「一つ、君が不快に思う話をしてみようか。」
薄暗がりの中で、何かの楽器を持った彼が微笑むのが見えた。
nextpage
~~~
少女が居た。
名前は《真鍋 美穂》で、年齢は十四歳。
動物好きで心優しい少女だった。
此れは、そんな彼女が住んでいた町に在った《猫屋敷》と、彼女の話。
nextpage
~~~
《猫屋敷》といえば、猫を沢山飼って居る家というイメージが強いだろうが、美穂の住んでいる町のソレは、既存イメージの其れとは一味違った。
平屋建ての古民家で、生け垣とコンクリート塀でぐるりと覆われている。住人は老婆が一人。
何の変鉄も無い家だ。少なくとも見た目は。
だが然し、其の民家にはまことしやかに語られている噂があった。
《あの家に入った猫は、決して生きて戻らない》
拾われて、家の中で飼われているのかも知れない・・・そう主張する者も居た。
だが、唯一の住人である老婆は、猫など飼っていないと言うのだ。
猫は忽然と、野良猫にしても飼い猫にしても、其の民家に足を踏み入れてしまったら最後、帰ること無く姿を消す。
彼女の町の猫屋敷が猫屋敷たる所以である。
nextpage
~~~
ある日の学校帰り、美穂は猫屋敷の塀の上に猫を見付けた。
まだ若そうな三毛猫・・・恐らく雌なのだろう。美穂は、三毛猫の殆どは雌だと知っていた。
最近は猫屋敷の噂に加え、外飼いの猫自体少なくなり、道の上を自由に闊歩する猫もめっきり減ってしまっている。
珍しい。
美穂は暫し其の猫を眺めていたが、俄に猫へと声を掛けた。猫が塀の向こうへ姿を消そうとしたからだ。
猫屋敷の怪し気な噂・・・猫を捕まえては皮を剥いで売っているだの、猫鍋にして喰っているだのは信じていない。だが、事実として、行ってしまった猫は戻って来ないのだ。
「危ないよ。此方に戻っておいで。」
やもすれば逆効果で猫が逃げてしまう可能性も有ったのだが、一か八かの可能性に賭けて手を伸ばす。
「にゃあん」
猫は、人に馴れていたのだろう。ひらりと身体を翻し、道路側へと下り立った。
「・・・此処に居たら、また入っちゃう?」
猫に問い掛けると、また「にゃあ」と返事が帰って来た。yesかnoかは判らないが、どうやらちゃんと話を聞いているらしい。
もう一度、今度は足元に来た猫に手を伸ばすと、自ら身体を擦り寄せてきた。
「馴れてるね。飼い猫?何処の家の子?」
「なぁーう」
返事は確り帰って来るのだが、如何せん美穂には猫語が理解出来ない。
首輪はしていないし、もし遠くに移動させて迷子にさせてしまうのも忍びない。
「・・・取り敢えず、家においで。お家を探してあげる。」
「にゃう」
抱き上げても猫は嫌がる素振りを見せなかった。やはり野良とは考え難い。
両親は共に仕事で遅くなる筈だから、携帯から連絡を入れておけば大丈夫だろう。二人とも猫は好きだし、反対されることもあるまい。
でも、もし、万が一、野良猫だったなら・・・。
「そしたら、私の家の子になる?」
足元の猫は、美穂の問い掛けに勢い良く
「にゃっ」
と答えた。
塀の向こうからガサッと物音がしたが、猫に話し掛けながら歩いていた美穂は気が付かなかった。
nextpage
~~~
家に帰って来ると、やはり両親は未だ帰って来ていなかった。
「にゃあ。」
抱き上げたままで部屋まで運ぶ。臭いが籠ってしまうのは嫌なので、片腕に猫を抱えまま窓を開いた。其の時だった。
ピンポーン
チャイムが鳴った。両親の帰って来る時間には早い。客だ。
「はい、此処に居てね。」
床に猫を下ろし、玄関へと向かう。
「にゃーーん」
猫が美穂の方を向き、一際大きな声で鳴いた。
