《未知との遭遇》と言う言葉が有る。
まだ知らない事、知られていない事。其れと遭遇する事。
言葉にすると何だか大袈裟に聞こえるが、実際の所、僕等の周りは未知だらけだったりする。
言ってしまえば、食べた事の無いカップ麺の味だって、未知と言えば未知なのだ。何の事は無い。
然し、物珍しさが無くとも《未知》は、其れだけで或る種の恐ろしさを秘めている。
先程のカップ麺の例えならば、
「新商品を買ったは良いものの、値段は何時もの倍で味はチキンラーメン以下ってどういう事だよ!!金返せ!!」
等となってしまう可能性が有る。
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ならば《既知との遭遇》ならばどうか。
既に知っている物。其れとの遭遇ならば、恐ろしさは感じられないのか。
否、そうでは無い。
知っているからこその恐ろしさだって有るのだ。
例えばーーーーーー自分との、遭遇とか。
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「助けてください!!」
そう言って駆け込んで来た彼女は、酷く青い顔をしていた。僕は困惑しながらも尋ねた。
「あ、え、どうしました。」
「こんな夜更けに御迷惑だとは思うんですけど、私・・・私・・・・・・!!」
かなり動揺している。
「わ、私、あの、此処から離れた道の所で、えと、家が此処しか無くて・・・。」
話が所々飛んでしまっている・・・が、大体は掴めた。
どうやら、彼女は何か恐ろしい目に遭い、此の家に逃げ込んで来たらしい。
僕の頭に《痴漢》の二文字が浮かんだ。
彼女が、忙しなく目を動かしながら言う。
「私、此処から少し行った林の近くで・・・。」
僕は《やっぱりか》と心の中で呟き、此処等も物騒になった物だと思った。
「デリカシーの無い事を言ってしまい、申し訳有りません。無理して言わずとも」
慌ててそう言ったが、女性は言葉を遮り、フルフルと首を振る。
「いえ、言わせてください。言葉にしてしまった方が怖さが消える気がするんです。・・・わ、私はさっき・・・・・・
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私に、会ったんです。
彼女はそう言って、また何かを追い払うかの様に頭を振った。
僕は言葉の意味が解らずに、言葉を復唱した。
「私に、会った。」
「ええ。私に会ったんです。」
女性は大きく頷いた。
どうやら聞き違いでは無いらしい。
僕は益々困惑した。
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僕が困っていると、唐突に後ろから声がした。
「御客様を何時までも玄関に立たせて置く物ではありませんよ。」
振り返ると、僕の直ぐ後ろに、困った様な表情の兄が立っていた。
「私は客間まで御客様を御案内します。○○は、御茶の準備を。」
そして女性の方を向き、深々と一礼する。
「ようこそ、御出でくださいました。」
「え、あの私は・・・・・・」
狼狽える女性に、兄はゆっくりと言った。
「此れも何かの御縁。此処で立っているのも何です。御話しください。何、取って食ったりはしません。ささ、奥へどうぞ。」
僕は其の声を背中で受けながら、台所へと通じる廊下を進んで行った。
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僕が客間へ緑茶と茶菓子を運んで行くと、兄は薄く微笑みながら正座し、女性は座布団の上で居心地悪そうにしていた。
「どうぞ。粗茶ですが。」
「あ、どうも。有り難うございます。」
女性は出された御茶を一口啜ると、ホッと息を吐いた。
大きく深呼吸をして、ゆっくりと話を始める。
「これは、さっき道を歩いていた時の話なのですが・・・・・・。」
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私が道を歩いていると・・・あの、ほら、此処から山側の方に少し行った、林の横の道です。
彼処を歩いていたんです。
そしたら、林の中の方に誰かが居て、私、目を凝らして見てみたんです。
あの、人が宙に浮いてて。
嘘と思われるかも知れませんけど、本当なんです。こう、地面から少し離れた所を。
で、私驚いて、顔をじっと見たんです。そしたら、其の顔がニヤッて笑って。
それで、其の顔は、其の顔は・・・!!
