「もう少し、時間をいただけませんか。」
私は、使者にそう伝えた。
「わかっていると思うが、自殺した人間の行き先は無間地獄と決まっているんだ。悪いが規則なんでね。」
私はつい先程、この崖から海に飛び込んで死んだ。
「そこをなんとか。行かないとは申しません。少しだけ、私に時間をください。」
使者は黙っていた。
死神なんてマントを着た大きな首狩り鎌を構えたスカル顔を想像していたけど
スーツを着た、高身長のすらっとした恐ろしく表情のない男が迎えに来た。
「条件がある。」
男はそう言った。
「時間はやるが、お前は一切、干渉するな。」
「どういうことでしょう?」
「お前が時間をもらって何をしようとしているかは知らないが、お前がして良いことは、真実を知ることだけだ。この世に何も干渉してはならない。」
私はその条件を飲んだ。
それが私の目的だから。
私はこの町の町長をしていた。
離島で、温暖な気候を利用してのみかんの生産が盛んな
人口1万5千人ほどの、のどかな町だ。
年々過疎化も進み、人口の約60%が65歳以上の高齢者だ。
そののどかな町を突然の悲劇が襲った。
近年稀に見る大型台風に襲われ、想定外の大雨に見舞われ
深夜地すべりが発生し、20人の尊い人命が失われたのだ。
私はその頃、姉妹提携を結んでいる国に交流イベントの会議にでかけていて留守をしていた。
現地ライフラインの寸断から、被害が私の耳に入ったのは被害からすでに5時間が経過しており国から現地の日本領事館に連絡があり、慌てて帰国の途についたのだ。
それからの私は慌しく対応に追われた。
降雨が激しくなったのは夜半2時ごろからで、それまでは降雨量はさほどでもなかったようだ。
おそらくかつてない想定外の降雨量により地すべりが発生し、避難勧告が出されなかったようだ。
私はその避難勧告を出さなかった、認識の甘さを記者会見で詫びた。
そして対応の遅れた経緯を説明したのだ。
ところが、その日の情報番組を見ると、町長はこの災害時に、外国へ周遊しており留守、国の勧告にもかかわらず、避難勧告を出さずに、職員も呑気に自宅待機していたように報道された。
一応、役場に待機していた職員も数名居たようだが、やはり深夜に降雨量が増えたということで懸念していなかったようで、対応しようがなかったようだ。
深夜、暗い中、避難勧告を出して、果たして他の被害が出なかったのだろうか。
そこで水害に遭うなどの被害を出せば、何故今避難勧告を出したのかと叩かれるのだろう。
私は徹底的に、マスコミに吊るし上げられ、非難を受けた。
記者会見の映像も、私が言い訳をしているように意図的に編集された。
交流イベントの会議に出席していたことも、周遊と置き換えられ私は非情な無責任な町長のレッテルを貼られた。
家族にも被害が及んだ。家に投石されたり、妻が襲われそうになったりした。
私は、家族を安全な場所に移住させ、別居生活を送った。
責められるのは私一人で十分だ。
しかし私は、もう疲れ果ててしまった。
こんなことで責任を放り出すのか、とまた非難されるのだろうな。
そんなことを思いながら、海に身を投げたのだ。
時間をもらった私は、報道番組を見た。
やはり、「無責任に自殺した」と死んでもなお、責められた。
コメンテーターなど、お気楽なものだ。適当な持論を言ってお金をもらえばいいのだから。
私を追いやった、一番酷い報道をしたテレビ局にも行って見た。
体を持たぬと、行きたいところに行けて便利だな、と不謹慎にも思ってしまう。
テレビ局のディレクターが現場で喚いていた。
「そんな、いい情報なんていらねーんだよ!世の中ぁ、人の不幸を待ってるんだ。美談なんてのは、適当に他の番組ででっち上げときゃいいんだ。町長が本当は会議で出かけてて、連絡もらったのが5時間経ってた?そんなもの結果論だろ!そこに居なかったのが悪いんだよ。誰かを悪者にしなきゃ、テレビなんて成り立たねえんだ。余計なところは全部そぎ落として、いい感じで編集しとけよ。」
なるほど、そういうことか。
私はバカだ。
そして弱い。
何故、最後まで職務を全うしなかったのだろう。
私はそろそろ潮時だなと思った。
最後に私は、町長室に向かった。
町役場では職員が対応に追われている。
すまない。私がいたらないばかりに。
私は町長室のデスクの前の椅子に腰掛けた。
すると、何もしていないのにテレビがついた。
「マスコミの嘘」
そう表題が出て、先程見てきた光景が映し出された。
「そんな、いい情報なんていらねーんだよ!世の中ぁ、人の不幸を待ってるんだ。美談なんてのは、適当に他の番組ででっち上げときゃいいんだ。町長が本当は会議で出かけてて、連絡もらったのが5時間経ってた?そんなもの結果論だろ!そこに居なかったのが悪いんだよ。誰かを悪者にしなきゃ、テレビなんて成り立たねえんだ。余計なところは全部そぎ落として、いい感じで編集しとけよ。」
先程のディレクターの顔と声が流れた。
その直後、「しばらくお待ちください」とのテロップが出て画面が止まった。
パソコンがいつの間にか起動し、今の放送事故について論議されリアルタイムで炎上していた。
マスコミに対する非難の嵐。
私は何が起こったのだろう、とポカンとするばかりだった。
「これで気が済んだろ。さあ、行くぞ。」
いつの間にか、使者の青年が後ろに立っていた。
「ありがとう。」
私は涙ながらに青年の手を握った。
温度を感じないはずの手が暖かい。
「ふん、地獄行きには変わりないからな。」
使者はそっぽを向いた。
作者よもつひらさか
すみません。怖くないです。