やあ愛犬家のロビンミッシェル子だ。突然だが皆はペットを飼っているかな?
俺の家には人間でいえば百歳を軽く超える老犬がいる。今回はこのマモルについての不思議な話を幾つかさせて貰おうと思う。
…
それは俺がまだ幼かったとある深夜での出来事だ。
ふと目が醒めると、隣りの母親の寝室から、苦しそうな呻き声がしていた。
あああ…ううう…あああ
押し殺したようなその声は、幼い俺の恐怖心と共に、その頃、芽生え始めていた闘争心にも火を着けてしまった。
「か、母ちゃんの部屋だ…ど、泥棒かな?ぶっ飛ばしてやる!!」
親父は昨日から地方へ出稼ぎに行っているので留守の筈だ。
俺は小さいながらも、親父の留守は自分が守らなければならないという一心で、右手に武器の孫の手を握りしめ、足音を消し、ソロリソロリと寝室へ向かった。
近づくにつれ大きくなってくる恐怖心。所詮は六歳児だ。汗が滴り、体中がガタガタと震えて危うく武器を落としそうになる。
なんとか寝室の前までたどり着いた俺は、ドアにそっと耳をあててみた。
うう…ああ…
やっぱりまだ聞こえる苦しそうなその声。俺の大事な母親を苦しめている憎むべき悪党… ドアノブを握りしめ覚悟を決めたその時!
あけちゃダメだよあけちゃ、見ない方がいいよ…
はっきりと背後から声が聞こえた。振り返ると愛犬のマモルがちょこんとお座りして俺を見つめている。
「い、今喋ったのお前か?マモル?」
しかしマモルはペロンと舌を出し、ハッハ!ハッハ!言うだけで何も答えてはくれない。気のせいか?と思った時、寝室の中から今までとは全く異なる絶叫が響いた。
ぐふう!あああああふん!!!
「このやろーー!!!」
気付けば俺は寝室の中へと飛び込んでいた。すると予想通りベッドの上で馬乗りになりながら母親を抑えつけている男がいた。
「おい!こら!母ちゃんをイジメるなー!!なんで裸なんだよこのやろー!!!」
俺は手に持った孫の手をペチペチとその男の背中に無我夢中で何度も打ち続けた!
ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ
「なんだよオマエきったねぇ背中してんな!おい泥棒野郎!顔見せろ!」
ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ
俺は親父から渾身の一発を食らい、生まれて初めて気を失った。
翌年、我が家に元気な双子の妹達が誕生した事は言うまでもないだろう…
…
ごほん!こ、ここで少しマモルの紹介をしよう。
犬種はパグ、色は黒、皺くちゃな顔に潰れた鼻がなんともチャーミングで、愛嬌のある顔をしている。
息がしずらいのか年中ずっとフガフガ言っているので、マモルがどこに隠れていても直ぐに見つける事が出来る 爆
俺が五歳の時に母親が預かってきたのだが、貰ってきた先が知り合いの住職からだった。犬好きの住職は七匹のパグを飼っており、新しく産まれたマモルを母親に託したのだ。
親父は大の犬嫌いなので猛反対したが、犬好きの俺は大賛成でマモルを離さなかったらしい。
しかし、マモルは不思議な奴だった。
まるで人間の言葉を理解しているかの様な行動をとったり相槌を打ったり、時には今回の様に空耳かも知れないが喋ったりもする…
更に、犬のくせにテレビが大好きで、毎日母ちゃんの膝の上でテレビを見ている。
特に、ニュースや教養番組などがお好きなようで、俺がお笑いを見ようとチャンネルを変えると、唸りながら突進される事もしばしばあった。
そして、妹達が大きくなってくると次第に俺に近寄らなくなってきた。
どうも陰で妹達とグルになり俺の悪口を言っているようだった…というのもマモルしか知り得ない筈の事を、妹達が知っている事がザラにあったからだ。
この頃から俺はマモルは普通の犬ではないと確信していた。
妹達がアレだけ霊感が強いのも、もしかするとマモルが何か影響しているのかもしれない…
…
ある晩、珍しくマモルが俺に抱っこをせがんできた。
抱き上げると俺の手をベロベロベロベロと舐めてくる。久し振りの愛撫に少し戸惑ったが、嬉しさが勝り気分は良かった。
しかしそれは何分も続き、ベロベロベロベロいつまでたっても俺から離れようとしない…何かに憑かれたように一心不乱に俺の右手を舐め続けている。
困っていたら妹の夏美が来てこう言った。
「 兄貴、絶対高い所登っちゃダメだよ… 」
「 え?なんで?」
「もしかしたら近い内に手ぇ折れちゃうかも知んないからさ!」
「だからなんでだよ?」
「 なんでって、さっきから散々マモルが警告してくれてるじゃない!右手に気をつけろ!って… 」
「 んっ?」
廊下を見ると美菜が黒い数珠を両手に絡めて、俺の方を見ながらなんかペコペコ拝んでる。(>△<)!