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「私の顔を、していたんです!!」
顔を僅かに伏せ、女性がまた頭を振る。
目は見開かれ、唇はきつく噛み締められていた。
其れに対して兄は微笑みを浮かべたままだ。
悠然と茶を飲み、茶菓子を一つ口に放る。
「ドッペルゲンガーですかねぇ。」
呟く様な言葉。
女性が、ハッとした表情で顔を上げた。
「ドッペルゲンガーって、見ると三日以内に死ぬって言う?!日本でも出る物なんですか?!わ、わたし、死んじゃうんですか?!」
焦りを顕にした顔で女性が言う。声には、若干の苛立ちが混ざっている様にも聞こえた。
兄はゆっくりと瞬きをする。
「死ぬ・・・。其れは無いと思いますが。」
そして、コホン、と軽く咳払いをした。
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先ず、ドッペルゲンガーとは何か、と言う説明から致しましょうか。いえ、私も詳しくはないんですけどね。
そうですね。先ずは語源辺りから説明しましょうか。
ドッペルゲンガー。此れは、ドイツ語の組み合わせから出来た言葉です。
分け方は、ドッペルと、ゲンガー。
ドッペルは二重、ゲンガーは、歩く者と言う意味です。
二重・・・つまりは、もう一人の、と言う意味ですね。自分でない自分。
もう一人の歩く者。此れがドッペルゲンガーの語源です。
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次に日本に出る物なのか、と言う所。
此れは一概には言えないのですが・・・。
其れに近い物として《影の病》と言う物が有りました。《離魂病》とも言います。生き霊の一種とされていましてね。
まぁ、有ると言っても過言では無いでしょうね。
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最後。
三日以内に死ぬ、と言うのは・・・・・・。
そうですね。
貴女は三日以内、と言いましたが、此れは日にちは区々何ですよ。
七日に十日、一ヶ月。気の長い話で三年、と言う人もいらっしゃいます。
一説に依ると、ドッペルゲンガーとは、脳に腫瘍が出来た人が見るのだとか。脳が腫瘍で圧迫されて見る幻覚、と言う訳ですね。
他にも寝不足や脳の血流の勢いが関係していると言う話も聞きます。
そう言ったケースの方は、確かにそうなのかも知れません。
脳が圧迫される程の腫瘍や、崩れたライフスタイルは、簡単に人の命を奪いますからねえ。
まぁ、でも貴女には関係無い事ですが。
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兄がそう言って笑うと、女性は訝しげに顔をしかめた。
「関係無いって、どういう事ですか?」
兄は驚いた様に言った。
「おや。まだ気付きませんか。」
そして、ゴソゴソと懐から何かを取り出した。手鏡だ。
「御覧になってくださいな。」
そう言って、彼女に向かって手鏡を差し出す。
女性はソッと鏡を受け取り、覗き込んだ。
兄は言う。
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「貴女は死にませんよ。死者は再び死んだりしませんから。」
よく見ると、彼女の首には、紫や青の、縄模様が浮き出ていた。
「暗いですからね。縄が見えなかったので、宙に浮いている様に見えたのでしょう。」
女性がポカンとした表情で兄を見る。
兄は細い目を更に細めた。
「貴女が見たのは・・・・・・。」
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「・・・・・・・・・・・・あ。」
女性の身体が揺らぐ。
「あれは、私。」
溜め息の様な声をポツリと漏らし、彼女は空気に溶ける様にして消えて行った。
兄が僕の方を見遣り、ニコリと微笑んだ。
「遅くなってしまいましたね。警察に連絡するのは明日にして、今夜はそろそろ、寝ましょうか。」
僕はぼんやりとしながら頷いた。
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寝床の中から、兄に聞いてみた。
「結局の所、彼女は、自分が死んでいるのを理解していなくて、自身の遺体をドッペルゲンガーと思い込んでいた・・・・・・んですよね?」
兄は眠そうなムニャムニャとした声で
「さぁ、多分そうだとは思いますがねぇ。早く寝たかったので、半分口から出任せ何ですよね。まぁ、そんな所でしょう。きっと。」
と答えた。
僕が半ば呆れていると、兄は聞こえるか聞こえないか位の声で呟いた。
「嗚呼、でも、死体は笑ったりしませんよね。」
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案外、本当に出たのかも知れませんね。
ドッペルゲンガー。
作者紺野-2
どうも、紺野です。
兄は眠たいと適当になるか不機嫌になります。
一応、オリジナルタグを付けておきます。