今夜は月が綺麗だ。
昼間の茹だる様な暑さがまるで嘘だったかの様に、この山の高台は夜風がヒンヤリとしてて涼しい。
俺は自宅から車で三十分程離れたとある外人墓地にいた。海に面しているせいか、潮の香りが混じる突風が時折ザワザワと周りの木々をしならせながら、この異様な雰囲気を更に盛り上げてくれている。
「やべ、充電20%きってんな…」
パシャリ!
目下に広がる綺麗な夜景を写真に数枚収めた後、俺は心の中で軽く覚悟を決めた。
振り返るとやはり先程と同じ光景…
俺の愛車クラウンの中で怯える彼女の香織と舎弟の龍。
麗子はといえば長い黒髪を振り回しながら、ロックされたドアをこじ開けようとバンバン車体を叩いたり、何語か分からない言葉で喚きながらノブをガチャガチャさせている。
怖い…正直…
突如、豹変してしまった麗子。
原因は分かっている。
外人墓地に「出る」と云う噂を聞いた俺達は、真夏の深夜にわざわざこんな所まで肝試しに来た。
しかし車で周辺を軽く見て回ったものの、これといった異変や怪奇現象に遭遇出来なかったばかりか、洋式の四角い墓石がただ規則正しく並んでいるだけで、比較的街頭も多い為か、僅かな恐怖感すらも味わえなかった。
すると苛ついた龍が何を思ったのか、事もあろうにその墓石の中の一つに中指をおったてながらジョロジョロと小便を引っ掛けてしまった。
それを見て、慌てて止めに入った麗子だったが、突然、胸を抑えながら苦しそうにしてうずくまり、一転ゲラゲラ笑い出したかと思えば、その墓石の前の土を素手で掘り始めた。
実はもうその時から麗子は何処の国の言葉か分からない、理解不能な叫び声を上げていた。
突然の事にパニック状態の俺達はどうする事も出来ずに、唯、その光景を暫くジッと眺めていたが、龍が麗子の名を呼んだ瞬間、土を掘る手がピタリと止まり、首だけがこちらを向いた。
誰だよお前?
俺の心の声だ。
その顔は、まるで別人としか言いようがない程に変形していた。
切れ長で細かった筈の目をこれでもかと見開きながら俺達を睨みつけ、口からは涎と共に大量の泥がボタボタと滴っている。そう、喰ってたんだよ、泥を…
次の瞬間、体に大きなバネでも入っているかの様にビヨン!と跳び上がった麗子は、あーあー!!と奇声を発しながら此方へと向かって走って来た。
恥ずかしながらガッツリ腰を抜かしてしまった俺はその場から動く事が出来なかったが、香織と龍はあの盗塁王「福本豊氏」顔負けのダッシュでクラウンへと逃げ込んだ。
どうやら狙いは小便を引っ掛けた龍の様だ。
何故なら麗子は座り込む俺に見向きもせず、二人の後を追ってクラウンに飛び蹴りをかました後、狂った様にボディをバチバチと叩き始めたからだ。
買ったばかりの新古車。一般人の夢クラウンをバチバチと…たまにキレのある鋭い蹴りも何発か入っている。
正直、俺は麗子の変貌ぶりや龍の身の安全よりも愛車クラウンがとても心配だった。白のボディーが泥で汚され、ミラーが吹っ飛び、車体が少しづつ変形していく様をとても直視出来なくなった俺は、ブラックメンソール1ミリを吹かしながらパノラマに広がる綺麗な夜景に目を移す事にした。
今の麗子は麗子であって麗子では無い。外面は麗子の様に見えるが、今の麗子の身体を動かしているのは麗子の中に憑依した麗子以外の何者かだという事で説明がつく。という事は車の修理代は麗子に請求するのではなく、麗子の中に憑依している何者かに払って貰うしか無いのか…
「 あ、流れ星!」
写メを撮ろうと素早くスマホを向けたものの勿論間に合う筈も無く…俺は充電が15%までに減ってしまった電話を内ポケットに突っ込んだ。
