その男の子は、僕が小学4年生の2学期に、転校してきた。
痩せてやけに頭のでかい男の子だった。
その風貌から、宇宙人とからかわれて、苛められていたのだ。
往々にして転校生とは、苛められる。
田舎ならなおさら、排他的で、陰湿ないじめに遭っていた。
しかし、その男の子はのんびりとした性格のようで、今日とて、
靴を片方しか履かずに、通学路をとぼとぼ歩いていた。
靴を片一方隠されたんだな。ほんと、くそくだらない幼稚なやつらだ。
その子は僕を見つけると、ぼーっと見つめてきた。
表情が乏しいので、苛めるやつらは面白くないらしく、日に日に
苛めの内容がエスカレートしているような気がする。
「田口君、靴、片一方無いの?」
僕が訊ねると、小さく頷いた。
「困っちゃったな。靴下、片方だけボロボロになったよ。」
無表情に言った。呑気なのか、それともショックなのか。
よくわからない。
「ちょっと、ここで待ってて。」
僕はそう言い残し、彼を公園のベンチで待たせた。
僕の家は公園からすぐ近い所にあったので、僕は数分後、
また公園に引き返したのだ。
「これ、よかったら履いて。君、僕より足が小さそうだから。
僕にはもう、合わなくなったからあげる。」
僕は、小さくて履けなくなった靴を田口君の前に置いた。
「ありがとう」
田口君は相変わらず無表情だけど、僕にお礼を言った。
「田口君は大人しいから。もっとガツンと言ってやればいいんだよ。」
僕は自分のことのように腹が立った。
「仕方ないよ。子供が幼稚なのは。」
田口君が、ぼんやりと空を見ながら言う。
自分だって子供じゃないか。僕はおかしくなった。
田口君が僕を見て呟いた。
「高橋君は優しいね。高橋君だけが僕に親切にしてくれる。」
照れくさかった。でも、見ていてイライラしてしまうのだ。
容姿が特殊だから、転校生だから。そんなばかばかしい理由で
人権が阻害されるのなんて、おかしい。
道徳なんて、全く意味がないんだ。
「高橋君だけに、教えてあげるよ。」
「え?何?」
「僕ね、宇宙人なんだ。」
「は?」
僕は突然の言葉に理解に苦しんだ。
自分がみんなから宇宙人と呼ばれているから、自虐の意味だろうか?
「約束する。僕は、高橋君だけは助けるから。
だって、僕も君に助けられたんだから、当然お礼はしなくちゃね。」
助けるとか、意味がわからない。その前に自分をなんとかしろよな。
嫌なことをされたら、もっと抗議すればいいのに。
僕は、田口君の言った意味がよくわからなくて、その言葉を
受け流したのだ。
小学5年生になると、田口君とは別々のクラスになり、出会えば話はするけど、だんだんと田口君とは疎遠になった。中学校に上がると、田口君は、もう居なかった。田口君はまた転校して行き、別の中学校に行くようになったからだ。
そしてあれから、10年の月日が経った。
僕は小学を卒業して以来、田口君には会っていない。
その田口君から、大学生になった僕の携帯電話に
電話がかかってきた。どうやって僕の番号を知ったのだろう?
「高橋君かい?ちょっと今から会えないかな?」
懐かしいけど、随分と急な話だ。僕は、たまたま暇だったので、
近くのファミレスで彼と会った。
「久しぶり。よく僕の電話番号、知ってたね。」
「うん、ちょっと君の友達に聞いたんだ。」
「元気だった?今、何してんの?僕はM大に通ってるんだ。」
「そうなんだ。僕は高校を卒業してお父さんの仕事の手伝いをしてる。」
田口君、大学には行かなかったんだ。
相変わらず、大きな頭で、目がぎょろっとしていて悪いけど
やはり風貌は宇宙人に似てる。
「高橋君、ちょっと一緒に来て欲しいところがあるんだ。」
田口君はそう切り出してきた。
「え?どこに行くの?まあどうせ暇だから、付き合うけど。」
「僕んち」
学生の時ですら、田口君の家に遊びに行ったことなどないのに
なんで今更?ちょっと警戒した。借金の相談でもされたらどうしよう。
学生の身分だから、貸すお金なんて無いってはっきり言おう。
僕は田口君の車で、山の奥へと続く道をドライブした。
随分と山奥に住んでるんだなぁ。
でも田口君の運転は、とても心地よく、車酔いなどはしなかった。
「ついたよ」
田口君は何も無い、山頂の駐車場に車を停めた。
「え?家なんてないじゃん。」
僕は不思議に思った。
すると田口君は上を指差した。
僕が見上げると、そこには巨大な円盤が浮かんでいた。
僕は驚いた。嘘だろう?マジでUFO?
