俺は見てしまった。
嫁の名義の通帳の残高を。
いちじゅうひゃくせんまんじゅうまんひゃくまん・・・・。
ゼロを確認して行き、なぜ嫁の通帳にこんなに残高があるのか不思議だった。
俺は夕べ偶然、嫁がおかしなところに通帳を隠しているのを見つけた。
夜、寝苦しく、台所に水を飲みに行ったら、嫁が床下収納庫に何かを隠しているのを見たのだ。
薄暗い中何故か小さなペンライトをかざして、床下に小さな冊子を隠しているのを見た。
俺は黙ってその場を去ったのだ。
そして、嫁が寝静まった夜中に、こっそりと俺は収納庫の中を漁った。
調味料やぬか床などを全部取り出してみると、底がなんとなく不自然にガタついた。
どうやら、底が二重になっているようだ。俺は指を突っ込んで、その板を浮かせた。
すると、嫁名義の通帳が出てきたのだ。
ははーん、さては、俺に隠れてへそくりをしているなあ。
それくらいの微笑ましい気持ちで、通帳を開いた。
その考えは、すぐに変わった。
これは、俺の給料でへそくれるような金額ではない。
確か嫁は幼い頃両親が亡くなり天涯孤独、施設で育ったと聞いた。
なんとか高校までは施設から行かせてもらい、卒業してすぐに、工場で働きだしたと聞いたのだ。
女性の給料など、底が知れてる。ましてや、大卒でもなく、そんなに高給がもらえるはずもなく。
俺は嫁の過去に疑問を持った。
果たして、嫁の言っている生い立ちは本当なのだろうか。
嫁とは、婚活サイトで知り合った。
なぜこんな小奇麗な女が、婚活なんかしているのかと思うほど、嫁は綺麗だった。
こんなサイトに登録しなくても、男は言い寄ってきそうなものだが。
その疑問を嫁にぶつけてみたら、ナンパで近寄ってくるような男は嫌だということだった。
真剣に結婚を考えている、誠実な男性を探しているとのことで、俺はたぶん過去に嫌な思いをしたのだろうな、と勝手に想像していたのだ。女も30ともなるといろいろあるのだろう。
まあ、初めて会った時に30と言われ、まったくそう見えずにびっくりしたのだが。20代前半と言われてもわからないだろう。
俺にとって願ったり叶ったりの結婚だった。40にして、こんなに美人で若々しい嫁がもらえたのだ。しかも、家庭的ときている。文句のつけようも無い理想の嫁なのだ。
その嫁が、俺に何かを隠している。この通帳が物語っている。
「水商売ででも働いていたのだろうか。」
まず、俺はそれを疑った。想像するだけでも嫉妬でおかしくなりそうだった。
嫁がいろんな男に・・・。
嫉妬に狂った俺は、ある行動に出てしまった。
興信所に、嫁の調査を依頼したのだ。
やはり愛する女の全てを知りたい。
愛とは愚かなものだ。
俺は今、その結果を待っているのだ。
ある日、嫁と買い物に出ていると、ある中年の婦人に声をかけられた。
「奥さん?」
そう声をかけられ、嫁が振り向いて青ざめた。
俺は知り合いかなと思った。奥さんと話しかけられるのは当たり前ではないか。
なぜ、そんな顔をするのだろう?