龍がヘマをしたせいで突如豹変してしまった麗子。別人の様に顔を変え、髪を振り乱しながら他国語の奇声を上げて俺の愛車の破壊をいまだに続けている。
やはり龍に弁償して貰おう。
「 あーあ、ボンネットの上に乗っちゃったよ…」
麗子はドアロックが解除出来ないと悟ったのか、あろうことかブロックを抱えてボンネットの上に這い上がりダンダンと飛び跳ね始めた。
まさかその手に持ったブロックでフロント硝子を叩き割るつもりだとでも云うのか…
「 ぐす…」
突如、鼻が詰まり、俺の両頬を涙が伝った。嬉し涙とも悔し涙とも違う、何か別の感情がその時俺の胸中を支配していた。
庶民の夢クラウン
月六万の三年ローン
保険屋の番号をスマホでチェックする。充電は既に8%を表示している。
恐らく車の中で怯えている香織と龍には俺のこの気持ちは分かるまい。お前らの置かれている状況も中々にハードかもしれないが、今の俺に比べれば大腸菌とビッグフット程の差があるだろう。
「 …ひひ…」
笑いが込み上げて来た。
なぜなら、遂に麗子が手に持った四角いブロックをフロント硝子に投げつけたからだ。
しかしさすがは俺の愛車。麗子の投げたブロックをバインと跳ね返し、麗子諸共後ろの茂みへと吹き飛ばしたのだ。
ぎぃやあああ!!と奇声を上げながら麗子は暗闇に消えた。
「 ざまぁみやがれ…ひひ…」
心の中で軽く毒づいた後、俺は少しだけ後悔した。
確かに今の麗子は洒落にならない。得体の知れない何かに支配されているのはもう間違いないだろう。
しかしそれを「笑う」という事は香織の親友を笑うという事だ。麗子は悪くない、麗子に取り憑いた何者かが悪いのだ。俺は一人心の中で反省した後、後ろのポッケから特殊警棒を取り出した。
俺は今まで運動部に所属した事も無ければ、武術なども習った事は無い。しかし四歳から喧嘩という実戦で戦って来た経験と知識と度胸は持ち合わせているつもりだ。
取り憑かれているとはいえ所詮は女。ここ十年程は連戦連勝のこのロビン様が、こんな基地外に負ける理由は一つも無いのである。
「 おい!麗子!!」
返事は無い。
奴は先程の一撃でボンネットの向こうへとすっ飛んでしまってから、気を失ってしまったのかまだその姿を現さない。
「 い、今の内に逃げるか…」
俺は警棒を伸ばした状態のまま、いつでも殴りかかれる体制を取りつつジリジリと愛車クラウンの元へと近づいていった。
そこでふと違和感に気付いた。
妙に静かだ…
先程まであった潮風に煽られていた木々のざわめきが消えている…鳥を始めとした生物の鳴き声も聞こえない。俺の心臓の音だけがドクドクとうるさい程に鼓膜を揺らす。
「 ………… 」
俺は周りへの集中力を更に強めた。
「来るなら来やがれ、このドブスが!ブチ殺してやる!!」
クラウンを見ると龍と香織が車の中から、俺の方を指差して何やら大声で怒鳴っているように見える。無論、窓が閉まっているので奴等が何を言っているのかは全く分からない。
首元に冷たい物が走った。
え、後ろ…?
もしかして龍達は俺の後ろを指差しているのか?え、え?全身に鳥肌が浮き出る。
ジャリ…
微かに背後で砂利を踏み締める音が聞こえた。
ギャーギャー!!
振り返ろうとした時、突然左手の森から数羽の大きな鳥がバサバサと飛び立って行った。
「 ちぃ、ビビらせんじゃねぇよこの野郎!!!」
俺は鳥に石を投げてやろうと足元に目をやり屈み込んだ。その時左目の視界の隅にそれを捉えた。
泥塗れの裸足の脚
それは俺のすぐ後ろに立っている。
「 ……麗子…か…?」
俺はなぜかそれが麗子だと思った。
「……… 」
だが動きはない。もしや麗子は俺の出方を窺っているのだろうか?
