二十一回目の投稿です。
僕はアルビノと呼ばれる先天的な病気です。
体毛が白金であり、肌が白く目は淡い赤色です。
アルビノだからという訳ではないと思いますが、物心つく頃から霊的なものを見ることができます。
まわりから変な目で見られ続けてきましたが、幼なじみの家がお寺の七海のお陰でさほど孤独な思いはしませんでした。
あれは高校二年の梅雨の時期のことだった…
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「ピピピピ、ピピピピ…」
「あぁ…しんどい…」
僕はため息混じりに呟いて自分の左の腋に差し込んである体温計をゆっくりと腋から引き抜き、体温計が表示している数値を確認した。
「38.6度…はぁ…」
僕は体温計を眺めながら大きくため息をつき、部屋の時計に目をやった。
朝の9時半。
本当なら今頃学校の授業を受けている時間だ。今日は体調不良で学校を休んでしまった。
七海からメールが来ていたが、メールに返信を打つ力もなく、体温計をそこらへんに放り投げたまま僕は深い眠りに就いた…
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◇◇◇◇◇◇◇◇
「……うさん…」
「おと……ん…」
どこからか子供の声が聞こえる。
目を開いてみると、僕の身長より遥かに高く、鮮やかな赤色をした鳥居が目に飛び込んできた。僕はどこかの神社の前に立っているようだ。ここがどこの神社であるかは思い出すことが出来ないが、なんとなく見覚えがある。
「うぇ…うぇぇぇん!おとぉさぁん!おとぉさぁん!」
子供の泣き声が神社から聞こえてくる。
泣き声がする方に目をやると、一人の男の子が地面にしゃがみ込んで下を向いているのが見えた。
「ひぃぃっぐ…ひぃぃっぐ…」
僕は鳥居をくぐると泣いている男の子へ近付いていき、男の子の隣にしゃがみ込んだ。
「どうかしたの?」
僕が声を掛けると、男の子は顔をゆっくりと上げた。
「えっ…」
男の子の顔を見た途端に思わず声が漏れてしまった。
男の子の顔は僕にとても似ている。いや、似ているってもんじゃない。僕の小さい頃にそっくりなのだ。
「大丈夫。何も悪くはないよ。大丈夫だから…」
すぐ後ろで男の人の声が聞こえる。その声は温かく、そして心地良く、どこか懐かしさを感じるようだった。
振り返るとそこには一人の男性が立っている。とても見覚えのある顔。毎日写真で見ている顔だ。
胸の奥の方から様々な感情がこみ上げてくるのが分かる。
「お、お父さん…」
溢れる感情を必死で堪えながらやっとの思いで声を発したが、その人は僕を見ることはなく、しゃがみ込んでいる小さな『僕』を見つめている。
そして小さな僕は赤く腫れ上がった目で神社の奥の方を見つめていた…
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◇◇◇◇◇◇◇◇
「ピンポーン、ピンポーン」
響きわたるチャイムの音が聞こえ目を開けると、いつもの僕の部屋の天井が見えた。
先程の出来事が夢であったと分かると、残念な気持ちと少し安堵した様な気持ちが入り混じっていった。
「ピンポーン」
チャイムの音が鳴り止まない。時間を確認するとお昼を少し過ぎたくらいで、普段なら僕は学校で母は仕事、この時間は誰もいないことが多い。
鳴り止まないチャイムの音と重くなった自分の体に苛立ちを覚えながら、無理矢理体を動かして玄関へと向かった…
「どちら様でしょうか」
僕の言葉にチャイムの音がピタリと止む。
「やぁ…」
玄関の外から聞こえてきた声に身体中の自由が奪われた。電撃が走ったかのように体が全く動かないのだ。
この声に聞き覚えがある。夢の中でよく聞く声だ。
お父さん。そうだ、お父さんに違いない。
「お父さん!」
僕は玄関のドアノブを強く握りしめ、勢い良くドアを開け放った。
「やぁ龍悟くん。久しぶりだね」
僕の妄想は呆気なく崩れ、現実世界へと引き戻された。あんな夢を見たせいか、もうこの世には存在しない人を呼んでしまった自分を心底恥じた。