「まあ、奥さん、ご主人はお気の毒でしたねえ。もう2年くらいになるのかしら?あら、そちらはお兄さん?」
嫁はますます、顔面蒼白になり、その中年女性に答えた。
「いえ、主人です。」
そう言うと、中年女性は急にオロオロしだして、
「あ、あら、ご、ごめんなさいね。」
と言い、そそくさと去って行った。
「どういう意味?」
俺が嫁に詰め寄ると、嫁は
「あの奥さん、私を姉と勘違いしてるのよ。姉の主人は死んだの。」
と言った。
「嘘だろ。」
俺は声を一段と低くして言った。
「お前に姉が居るなんて聞いたことないよ。」
そう言うと、嫁は
「そうだっけ?前に話したと思うけど?」
と惚けた。
俺はますます疑心暗鬼になった。
まあいい。興信所が、俺に真実を教えてくれるだろう。
どこまでお前が嘘をつき通せるか楽しみだ。
興信所からの調査結果は驚くべきものだった。
嫁には、結婚暦があった。しかも、二度も。
驚くべきは、年齢を詐称していることだった。
婚姻届を一緒に出しに行こうと言うと、俺に先に書かせて、後は自分が書いてさっさと一人で出してしまったのだ。勝手に一人で行ってごめんねと嫁が謝った。俺が忙しいと思い、気を利かせたのだと言った言葉を信じたのだ。道理で隠したがるはずだ。俺と同じ40とは、随分とサバ読んだものだ。
もっと驚くべきことは、二度の結婚が破局ではなく、二度とも死別だと言う事だ。
最初の夫は、自営で内装の仕事をしていた男だ。
二度目の夫はサラリーマンでかなり年上、役職もそこそこの男だったらしい。
二人とも死因は心筋梗塞。
そして、もう一つ驚く事実が判明した。
嫁は、工場で勤務していたと言っていたが、元看護士だった。
異常に残高がある通帳。
そう言えば、大きな金額の入金が二回あったっけ。
俺は想像すると、恐ろしくなった。
水商売どころか嫁は今までいったいどんな人生を送ってきたのだろう。
嫁の底はかとない闇を見た気がした。
「おかえり。ご飯できてるよ?」
湯気をあげるご飯が禍々しく見える。
「ああ、ごめん。今日は外で食ってきた。」
俺がそう誤魔化すと、嫁は残念そうに、
「あら?そうなの?言ってくれればよかったのに。」
と言った。
「ごめん。今日はもう寝るわ。」
そう一言いうと、俺は自室に篭った。
俺、殺されるのか?
一人で勝手に妄想した。
だって、嘘をつく意味がないじゃないか。
工場勤務だろうが、水商売だろうが、俺はどこかで彼女を許す気でいたのだ。
誰にだって辛い過去くらいあるだろう。俺はただ嫁の全てが知りたかっただけなのに。
知らないほうがよかったのか。それとも、知ってよかったのか。
俺はその日から毎日のように、嫁の作る食事を拒んだ。
付き合いで飲んでただとか適当な理由をつけて、嫁の作る食事を口にしなかったのだ。
何か盛られる。そんな妄想が頭をよぎるのだ。
そして、俺は、ついに見つけてしまった。
多額の保険金がかけられた、俺の保険証書を。
あの床下収納には、もう一段板があって、その下の証書を見つけ、俺は今、呆然と台所に立ち尽くしている。
突然、尻の辺りがちくりとした。
「いたっ」
俺が振り向くと、嫁がすぐ後ろに居た。注射器を右手に笑った。
「あんまりこの手は使いたくなかったんだけどね。あんた、体が丈夫すぎ。徐々に毒を盛って自然に死ななければならなかったのにね。しかも、いろいろコソコソ調べやがって。知らないとでも思ったの?」
意識が遠のいて行った。
俺は助からなければならない。
そして、この女の正体を、世間に知らせなくては。
しっかりしろ、俺。
持ちこたえるんだ。
視界が暗くなる。
待って。俺は死ぬわけにはいかないんだ。
嫁のへそくりの真実を、世間に知らせなくては。
「あなたも心筋梗塞で死ななければならないのよ。自然死じゃないと保険、おりないから。」
俺の意識はブラックアウトした。
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「金森 優香。32歳かあ。いい女だなあ。」
婚活サイトを男は目じりを下げてみている。
薄くなった頭髪を撫でて
「俺なんて、相手にしてもらえないだろうなあ。」
と独りごちた。
すると、一通のメールが届いていた。
「はじめまして。金森 優香と申します。」
嘘だろう?返事が来た!
狂喜する男の画面の向こう側では、女がゼロの増えた通帳を見て笑っていた。
作者よもつひらさか