ず る り 。
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・・・・・・・・・。
不意に衣擦れの音がした。
僕は開かれた扉の中を見る。
すると其処には
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シーツを被った、化け物が一匹。
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・・・・・・・・・。
窓は大きく開け放たれている。
然し、シーツ被りも此方をハッキリと認識している。惜しくもあるが、此処は逃げるしか・・・。
「・・・あーあ。」
川原さんが困った様な笑みを浮かべた。
そして、次の瞬間。
彼は、シーツ被りへと、飛び掛かっていた。
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・・・・・・・・・。
「ほら、早く行って!!押さえてるのにも限界があるから!!」
川原さんが此方に向かって叫ぶ。
僕は頷き、窓へと走った。
窓への距離は凡そ五メートル。
シーツ被りの横をすり抜け、窓枠へと手を伸ばす。
指先が窓枠に触れた。
其のまま窓枠を掴み、滑る様にして窓辺へと移動。
踏み台は無い。鉄棒で身体を持ち上げる時の要領で窓へとよじ登る。
冷えた外気が頬を撫でた。
あと、一歩。あと、一歩踏み出すだけて、外だ。
ドサッ
後ろから大きな音が聞こえ、思わず振り返る。
「・・・川原さん!!」
床の上に、川原さんが倒れていた。
川原さんが大きな声で言った。
「早く行け!!」
「でも、川原さんが・・・・・・!!」
川原さんは直ぐに起き上がった。
此方に向かってハッキリと言う。
「大丈夫だから!早く!!」
其れでも僕は、立ち上がった川原さんに向かって手を伸ばした。
「一緒に逃げましょう!ほとぼりが冷めた後、もう一度戻ってくればいい!!」
然し、川原さんは手を取らない。
ずっと困った様な笑顔を浮かべているだけだ。
シーツ被りが、川原さんに凭れながら這い上がる様にして立ち上がり、川原さんの首に手を掛けた。
白くて細い、枯れ枝の様な腕だった。
「・・・!!ほら、川原さん!逃げましょう!!」
出来る限り手を伸ばしても、ギリギリで川原さんには届かない。
川原さんも、手を伸ばして来ようとしなかった。
シーツ被りの手の中で、銀色が鈍く光る。
床に落ちていたメスだ。
「川原さん!川原さんってば!!」
此のままでは本当に危ない。
確かに待っている皆を助ける事も大事だが、川原さんを見捨てる訳にもいかない。
僕は思い切って、部屋の中へ戻ろ・・・
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「ごめんね。」
腕を伸ばし、川原さんが僕の足を持ち上げた。
「う、うわっ?!」
そして、そのまま僕を外へと押し出す。
「今日は楽しかったよ。じゃあね。また何時か。」
喉に食い込んだメスが、肌を裂く。
想像より遥かに大量の血液が噴き出した。
幽霊とは思えない程、いや、幽霊だからこそ、だろうか。
川原さんは、笑いながら手を振っていた。
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・・・・・・・・・。
ゴンッッ
土の上で頭を強打した。
「・・・・・・痛い。」
全く。此れで本日二回目だ。
一日に、こう何回も頭を地面に打ち付けて、馬鹿になってしまわないだろうか?
「・・・まぁ、元々そんなに出来の良い方じゃないけど。」
ポツリと独り言を呟いて、開いている窓の中を覗き込む。
ガランとした室内。
シーツ被りも、川原さんも、飛び散った血液も、何一つ見当たらない。
「・・・・・・でも、こんなもんかな。」
外と中では世界が微妙に違う・・・等は、よく有りがちな話だ。
僕は其処で、自分に付いた筈の返り血も無い事に気付いた。
「案外、夢か何かだったのかもな。」
言ってしまった後、僕らしくも無い、と思う。
独り言だから、どうせ誰も聞いていないのだけれど。
「そうだ・・・のり姉達に連絡。」
ノロノロと携帯電話を取り出し、lineを送る。
・・・本当なら電話の方が良いのかも知れないが、独り言を幾つも呟いておきながら、会話は誰ともしたくなかった。
何だか酷く疲れていて、怠かった。
lineを送って十数秒。
メッセージの下に小さく《既読》と言う文字が表示された。
僕は正面玄関の扉を開き、気怠さに身を任せて地面へと横たわった。
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・・・・・・・・・。
「起きて。起きてってば。」
誰かに揺すられて目が覚めた。
「おはよう。お疲れ様。」
のり姉だった。
僕はぼんやりとのり姉を見上げた。
「・・・御無事で何よりです。」
何を言えば良いのか分からず、月並みな言葉を選んで口にしてみる。
喋ってみると、自分の口調が驚く程に平坦になっているのに気付いた。
僕が軽く口を押さえると、のり姉は俯いている僕の肩をグシャグシャと掻き回した。
「助けて貰ったんでしょ?教えて。」
泣きじゃくる子供をあやす様な声で、そう言って、のり姉は僕の顔を覗き込んだ。
何故だかは分からないが、後ろめたい。
僕は目線を逸らしながら、ポツリポツリ話を始めた。
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・・・・・・・・・。
話を終えると、何かの糸が切れた様にして涙が流れた。
