此れは、ウタバコ・9の続きだ。
例にも依ってセリフ祭りである。ご注意を。
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・・・・・・・・・。
蛇と女性の組み合わせは中々に厄介なのだ。・・・そう兄は言った。
「先ずは蛇。此れは、神として祀られる場合、実に様々な物を司っている。・・・野葡萄君、分かるかい?」
「えっと、先ずは水の神。山の神。後は・・・金運とか、ですかね。」
「嗚呼。そうだね。其処等辺が最もポピュラーな部類だろう。然し、其れだけでは無いよ。知恵の神に芸事の神、幸福だってもたらすし、太陽神としての見方も有る。」
「太陽神?水の神と真逆じゃないですか。」
「物事は見方に因って変わる物さ。君、ならば、どうして蛇は水の神なんだ?」
「湿った処に住み着き、水辺に生息しているから・・・ですか?」
「うん。概ね正解だよ。此れは、蛇の住んでいる環境を元に生まれた信仰だ。」
「・・・はぁ。」
「其れに対して、蛇を太陽神とする信仰は其の見た目から来た物とされている。」
「見た目って・・・ニョロニョロしているからですか?」
「いや、此の場合は少し違う。・・・蛇は鱗に覆われているだろう?」
「ええ。覆われていますね。」
「更には瞼が無い・・・いや、有る事は有るのだが、透明で、始終閉じられている状態だ。」
「そうですけど・・・其れが、太陽と関係が?」
「鱗は太陽の光をよく反射する。閉じられた瞼も同様だ。其れは、太陽信仰に欠かせない《ある物》に、よく似ている・・・。」
「太陽信仰に欠かせない・・・ある物。光を反射する・・・・・・あ?」
「分かった様だね?」
「鏡・・・ですか?」
「正解正解。飲み込むのが早いねぇ。流石だ。私の弟なだけ有るよ。誰に似たのかな。」
「木葉さんじゃないですか?」
「・・・・・・そう言う嫌味な処は、本当にあの狐目そっくりだよ。」
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・・・・・・・・・。
兄が苦い顔(多分)をしていると、甘味処の店主である小笠原さんが、ヒョイと衝立の向こうから顔を出した。
「餡蜜と桜ロール、持って来たぞ。」
「あー、うん。其処に置いといてー。」
「・・・・・・了解。」
小笠原さんは、冷たい玄米茶と菓子を全て僕の目の前に置いて出て行った。
烏瓜さんは、面の下半分をずらすと、見えた口元を曲げながら
「嫌味の積もりなのかね。」
と呟いた。
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・・・・・・・・・。
「何だか気概を削がれた。要点を説明しよう。」
烏瓜さんが詰まらなそうに言って、餡蜜の豆だけを掬い、口へ運ぶ。
「先ず、蛇。此れは神とされる事も多い反面、自然の厳しさや人の悪意や嫉妬、恨み等を司る。しかも、かなり強力だ。蟒蛇に七歩蛇に夜刀神、八岐大蛇、と怖いのが揃っているだろう?」
そして、クルリと銀色のスプーンを回す。
僕が頷くと、満足そうな顔をして話を続けた。
「次に女性。此れは《生きながら異形へと生まれ変わる》事が出来るとされている。」
「生きながらって・・・どう言う事ですか?」
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烏瓜さんは少し考えて、握り締めた手を、僕の前に突き出した。
「抑、妖怪や化け物の類い、此れには幾つか分類が有る。今回は、ざっくりとした分け方にしよう。」
一本目、人差し指を立てる。
「先ずは、河童等の《元から異形》のパターン。此れは元々神だったのが落ちぶれて妖怪になったのも含むからね。」
二本目、中指。
「次に。物がなるパターン。九十九神や精の類だね。唐笠お化けなんて、定番だろう?」
三本目、薬指。
「次。生き物が化けるパターン。狸に狐、狗神なんてのが知名度が有るかな。あの馬鹿狐も、実は人じゃ無かったりしてね。」
四本目は小指だ。
「自然現象から生まれたパターン。冬の寒さから生まれた雪女。山や湖がどうして出来たのかを語る為のダイダラボッチ。此れは他のパターンと併用される事も多い。」
そして最後、五本目の指。
「人がなるパターン。今回は、幽霊とは別の物と考えるよ。」
何故だろう、酷く嫌な予感がした。
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・・・・・・・・・。
「此処から更に、性別で区別して、妖怪に変化する時の方法を考えてみよう。」
「先ずは男性。小豆洗いに舞首、鉄鼠、泥田坊、此れ等は全て、一度死んでから化け物となった。人としての仕事を終え、違う物として生まれた。」
「次は女性。ろくろ首に清姫、二口女に橋姫に安達ヶ原の鬼婆と、此れは全部、生きながらにして化け物となった女性達さ。人で在りながら人を止め、人では無い何かになってしまった。」
僕は思わず口を開いた。不安がそうさせたのかも知れなかった。
「ちゃんと死んで化け物になった女性も居ますよ。男性で死なずに化け物になった人も居ますでしょうし。・・・。こじつけです。詭弁だ。」
然し、兄は動じない。
「多いってだけの話だよ。全てそうだとは、誰も言ってない。其れに、此れは単なる導入に過ぎないしね。」
「うわー簡単に持論を変えたー。格好悪いー。」
態と明るい声で茶化した。酷く気持ちが悪い。
「可愛くないなぁ!」
「高校生男子に可愛さを求めないでください。」
「・・・・・・蛇は脱皮をして姿を変える。より大きく強くなる。然し、本質は変わらない。蛇は蛇だからね。・・・女性も同じだ。本質を変えず、生きながらにして生まれ変わる。」
「一寸、烏瓜さん。止めてください。」
「蛇は執念深い。思いが深い。女性が関係しているならば尚更だ。溺れてしまったのなら、戻れなくなるよ。」
「烏瓜さん。」
あの時の女の笑顔が、頭に浮かんだ。
口が大きく開いて、目は変わらない様な歪な顔。
「其の斎藤君とやら、何をやらかしたにせよ、其れが、広がらない内に対処する必要が有る。野葡萄君が関わってしまったのなら、其れこそ早急に。」
「烏瓜さんってば。」
不安を煽らないで欲しい。嫌な予感を増長させないで欲しい。
怖い。嫌だ。厭わしい。
「ほら、今も君は囚われているじゃないか。不安なのだろう。そんな青い顔をして。」
気持ちが悪い。吐き気がする。
「烏瓜さん、お願いです。もう・・・」
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・・・・・・・・・。
伸ばした手に見えたのは、赤い筋。あの部屋で見た、蛇の通った跡のーーーーー
「嗚呼、良かった。やはり手負い蛇だ。」
烏瓜さんが、何処かホッとした様な顔で言った。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
少しだけ話が進みました。
手負い蛇の説明は、また明日改めてします。
宜しければ、お付き合いください。