nextpage
~~~
チェーンを掛けたままでドアを開くと、皺に塗れた顔が夕闇に浮かび上がった。見覚えの無い顔に暫くの間呆然としていたが、思い出した。
猫屋敷に住んでいる老婆だ。
美穂は咄嗟に、さっきの猫のことだと思った。
ずっと着けて来ていたのか。
「・・・今晩は。」
「猫を返して貰えませんか。」
「・・・本当に、貴女の猫なんですか。」
「私の猫です。あれが居ないと困ります。返してください。」
「・・・・・・。」
美穂は口篭った。
確かに、此の老婆の猫だという可能性も無いではない。然し、彼女は猫を飼っていなかったのではなかったか。
「お家の中で、飼ってたんですか。」
「飼ってはいません。」
返って来た答えに、少なからず狼狽する。
「じゃあ、貴女の猫じゃないじゃないですか。」
「今日、私の家の塀に居ました。」
「そんなの可笑しいです。他人の家の子かも知れないのに。」
「でも、私の猫です。あのまま私の家の中に入っていたら私の物になっていた筈なんです。必要なんです。」
「だから、其の理屈は可笑しいって・・・」
nextpage
shake
「五月蝿い!!!!」
突然、老婆がドアに体当たりをして来た。
「返せ返せ猫を返せ此の泥棒め!!!」
がなり立てながら何度もドアにぶつかってくる。
「泥棒め泥棒め泥棒め!!!あんな良いのは中々居ないから、盗もうって魂胆だろ!!」
慌ててドアを閉めたが、老婆はまだ大声で何かを叫んでいる。
大抵が支離滅裂な言葉だったが、最後に言った一言だけは聞こえた。
「寄越せ!!!もう七日も、何も食べていないんだ!!!」
nextpage
~~~
静かになった玄関前。
美穂は両親に電話を掛けた。父は出ず、母は半信半疑で中々信じてくれなかった。猫を飼いたいが為の狂言だと思われたのだ。
「だから、違うって!本当に可笑しい人なの!!もう七日も何も食べてないって、あれ、きっと猫を食べてるんだよ!!信じて!!だーかーらー、嘘じゃないってちょっと待って!!ねえって」
ブツッ、と一方的に電話が切られる。
美穂は落胆の溜め息を吐き、猫の居る部屋・・・二階の自室までの階段を上り始めた。
nextpage
~~~
階段の途中で、猫の叫び声を聞いた。
フギャーともミギャーとも取れる其の鳴き声。悪い予感がして、全力で階段を駆け上がり、自室へ向かう。
猫の鳴き声は、途中から聞こえなくなっていた。
nextpage
~~~
赤く染まった床。
あの小さな身体の何処に、こんな大量の血液を隠し持っていたのだろう。
老婆が掴んでいる物言わぬ肉塊を見ながら、そんなことを考えた。
あまりの非日常に、悲しみや怒りが麻痺したのだ。
二階だからって油断した。どうやって入って来たんだろう。
呆然とする美穂に向かい、老婆は言った。
nextpage
「腹が減った。此れだけじゃ、足りない。」
老婆の手で何かが光ったようだ。
・・・窓、閉めておけば良かったな。
美穂は染々と後悔した。
nextpage
~~~
「・・・御仕舞い。」
ペン、と楽器を鳴らし、彼は話を終えた。暗がりの中で楽しそうに微笑んだのが分かった。
そして、僕は彼の持っている楽器が何なのか、やっと理解した。
「・・・・・・三味線。」
彼は満面の笑みで言う。
「若い雌猫の皮を使った、最高の逸品だよ。」
作者紺野-2
どうも。紺野です。
長い話を書き続けるのは難しそうなので、単発で一つ、どこぞの変態に聞かされた話を。
庭の池から何やら変な鳴き声がします。キュルルルル、みたいな。虫や蛙とは違うみたいです。
絶賛テスト中なので、面倒なことにならなければ良いのですが・・・。