「お、お前ら、ふざけんなよ! もう俺寝るからマモルどかせてくれよ!」
「 うんじゃあこれ持ってて、肌身離さずにね!」 夏美から和紙で包まれた御守りを渡された。そして俺が部屋を出る時も、マモルは夏美の腕の中でずっとフンガ!フンガ!ともがいていた。
結論を言えば、その三日後に歩道橋の階段から足を滑らせ、右手を含む数か所を複雑骨折してしまった…
そして不思議な事に、財布にしっかりしまっていた筈の御守りが消えていた。
「ぐ、偶然だよな…?」
病院で妹達が見せた「薄ら笑い」を俺は今でも忘れない。
その日の夜、病院から帰宅し散歩に行こう!とマモルを誘ったのだが、なぜかフル無視されてしまった…ぐすん
…
そして最後に、つい最近起こった話をさせて貰おう。
夜中、尿意を覚えて一階のトイレで用を足していると、マモルが普段は出さない低い唸り声をあげていた。
マモルがいるリビングの窓際まで様子を見に行くと、裏の勝手口の辺りから何やらヒソヒソと話し声がしている。
耳をダンボにしてよく聞いてみると、それは日本語ではなかった。 話し声、気配からして最低三人の外国人が人ん家の庭で何やら話しこんでいるようだ。
俺はそ~っと今は亡き親父の部屋から日本刀を拝借してきた。本物かどうか確かめようと刃先を軽く指に当てたらスパッと切れた。
「お、親父マジのやつかよ!」
すると勝手口からカチャカチャとノブを回す音がした。
入ってきた瞬間ぶった斬るか、いきなり電気をつけて脅かしてやるか、どっちがいいかなー?なんて考えていたら背後から…
斬っちゃダメだよ斬っちゃ…何考えてんだよ? 相変わらず馬鹿だなお前は…フガ…
ハッ!として振り返るとマモルがちょこんとお座りして、ハッハハッハ言いながら俺を見ていた。
「い、今喋ったのお前か?」 しかしマモルはクイっと頭を傾げるだけで返事をしない。
「お、お前ってたまに喋るけどなんなんだよ? いったい?」
カチャンと鍵の回る音がした。
「ふん、泥棒野郎が。ドアを開けた瞬間真っ二つにしてやんぜ!」
俺は日本刀を構えてその時を待ったが、いつまで待ってもドアは開かない。
「あれ、おかしいな?気づかれたか?」
そういえばさっきまでの話し声もいつの間にか無くなっている。若干の恐怖を覚えながら勝手口のドアをそっと開けてみた。
誰もいない…
それもその筈、よく考えてみるとそこに人がいる筈が無い。
幅1m程の通路には大きな物置と花壇が道を塞いでいる為、家の中からしか裏口へは行けない作りになっており、そこに人が入り込む事は先ずあり得ないのだ。
それに気づいた瞬間、ゾクっと悪寒が走り、身体が動かなくなった。
「…う…ぎぎ…ぎ…!」
ヒャーハハハハ!!
暗闇の中に白い歯が浮かんだ。
ヒャーハハハ!ユーサムライ?
そこにはよくクラブで見かける様なガタイのゴツい黒人野郎が三人立っており、俺を小馬鹿にしながら勝手口から上がってきた。
「…や、野郎!…ぎぎぎ…」
そいつらは笑いながら家の奥へと消えていった。
すると弾かれるように金縛りが解け、俺はその場にへたり込んでしまった。まるで全速力で走った後の様な疲労感があり、足が震えて立ち上がる事が出来ない。
二階には母親と妹達が寝ている。
「ち、畜生…あいつら一体何をするつもりだ?」
俺は腕の力だけで廊下をズルズルと這いずり、階段がある方へと急いだ。すると玄関からボソボソと話し声がしている事に気付いた。
マモルだ…
英語に混じって聞こえてくるこの声は間違いなくさっき聞いたマモルの声だ。
「嘘だろ?あ、あいつ二カ国語いけんのか?!」
そしてやっと玄関が見える所まで移動した所で、俺は信じられない光景を目の当たりにした。なんと、愛犬マモルが青白い光を放ちながら宙に浮いていたのだ。
巧みな英語と身振り手振りを使い分けながら、必死で黒人達と意思の疎通を交わしている。
「…ま、まもる!」
俺の力無い声に一斉にこちらを振り返った黒人達は、何故か急に声を荒げだした。
奴らは壁をバンバン叩いたり、廊下をドンドンと踏み鳴らしたりしながら俺の方に近付いて来た! そして、俺の側まで来た奴らの一人が俺の胸ぐらを掴み、グイっと持ち上げた。
間近で見たそいつらの顔には目玉が無く、黒く粘り気のある液体がグチャグチャと流れ出ている。
小刻みに上下に動く頭を支えている首からは骨の様な白い物が飛び出しており、そこからプシュープシューと空気が漏れていた。
「く、臭っ!!」 強烈な腐臭。
隣りにいた奴も首が裂けておかしな位に傾いている。 そいつは俺の顔を覗き込み、手を拳銃の様に見たててコメカミに突き立ててきた!
ユーアー、クレイジー?
「し、死ぬ!!!」
バアアアアン!!!
物凄い爆発音が耳を劈き、俺はその短い生涯を終えた…
…
「あれ?…おれ生きてる?」
目を開けると、目の前に顔がクシャッとなったブサイクな犬がお座りしていた。
黒人達の姿も異臭も消えている…
なんとも言えない顔で見つめてくるマモルに痺れた右手を伸ばすと、頭の中に声が響いた。
勘違いすんなよ…夏っちゃん達の為にやったんだからな…
「えっ…?」
俺の意識はそこで途切れ、気付けばいつもと変わらない朝だった。
玄関付近で寝ていた俺に悪態をついた妹達に昨日見た出来事を話すと、ゴミを見る様な目で素無視された。
だが俺はこの時思った。
マモルはやはりただ者では無い。間違いなくあいつが俺達家族を守ってくれたんだと…
マモルだけに
俺はいつもの様にフガフガと言いながら朝飯をがっつくマモルの背中を見ながら「ありがとう…」と心の中で呟いた。
悪魔を祓う犬種 パグ犬
マモルが生きている限り、我が家は平和に違いない…
【了】
作者ロビンⓂ︎