「主文、被告を無期懲役に処す。」
俺は裁判長のその声を聞き、深々と礼をしながらも、釣りあがった口角を見られぬように細心の注意を払った。
死刑ではない。俺は腹の底から嬉しさに笑い出しそうになる衝動を抑えた。
死刑制度の存廃に関しては、過去にも幾度となく議論されてきたわけだが、昨今は廃止の方向へとわが国は向かっていた。おそらく、最高刑が無期懲役になる日も近いであろう。
俺には少年の頃より、異常な性癖があった。同年代の異性に関心が持てないのだ。小さな少女にしか、関心が持てない。所謂、ロリータコンプレックス。しかも、その執着は自分でも異常だとは思った。しかし、実際にはそれを実行に移すことはできなかった。俺はそれでも諦めきれずに、大学を卒業し、教員免許を取り、小学校教師になった。俺を動かす動機はまさにその性癖だった。精一杯俺は理性を保ったのだ。何もできないのであれば、せめて少女を眺めたい。その一心で、小学教師になったのだ。
小さな女の子はかわいい。特に低学年の子供は、先生、先生と慕ってきて、人懐っこい子は手を繋いできたりもした。俺は間違っていた。小学教師というものは聖職で、これでは俺は生殺しだ。俺は理性で自分を抑えるのに必死だった。それなのに、あの無邪気なあいつらときたら、俺を平然と誘惑してくるのだ。教師を辞めることも真剣に考えたこともあった。俺はきっといつか、大変なことをしでかしてしまう。今思えば、あの時教師を辞めていれば、こんなことにならなかったのかもしれない。いや、果たしてそうだろうか?やはり俺は、生まれついての変態なんだろうか。
俺は小さな女の子を誘拐した。そして、陵辱した。体を嘗め回していると、女の子は泣きながら気持ち悪いと叫んだ。俺は、カッとした。気持ち悪い。それは、幼い頃、初恋の女に言われた言葉だった。俺もそれまでは、同年代の女の子にも興味があったのだ。小学低学年の頃、好きな女の子に好きだと告白した。すると、一言「キモイ」と言われたのだ。たぶんその言葉に深い意味はなかったのかもしれない。自分にそういう自覚が無いのに「キモイ」と言われたことがショックだった。その日から、身だしなみに気をつけ、清潔感を保ち、キモイなどと二度と言わせないと思った。その日からトラウマになり、同年代の女の子は受け付けなくなったのだ。
それが、誘拐した女の子にまた「気持ち悪い」と言われたのだ。俺は目の前が真っ赤になった。気がつくと女の子をめちゃくちゃに殴り、自分の体が真っ赤に染まって、ボロボロの女の子が目の前に転がっていた。見た目あきらかにもう生の気配は無い。俺は、正気に戻って呆然とした。俺はパニックになり、女の子を自分の車に乗せ、山へと向かった。土地勘のある山の雑木林に穴を掘って埋めたのだ。
しかし、最近の防犯カメラというものは凄い。どこにでも防犯カメラはあるものだ。少女を誘拐した公園にもそれはついていて、俺が少女に話しかける様子が克明に映し出されていた。任意で事情を聞かれ、車からも血液反応が出て、俺は、あっという間に捕まってしまったのだ。
マスコミはこぞって俺の移動のたびに、容赦なくカメラにおさめようと躍起になった。そんなことをしなくても、俺の写真なら小学校に行けばあるし、友人から手に入れるだろうし、卒業文集なんかもおもしろおかしく晒すつもりなんだろう。たぶんマスコミは俺の周りに取材に行く。
「あんな真面目な優しい先生が。信じられない。」
たぶんそんなコメントもあるはず。俺はずっと人生を演じてきた。真面目で優しいを演じてきた。本当は俺ほど残酷な人間は居ない。
「前々から、女の子にだけ優しいと思ってたんですよね。」
事件を起こせば、そうとってつけたように思い込む父兄も居るだろう。俺はそう思われないように、男の子にも優しくしてきたつもりだぜ。
とにかく、俺は助かった。ざまあみろ。なんとでも言え。俺はこれから模範囚になる。そして、仮釈放の日を待つのだ。長い道のりになりそうだが、死ぬよりはマシだ。俺は裁判所を後にして、刑務所に収監され、布団を被って一人真っ暗な中、声を殺して笑った。
俺は収監されたあくる日、看守に付き添われ、ある部屋に通された。そこには、白い病院のようなベッドがあり、白衣を着た、医師のような者が待っていた。
「おかけください。」
医師は俺に椅子をすすめた。
健康診断だろうか。
「それではですね、無期懲役についてご説明します。」
そう切り出されて、おれはポカンとした。医師が何故、刑の説明をするのだ。
「法律の改正で、死刑がほぼ行われなくなったわけですが、水面下で無期懲役についても、改正がありましてね。死刑を全く廃止という意見にどうしても、反対という意見も消えないわけでして。」
何を言ってるんだ。俺は無期懲役だろう?
「無期懲役、すなわち、生かす刑ですな。」
ますます意味がわからず、俺は何も反応ができなかった。
「ただ生かすのでは罪の償いにならない、という議論もありまして。生かす刑というものが考えられました。」
俺はわけがわからず、たまらず質問した。
「生かす刑?」
医師はたっぷりと息を吸い込んで吐き出した。
「そう生かす刑です。あなたはこれから、苦しみながら、生きていただきます。」
そう言うと、二人の看守が俺を両方から羽交い絞めにした。俺は突然のことに抗った。
「な、何をするんだ。」
「暴れないでくださいね。針が折れますから。なぁに、すぐに終わりますから。」
二人の看守に力ずくでベッドに押し倒され、押さえつけられた。
医師が注射器を持ち、俺の腕に針を打ち込む。
「あなたに、がん細胞を増殖させる薬を打ちました。あなたはこれから99%の確立でガンになります。もちろん殺したりはしませんよ。生かす刑ですからね。誠心誠意、ガン治療して、生かしてあげますからね。」
そう言うと医師は悪魔のように笑ったのだ。
俺はほどなくして、ガンになった。闘病生活が始まる。抗がん剤治療が始まり、俺の髪の毛はごっそりと抜けた。絶え間なく来る、吐き気、頭痛。見る見る、俺はやせ細ってはいたが生きている。意識はいつも朦朧として、いつが夜だか昼だかわからないくらいに混濁した。
「今日はご気分はいかがですか?」
ニヤニヤ顔の医師が毎日回診に来る。
「もう、いっそのこと。殺してくれ・・・。」
俺は息も絶え絶えに、医師にそう告げた。
「ダメですよ、これは生かす刑なんですから。死ぬまでちゃんと刑に服すんですよ。きちんと生きてくださいね。」
医師の声は遠くに聞こえた。
***************
「さて次の話題です。最近、刑務所での受刑者の病死が増えているということですが。」
「そうですねえ。何が原因なのでしょうか。」
そこでテレビの電源は切られた。
「消灯」
その合図と共に、刑務所内は暗闇に包まれた。
作者よもつひらさか