此れは、ウタバコ・8の続きだ。
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・・・・・・・・・。
兄に電話を掛けた翌日。
僕が下校しようと校門を出ると、目の前の空き地に停められた車が、プッ、と軽いクラクションを鳴らした。
ドアの端には、小さな兎の模様が施されている。
近付くと、運転席の窓ガラスが、微かな音を立てながら開いた。
中の人物が、窓からニョキリと顔を出す。
其の顔には、木彫りで出来た猿の面が、まるで皮膚と溶け合っているかの様に、張り付いていた。
「やぁ。こうして顔を付き合わせて話すのは、大分暫く振りだね?・・・いや、違うな。抑、私と君とで顔を付き合わせた事は無かった。何せ私は君に会う時、何時も面を付けているのだからね。まぁいいさ、言いたい事は伝わったろう。お乗りよ。此処で話してたら、まるで私は不審者みたいじゃないか。君を拐かす何て、幾ら誤解だとしてもゾッとしないがね。」
其の人物は、そう一気に捲し立てた。何時にも増して良く喋る。
嗄れた声。何処か芝居臭い話し方。
「お久し振りです。烏瓜さん。」
僕が頭を下げると、自動で車のドアが開いた。
「困っているのだろう。来たよ。」
「ええ。有り難う御座います。」
「未だ私は何もしていない。礼を言われる筋合いは無いね。」
「来てくれたのが嬉しいからです。」
「・・・ふん、精々頼るが良いさ。ほら、早く乗りたまえ。」
烏瓜さんは・・・・・・我が兄は、素直に礼を言われるのに弱い。中々に単純な人物なのである。
計画通り。
僕は内心ほくそ笑みながら、後部座席へと乗り込んだ。
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・・・・・・・・・。
兄に連れられて来たのは、甘味処の併設された和菓子屋だった。
客席には、個室とは少し違うが、衝立が有る。他の客に見られない様になっているので、よく仕事に利用するのだ、と兄は言った。
「こんな可笑しな面を付けた奴が店に居たら、他の客の気持ちが悪いだろうからね。一応、気を遣っているのさ。」
「ならそんな面付けるなよ。」
若い店主ーーーー元・兄の学友が、兄を見ながら溜め息を吐く。然し、兄は何処吹く風だ。
「其れでも拒みはしないのだから、小笠原には感謝してるよ。」
「別に・・・単に親父に言われてるだけで」
「あ、そうそう。此れ、俺の弟。」
「他人の話を聞け!」
兄が僕を、店主・・・小笠原さんの前に押し出した。
※兄の一人称が変わっているのは、仕様である。
どうやら此の猿、度々彼に迷惑を掛けているらしい。僕は恐縮しながら頭を下げた。
「どうも。兄が何時もは御迷惑をお掛けしております。」
「・・・んん?ああ、どうも。確りしてるな。猿の弟とは思えねー。」
「五月蝿いな。さっさと席に案内しろよ。仕事しろ仕事。他の客を親父さんに任せるな。」
※兄の口調が変わっているのも、仕様である。
小笠原さんが、苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「どうせ何時もの席だろ。注文は?今は桜を使った菓子が有るけど。」
渡されたメニューを、兄は繁々と見詰めた。
「ついでに言うとだな・・・」
「餡蜜で。」
「だから他人の話を聞け!」
小笠原さんが盛大に顔をしかめる。
僕は慌てて言った。
「じゃ、じゃあ、僕は此の桜ロールケーキで。」
「お。」
「・・・はい?」
小笠原さんの表情が、若干であるが柔らかくなった気がした。
口元を少しだけ緩めながらメニューを指差す。
「其れ、俺が考えて作った奴。」
そして、クルリと踵を返す。
「運ぶ時間は指定無しで良いよな。兄弟での話し合いだろ?茶は菓子と運ぶから。」
「へいへい。」
烏瓜さんが等閑な返事をして、此方を向いた。
「さあ、行こうか。彼奴も、少し評価されただけで簡単に機嫌を直す何て、大概単純な奴だなぁ。」
・・・・・・其れは、あんたもです。
僕は口から出そうになった言葉を、グッと飲み込んだ。
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・・・・・・・・・。
座敷席の低いテーブル。
机の上には先程のメニューと一輪挿し。菓子は未だ来ていない。
生けられているのは菜の花だ。生花らしい。
其れをチラリと見遣り、兄は尋ねた。
「で、今回はどうしたんだい?困っているのは誰で、何が有った?」
「残念ながら女子中学生でも可愛くもないです。」
「まぁ、そうだろうね。そうだと思ったさ。」
・・・・・・あれ?
反応が悪い。絶対に
「え~なにきいてないよ~。」
とか言うとか思ってたのに・・・。
「で、詳しい説明は?」
真面目な烏瓜さん等気持ちが悪い。
「おーい。」
のり姉と言い烏瓜さんと言い、一体何が有ったのだろうか。
「・・・テッテッテッテテッテッテッテッテ♪テッテッテッテテッテッテッテレテ♪」
「星のカービィの無敵状態の音楽を鳴らさないでください。」
「野葡萄君が私を無視するからじゃないか。」
やはり何時もの猿だった。杞憂だったか。
「で、何だって?」
「友人が歌う箱と蛇と女・・・と言うか、歌う箱と蛇女に一寸何やらされている様でして・・・。」
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・・・・・・・・・。
「・・・と、言う訳で、相手が何なのかも分からない状態何です。」
「成る程。蛇と、其れから女・・・。少しばかり厄介かも知れないなぁ。早めに会って置いて正解だった。」
「・・・・・・え?」
「相手は何せ、蛇だからね。」
やはり、今日の烏瓜さんは可笑しい。彼はこんな真面目な物言いをする人では無かった筈なのだ。
嫌な予感は、無視するに限る。背中を滑る冷たい汗を厭わしく思いながら、僕は小さく頭を振った。
作者紺野-2
何時も以上に短い話で申し訳御座いません。新しい仕様になってからデータが飛びに飛びまくっております。どうして。