イチパチを打っている俺の三台隣りの席で、パンチパーマにサングラスというスジ者丸出しの出で立ちをした厳ついおじさんが、膝で台を蹴ったり、ゴンゴンと小突いたりしている。
「 畜生!出ねえなこの台は!!」
周りの客は巻き込まれるのを恐れてか、そそくさと別のレーンへと移動を始めた。
だが、俺はもうこの台に一万も突っ込んでいるので今ここで移動するには勿体無い…もう少し様子を見る事にした。
ガシャ嗚呼アアアン!!!
言ってる間に、遂にハゲが調子に乗って台の硝子を割っちまった!
慌てて集まってくる従業員達。
「 おい!なんじゃこの台は?!二万も突っ込んで一回も出ねえイチパチが何処にあんだよクソッタレが!!!」
身長二メートルをゆうに越える凶暴なハゲゴリラが、集まった従業員達に牙を剥いて喰ってかかる。
ガシャああん! ガシャああん!
正にゴリラだ。
両腕にしがみ付いた従業員達を物ともせずに、軽々と振り回しながらウッホ、ウッホと二足歩行でレーンを練り歩き始めた。
そして、握力の弱い力尽きた従業員から順に一人ずつ振り飛ばして行く。
ガシャああん! ガシャああん!
ゴリラはひとしきり店内を練り歩いた後、また俺が座るレーンへと戻って来た。
「おい!こっち来んじゃねえよ!」
見ると、ゴリラの両腕にはまだ三人の従業員達がぶら下がっている。
見た所、今の従業員達ではあの猛獣を大人しくさせる事は少々困難である。
「ちっ!しょうがねーな!!」
俺は後ろポッケに忍ばせていた特殊警棒に手をやり、いつでも攻撃が出来る体制を整えた。
うっほ♪♪ うっほ♪♪ うっほっほ♪♪
ガシャああん! ガシャああん!
更にまた二人が振り飛ばされて、今ゴリラの腕にぶら下がっている従業員は遂に後一人となった。
店長だろうか?
必死の形相でゴリラに振り飛ばされまいと懸命にしがみ付いてはいるが、ズレた眼鏡とバーコード禿げに刺さった硝子片が妙に痛々しい。
ぐわおおおおお!うっほ♪♪うっほ♪♪
あちこちから上がる悲鳴や怒声にも耳を貸さず、野生の猛獣と化した男(ゴリラ)に、最早人間の言語は通用しない。
ポコポコポコポコ
これはもしや威嚇の一種だと言われている「ドラミング」だろうか?
ポコポコポコポコ
ゴリラは遂に本気を出すつもりの様だ。
はだけたアロハシャツの前から覗くジャングルの様なモジャモジャ胸毛を隠す事もなく、彼は両腕を高く振り上げ、更なる雄叫びを上げた。
ぐうおおおオオっホオおお!!!
「 あっ!!」
カシャああああああん!
店長の丸眼鏡が空中でゆっくりと綺麗な弧を描きながら三回転した後、非情にも地面にぶつかり粉々に割れてしまった。
と、その瞬間だった!
許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん
突如、店長は般若心境を読み上げるかの様に「許さん心境」を唱え始め、着ている上着が一瞬でビリビリに消し飛んだ。
残り少ない髪の毛はピンと逆立ち、顔は真っ赤に紅潮し、身体中からは沸騰したかの様にモクモクと白い蒸気を吹き出している。
「 おまえはボクを怒らせた!許さない!!絶対に許さない!!絶対にだああああ!!!」
店長はゴリゴリに隆起した己の筋肉をペシペシと左手で叩きながら、一歩ずつゴリラとのその間合いを縮めて行く。
「容姿のコンプレックスなどは事件の理由とは何の関係もありません!生え際の後退も、自分にとってはただのネタです!」
その手にはいつしか、鋭利なタガーナイフが握られていた。
左右の目がギョロギョロと生き物の様に動き回り、ニタリと不気味にほくそ笑みながら近づくそれは、正にあの秋葉原通り魔殺人事件の「死刑囚 加◯」を思い出させる程に完全に逝っていた。
「 いいですか皆さん?負け組は生まれながらにして負け組なのです…まずはそれに気付きましょう!そしてそれを受け入れましょう!!」
店長が意味不明な自論を口に出した瞬間、すかさずゴリラの強烈な平手打ちが店長の左顎全体を捉えた。
バチコおおおおん!!
グルグルグルグル…ブチッ!!
ヒューーン…ガシャああん!!
ブチ切れた店長の生首が、カウンターの商品棚上段に突き刺さっている。
ウッほほ♪♪ ウッほほ♪♪
ゴリラはさも嬉しそうにバナナを喰いながら、勝利の尻振りダンスを始めた。
ウッほほ♪♪ ウッほほ♪♪
ポコポコポコポコポコ
静まり返った店内にゴリラの歌声とドラミングだけが虚しく反響する。固唾を呑む俺達全員が店長のその死を疑わなかった。
しかし、妙な事に首を飛ばされた店長の体は、フラフラとしながらもまだ倒れてはいない。
千鳥足とでも言おうか?タガーナイフを手に左右に揺れながら、ゆっくりと俺の方へと近づいて来るのだ。
背中に冷たい物が走る。
気の所為では無い。ゴリラを除いたこの店全員の眼が一点に俺に集中している。
「 世間では「若者が希望を持てぬ社会」などと言われたりしているようですが意味不明です。何故そうやって社会のせいにするのかが全く理解できません。これはあくまでも私の状況なのです。社会の環境ではありません。勝手に置き換えないでください!!」
店長は首の無い事を完全に無視してそう叫んだ。
「しかし本気で自分の事を「負け組」だと考える人の気持ちも、実は全く理解できていません。また、自分の努力不足を棚に上げて「勝ち組」を逆恨みするその腐った根性は本当に不快です!」
更に店長は続けた。
「 僕にも友達はいる!でも孤独だった!生身の女に興味が無いワケでは無い!でも孤独だった!孤独だった!孤独だった!孤独だった!孤独だった!孤独だった!孤独だった!孤独だった!孤独だったんだ!!」
店長は首が無いのを無視して涙を流している。
「僕は今から電子掲示板荒らしに対する遠隔的な抗議を始めます!場合によりナイフを使うかも知れません!それでは皆さん、さようなら!!!!」
耳元でその叫びを聞いた次の瞬間、ヌラリと光るタガーナイフが俺の頭上へと振り下ろされた。
…
…
…
「 おい!出ねえぞこの台!どうなってんだよ!!」
ガン!ガン!ガン!
野太い声と音に反応して俺は目を開けた。
隣りではパンチパーマにサングラスという出で立ちの厳ついおじさんが、煙草を咥えながら従業員に怒鳴っている。
「夢…だったのか?」
目の前の確変を知らせるランプが点滅した。
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ
「よしよし♪♪そういえば最近寝てなかったからな!寝不足の時の俺は調子がいいんだよ♪ 」
隣りで怨めしそうに睨むゴリラを横目に玉を空箱に滑らせる。
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ
箱が一杯になり、従業員が新しい空箱を俺に差し出す。
その中には血のついたタガーナイフが入っていた。
「僕はねぇ孤独だったんだよ」
目の前の硝子窓には、首の無い男がジッと俺を見降ろしていた。
【了】
作者ロビンⓂ︎
俺を嫌いになっても怖話は嫌いにならないで下さい…ひひ…