無言のやり取りが続く。
こちらから仕掛けるか…
しかし残念な事に武器の特殊警棒は石を拾う際、後ろポッケにしまい込んでしまっている。
これは素手の肉弾戦に切り替える必要があった。
麗子は卑怯にも俺の背後を取ってはいるものの、いつでも攻撃が出来ると気を抜いている筈だ。それなら喧嘩屋の俺が取る行動はただ一つ、ノーモーションでの上段後ろ回し蹴りだ。もうこれしか無い!!
「 うりゃーああああ!!」
ドスウ!!!
決まった!
モロに首に入った!
ドシャリと倒れ込む音がした。すかさず俺は麗子を押さえ付けながら馬乗りになり、とどめの拳を振り上げた。
誰だよお前?
俺の心の声だ。
月明かりが照らし出すその顔は、麗子とは似ても似つかない汚らしいおじさんだった。
いやただのおじさんでは無い。こいつは黒人だ。しかもゴリゴリのやつだ。
白目を剥き、口から血と共に黄緑色の液体をドクドクと吐き出している。汚い。しかもよく見ると身体中にパックリと割れた無数の切り傷があり、まるでたった今し方土の中から這い出して来たかの様に泥に塗れていた。
しかも糞全裸!!
「 胸毛気色悪い!!!∑(゚Д゚)」
反射的に俺は本気の一発をそいつの顔面に振り下ろした。
グシャ!っと顔が潰れ、そいつはピクリとも動かなくなった。
「 はあ、はあ、はあ、はあ… 」
ジャリ… ジャリ… ジャリ…
肩で息を整えながらも、俺は背後から近づいて来るその足音に気付いていた。
どうやら一人の足音では無い。
ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ… ジャリ…
振り返ると、街灯の下、墓石の細道をこちらに向かって歩いてくる数人の男達。いや女もいる。
そいつらは何故か皆全裸で、頭を斜めに傾け、両手をこちらに向けながらのスタイルで、アーアーと苦しそうな呻き声を上げながらゆっくりと近付いて来ている。
「 はいはい、ゾンビゾンビ!」
俺はポッケからまた特殊警棒を取り出し、冗談の様なこの展開に本気の怒りをおぼえた。
「 てめーら!ここはジャパンだぞ!! ゾンビは他国でやれや、コンちくしょーが!!!」
いい加減完全にキレてしまった俺は、これが夢であってくれと願いつつも、そいつらに向かって殴りかかった。
「うおおおおおおおお!!!」
ガスン!!ドス!!バシン!!
「はい次ぃ!!」
ガスン!!ドス!!バシン!!
「ヒャッハハー!!!'(*゚▽゚*)」
面白い様に次々と攻撃が決まり、俺がヒャッハーするのも無理は無い。幸いこいつらは最近流行りの走って来るゾンビとは違い、バタリアン時代の古いタイプのゾンビのようだ。
あーあー言いながらただユラユラと歩いて来るだけなので、弱いも何もスキだらけで糞ダセえ単細胞ゾンビだった。
ガスン!!ドス!!バシン!!
「へいへいへい、カモンカモン!!お代わりプリーーズ!!(´▽`) '`,、'`,、」
ガスン!!ドス!!バシン!!
奴らは心臓。もしくは頭。つまり脳味噌を破壊すれば動かなくなる。奴等に噛まれさえしなければ楽勝。でももし噛まれたら大変!俺もゾンビになってしまう。しかし動きがノロマなのでその心配は皆無。
それは「OF THE DEAD」シリーズを大体見尽くしている俺にとっては常識なのであった。
「へへ、貴様ら俺を甘く見ていたようだな!大人しく墓場で眠っていればいいものを、この死に損ないめが!全員次こそ間違い無く地獄に送ってやるぜ!ひひゃひゃひゃ(´▽`) '`,、'`,、」
ガスン!!ドス!!バシン!!
