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俺が大学に入り、できた親友の妹から聞いた話。
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私には師と慕う人がいる。
知っていることは、兄の友人で、変人であるということだけなのだが。
ただ、彼の持つ霊感は師匠と呼ぶに相応しかったと思う。
高校一年生の冬。
兄が奇妙なことを言った。
その師匠と兄、私で、とある山の中腹にあるホテルの廃墟に行った時の話だ。
辿り着くには1時間ほど獣道をたどり、ヘトヘトになり、ホテルに到着する。
黄昏時だっただろうか。
兄も師匠も体力十分の様だが、私には堪えた。
今夜はこの廃墟で野宿をする予定だ。
防寒対策もしっかりととってある。
師匠と兄は探索に出かけるようだったので、私は少し休むことにした。
二人の声が遠くで響いている。
何時間経ったのだろうか、目が覚めると周りは暗闇に包まれていた。
山の麓の方を見やると、町の夜景が綺麗に煌めいていた。
こんなところがあるんだなぁ、なんて感心していると、人の声らしきものが聞こえてきた。
二人が帰ってきたのだろうか?
辺りを見渡すが、二人の気配はないようだ。
『テンソウメツ』
やはり聞こえる。
山の方だ。
白い何かがこちらに近づいていた。
形でいうと、はんぺんに足が生えて、それが左右に体を揺すっているような…。
そういえば師匠から聞いたことがあった。
ヤマノケ…というのだっだだろうか?
逃げないといけないのだが、腰が抜けている。
私が最後に見たのは、ヤマノケが私の顔をニタニタした顔で覗き込むところだ。
ここからは兄から聞いた話。
師匠と兄はその時地下室にいたのだが
「まずいな」
師匠が呟くと一目散に駆け出した。
何事かと思い、兄も後を追う。
入り口で私が立っていたのだが。
ブツブツと呟いていたそうだ。
『テンソウメツ』と。
ヤマノケには入られると、手遅れ。
なんて話を良く聞くが、私はこうして無事に帰ってこれているのだから、師匠が何らかの処置をしてくれたのだろう。
やはり師匠は只者ではないんだろうな、なんて考えていると、兄がバツの悪そうな顔をしているのが目に入る。
「どうしたん?」
「あいつが祓ったのは確かやけどな」
「お前が期待しとるような霊的な祓い方じゃぁなくて…」
そこまで言うと、インターホンの音が鳴る。
師匠だった。
兄の言葉も待たずに師匠がリビングに入ってくる。
やたらニコニコしていた。
「美香、気分は?」
「良くも悪くもないですけど」
どうしたんだ?この人。
「牧下からこの前の話は聞いた?」
牧下と言うのは兄のことだ。
「どうやって退治したんですか?」
単刀直入に問うと、師匠は口の端の方をくいっと上げて
「物理攻撃」
とだけ言う。
師匠の後ろでリビングの扉を閉めようとしていた兄が頭を抱えている。
「ボコったって…何を?」
頭の中では結論は出ていたのだが、聞いてみる。
「お前の体ごとな」
笑っている、なんて人だ。
大抵の妖怪やらなんやらは物理攻撃は通用するみたいやな。
兄の様子を見るに、相当殴る蹴るの暴行を加えたようだ。
しかし、その話には少し違和感があったように感じていた。
その違和感に気付いたのは師匠が帰ってから。
相当殴った筈なのに、私は怪我を一つも負っていない。
…つまり、どういうことなのだろうか。
後日師匠に問いただ見てみたが、笑って誤魔化されるだけで話してくれなかった。
今となっては師匠は居ない。
真実は彼しか知らないようだ。
作者慢心亮
牧下美香編