※此の話はフィクションです※
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小学生の頃、一時期、廃墟巡りを趣味としていた。
主に休みの日に、友人と宛もなく自転車をかっ飛ばし、良い感じの廃墟を見付けると下調べ等は一切無しで突入。今思うとかなり危険なことをしていた。
床が抜けて怪我をしたり、不良の溜まり場になっていたり、抑廃墟じゃなかったり・・・。色々と危険な目にも遭ったし、多数の人に迷惑も掛けた。
然し、小学生男子という奴はとかくに阿呆な生き物なのである。なので、当時は危険とも迷惑とも、其れこそ、微塵も思っていなかった。
勿論、あの日も含めて。
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隣町に新しい廃墟を見付けた。どうやら元は民家だったらしい。
「いいな!」
「だろ?」
窓も割れているし、中には蔦が張り付いて繁殖している。屋根も崩れ落ちそうだ。
此れなら、誰も住んでいないだろう。
朽ち掛けた引き戸は、いとも簡単に開いた。
「お、開いた。」
「入ってみよう。」
中は薄暗く、埃臭い。スタンダードだが、良い廃墟だ。割れた窓から射し込む陽光が、良い味を出している。
僕と友人は、意気揚々と其の中へ足を踏み入れた。
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一階の探索を終え、二階への階段を上がる。
「荒らされてないな。」
「ね。」
こういった町中の廃墟は、荒らされている場合が多い。残された家財を盗み出す泥棒、壁に派手な落書きをしていく不良・・・。
此の家は、珍しいことに其れ等の形跡が全く見当たらない。
嬉しいが、あっさりし過ぎている気もした。
なので、奥の方には行かなかった。風呂場や脱衣場が有るらしかったが、其処も恐らく、何も無さそうだからだ。
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二階は、三部屋有った。
一部屋目は物置だった。
二部屋目は子供部屋。
三部屋目・・・
「あれ?」
友人が突然、声を上げた。
「なんだよ。」
「何か音しない?臭いも。」
「音?」
耳を澄ませると、カサコソと音が聞こえた。
臭いも・・・確かにする。
「虫かな。別に珍しくは無いだろ。」
廃墟に虫は付き物だ。家の中に蜂が巣を作っていた・・・なんてこともあった。
僕は気にせず、ドアを開けた。
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其の部屋は、壁、床、家具、全てが蠢いていた。
光沢の有る黒。波打つような動き。
ゾワゾワと、まるで、部屋全体が一つの生き物のようにーーーーーー
一瞬、何が何だか分からなかった。
ふわり、と熱い風が頬を撫でる。
嗚呼、此の部屋が本当に生き物だとするなら、今の風は僕達を誘っている呼び声に違い無い。
僕はゆっくりと、部屋の中へ足を踏み入れようとした。
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「ゲホッゴホッ」
友人が口許を押さえ、其の声で、立ち止まる。
そういえば、臭いも酷い。
甲虫を放置した時の臭いを酷くした感じの、噎せ返るような、胸の底がムカムカするような臭い。
そして、其の中に一筋、腐った苺に似た臭い。一瞬、ほんの一瞬だけ、其れが、甘酸っぱい良い匂いに思えた。
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動き続ける部屋。酷い臭い。異様な熱気。
僕は呆然と其の前に立っていた。
ブーン、
壁の一部が剥がれ落ち、此方に向かって飛んで来る。
サッと避けると、其れは廊下の隅に着地した。
「あ。」
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カサコソと蠢いているのは、ゴキブリだった。
そして、壁を、床を、家具を覆っているのも、全てゴキブリだった。
動く部屋は、無数のゴキブリに覆われている部屋だったのだ。
後ろで友人が悲鳴を上げる。
グイ、と腕を掴まれた。
強い力で引っ張られる。
僕は半ば引き摺られるようにして、部屋の前から離された。
また、あの甘酸っぱい臭いが、鼻を擽った。
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「あれから、廃墟行く時は下準備するようになったんだよな。俺ら。」
「そうだったっけ。」
あれから数年。一時期は悪夢に見たあの思い出も、少しずつ薄れつつある。
友人は眉を潜めながら言う。
「そうだよ。今でもトラウマだ。お前は何故か部屋の前から動かないし。ゴキ臭も酷かったし。」
「ゴキ臭?」
「ほら、あの、如何にも昆虫!って感じの臭い。」
「ああ、あれはゴキブリの臭いだったのか。」
だとすれば、あの甘い臭いは何だったのだろう。
僕は友人に尋ねてみようと、話し掛けた。
「「なぁ。」」
二人の声が被る。
僕は口をつぐみ、手で、友人が先に話すように促した。
友人は軽く頷いて、口を開いた。
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「・・・なぁ、あの部屋、死体が見付かったんだって。俺達が行った数日後に。死後一ヶ月半経過だとさ。」
探索をしなかった風呂場を思い浮かべた。
「一階の奥か?行かなくて正解だったな。」
友人は静かに首を振る。
「違う。」
「じゃあ何処だよ。他は全部見ただろ。」
「あの部屋だよ。」
「だって、あの部屋、人間は・・・」
誰もいなかった。ひたすら、蠢くゴキブリ達で覆われていて・・・
「発見されたのは部屋の中央だ。・・・埋もれて見えなかっただけで、俺達の直ぐ目の前に居たんだよ。ずっと。」
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鼻の奥にあの時の匂いが、鮮やかに甦る。腐った苺のような、甘酸っぱい匂いだ。
嗚呼、そうか。あの臭いはーーーーー
僕は今更口を押さえ、そのまま床に嘔吐した。
作者紺野-2
何時もカサコソ貴方の後ろに這い寄る混沌チャバネゴキブリです☆
基、どうも。紺野です。
最近なんか緩い話ばかり書いていたので、たまにはまとも(?)なホラーを目指しました。
幽霊は出ませんが、パンチはあると思います。
・・・怖いかは兎も角として。