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原さんが以前住んでいたマンションに妙な男がいた。
岸田という三十代前半のその男は典型的なオタクスタイルだった。
「何度かエレベーターで乗り合わせて、挨拶するようになって……」
マンションの近くの居酒屋でも出くわす事が多くなり、二人は少しずつ話をするようになった。
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ある時、岸田が誰にも言わないなら秘密を教えると言った。
「なに?教えて下さい」
うんと頷くと、岸田は嬉しそうにニャーっと相好を崩した。
「あのね。この近くに女の子が焼き殺された所があるんだけど……」
岸田が最初にそれを始めたのは隣室の騒音が原因だったという。
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「アベックが住んでて。そいつらが物凄く失礼な奴でさ」
理由は細々有るのだろうが、とにかく文句も言いに行けない岸田は、
ひとり部屋でギャルゲーをしながら、悶々と怒りを溜め込んでいた。
そしてある日、近くで 殺人事件があった事を知った岸田は、
はたと手を打った。
「これだ!」
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深夜、ビニール袋とスコップを手にした岸田は、事件現場にやってきた。
そこには若い被害者の死を悼んで、まだ新しい多くの献花や手紙が供えられていた。
被害者は、付き合っていた男とその仲間数人に暴行を受けた挙げ句に、焼き殺されたのである。
岸田はパンパンと手を叩くと、熱で白く変色した土を選んでスコップで掬いはじめた。
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「で、それを奴等のガスメーターに詰めたの。祟られるように……」
一週間経っても変化は無かった。
仕方なくまた岸田は土を集めると今度はベランダに置いた。
丁度、隣室との境界になっている仕切りのところにエアコンの室外機があったので、その下に詰め込んだ。
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ある夜、物凄い悲鳴が聞こえた。
shake
「うぎゃあぁあぁ…って、長く続いたんだ。男の声だったけど。気持ちよかったなぁ」
暫くすると、隣は空き家になった。
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それから岸田は相手の態度が悪かったり、大騒ぎしたり、また単に興味本意で土を置くようになった。
岸田の話では、今まで無視された事はないという。
いずれも夜中に絶叫して引っ越していったり、事故に遭って実家に戻ったり、いつの間にかいなくなったりしているのだそうだ。
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「あの子の土。よく効くんだよなぁ」
「そんな事して、あなたは大丈夫なんですか?」
原さんがそう問うと、岸田は
「いや、僕もだめ」
と苦笑いした。
「何かあったんですか?」
すると岸田は、ウインナーの様に太く短い指を原さんの鼻先に突き出した。
「変な臭いしない?」
原さんは嗅いだが、ただ単に今食べている焼き鳥のタレの臭いがするだけだった。
「別に」
「皆そう言うんだよねぇ。僕には臭くてしかたないのに」
岸田曰く、自分の指先からは始終、
鼻を突くような腐臭がするらしい。
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「僕にしか解らない。まぁ、あの死んだ子と僕の絆みたいなもんだよね」
今度一緒にやるかと誘われた、
丁重に断った。
作者メリーさん