警棒を振り下ろす度にグチャリと鈍い音がしてめり込み、脳髄と思しきドロドロの液体が飛んで来る。既に俺の体は奴らの返り血と肉片で真っ赤に染まっている事だろう。気持ち悪りぃがこの際仕方がない、全員眠らせてから考える事にしよう。
ふう、もう二十体ぐらいは殴り倒しただろうか?俺の後ろには奴等の動かなくなった夥しい数の死体が転がっている。
そして更に数体を片付け、ようやく残るゾンビは一体となった。
その格好からして、どうやらラストのそいつは生前牧師をしていた老人だと見受けられた。
「へへへ、余裕余裕 ♪♪」
牧師は他の奴等とは少し違い、ある種異様なオーラを纏っていた。両の目玉は抜け落ち、左手は肩からゴッソリと千切れて無くなっている。
「おら!何してんだ?さっさとかかって来いや父っつあんよーー!!」
すると牧師は何やら呪文を唱え始めた。
「〆$○+%・€#<°!!!」
ピカ!ゴロゴロゴロゴロ!!ピシャン!バリバリバリバリ!!!
突然、空からの雷鳴が牧師の後ろに聳え立つ巨木に降り注いだ。
バキャン!!!
真っ二つに裂ける巨木。
それを待っていたかの様に牧師は右手を夜空に翳し、更に大声で呪文を唱えた。
「〆$○+%・€#<°!!!」
ゴロゴロゴロゴロ…
夜空がまた鈍い光と共に唸りだした。すると今まで見えていた星達が、集まって来た大量の分厚い乱雲に少しづつ覆い隠されて行く。
どうやらやはりこいつが最後のラスボスの様だ。
「〆$○+%・€#<°!!!」
ピカピカ!!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!ピカピカ!!
「…………」
雷鳴は鳴り止んだが、牧師は右手を挙げたまま微動だにしない。
てっきり先程の雷鳴以上の現象を想像していたのだが、これといって何も起きなかった。
「へ、この見掛け倒し野郎が!(´▽`) '`,、'`,、」
少し恐怖をおぼえてしまった自分に恥ずかしくなった俺は、この基地外牧師にトドメを刺すべく殴り掛かろうとした。しかし…
「…ぐはっ!!」
動けない…
見ると、土の中から伸びる痩せこけたカリカリの二本の手が俺の両足首をガシリと掴んでいた。振り払おうにも物凄い力でビクともしない。
「は、離せこんちくしょう!!」
ゴン!!!
「ふ、ふひょう!!」
直で触るのはキモいので警棒でその手を殴ろうとしたが、誤って自分の足先を思い切り殴ってしまった。
痛すぎる。
爪が剥がれてしまったかもしれない。
「…うう、いててて…」
「〆$○+%・€#<°!!!」
痛みで項垂れる俺の髪の毛をガシリと何者かの手が掴んだ。強引に顔を引き上げられる。目の前には顔面血だらけの歯を剥いた牧師のドアップが。
『 ユー達はとんでもない事をしでかしてしまった…ミー達のボスである「アヤトラ・サディク・ジュンダラー・サセコビッチ」様の墓前に小便を掛けるという罪を犯してしまったのだ。決してサセコビッチ様はユー達を許さないだろう…許さない…サセコビッチは許さない…サセコビッチは許さない…もう一度言おう、サセコビッチ様は貴様らを絶対に許さないだろう…』
「さ、サセコビッチだと…?ふ、ふざけた名前だな…」
先程まで理解不能だった牧師の言葉が、なぜか日本語に変換されて直接脳内へと流れ込んできた。妙な説得力のある牧師の言葉に俺の身体は震え始めた。
ゴロゴロゴロゴロ!!
またも雷鳴が。
「〆$○+%・€#<°!!!」
「や、やべ!」
牧師はまたしても変な呪文の様な叫びをあげた。もしや俺を喰うつもりなのか?それともまたハッタリをカマすつもりなのだろうか?奴は斬り裂けんばかりに大口を開けてアウアウ言っている。
『怒りと共にユー達が我らの封印を解いたのだ!さあ死を持って償いたもう!サセコビッチ様へ死を持って償いたもう!ガアアアアア!!!』
「う、うわあああああ!!た、助けてくれーーー!!!」
ゴロゴロゴロゴロ!!
「兄貴!!頭下げろー!!」
「!!!」
バッコオオオオオン!!