そして田口君の方を見ると、田口君が瞬きをした。
僕はそれを見てまた、驚愕した。瞼が下から上へ閉じたのだ。
それはまるで、爬虫類のような瞬きだった。
そういえば昔から田口君の目は切れ長のわりには、黒目がちで、爬虫類のそれと似ているようでもあった。
僕は今見ているものが信じられなくて、口があんぐりと開いていた。
すると、すうっと白い光があたりを照らし、僕は一瞬にして
円盤の中に移動していた。
「ね、宇宙人だって言ったでしょ?」
僕はあれは、冗談だと思っていた。
そして田口君は言った。
「高橋君を、今日は助けに来たんだよ。」
どういうこと?僕が彼にそんな疑問を口にしようとしたとたんに、
外が強烈な光に包まれた。僕はまぶしくて目があけていられない。
まぶしい強烈な光が網膜を通して照らさなくなってから、
僕はそっと目をあけた。そして僕は信じられない光景を目にする。
円盤の下は、シースルーになっていて、地上の様子がよく見える。
地上には、木々の緑も、街も、川ですら、何もなくなっていた。
「今日滅びる予定だったんだ。10年前から決まっていたことだ。
だけど、僕は君だけは助けてって、お父さんにお願いしたんだ。
僕らの調査はこれで終わったから。僕と一緒に、行こう。」
信じられない。
じゃあ、お父さんも、お母さんも、僕の兄弟。
そして友人たち。人間、すべて死に絶えたのか?
これは宇宙人、田口君たちの仕業なのか?
僕は田口君につかみかかった。
「ふざけんな!何が決まっていただ!酷いじゃないか!
僕たちが何をしたって言うんだ!昔苛められた腹いせか?えっ?」
田口君は無表情だった。
「もしかして、君は、人間が死んだことが悲しいの?
ごめんね。僕たち、悲しいという感情がないんだ。
感情すら持たない。感情は人を滅ぼすから。
だから人間は滅んだ。今日、核戦争が起きることを
僕らはもう予見していた。愚かな人間たちが滅んだところで、
僕は何も思わない。ただ、君のことだけが気がかりだったんだ。
僕は君だけには死んで欲しくなかったから。これが感情でも
僕はこの気持ちだけは大切にしておきたかった。たとえ愚かでも。」
田口君は初めて悲しそうな顔をした。
「意味がないよ。僕の人生に、両親がいて、兄弟がいて、
友人が居て。初めてそれが僕の人生と言えるんだ。
僕一人が生きてても意味が無い。」
僕の頬を涙が伝う。
田口君は不思議そうにそれを見ていた。
「そうなんだ。僕は余計なことをしたのかな。」
田口君はぽつりと呟いた。
田口君が近づいてきて、僕の肩に触れた。
それから先の僕の記憶がない。
気がつくと、僕は自分の部屋で目を覚ましていた。
時計は、午前8時を指している。
あれは、長い夢だったのか?
「孝太ー、ご飯よー。早く起きなさい。」
母の声だ。やっぱりあれは夢だったんだ。
僕は心底ほっとして、いつもの日常に感謝した。
下へ降りると、食卓には温かいご飯が並んでいた。
「たくさん食べなさいね。」
そう言った母の顔を見た。
一瞬、母の瞼が下から上へ閉じたのだ。
作者よもつひらさか
#gp2015