「あっ、お久しぶりです」
僕の目の前に立っているのは、叔父の『尚人』さんであった。僕の父の弟にあたる人で、顔はどこか父に似ている。細目のレンズの眼鏡をかけ、髪型はきっちりとした中分けで整髪料で整えている。そして右手には真っ黒なアタッシュケース持っている。
「今日は急にどうしたんですか?母なら仕事ですけど」
叔父は玄関を上がると、脱いだ靴を丁寧に右端に寄せて置いた。
「仕事で近くまで来たからね、もしかしたら誰かいるかなって思って来てみたんだ。そうしたら自転車が一台置いてあったからね」
叔父はにこりと微笑む。しかし目は笑っていない。
僕は正直叔父の尚人さんが少し苦手だ。叔父さんはいつも笑顔で優しく接してくれるが、目はいつも笑っていない。それが時々不気味に感じてしまうし、『怖い』と思ってしまうこともある。
「大丈夫かい?顔色が悪いけど」
叔父さんは僕のことを心配そうに見つめてくる。
「えぇ、実は今熱があって体調が悪いんです。それで学校を休んで今まで寝てたんですが…」
「そうだったのか。急に来てしまってすまなかったね。君のお父さんにお線香をあげたらすぐ帰るから」
叔父は眉間にしわを寄せて困った様な表情になり、僕の肩を軽く擦った。
「いいんです。ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
僕と叔父は父の仏壇がある和室へと移動した。
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叔父はお線香に火を着けると、ゆっくりと丁寧に金香炉にお線香を立てた。そして目を静かに瞑り、両手を合わせる。
「カタッ」
部屋の窓の方で物音が聞こえた。反射的に音のする方を見ると、そこには叔父の荷物であるアタッシュケースが置いてあるのが見えた。
「カタッ…カタカタッ…」
音はごく静かではあるが、アタッシュケースの辺りから聞こえてくる。叔父は聞こえていないのか、両手を合わせたままで反応はない。
「カタカタカタッ…ガタッ…ガタガタガタガタガタガタ…」
すぐに異変が起こった。
音が徐々に大きくなっていき、その音に合わせてケースが震えているかのように動いているのだ。
「うわぁ!」
僕は思わず大きな声を出してしまった。
「どうした?!何かあったかい?」
叔父は振り返ると真剣な眼差しで僕を見つめてくる。
「叔父さんが持ってきたアタッシュケースが動いているんです」
僕はそう言ってケースを指差した。
叔父はケースの方に視線を移したらが、すでに音は止まっている。
「特に変わったことは無さそうだけど?」
「いやっ、さっきまでケースが動いていたんです!カタカタカターって震えるように!」
叔父は不思議そうに僕を見ると、にこりと微笑んだ。
「龍悟くん、熱が上がってきたんじゃないかな?体調悪い時はそういうこともあるよな。気のせいだよ気のせい」
叔父はそう言って僕の頭を軽くポンポンと叩いた。
確かに熱のせいか、頭がボーッとしている感覚があるので、叔父の言う通り『気のせいだ』と思うことにした。
叔父はポケットに手を入れると、煙草を取り出した。
「申し訳ないんたけど、一服いいかな」
「あ、どうぞ。台所の換気扇のところで」
「悪いね」
叔父は煙草の箱を人差し指でトントンと叩きながら台所へと向かった。
「ズズズ…ズズズズズ…」
和室の奥、丁度叔父のケースが置いてある辺りから奇妙な音が聞こえてくる。
視線をそちらに移す前から嫌な予感が漂ってくる。
僕は嫌々ながらも視線をケースのある方へ向けた。
「ズズズズ…ズズズズズズ…」
音の正体がすぐに分かった。ケースから『髪の毛』が出ている。ケースはしっかりと閉まっているはずだが、隙間から次々に髪の毛が溢れ出るかのように伸びてくる。
髪の毛は僕の足に絡みつき、僕のいる和室の畳はあっという間にケースから出てくる髪の毛に覆われてしまった。
「うぅっ」
僕の体は微妙な寒気を感じながら、ぶるぶると震えだした。
