その夜、俺は助手席に麗子を乗せて国道◯◯号線をひた走っていた。
すると、ある交差点に差し掛かった所で麗子が「ああ!」と声をあげた。
目線の先を見ると、中央分離帯の切れ目に真新しい生花が幾つか供えてあるのが見えた。
「ここに来るのも久しぶりだな…」
麗子は頷き、目を細めた。
「お花の傍に髪の綺麗な女の人がいたね…なんで裸だったんだろ。なんで泣いていたんだろ…」
俺は交差点を過ぎてすぐの路肩に車を寄せた。
「なんで臍の緒が繋がったまんまの赤ちゃんを抱っこしてたんだろうね…」
麗子がジロリと俺をにらんだ。
「お前さ、あんな一瞬でそこまで見えるか普通? 俺にはなんも見えなかったぜ?」
「なんで見えないのよ?」
「だから、あんな一瞬で…」
その時、何もしていないのに突然ガコッ!!っと凄い音がして、左側のサイドミラーが折れ曲がった。
「ほら、香織めちゃくちゃ怒ってるよ…」
麗子は後ろ側に身を乗り出して、さっきの交差点をジッと見ている。
「分かってるよ、だから俺はちゃんとここへ来たんじゃないか。心配すんな、俺は一生をかけてしっかりと罪を償うつもりだから!」
麗子は俺の袖口を掴み、ギュッと力を込めた。
「なんで道路に倒れてたお花踏んづけちゃったのよ!本当馬鹿なんじゃないの?!」
「え、本当に?すまん、気付かなかったよ… 」
昼間の予報通り、空から大粒の雨が落ちて来た。ババババと激しい雨音が車内に響く。突然の豪雨にしばし言葉を忘れる二人。
麗子は雨で見えない筈の交差点を見つめながら言った。
「あっ… お花拾った。あっ、こっち向いた… あっ…走って来た… 」
俺の袖口を掴む力が強くなった。
「来たワ…香織…」
独り言の様に囁く彼女の横顔を眺めていると、とても熱いものが込み上げて来るのを感じた。
ガチャリ…
麗子は助手席のドアを開けて、ザアザアと降りしきる雨の中に立った。続いて俺もドアを開けて、麗子がいる助手席側まで歩いていった。
麗子は雨でビタリと張り付いた前髪の隙間から、虚ろな目を覗かせて俺を見た。
俺は言った。
「麗子、香織は死んだ…」
そう俺は七年前の雨の日にここで事故を起こした。
飛び出してきた自転車を避け損ねて、そのままの勢いで近くの民家に突っ込んでしまったんだ。助手席に乗っていた妊娠中の香織も、後部座席に乗っていた麗子…
「お前もあの時に死んだんだよ…」
服役中もずっと麗子は俺の隣りにいた。
初めの頃は自分の頭が狂ったのでは無いかと疑ったが、今ではもう慣れてしまって、これでもう麗子に会えないと思うと逆に寂しい気持ちにさえなる。
俺はトランクを開けて、用意しておいた腕一杯の花束を取り出した。
「本当にすまない麗子。謝ってすむ問題では無いが、お前はこんな所まで飛ばされちまったんだもんな。痛かったろうな…」
「…………… 」
もう麗子が口を開く事はなかった。
交差点から三十mも離れたこの場所に、今も小さなお地蔵様がひっそりと祀られている。麗子も自分が既に亡くなっている事に気付いてくれた筈だ。
雨は更に激しさを増し、辺りは一瞬パッと明るくなり、その数秒後に雷鳴が鳴り響いた。
ゴロゴロゴロゴロ…
俺は麗子と云う石の前に膝を着き、生花の半分を丁寧に並べた。
暫く手を合わせていると、雨の音に混じって後ろから名前を呼ばれた気がした。
「分かった香織…いま行くよ…」
俺は残りの花を抱え立ち上がった。
今日が雨で良かった。
俺たちの涙は雨が洗い流してくれる。
麗子の視線を背中に受けながら、俺たち三人は交差点へと向かって歩き出した。
【了】
作者ロビンⓂ︎