背後から龍の叫びがした瞬間、物凄い爆発音と共に目の前の牧師の頭が一瞬で消し飛んだ。そしてその数秒後、頭を失った首から水圧の弱いシャワーの様にジュクジュクと黄緑色の血液が溢れ出して来た。
ドシャリ
牧師の身体はヒクヒクと痙攣しながら地に堕ちた。
金属バットを手にしながら震えている龍。
「よ、よよよ良かった兄貴!間に合った!」
龍は涙と鼻水をぐしゃぐしゃにした情けない顔でへなへなと膝を着いた。
多分、龍はクラウンのトランクに忍ばせておいた金本サイン入りの金属バットを持って来たのだろう。ふと足元を見ると俺の脚を掴んでいた不気味な手も消えている。
「お、おう、サンキューな!ちょっとだけヤバかったぜ…へへ…」
「 兄貴、笑ってる場合じゃないすよ!は、早く逃げないと!!」
「ふっ…情けない顔しやがって、ゾンビ共は全員俺がやっちまったから大丈夫だよ、まぁそんなにあせんなよw」
「あ、兄貴!あれ!」
龍が指さす方を見ると、金属バットで吹っ飛ばされた牧師の生首がゴロゴロとこちらに向かって転がって来ていた。そして俺達と目が合う角度でピタリと止まった牧師は、不敵な笑みを浮かべながらこう言った。
『ユー達はサセコビッチ様を甘く見ているようだな…一度復活されたサセコビッチ様を止める事はもう誰にも出来ない…その肉体が死のうと、また違う形で再生され続ける…ユー達はサセコビッチ様から逃れる術は…ないのだ…フオッホッホッホッホッ!!ぐ、ぐはあああああ!!』
そこまで言った所で牧師の首は完全に動かなくなり、絶命した。
さっきまであれ程明るかった街灯が雷の影響を受けたのかその光力を弱め、ボンヤリと墓場全体を不気味に照らしている。
「あ、兄貴…サセコビッチって一体なんなんすか?」
「知るかよ!俺に聞くなバカ!」
イライラする。夢ならもうそろそろ醒めてもいい頃だ。しかしリアル過ぎるこの感覚。震えの止まらないこの両脚。牧師が死んだ今もまだ緩む事の無い緊張感。そして何か大事な事を忘れている気がする…
何か。
龍が俺の状態を察し、肩を貸してくれた。墓場を見てももうゾンビの姿は見えない。やはりもう終わったのか?
強烈な臭気が鼻を突いた。
見ると足元の牧師の生首から、モクモクと白煙が吹き始めている。
「あ、兄貴あれ!」
見ると俺が殺したほかのゾンビ達も同様、酷いアンモニア臭が混じる煙を上げながら溶け出していた。
ジュン…ジュワアアアア…アア…
そして、牧師とゾンビ達は跡形も無く消えた…
「終わった…終わったんだ…」
夜空を見上げると厚い雲も消え去り、ここへ来た時と同じ様に満天の星空が瞬いている。綺麗だ。
「なんか宇宙にいるみたい」
隣りで龍がボソリと気持ち悪い言葉を発した。いや、そんな事よりも何か、何かを忘れている気がする…
何か。
返り血を浴びた上着を脱ぎ捨て、タンクトップ一枚になり、龍と共に車へと歩みよる。しかし俺は車に戻るのを少し躊躇った。理由はあれ程麗子にボコボコにされた愛車クラウンを直視出来る自信が無かったからだ…んっ?
麗子?
麗子…麗子…
はっ!麗子だ!!