僕はどうしたら良いのか分からないまま、ケースへと近付いていく。こんな状況の中でもケースの中が一体どうなっているのかが気になる。中を見てみたいという好奇心が僕の頭の中に充満してしまっているようだ。
「ズズ、ズズ、ズズ、ズズ…」
踏み込むと沈んでいくような感覚を感じながら髪の毛の上を歩き、ケースの隣に座りこんだ。
ケースをよく見ると、いたる所に細かな傷や大きくえぐられた様な傷が確認できる。
僕はごくりと唾を飲み込み、ケースの両端にあるロックに手を伸ばした…
「やめた方がいい」
大きめの声に反応し、僕の体は一瞬ビクンと上下した。
振り返ると叔父が僕を見下ろしているのが見える。先ほどまでの笑顔は無く、無表情で目は虚ろの様に見えた。
ケースから大量に吐き出されていた髪の毛はいつの間にかどこかへ消えてしまっている。
「お、叔父さん?」
僕の声掛けに叔父は虚ろな目はそのままで、口元だけを無理に上げて作り笑いを見せた。
「龍悟くん、それを開けちゃだめだよ。君は開けちゃだめだ」
叔父さんは僕に近付き、座っている僕の手を引っ張っり立たせると、強めに僕の肩を叩いた。
「絶対開けちゃだめだよ。分かった?」
「はい…」
叔父さんの笑顔に少し恐怖を覚えながら、僕は頷いた。
「あは…あははははははは!」
叔父は急に大笑いをし始めた。
「龍悟くんのそんな怯えた顔を見るのは、あの時以来だなぁ」
涙を流しながら笑う叔父を見て、少しムッとしてしまった。
「急に何ですか!僕は怯えていません」
「あっ、ごめんごめん!怒らせてしまったかな?」
「いえ、怒ってもいません」
「あ、そうかそうか。ならいいんだが」
僕の素っ気ない態度に叔父は少し困った表情に変わる。
そんなことより、叔父が言う『怯えた顔を見るのがあの時以来』というのが気になった。
「叔父さん、僕の怯えた顔があの時以来ってどういうことですか?」
「ん?あぁ、あの時ってのは何年か前にみんなで神社にお参りに言った時のことだよ。龍悟くんはまだ小さかったから覚えてないかもしれないね」
叔父さんは薄ら笑いを浮かべながら静かに語りだした…
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それは十年以上も前のこと。
僕と僕の父と母、それと丁度遊びに来ていた叔父とで神社にお参りに行くことになった。
神社に着くと一人の女の子が僕に近付いてきた。その子は僕の白金の髪の毛、赤色の瞳、青白い肌に興味津々な様子で無邪気に話しかけてきたとのこと。
僕と女の子は二人で境内を走り回っていたが、その内に女の子が拝殿あたりで転んでしまった。
するとその女の子に近付いてくる一人の男の子。女の子が『お兄ちゃん』と呼ぶとその男の子は無表情で『何があった?』と話し掛けた。
女の子は無言で拝殿の奥を指差した。僕もつられるかのように拝殿の方を指差して『カミサマ』と言ったらしい。
男の子はそれを聞いて拝殿の奥にある本殿へと向かっていき、少しすると僕の顔は怯えた表情になり、泣き始めたということだ…
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「それでその後どうなったんですか?」
叔父は頭をポリポリと掻きながら首を斜めに傾ける。
「うぅぅん。どうだったかなぁ…確かその『お兄ちゃん』が『カミサマ』を食べてしまったとか龍悟くんのお父さんから聞いたような…」
「食べたんですか?!神様を?」
叔父は首を反対に傾けて苦笑いを浮かべる。
「ごめん。そこの詳しい部分はあまり覚えてないんだ。何せその時はおみくじに夢中でね。久々の大吉だったもんでね!」
叔父は満面の笑みを浮かべている。
「そうですか。おみくじですか…」
「あっ!それとその女の子のな…」
「ピンポーン」
叔父の言葉を遮るかの様に玄関のチャイムが鳴った。
時間を確認すると午後の1時くらいだ。
「こんな時間に誰だろう」
僕はボソッと呟きながら玄関へと向かった。
「はい。どちら様でしょうか」
「龍くん?龍くん大丈夫?私だよ!七海だよ!」
