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「アキヨシさーん。今日はどうしたんですか?」
今日4件目の出場は、常習要請者のアキヨシさんだった。
発端は数年前の要請で、その頃にはすでに精神疾患があった。
以後、年間に100件を軽く超えるペースでの要請がある。
その全てに出場する訳ではないし、出場してもまず病院に行くことはない。
「治った。帰れ。いらない。」
救急隊員がつくと、症状は治まる。そもそも症状があったのかも疑わしい。
どうせ今日もそうだろうな。
隊長にばれると怒られることを考えながら観察を開始する。
「今日はどこが悪いの?」
「猫。拾った。」
相変わらず会話が成り立たない。
「猫?ここ飼っちゃだめなんじゃない?」
隊長が普段と変わらないトーンで話しかける。
怒りとか呆れとかそういう感情を一切出さない。
「でもかわいいの。ニャアって。」
バイタルに異常ないことを隊長に伝える。
「アキヨシさん。体は異常ないみたいですね。今日はどうして呼ばれたんですか?」
通報時点では全身の痛みということだったが、今は全く訴えていない。
「資機材を車両に戻します。」
隊長に伝え、バックを肩にかける。
「猫踏むなよ!」
「踏まないよ~。ごめんね~。」
猫なんかどこにいるんだよ。そもそも飼うなよ。世話できねえだろ。
「ニャア・・・」
お?どこだ?
ふと、鳴き声がした隣室の方を見る。
頭がくしゃりとつぶれた赤ん坊が、ゆっくりとハイハイで近づいてくる。
「ニャア・・・。ギャア・・・。」
「猫。おいで・・・。」
呼ぶな呼ぶな!こっち来る!
ばれない程度に急ぎ足で玄関に向かう。もう隣室の方は見れない。
「猫はあとにしてね。アキヨシさん今日は病院行かれますか?」
隊長はやはり見えていない。聞こえている素振りもない。
「治った。帰れ。いらない。」
「そうですか。わかりました。何かあったらまた呼んでくださいね。」
・・・もう通報するなよ。お願いだから・・・。
「ギャア・・・。オギャアァ・・・。」
玄関を閉めるまで、猫の鳴き声は聞こえていた。
作者津軽