「・・・・・・川原さんは、僕の所為で。」
死んだ?・・・いや、違う。元から彼は死んでいる。
だとしたら彼は、一体どうなったのだろう。
薄塩とピザポが、のり姉より数歩下がって此方を見ている。
僕は顔を掌で覆い、必死に涙を隠した。
二人の方が僕よりずっと危険な目に遇っていたのだ。
あれだけの時間を掛けた挙げ句、川原さんを犠牲にした僕に泣く資格等無い。
そう思った。
其れでも、涙は止め処無く流れ続ける。
あの時、直ぐにドアを閉めていれば、川原さんはあんな目に遇わずに済んだ。
刃物を出される前に僕が逃げていれば、川原さんは逃げられたかも知れない。
もしも・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・。
「あー、やっぱり泣いてたかー。」
不意に頭上から、間延びした声が降って来た。
僕が顔を上げると、其の人はゆるりと微笑みながら、こう言った。
「また何時か、とは言ったけど、こんなに早く再開するとは思わなかったなー。」
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「どうも。川原って言います。幽霊やってます。よろしくねー。」
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・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・
さて、此処で話を終わりにすれば、中々区切りも宜しいし、何より話にオチらしき物が出来る。
然し、そう上手く行かないのが現実。延いては世の中だ。
もう暫く、お付き合い頂けたら幸甚である。
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・・・・・・・・・。
何時の間にか目の前に居た川原さんは、喉元に蚯蚓腫れらしき物が残っているだけで、怪我らしき怪我は無くなっていた。
服は着替えられている。血が付いてしまったからだろう。
「・・・・・・川原さん?」
「うん。また会ったね。」
「どうして・・・・・・」
「無事なのかって?・・・言っただろ。俺、幽霊やってんの。」
「・・・シーツ被りは?」
「眠ってる。動き回って疲れたんだろ。」
「さっきは・・・あの・・・・・・。」
「良いんだよ。」
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・・・・・・・・・。
「そう。気にする必要は無いよ。コンソメ君。」
「・・・・・・え?」
のり姉が厳しい顔で此方を・・・いや、川原さんを見ていた。
睨み付ける様にして言う。
「自業自得だし。」
確かにそうとも言えるが、でも・・・
其の言い方は、あんまりではないか。
僕は恐る恐る反論を試みた。
「川原さんは、僕を逃がそうとして」
「だから何?もっと話の問題は根本的な所にあるの。少し黙ってて。」
無理だった。
予想を遥かに越えて無理だった。
仕方無く、向き合った二人を見る事にする。
最初に口を開いたのは、のり姉の方だった。
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「耳、聞こえなくなっちゃったんだ。」
川原さんは一度、小さく頷いた。
「うん。最近は二足歩行すら辛いみたい。」
どうやらシーツ被りの事を話しているらしい。
のり姉の顔付きは依然として厳しいままだ。
「知能もどんどん退化してない?」
「そうだね。もう、俺の事も分からないみたい。現に、さっきは俺に攻撃してきた。」
「・・・じゃあさ。」
「ん?」
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「いっそ、私達と一緒に来ない?」
突然の誘いだったが、川原さんは眉一つ動かさない。
そして、のり姉もまた、何も考えていない様な無表情だ。
「もう、無理だよ。あれはもう・・・・・・。」
目線を合わせたり逸らしたりしながら、ゆっくりとのり姉が言う。
「あれはもう、貴方の彼女じゃない。」
川原さんは一瞬だけ辛そうな顔をしたが、軈てゆっくりと答えた。
「そうだね。確かに、あれは元の彼女とは別物だ。俺もそう思う。」
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「其れでも、彼女じゃなきゃ駄目なんだ。」
そして、困った様な笑顔を浮かべ軽く頭を下げた。
「ごめんね。一緒には行けない。」
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・・・・・・・・・。
のり姉が大きな溜め息を吐いた。
「・・・救えない。折角、迎えに来たのに。」
そして、クルリと踵を返して歩き出す。
川原さんは困った表情のまま、其れを見ていた・・・・・・・が、軈て大きな声で呼び掛けた。
「覚えてるよ。勘違いさせちゃってごめんね。でも、会えて嬉しかった。大きくなったね。良かったら、また・・・」
「来ない。もう来ないよ。」
振り返らないままで、のり姉が答えた。
そして、また歩き始める。
薄塩とピザポは、一瞬躊躇う様な素振りをした後に、のり姉の元へと駆け寄った。
川原さんは、たった一人で隣に居る僕に、何処か寂しそうに言った。
「君も、帰りなさい。帰る所があるんだから。」
そして、トン、と僕の背中を押す。
僕は一言
「僕は、コンソメと言います。」
とだけ言って、先を行く三人を追い掛けた。
後ろから小さく
「ごめんね。」
と聞こえたが、もう振り返りはしなかった。