「七海?!」
玄関のドアを開けると、僕の幼なじみの『七海』が心配そうな表情をしながら立っている。
「七海どうしたの?!学校は?」
七海は僕に近付き、僕の両腕を掴んできた。
「心配だったんだもん。メールしても返ってこないし…迷惑って分かってるけどどうしても心配で来ちゃった…」
七海はそう言うと目が真っ赤に充血し、今にも泣き出しそうな表情へと変わる。
僕のせいで学校をサボらせてしまった罪悪感を感じながら七海を優しく抱き寄せた。
「七海。心配かけてごめんね」
七海はゆっくりと僕の背中に腕を回す。
「おい君」
不機嫌そうな声が聞こえたため振り返ってみると、叔父が腕を組んでこちらを睨んでいる。いや、七海を睨んでいるようだ。
「龍悟くんの友達?何でこんな時間に来てるのかな。君も分かってると思うけど、龍悟くん今日は体調悪いんだよ。さっさと帰りなさい」
叔父はきつめの口調で言うと、僕に視線を向ける。
「それに龍悟くん、学校を簡単にサボるような子との付き合いは考えた方がいいね」
叔父は七海に対して右手で『シッシッ』と帰るように促した。
「ちょっとそれは言い過ぎなんじゃ…」
僕が言うと七海は僕の服の裾をギュッと引っ張り、ずいっと一歩前に出た。
「あなた何なんですか。私は龍くんの彼女です。心配して当たり前じゃないですか。あなたこそ龍くんの具合が悪いのに龍くんの家で何してるんですか。人のこと言えませんよね」
七海は叔父を睨みながら早口で話した。
叔父は七海の言葉に薄ら笑いを浮かべる。
「龍悟くん、こんな子が彼女なのかい?それじゃ尚更付き合いを考えるべきだね。いや、こんな常識知らずな子は一刻も早く別れるべきだ」
「叔父さん、いい加減にしてください!」
さすがの僕も我慢できずに叔父に対して怒鳴ってしまった。
「龍くん、叔父さん…って?」
七海が僕を見つめる。
「あぁ、この人は僕の叔父なんだ。僕の父の弟にあたる人なんだ」
七海は目を丸くし、みるみる顔が赤らんでいく。
「ごめんなさい。龍くんの叔父さんだなんて知らずに、失礼なこと言ってしまいました。本当にすみませんでした」
七海は素直に謝ると、深く頭を下げた。
叔父は無言で七海を見つめている。
「七海、そんなに謝らなくていいよ」
僕は七海に頭を上げるように促すが、七海は頭を下げたまま動かない。
「あ、電話だ」
叔父はポケットに手を入れて携帯電話を取り出し、七海の謝罪を受け入れることなく、また台所の方へと行ってしまった。
「龍くんごめんね」
顔を上げた七海の目には涙が溜まり、今にも溢れてしまいそうであった。
「七海は悪くないよ。急にあんなこと言われたら誰でも怒るよ!」
僕は七海の頭を優しく撫でた。
「でも、龍くんの叔父さんに酷いこと言っちゃった…」
「七海大丈夫。大丈夫だから」
「ドタドタドタドタドタドタ…」
叔父が急ぎ足でこっちに向かってくる。
「龍悟くん、大変なことになった!友人が事故に遭ってしまって、今病院にいるんだけど危険な状態らしい!」
「事故ですか!それじゃあすぐに行かないと!」
叔父は目を細めて僕を見つめる。
「それがそうもいかなくてね…」
「えっ?とうしてですか?」
叔父は和室の方を指差した。
「和室に置いてあるケースあるだろ?あれを届けにいかなきゃいけないんだけど…」
叔父はそう言って腕時計で時間を確認している。
「それじゃあ僕が行きます!僕が届けるので、叔父さんは病院に行ってください!」
「いや、龍悟くんには行かせられない。体調が悪いだろ」
「そんなこと言ってる場合じゃ無いんでしょ!友人が危険な状態なんでしょ!」
「私が届けに行きます!」
七海が声を張り上げる。
「私に行かせてください」
七海はそう言って、右手を自分の胸に当てた。
「悪いがお願いできるかい?ここに住所が書いてあるから」
叔父はメモ帳から一枚千切ると、それを七海に渡した。
「本当にすまない。頼んだよ」
「はい!」
叔父は僕の方を向き軽く頭を下げると、急いで家から出ていった。
「じゃあ龍くん、私届けてくるね」
七海はそう言いながら、和室からケースを持ってきた。
