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中編4
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帰還

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子供の頃の記憶というものは何故こんなにも儚い物なのだろう。

そんな事を思わせるような事があった。

高校を卒業し、ある一件で地元を離れていた俺だが、知り合いの先輩にあたる女から全てが終わった事を知らせるメールが届いた。

俺はある《賭け》で負け、その条件としてあの場所を追放された身だったのだが、それももう終わった。

3年ぶりの故郷だ、まだ5月だというのに、強い日差しに目を細める。

街は変わらずそのままの姿でそこに合った。

小学校の登下校路を辿る。

あの頃は高かったフェンスが、今ではもう胸の位置ほどの高さだ。

見上げれば松の木がユラユラと揺れている。

腕につけた腕時計を覗くともう16時を示そうとしていた。

少し早足になる。

が、ふと感じた違和感に思わず足を止める。

「ん?」

新幹線の高架下に差し掛かった頃だ。

左手に田んぼが見えるのだが、その向こう側に女のワンピースのような物が揺れていた。

向こうも俺の存在に気づいたのか此方を見やり、首を掲げる様な仕草を見せる。

異様な物…という印象は受けなかった。

『カエッテキタンダ』

そう聞こえた。

「ええ、お久しぶりです」

もちろん向こうに声が届くとは思ってはいないが、呟いてみる。

そのワンピースは深く頷くと此方に手を振り、夕焼けの中に消えていった。

時計は16時半を指していた。

俺は…行かないといけない。

歩を進める。

あの人を見た…という話を聞いたのは大学4年生のゴールデンウィークの事だ。

直ぐに大学の先輩であった泉井さんに連絡を取る。

あの人なら何か知っているはずだから。

「あいつ?ああ、帰ってきとるやろなぁ」

彼女はそう言った。

ただ…

と眉をひそめ続ける。

「なんかやる事があるとか言うとったな」

やる事?

何だろうか?

何か引っかかるが、探してみる事にする。

まずは手始めに井野さんの持つ寺に行ったのだが、時すでに遅し、彼は井野さんと少し話した後出て行ったと七海ちゃん。

井野さんはその後何処かへ行ってしまったらしい。

「そっか…ななみちゃん、ありがと!」

そう言いながら手を振り踵を返そうとした時、去り際に。

「気を付けてください」

と聞こえた気がしたので後ろを振り向いてみると、七海ちゃんは本殿の裏へと向かっていた。

小学校の登下校路、彼のお気に入りだった稲荷神社、取り壊し作業の進む病院の廃墟…

友人の実家…

どこを回っても彼の姿はなかった。

あの心霊スポットで最後に見た、あの懐かしい背中を探す。

気づくと時計は22時を指していた。

この町の何処かにいるはず…胸の奥にあるのはそんな淡い期待。

「あっ…」

唐突に聞こえた声に振り向く。

そこにいたのは大学にある心霊サークルの後輩の女の子だった。

「佳与ちゃん?」

彼女は大阪住みではなかっただろうか?

「今は七海ちゃんの家に泊めてもらってるんですよ」

外泊という奴か。

「これ、七海ちゃんから」

そう言うと折りたたんだ紙を差し出してきた。

「私もよくわかんないんですけどね、先輩がここにいるはずだから渡してきてって頼まれてたんです」

七海ちゃんからの手紙か。

中学校の頃同じ学年の女子がよくしていた降り方で折ってある手紙を広げる。

そこには地図のようなものが描かれていた。

「これを七海ちゃんが?」

佳与ちゃんにそう問いかけると、ん〜…と首をかしげた後、よくわかんないですと弱々しく言うと、私は戻りますねと踵を返し歩き去って行った。

見送った後、広げた七海ちゃんからの手紙に視線を落とす。

かなり簡易的な物だったが、ある程度の土地勘があった僕は早足に歩を進めた。

地元でも有名な心霊スポットで、地元民も寄り付かない場所だ。

ここに何があるのだろうか。

わずかな期待を胸に、ある友人の家へと向かう。

『え?!武家屋敷?!』

耳に当てたiPhoneから音が漏れる。

「無理か?」

地図に示された場所はまではとてもではないが歩いて行ける距離ではない。

『んーむ…無理やないけどなぁ…』

「なかには入らんでもええで」

『…分かった、じゃ、待っとくわ』

「ありがとう」

牧野の家まで行くと、すでに車をスタンバイした牧野が早く乗れと指で合図をしてきたので助手席へ乗り込むや否や、車は発進した。

目的地までは車で50分程、その間は牧野が話す世間話やらで時間が潰れた。

車を武家屋敷の目の前で止めると

「気を付けてな」

と真剣な顔で言ってきた。

無言で親指を立て、敷地内へと入る。

中は高く育った竹で月明かりもわずかに入り込む程度の暗所になっていた。

聞こえるのは笹の葉が擦れる音と、僕の足音、ここで起こった現実に足がすくみそうになる。

多くの人間を巻き込んで起こったあの事件、長らく僕の友人を苦しめてきた《呪い》はある女性の死とともに終わった。

ほんの数ヶ月前の決着を思い出しながら竹やぶを歩いていると気づく、僕を物珍しそうに見る無数の影、そびえ立つ松の木の影や、草の影から覗いている。

前方に人影が見え、足を止める。

「◼︎◼︎」

声をかけるが反応はない。

「◼︎◼︎!」

人影が振り向いた気配を感じる。

「…久しぶりやな」

懐かしい声。

あの日、最後に見た見た悲しそうな顔が脳内でフラッシュバックする。

ザワザワと竹が揺れ、漏れた月明かりが、人影を照らす。

僕の目尻から何か熱い物が流れるのが分かった。

あの頃の彼とは変わり果ててしまっているが、間違いなく、彼は僕の友人だった。

「…おかえり」

僕は口角を上げてそう言った。

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