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其の日、僕を出迎えたのは紅茶でも麦茶でも緑茶でもなく、一杯の味噌汁だった。
目の前の物体に困惑している僕に、彼は言う。
「怪訝そうな顔をしているね。説明代わりに、昔話をしてあげようか。」
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其の昔、美しく、機織りの上手い娘が居た。
彼女は拾われ子であったが、義理の両親に大層可愛がられていた。
娘は誰に習ったのでもないのに、何時の間にか機織りの方法を覚えた。しかも其れはまた見事な腕だった。
なので、彼女が織る反物は、何れも高い値が付いた。
ある日、彼女のことを知った地主が、娘を娶りたいと言い出した。
娘は地主の元へ嫁に行き、生涯幸福に暮らした。
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「詰まらない話だ。そう思わない?」
自分で話しておきながら退屈になったのか、彼は態とらしく欠伸を一つして見せた。
「・・・。」
僕は口を噤んだまま、彼を軽く睨む。
説明すると言ったのに、話された内容がざっくりとした昔話のような物だったからだ。
「今日も今日とて黙りだね。こうなると、君が生きているのかいないのかも分からない。」
「勝手に殺さないでください。」
からかうような口調。
半ばうんざりしながら返事をすると、彼はフンフンと鼻を鳴らしながら頷く。
「生きてたんだね。」
「当たり前です。」
「君が生きているのが本当に当たり前かどうかは知らないけど、残念だな。」
相変わらず、平気な顔して嫌なことを言う。気味の悪い人だ。
目を見て話すのが辛くなり、一瞬だけ大きな窓の外を見る。
直ぐに目線を戻し、相手に此方の感情を気取られないように注意して答えた。
「何が残念なんですか。」
「コレクションに加えられないからね。生きてたら。」
さも当然と言いたげな態度で彼は肩を竦める。冗談じゃない。
僕は溜め息混じりに呟く。
「・・・貴方の前だけでは、絶対に死にたくないですね。」
「そう思って貰えないと意味が無い。」
目の前の彼・・・僕のバイト先の顧客である三島さんは、もう一度にっこりと微笑んだ。
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「何だか、起伏の少ない昔話みたいですね。」
此のままじゃ話が続かない。そう思い、仕方無く口を開く。
三島さんは少しだけムッとした。
「無理矢理話を先に進めようとしているね。」
当たり前だ。早く話が進んで貰わないと困る。終わらせなければ帰れないのだから。
「此の味噌汁と其の娘、何の関係が?」
「そんなに此の話が聞きたいんだ?」
「・・・そうですね。聞きたいです。」
聞いて、そして早く帰りたい。
僕が鼻から溜め息を逃がすと、三島さんはまた笑顔になった。
「とてもそんな顔には見えないけどね。」
機嫌が直ったらしい。いや、最初から不機嫌ではなかったのかも知れない。
別に僕にしてみればどっちでも構わないのだけど。
彼の前にも有る味噌汁を一口飲み、三島さんはまた話を始めた。
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其の昔、美しく、機織りの上手い娘が居た。
彼女は拾われ子であったが、義理の両親に大層可愛がられていた。
娘は誰に習ったのでもないのに、何時の間にか機織りの方法を覚えた。しかも其れはまた見事な腕だった。
なので、彼女が織る反物は、何れも高い値が付いた。
ある日、彼女のことを知った地主が、娘を娶りたいと言い出した。
然し、娘は其れを強く拒んだ。
地主が贈った着物、装飾品、・・・何れも彼女の心を動かすことはなかった。
其れ程に彼女は頑なだったのだ。
けれど土地の権力者に逆らえる筈も無く、最後には大量の金を積まれ、親に売られるようにして嫁に行かされた。
そして婚礼の日から数日が過ぎた頃・・・
彼女は両手の指が無い状態で、遺体となって発見された。死因は、舌を噛み千切っての自殺だった。
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其れから数ヶ月後、地主が死んだ。
朝食の味噌汁を飲んだ途端にもがき苦しみ出し、其のまま事切れたのだ。
幸い・・・と言うべきか、他に死者は出なかった。
朝食は一家の長たる地主が食べるまで、誰も口にしないという決まりが有った為だった。
主人の死因を調べる為、使用人が味噌樽を探ると、樽の底から白い指が十本出てきた。
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「指はまるで、生きている人間の物のように瑞々しかったという。」
そうして三島さんは、また愉快そうに笑った。
僕は目の前の味噌汁を眺めながら、どうすべきか考えていた。
ふと気付いた、とでも言いたげな様子で彼は言う。
「其れ、飲まないの?」
絶対に最初から観察していた癖に。
「まさか、毒が入ってると思ってる?」
ニヤニヤと笑いながら問い掛けてくる。
「そんなことないよ。・・・なんて言っても、信じて貰えないかな?」
此処で煽りに反応するのも馬鹿げてるし・・・さて、どうするか・・・・・・
「そんなに怖い?何だったら毒味してあげようか?」
「結構です。」
つい、カッとなった。
僕は一気に汁椀の中の味噌汁を飲み干し、残った具を喉の奥へと押し込んだ。
「良い食べっぷりだね。」
三島さんが、此れでもかと言わんばかりに口角を引き上げて笑う。
パチパチと間の抜けた拍手の音が響いた。
全力で彼を睨み付ける。
「コレクターである貴方が、コレクションの一部たる味噌を、態々味噌汁なんかに使う筈ないでしょう。」
「御名答、御名答。よく出来ました。」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、三島さんが、もう一度拍手をした。
「本物は、ちゃんと別の所に保管してあるよ。」
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「其れにしても、珍しいですね。三島さんが既婚の女性に興味を抱くなんて。」
僕がそう何気無く口にすると、彼は莞爾として笑いながら答えた。
「既婚とは言え十二歳の子供だからね。無理矢理嫁に行かされたのは・・・嗚呼、だから自殺なんてしたのかな?」
作者紺野
何となく書き分けの出来るよう頑張っていますが、猿兄と三島さんの喋り方が文にすると恐ろしく似ていて不快。