「僕も一緒に行くよ」
「龍くんはだめ!熱があるんだから家で寝てて!それに届けるだけだし私一人で大丈夫だよ」
七海はにこりと微笑む。
何かとてつもなく嫌な予感がする。七海を一人で行かせるのは不安で仕方ない。でも七海はこんな状態の僕と一緒に行ってくれるはずがない。
「分かった。じゃあそこの住所だけ教えて」
「もぅ…」
七海は何か言いたそうであったが、僕の真剣な表情を見て、渋々と住所を教えてくれた。
「ちゃんと寝てなきゃだめだからね!届けたらまた来るから、そうしたらお粥でも作ってあげるからね」
「うん。ありがとう」
僕は七海が家を出ていくのを見送ると、急いで外に出れるように準備をした。
七海のことが心配だ。
僕は水を一杯コップに注いで、一気に飲み干した。
「よし!」
重たい体に鞭を入れるように声を発し、僕も家を出た…
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住所を確認すると、僕の家からはそんなに遠くはない。全速力に近い早さで自転車を漕ぎ、10分程度で目的地に到着した。
そこは大きめの平屋で、家の外壁は所々欠けてしまっているトタンの様なもので覆われていて、なかなか古さを醸し出している家であった。
七海の姿はなく七海の自転車が置いてあったので、すぐ後ろに僕も自転車を置いた。
少し待てば家から七海が出てくるかもしれないと思い、自転車が置いてある場所で10分程待ってみるも、七海が出てくる気配がない。そもそも家の中から人の声や物音ひとつしない。
住所がここで本当に合ってるか一応メモしたものと、表札に記してある住所とを確認してみる…
間違いなくここで合っているみたいだ。
家の玄関の前まで移動し、インターホンを押してみることにした…
「あれっ」
インターホンを探したが、どこにも見当たらない。仕方なくドアをノックしてみる。
「コン、コン、コン…」
………。
やはり反応はない。僕はそのままドアノブに手をかけた。
「ガチャリ」
ドアノブを回してみると、何の抵抗もなくすんなりとドアは開いた。何故か心臓の鼓動が急に早くなる。
僕は開いたドアの隙間から顔だけを家の中に入れ、家の中の様子を伺った。
家の中は電気は点いているものの薄暗く、少し埃っぽく感じる。
「すいません。誰かいませんか?」
大きめの声で呼び掛けてみる。
「スーーーーー…」
襖を開ける様な音が聞こえた。
「誰?」
「誰?」
家の奥の方から男の子の声が聞こえた。
「トットットットットットットットッ…」
家の奥から小走りに男の子が近付いてくる。それも二人。
「誰?」
「誰?」
「何?」
「何?」
「何しに来たの?」
「何しに来たの?」
男の子は二人横に並ぶと、左の子、右の子という順番で同じ言葉を発している。
男の子は小学校高学年くらい。かなりふくよかな体型で頬は膨れているように肉がついている。双子なのか男の子二人の顔や体型、声は全く同じ様に感じられる。
ただ、左の子は右手に人形、左手にはフォークを握り締めている。
僕は玄関の中に入り、男の子達に話し掛けてみた。
「ねぇ君たち、僕と同じくらいの年の女の子が大きなケースを持って来たと思うんだけど、家の中にいるかな?」
男の子達は互いに顔を見合せ、声は出さずに口をパクパクと動かしている。
少しすると二人とも勢い良く頷き、僕の方に顔を向けた。
「女の子」
「知らない」
「バッグ」
「見てない」
「誰も」
「来てない」
無表情のまま意気ぴったりに話す男の子達の姿は、少し不気味に感じられた。
男の子達は誰も来ていないと言っているが、七海の自転車は外に置いてある。住所もここで合っているので、七海はここに来ているはずだ。
「君たち、本当に誰も来ていない?嘘ついてないよね?」
再び男の子達は互いに顔を見合せ、口をパクパクと動かす。
今度は首を激しく横に振ったと思うと、ピタッと二人同時に僕の方に顔を合わせた。
左の方の子が左手で持つフォークをゆっくりと上に上げていく。
「ザクッ」
勢い良くフォークを人形に刺し込む。