クラウンのボンネットの向こう側で白い人影がゆらりと動いた。俺は完全にさっきまでの死闘により、麗子の存在を忘れていた。
麗子は一体どうなってしまったのか?豹変した理由があいつらであるとするならば、あいつらが死んだ事により麗子はあいつらの呪縛、憑依から解放されて元の自分を取り戻したのだろうか?一刻も早く確かめねばならない。馬鹿な俺はクラウンの心配よりも麗子の心配の方が先だという事にようやく気が付いた。
そうだ、龍を囮に使う事にしよう。
「り、龍…麗子…麗子の様子を見て来い!俺はクラウンのエンジンかけて香織と待ってっから!早く行け!」
「ちょ、ちょっと何いってんすか兄貴!!無理ですよさっきの麗子さん兄貴も見たでしょ?完全にヤバイっすよあれ!俺は無理っすよ、兄貴が見て来て下さいよ!!」
龍は金本サイン入りの金属バットを俺に押し付けると、通常の二倍速の速さでクラウンへと逃げこんでしまった。
「あいつ足だけは速ええよな、ちぇっ!!」
先程見えた白い人影は、まだその場を動かずに突っ立っている。
背後の森の陰の影響で、ボンヤリとしか確認は出来ないがあれは多分麗子で間違いないだろう。まあ、たとえ麗子があのままの状態で襲いかかって来たとしても勝てる自信はある。こいつ(金属バット)をフルスイングして頭を吹き飛ばしてやるだけだ…ひ…
余裕だ。
俺はクラウンの後方から、ボンネットの前に立っているであろう麗子に向かって呼びかけた。
「おい麗子!お前は麗子なのか?!」
我ながらよく分からない質問を投げかけてしまった。しかしその人影はその声に反応する事無く、依然突っ立ったまま黙りを決め込んでいる。
サセコビッチ…
サセコビッチ…
突然、牧師の低い声が脳裏を掠めた。
サセコビッチ…サセコビッチ…サセコビッチ…サセコビッチ…
「おい、サセコ!!」
牧師につられたのか、つい間違えて麗子を「サセコ」と呼んでしまった。と、その瞬間人影がゆらりと動いた。
ブギャアアアアアアア!!!
大音量の奇声をあげ、物凄い跳躍力で飛び跳ねた麗子は、クラウンの天井部分にビタン!と着地した。
ブギャア!!ブギャア!!ブギャアアアアアアアアアアア!!!
恐らく、サセコと呼ばれたのが勘に触ったのであろう、麗子はメチャクチャに怒っている様だ。
ダン!ダン!ダン!
えっさっさの体勢をとり、長い黒髪を振り回しながら、恐ろしい脚力で天井を破壊し始める麗子ビッチ。
ブギャアアアア!!ブギャアアアア!!ブギャアアアア!!
「やめろ!ばっ、ばっきゃろー!!何をキレる必要がある!俺には分かっているんだ、ダマされねーぞ!貴様は麗子では無く、サセコ!サセコビッチだろうが!!車から今すぐ降りやがれこの糞ビッチが!!」
ブギャアアアア!!ブギャアアアア!!
ドガン!!!
ついに麗子の右の拳がクラウンの天井を貫いた。
ドガン!ドガン!ドガン!
尚も麗子ビッチは殴るのを止めない。
「うわーああああ!!!兄貴!兄貴!!助けてー!!!」
その衝撃で後部座席の窓硝子も粉砕し、龍の泣き叫ぶ声が辺りに響く。
「くっ!クラウンが!俺のクラウンが!ち、畜生!!」
その時、俺の中で何かが弾けた。
それは怒りが恐怖と痛みに打ち勝った瞬間でもあった。実は相手が取り憑かれているとはいえ、香織の親友「麗子」だという事もあり、なるべく暴力では解決しない方向で考えていた。
*しかし相手が麗子の様で麗子ではない存在(多分サセコビッチ)
*龍と香織を安全に帰さねばならないという使命感の崩壊。
*そして何より俺の分身とも言える愛車クラウンへの許す事の出来ない酷い仕打ち。破壊。
以上、この三点が俺の当初の誓いを打ち破ってしまったのだからもう止められない。
「うりゃあああ!サセコビッチこの野郎!てめぇもう許さねえ!絶対許さねえ!脳みそブチまけて口から手ぇ突っ込んで背骨カランコロン♪いわしたろかボケえええ!!」
俺はバットを振り上げ走った。そして車の上に飛び乗ると、躊躇する事無く麗子の脳天に「ジーザス!」と叫びながら、渾身の一発を振り下ろしたのだった。
separator
まあ、それから何やかんやあったと思うが、そこら辺の記憶は曖昧で。
とにかく気づいたら朝になっていて、墓場の敷地内で気絶している俺たちを管理人だというジジイが発見してくれた。
龍も麗子も無事でなんも覚えてなかったから、おそらくあれは夢かなんかだったんだろうけど、俺の愛車はなぜかボコボコだったので、もしかすると夢じゃないのかもしれない。
了
作者ロビンⓂ︎
さあ、皆覚えてるだろうか麗子を?世にも奇妙な闘いがまた始まる…ひひ…