久し振りに兄と買い物に行った。
買い物と言っても遊びに行った訳じゃない。単なる食料の調達だ。
場所は近所のスーパー。移動方法は徒歩。
最初に食事の材料を購入し、次に併設されている和菓子屋で来客用の栗饅頭。
更に、新作が出ていたので、兄は銀杏、僕は紅葉の上生菓子も一つずつ買った。
客用の栗饅頭は本当ならちゃんと、何処其処の店で買わねばならないと言うのが有るのだが、祖父の不在を良い事に兄は其れをさぼっている。
兄は
「どうせ支店なのですから、どちらの店で買っても同じ事です。」
と言うが、実際の所は本店の主人の長話を嫌っているだけなのだと言う事を、僕は知っている。
まぁ、知っていても其れを指摘する積もり等は毛頭無いのだが。
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スーパーの前には、何時も鯛焼き屋のワゴン式屋台が出ている。
つぶあんを二つ買った。
食べながら帰る。
持ち運びには小さなキャリーバックの様な物を使っていて、其れを兄が引き、和菓子は袋に入れて僕が持った。
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スーパーからの道を真っ直ぐ歩き、古い墓地を横切る。墓地には彼岸花が咲いていた。
墓地から暫く進んで右折。
遡る様にして川沿いの道を歩く。
川原には、また彼岸花が咲いていた。
陽当たりは然程良くないのに、橋の袂の方に特に沢山咲いている。
突然兄が立ち止まり、此方を見た。
「どうかしましたか?」
知らない間に、顔がしかめられていたらしい。
僕は、どうして袂の方に集まって咲いているのかを尋ねてみた。
答えが返って来るとは思わなかったが、話の種としても面白いと思ったのだ。
然し、何故か兄は其の場で考え込んでしまった。
「兄さん?」
僕が呼んでみると、スッとさっき通ったばかりの墓地を指差す。
「・・・墓地?」
「・・・・・・ええ。」
兄は小さく頷き、僕に質問をしてきた。
「どうして墓場に彼岸花が多いのか、知っていますか?」
質問の答えが質問とは此れ如何に。
若干の不満を覚えながら答える。
「分からないです。」
「死体に、虫が集らない様にする為なのだそうです。」
手持ち無沙汰そうに持っていた鯛焼きの尻尾を口に押し込み、兄はそう言った。
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昔は此処の地区も土葬だったんです。
と言うか、此の国丸ごとそうだったんですけどね。
当然の如く、遺体は棺桶に入れて其のまま埋められます。
そうすると、虫が付くんですよ。
土に埋めれば軈て虫に集られ、腐り、土へと還って行く。
当たり前の事です。
当たり前の事・・・・・・ですが、其れでも、遺された人達にはとても辛い。
然し、腐り行く事は誰にも止められないし、もし止められたとしても、何時までも死体が腐敗しないのでは埋める場所が足りなくなってしまいます。
・・・・・・・・・彼岸花の根は毒を含み、虫除けの効果が有ると聞いています。
なので、せめて虫達に食われない様に、と遺族達によって植えられたんです。
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「・・・此の川は流れが激しく、橋を掛ける事がとても難しかったと伝えられています。何回も何回も失敗を重ね、やっとの事で橋を掛けたのだそうです。」
水嵩も低く穏やかな川の流れを見ながら、兄は続ける。
「どうしても壊れてしまう橋。・・・やっと掛かった其の橋には、とある呪いが掛けられていました。」
僕の方を向き、数回瞬きをする。
何故か《自分で言え》と言われている様な気がした。
僕は鯛焼きの所為か乾いた口で、絞り出す様に呟いた。
「人柱・・・・・・ですね?」
兄は大きく頷いた。直ぐ近くの橋を指差す。
「あの橋には一人です。通常は二人が多いそうなのですが。」
其の橋の袂にも、やはり彼岸花が咲き誇っていた。
「ほら、丁度、彼処の辺りに・・・・・・あ。」
兄が目を見開き、今度は嬉しそうに頬を綻ばせた。
何やら楽しそうだ。どうしたのだろう。
「どうしたんですか?」
「珍しいですね。白彼岸花ですよ。」
そう言って、袂へと歩き出した。
川原をどんどん進んで行く。
白い彼岸花・・・・・・
そんな物何処に・・・・・・・・・?
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「駄目です!!!!」
全身の力を込めて叫び、兄の傍まで駆け寄る。
確かに、咲いている彼岸花達に混じって二本、白い物が見える。
兄はアレを彼岸花だと言った。
然し、僕の目には、アレはーーーー
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地面から突き出ている、痩せこけた、白い手に見えた。
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もう兄は突き出ている手の直ぐ近くまで来ている。僕は兄の腕を掴み、思い切り引っ張った。
「・・・どうかしたんですか?」
兄が怪訝そうな顔で此方を見る。
あの白い手は、まだ空に突き出されたままだ。
「兄さん、アレは白い彼岸花なんかじゃありません。アレは白い人間のーーーーーモガッ」
兄に口を塞がれた。
「あれは、《白彼岸花》ですよ。それ以外の何でもないんです。」
はっきりとした口調で、兄が言う。
パッと手を離された僕は、もう一度、あの手の方を見た。
赤い花に囲まれている、細い指と痩せこけた腕。
やはり、手だ。手に見える。
僕は酷く困惑した。
兄は、そんな僕の方を見て薄く微笑んだ。
「《白彼岸花》ですよ。害はありません。只、少しだけ、少しだけ・・・」
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独りぼっちが、寂しくなってしまったのでしょう。
兄が、またゆっくりとあの手の方に向かって歩き出した。
僕はもう止めたりせず、黙って兄の後に付いて行った。
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傍で見ると、其の手は、愈白くて痩せ細っている様に見えた。
前にテレビか何かで拒食症のニュースをやっていたが、其れの人の手に似ている。
「○○、袋を貸してください。」
僕が和菓子の入った袋を渡すと、兄は其処から銀杏の練り切りを取り出した。
上を向いている《白彼岸花》の、掌にそっと練り切りを乗せる。
そして、兄は小さく頷くと、向きを変え、川沿いの道へと戻り始めた。
僕もやはり黙って、其れに付いて行った。
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歩きながら兄が言う。
「知覚してはいけないんです。」
「其れが何なのか、明確に知ってはいけない。関わったら駄目何です。なので、《白彼岸花》と呼ぶんです。」
「人柱なんて、基本的に関わって良い事等有りませんからね。」
「なら、どうしてあんな事したのかって?」
「かんたんな話ですよ。」
「ずっと独りは、寂しいじゃないですか。」
そして、其れきり黙ってしまう。
兄の顔色は明るい。
僕は立ち止まり、振り返って橋の袂を見た。
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赤い花達に囲まれて、《白彼岸花》が、両の掌でそっと、銀杏の練り切りを包み込んでいた。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
秋ですね。
オリジナルタグを付けておきます。
話はまだまだ続きます。
宜しければ、お付き合いください。