「ふぅぅうっ」
家の奥の方で微かに声が聞こえた。
「ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ…」
男の子は何度も何度も人形にフォークを刺し込む。フォークを刺し込む度に奥から声が漏れてきている。
「出ていけ」
「出ていけ」
「ここから」
「出ていけ」
奥から聞こえてくるものの正体が何なのか物凄く気になるが、男の子の行動が奇怪すぎて家の中には入っていけない。
「あっ」
「あっ」
男の子の持っていた人形がフォークを振り上げた拍子に、勢い余って男の子の手から離れ、僕の足下に落ちた。
僕はおもむろにその人形を拾い上げる。
「何これ」
拾い上げた人形は『わら』で出来ている。これは『藁人形』だ。
それに藁人形を拾い上げる時に僕の目に映り込んだものがある。七海が履いているローファーが玄関の隅に置いてあるのがはっきり見えた。
物凄く嫌な予感がする。
「七海!」
僕は大声で叫びながら家に上がり込むと、家の奥へと一気に走って向かっていった。
襖が半分程開いていて多分男の子達が出てきたと思われる部屋があったので、迷わず中に飛び込んでいく。
「ガッ」
「グルンッ」
「ガンッ」
「痛っつぅぅう」
部屋に飛び込んだ際に何かに足を引っ掛けられ、そのまま体を回転するように転び、化粧台の様な物に頭をぶつけてしまった。
仰向けに倒れながらぶつけた頭を擦り、痛みで瞑ってしまった目をゆっくりと開けていく。
「うわっ!」
僕の目に飛び込んできたのは、天上に無数にはりつけにされた『藁人形』の姿であった。
「龍…くん…」
七海の声が聞こえる。
声のする方を向くと、七海が襖の前で横たわっている姿が見えた。僕は七海に躓いて転んでしまったのだ。
七海は薄目を開けて僕のことを見ている。
「七海!大丈夫?!」
七海に駆け寄り、腕を肩に回して上半身をゆっくりと起こしていく。
「七海、何があったの?!」
「龍くん、藁人形を…」
「ドンッ」
再び僕の体は仰向けに倒れる。男の子達が僕のことを無表情で見下ろしている。男の子が僕のことを突き飛ばしたのだ。
すぐに起き上がろうとするが、男の子が馬乗りに乗っかってきたため、起き上がることが出来ない。
「ふぅぅっ」
七海は苦しそうな声をあげると、体をくの字に曲げた。七海のすぐ横には藁人形にフォークを突き刺している男の子が立っている。
「やめろぉぉお!」
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「あらぁ、どうしたの?」
僕が大声で怒鳴ると、一人の女性が入ってきた。
その女性は髪が胸元まで長く、スラッとした長身で、年齢は40歳くらい。この男の子達の母親なのであろうか、男の子達を見てニコニコしている。
「こいつが」
「こいつが」
「勝手に」
「入ってきた」
男の子二人は女性に顔を向けながら、僕のことを指差す。
「勝手に家に上がり込んだことは謝ります!ですが、これはどういうことですか!?七海はケースを届けに来ただけなのに、こんなことになって…」
「あらぁ、この子『七海』っていうのねぇ」
女性は見下したような目付きで七海を見る。七海は横になりながらも女性のことを睨んでいる。
「でもこの子気が強そうでしょ?私気が強い人苦手なのよねぇ」
「いったい何が目的なんですか?」
「目的?」
女性は男の子が持っている藁人形を取り上げると、恍惚の表情を浮かべながら藁人形に頬擦りし始めた。
「目的なんて特にないわ。私はただ、藁人形が好きなだけ。それだけなの」
だめだ話にならない。それにここから二人で脱出する方法が全く浮かんでこない。
「そうだ、あなたに特別に凄いものを見せてあげるわ。坊や達、『あれ』を持ってきてちょうだい」
「はい、ママ」
「はい、ママ」
男の子二人は女性の言う『あれ』を取りに部屋から出ていった。
馬乗りされていた状態から解放された僕はすぐに七海に近付き、上半身を抱きかかえた。
「七海、動ける?」