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・・・・・・・・・。
車に戻ると、のり姉は詰まらなそうにブツブツと呟いた。
「あんなの、もう只の化け物なのにね。何処が彼女だし。私だったらとっとと見切りを付けて、絶対にあんな所は出て行くけどね。どうしてだろうね。本当に意味分かんない。」
そして、一際小さな声で一言。
「どうして・・・・・・私じゃ駄目なんだろうね。」
僕等は何も言えず・・・いや、何を言えば良いのか分からず、只、黙って聞いている事しか出来なかった。
僕は助手席に座ってるので、少し視線をずらせば、のり姉の顔を見る事が出来る。
横目で盗み見ると、のり姉の頬に何か光る物が見えた。
車は、ノロノロと進み続けた。
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・・・・・・・・・。
唐突にピザポが口を開いた。
「すみません、車、停めてください。」
のり姉は何も言わず、近くのコンビニに車を停めた。
「俺、申し訳無いんですけど今日は泊まれそうに無いです。」
ピザポはそう言って、一礼した後に、車から降りた。
気不味さに耐えきれなかったのだろうか。
ピザポらしくも無いが・・・・・・。
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・・・・・・・・・。
バタン
不意に大きな物音がして、僕の乗っている助手席のドアが開いた。
「・・・・・・え?」
「何してんの。コンちゃんも降りるんだよ。ほら早く。」
無理矢理、座席から引き摺り降ろされる。
「え?え?え?」
全く以て状況が分からない。
そして、僕を動けない様にした後、ピザポはニッコリと笑って言った。
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「今日、ちょっとコンちゃんを持ち帰らせてもらいます。」
「待て待て待て待て待て。何でだ。」
「コンちゃんは黙ってて。」
「黙ってられるか。離せ。」
「無理。」
必死に助手席へと戻ろうとする・・・・・・が、戻れない。
そして、無情にも助手席のドアが閉められた。
キュルキュルと音を立てて助手席の窓が開く。
車内からのり姉の
「御幸せに!」
と言う声が聞こえた。
そして、のり姉は本当に僕とピザポをコンビニの駐車場に置き去りにして走り去ってしまった。
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・・・・・・・・・。
ピザポが、パッと僕から手を離した。
「お前なんて事を・・・!!」
距離を取り、ピザポに向かってそう言うと、ピザポはポリポリと頭を掻き笑った。
「確かにやりすぎだったかも。でも、此れでのり姉は気兼ね無く泣けるよ。」
「・・・・・・泣けるって・・・だったら、慰めなくちゃ」
「コンちゃん、其れは違うよ。」
ピザポが小さく頭を振る。
「俺達が居たら、のり姉は思いっ切り泣けない。其れに、今回については、俺達が慰めるってのもお門違いだよ。」
そして、少しだけ寂しげな顔をする。
「・・・本当は、コンちゃんは残ってても良かったかも知れないんだけど、一人で離脱するのも辛かったから。」
僕は暫くポカンとしていたが、軈て色々と理解して、小さく頷いた。
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・・・・・・・・・。
「・・・此れからどうする?」
僕がそう言うと、ピザポは何でも無さげな顔で答えた。
「コンちゃん、泊まって来るって言っちゃっただよね?だったら、俺ん家に泊まっていきなよ。」
「でも、親御さんが・・・」
「俺の両親、俺と一緒に暮らしてない。此方には一人で越して来たから。」
「・・・あ、じゃあピザポって独り暮らし?」
「いや、一人では無い。・・・まぁでも、大丈夫だよ。迎え呼ぶから、コンちゃんはコンビニでパンツ買って来な。普通の服とかは貸すから。」
「いや、でも流石に其れは悪いって言うか・・・・・・。」
「自分では気付いてないかも知れないけど、今のコンちゃん、かなり汚いからね。ちゃんと風呂入ってくれなきゃ此方が困るんだって。ほら、行って行って。」
背中を押され、無理矢理に入店させられる。
僕は《果たして、コンビニにパンツなんて売ってるのか?》等と考えてながら、トボトボとパンツを探し始めた。
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・・・・・・・・・。
結論を言ってしまおう。
パンツは売っていた。
確かに普通に買うよりは高かったが、其れはまごう事無きパンツだった。
「あ、売ってた?迎え、あと十分位で着くって。」
あと十分・・・・・・。
僕達は、コンビニの隅の方に纏まって、迎えが来てくれるのを待った。
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・・・・・・・・・。
其の時、僕は勝手に《独り暮らしじゃないって事は、御祖父さん御祖母さんと同居しているのだろう》等と言う実に勝手な事を考えていた。
実際に来るのが若い女性で、ピザポが彼女と二人暮らしの生活をしているとも知らずに・・・。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
遅くなってしまい、大変申し訳御座いません。
思ったより長くなってしまいました。
次回はピザポの同居人さんの話です。
宜しければ、お付き合いください。