此れは、僕が高校2年生の時の話だ。
ガラス瓶の金魚・上の続き。
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・・・・・・・・・。
庇護欲、母性本能、父性本能、
小さいものを護り育てたいと思うのは、人の本能だという。一般的に。
だから、此の感情は可笑しなものじゃないのだと思う。あの小さな鰭も、丸い身体も、僕が護ってやらねば、容易く死んでしまうのだから。
餌も空気も光も必要無くたって、きっと僕は必要だ、なんて。僕がいなければ駄目なんだろう、なんて。
馬鹿げてるとしか、思えないけど。
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・・・・・・・・・。
誰かにユサユサと肩を揺さぶられる。
頭も揺れて、痛みが酷くなった。
「コンソメ。」
名前が呼ばれている。此の呼び方は、薄塩だ。
返事代わりに、頭を軽く振る。
「どうした?」
返事をしようにも、荒くなった息が口から漏れて行くだけだった。
体調が悪いということは、多分伝わっているのだろう。じゃあ、何を聞いているのか。
其れにしても、薄塩しかいないのか?
「・・・・・・ピザポは?」
「保健室行った。もう直ぐ先生来るから。ほら、此れ。飲めるか?」
短い言葉が連なって、額に冷たいものが触った。目を開けると、薄塩の手が何かを押し当てている。
腕を動かし、掴もうとする。しかし、上手くいかない。どうしても震えて、力が入らないのだ。
「無理すんな。」
腕を捕まれ、机の上には下ろされる。
「明日と明後日、休みなんだから。ゆっくり治せ。よく放課後まで耐えた。」
此の間の一件から、薄塩は妙に優しい。負い目を感じているのかどうなのか知らないけれど、何となく、気持ちが悪い。
僕は聞いた。
「・・・親、迎え?」
薄塩は軽く鼻を鳴らした後に、頷く。
「だろうな。自分で呼べるか?」
「自分で帰る。」
「無理だろ。」
「帰れる。」
子供染みた言い方になってしまった。しかし、此処は譲れない。
「今日は両親が遅帰りの日だから。来れない。」
「仕事早退してもらえよ。」
「嫌だ。」
「じゃあどうするんだよ。」
「自分で帰る。」
「だから、無理だろ。」
薄塩が大袈裟に溜め息を吐く。
「お前はもう少し・・・」
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・・・・・・・・・。
ガラガラッ
大きな音を立てて教室の扉が開いた。
「大丈夫コンちゃん?!」
先生方数人とピザポが、担架を持って僕の方を見ていた。
「・・・・・・嗚呼、もう。」
どうやら、僕の選択権は奪われたらしい。
もう一度、机の上に突っ伏した。
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・・・・・・・・・。
其処からは、あれよあれよと言う内に事が運んでしまった。
担架に乗せられ(自慢ではないが、人生初担架である)、僕の意思などお構い無しに母へと連絡が伝えられ、何時の間にやら車の中である。
金魚は勿論ちゃんと持ち帰った。
置きっぱなしは可哀想だ。
後部座席に横たわりながら、中の水が揺れてしまわないように瓶を押さえる。
運転席の母が言った。
「あんたが熱出すなんて、珍しい。小学校以来じゃない?」
「僕だって、まさか高校生にもなって、発熱が原因で親を呼ぶ羽目になるとは思わなかった。・・・仕事、大丈夫なの?」
僕の質問に、母はカラカラと笑う。
「さあね。明日出勤したらデスクが窓際に移動されてるかも。」
「いや、真面目な話で。」
子供の世話にしても、無理矢理先に帰ったら印象が悪かろう。僕の所為で母に悪影響があったなら、申し訳無い。
「無いよ。そんなの。ウチの会社ホワイトだし。」
母の答えに、そっと胸を撫で下ろした。
「それに、普段からあんたのことマメに話してるしね。皆、心配してたから、安心して。」
「・・・・・・分かった。ごめん。」
「何で謝んの。親として当たり前でしょ。」
その一言に、安心して溜め息を吐く。
同じようなタイミングで、金魚が口から泡を吐いた。驚いてじっくり見てみると、今度はパチパチと瞬きする。
何だか無性に可笑しくなった。金魚が可愛らしく見え始めた。
急ブレーキで車が止まる。ちゃぽん、と瓶の中の水が大きく揺れた。
家に帰ったら、此の子をゆっくり休ませてあげなくては、と思った。
作者紺野-2
どうも。紺野です。
書ききれなかったので、幾つかに分けさせて頂きます。ご迷惑をおかけします。
あ、あと、金魚に関する記述の部分で、可笑しく見受けられる場所もあるでしょうが、仕様です。
宜しければ、次回もお付き合いください。