僕の問いに七海は静かに首を横に振る。こうなったら七海を背負ってでもここから出なければ。
チラッと横目で女性の様子を確認すると、女性は相も変わらずに藁人形に頬擦りしている。
ここを出るなら今しかない。
「七海、行くよ」
僕は小声で言うと、無理矢理な形で七海をおんぶして立ち上がった。
「痛い痛い痛い痛い!」
七海が急に大声を出して暴れたため、僕も七海も畳に倒れ込んでしまった。
女性を見ると、藁人形を両手で捻っている。
「やめろ!」
「何をやめろって言うの?私はただ、人形と遊んでいるだけよ?」
女性はそう言うとニターっと笑い、藁人形の頭を撫でた。
「ママ」
「持ってきた」
男の子達が黒いケースを持って部屋に入ってくる。
「イイ子ねぇ。坊や達は本当にイイ子」
女性はそう言って今度は男の子二人の頭を撫でる。
そしてケースを床に置き、ケースのロックを解除する。
「ほんとぉに凄いのよぉ」
女性は大きく口を開けながら、ケースをゆっくりと開いていく。
「これこれこれぇぇぇえ!これよぉぉぉぉおお!見て見てぇぇぇぇぇええ!」
女性はケースから大きな人形を取り出す。その人形はケースと同じくらいの大きさであり、『藁人形』に良く似ている。藁人形の様な形であるが、唯一違うのは『色』だ。その人形の色は不気味な程真っ黒であった。
「大きな藁…人形…?」
「違うわよぉ!これは違うの!これはね『髪』で作ってあるの!『髪人形』なのぉぉお!最高ぉぉおよねぇぇえ!」
女性は嬉しそうに『髪人形』とやらをぎゅっと抱き締めて顔を埋める。
「あぁ、いい匂い」
女性は顔を上げて上を向き、涎を垂らしている。
「痛っ」
頭部に痛みが走り、思わず声が漏れる。
男の子が僕の髪の毛を引っ張ったのだ。
「はい、ママ」
男の子が僕の髪の毛を女性に渡す。
「本当にイイ子ねぇ。ありがとぉ、坊や」
女性はそう言うと僕の髪の毛を人差し指と親指で丁寧に摘まんだ。
「楽しみねぇ。凄く楽しみよぉ」
女性は満面の笑みで僕の髪の毛を髪人形に近付けていく。
もう僕にはどうしていいか分からない。動こうにも今になって体が言うことを聞いてくれない。
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「プルルルル…プルルルル…」
携帯電話の着信音が聞こえた。
「あらやだぁ、イイところなのに…」
女性は髪人形を慎重に床に置き、僕の髪の毛は指で摘まんだまま携帯電話を取り出して電話に出る。
「はぁい、もしもしぃ…」
急に女性の表情が固くなる。
「あなたに頼まれたことはやったわよ。約束は…まだ破ってはないわ…」
女性は頭を激しく掻き、苛立ちを隠せないようだ。
「はいはい分かったわ…」
女性は電話を切ると携帯電話を床に叩きつけた。
「何見てんのよ!あんたらさっさと帰んな!」
先程までとは別人のように、眉間にしわを寄せて僕たちを睨んでくる。
「その人形と僕の髪の毛を返してもらえれば直ぐに帰ります」
僕は床に落ちている『藁人形』を指差した。
「は?あぁいいわよ、もうボロボロだし。それ持ってさっさと帰って」
僕は藁人形を拾い、女性から髪の毛を受けとると、七海をおんぶして部屋から出ようとした。
「あんた」
低い声で女性が話し掛けてくる。
「何ですか」
女性が僕に顔を近付けてきたので、思わず顔を背ける。
「あの人には気を付けなよぉぉ」
女性の言っている意味が分からなかったが、兎に角ここから出たいと思い、僕はそのまま女性と目を合わせずに、家の外へと出ていった…
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外に出ると家の前に一台車が停まっていた。
「ガチャ」
車の中から叔父が出てくる。
「あれ、龍悟くんも来てたのか。七海さんどうしたの?大丈夫?」
叔父は僕たちに駆け寄ると、おぶられている七海を心配そうに見つめた。
「家の中で動けなくなっちゃって…」
「何があったんだい?!」
何故か先程の出来事を叔父に話す気にならない。
「いや、何でもないんです…」
「そうか…」
叔父もそれ以上聞いてはこない。
