此れは、僕が高校2年生の時の話だ。
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・・・・・・・・・。
そのガラス瓶を受け取ってしまったのは、きっと寝惚けていたからに違いない。
頭がクラクラして、思考力が低下していたのだ。
徹夜でゲームなどするものではない。
寝不足に加えて頭痛。心做しか発熱もしているらしい。風邪でも引いたか。
伏した机の上で一人後悔する。
嗚呼、全ては自己管理を怠った所為だ。育成がなんだ。ボス戦がなんだ。放って置けばよかったのだ。そんなもの。
息をするのがどんどん辛くなる。肺が圧迫される。
まるで、溺れているみたいだ。
抜けていく力。奪われる体温。霞む視界。
必死に顔を上げると、机の端の小瓶で、赤い色が揺らめいた。
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・・・・・・・・・。
昼休みに斎藤が持ってきたのは、栄養ドリンク程の大きさの、透明なガラス瓶だった。
「ごめん、家で飼ってると猫が狙っちゃって。これ、どうにかして引き取ってくんね?」
「・・・・・・ねこ?」
僕が聞き返すと、斎藤は大きく頷く。
「そう。買ったはいいんだけどさ。ほら。」
差し出されたガラス瓶は水で満たされ、その中で、コロコロとした金魚が一匹、泳いでいた。
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・・・・・・・・・。
重い瞼を抉じ開けながら、斎藤の説明を聞く。
餌はやらなくていいらしい。
蓋は閉めたままで構わないそうだ。
窒息したり餓死してしまわないか、と聞いてみると、斎藤は暫し難しい顔をした後、
「店の人がそう言ってた訳だからな。多分大丈夫なんだと思う。」
「店。」
斎藤は、この瓶入りの金魚を、祭りの夜店で買ったのだという。
「・・・祭り?」
「そう、何か昨日の帰り道やってて。今朝にはもう何も残ってなかったけど。」
この時期に祭り?
そんなもの、なかった。少なくとも、僕や斎藤の住んでいる地域では。
こいつは一体、何処の祭りに立ち寄ったと言うのだろうか。
訝しく思いながら、瓶の中の金魚へと目を移す。
丸い身体に大きな鰭。
自然界では到底生き残れないであろう其れは、何処か飴玉に似ていた。
「池とかに離しても死ぬだけだろ。本当、もう頼りはお前だけなんだよ。」
視界の端では斎藤がずっと頼み倒していて、その間も、金魚はゆらゆらと揺れている。
瓶の口は金魚の体より小さい。
この中で、大きくなって来たからだろう。
無理に逃がそうとすれば、入り口に引っ掛かって水だけがなくなって死ぬに違いない。
何だか可哀想になった僕は、もう何度目か分からない斎藤の「マジで頼む!」に、思わず頷いてしまった。
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・・・・・・・・・。
午後の授業中、金魚の瓶はずっと鞄の中にしまっていた。
昼休みにしっかり仮眠を摂った筈なのに、眠気が消えず、身体もどんどん怠くなっていった。
其の内、頭がグラグラし始めて、悪寒、それでいて熱くなる頭の周辺、辛くなる呼吸、等の症状が出始めた。薄塩やピザポにも、心配された。
移動教室が無かったのが、何よりの救いである。あったら倒れていたかも知れない。
そんな訳で、放課後になる頃には、もう僕は満身創痍だった。
そして、冒頭の後悔へと向かう訳である。
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・・・・・・・・・。
帰る用意を何とかしたものの、帰れる気力が無い。
鞄からゴソゴソと金魚の瓶を取り出し、眺める。
金魚は、相も変わらず、飽きもせず、ゆらゆらと揺れていた。
体調はどんどん悪くなる。
もう起きているのも辛い。
「・・・コンソメ?」
誰かの声が僕を呼んだ。
けれど、もう顔を上げる力は残っていなかった。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
最後の方は人によっては不快感を感じる話になるかもしれません。上手い具合にオブラートに包めればいいのですが・・・。
宜しければ、お付き合いください。