「それより叔父さんも何でここに?」
叔父は眉毛をピクリと動かした。
「ちゃんとケースを届けてくれたか心配になって来てみたんだ。でも届けてくれたみたいで安心したよ」
叔父はそう言うとにこりと笑った。
「七海さんがそんな状態じゃ自転車で帰れないだろ。二人とも車で送って行くから車に乗りなさい」
叔父はそう言うと、七海を車の後部座席に座らせた。
「すいません」
僕も後部座席へと乗り込むと、叔父は運転席に戻り車を発進させた…
車に乗って安心したのか一気に体が重くなる。七海を見ると七海は薄目を開けて僕のことを真っ直ぐ見つめている。
今回のことを頭で整理しようとしたが、頭が全く働かない。
転んだ時に頭をぶつけた所が急に痛み出したので頭を擦っていると、バックミラー越しに叔父と目が合った。
「龍悟くん大丈夫かい?派手に転んでいたみたいだけど…」
「あっ、大丈夫です。少したんこぶになってるだけです」
七海が急に僕の洋服の裾を強く引っ張る。それに酷く震えている様だ…
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「そう言えば、僕の家で叔父さんが昔の話をしてくれましたが、七海が来る前に何か言いかけませんでしたっけ?」
僕は気になっていたことをふと思い出したので聞いてみた。
「ん?あっ、あぁ神社の話ね。そうそう、龍悟くんと遊んでいた女の子の名前を覚えていてね。珍しい名前だったから忘れなかったんだと思う」
「そうなんですね。それでその子の名前って?」
「確か『あんり』…だったと思う」
「あんり…ですか。ありがとうございました」
『あんり』なんて子は聞いたことない。それに『神様』を食べちゃうお兄さん…
本当にそんなことが昔にあったのだろうか。いや、あるはず無い…
「話は変わるんだけど、私は龍悟くんのお父さんとある約束をしたんだ…」
叔父の話し声が少し低めのトーンに変わる。
「えっ?僕の父と約束ですか?どんな約束したんです?」
「龍悟くんのお父さんが
亡くなる前に私にお父さんが言ったんだよ。龍悟のこと頼むって…」
その事を聞いた途端に胸が熱くなる。
「そ、それで叔父さんは何て?」
信号が赤になり、車が停止する。
叔父はぐるっと後ろを向くと、目を大きく見開いた。
「龍悟は命に代えても守る。龍悟を守れるのは俺だけだってね」
信号が青に変わり、車が発進する。
とても嬉しいことなのに、何か引っ掛かる気がする…
考え込んでいる内に車は僕の家の前で止まった。家に着く頃には七海も大分回復し、一人で歩けるようになっていた。
叔父が乗った車に一応手を振って見送った。
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「七海、大丈夫?僕の家で少し休んでいきな?」
七海は俯いたまま無言で動こうとはしない。
「七海?」
「怖い…」
七海がポツリと呟く。
「怖い?怖いって何が?人形も持ってきたし、もう大丈夫だよ!後で七海のお父さんのところに持っていけば安心だって!」
七海は僕の洋服の裾を強く引っ張る。
「違うの…」
「違うって何が?」
七海の体がまた震え出した。
「怖いの…龍くんの叔父さんが…」
そう言うと七海は静かに僕に抱きついてきた。
最初に会った時にあれだけキツいことを言われたら怖いって感じちゃうよなぁ。
そんなことを思いながら七海を見つめると、七海は何か言いたそうな表情で僕を見つめていた。
熱のせいか頭がやけにボーっとする。もうこれ以上考えるのはやめにしよう…
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ポツポツと降りだした雨の音が、少しずつ僕の思考を止めていくのが分かった…
作者龍悟
皆様だいぶご無沙汰しております。投稿が半年ほど掛かってしまい申し訳ございませんでした!
これから色々なことが繋がっていきます。
まだ話を投稿していきたいと思いますので、今後も何卒お付き合いのほどよろしくお願いいたします!