あれは五年前、当時私が十八歳の頃の出来事です
私には双子の妹がいました。一卵性という事もあってか、私たちはとても仲がよく、何をするにも一緒でした。その姉、京子、と私、涼子は高校最後の夏休み、初めて二人だけの旅行をすることになったのです。
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静岡県H市は、東海道新幹線で東京から約一時間程の距離です。
私たちは二泊三日の限られた時間を有効に使うため、午前九時には支度を終え、自宅を出ました。
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H駅に着くや否や、私たちは海へと直行し、その日一日中海水浴を楽しみました。
楽しいときは時間のたつのが早いもので、あっという間に時刻は午後の六時を回っていました。私たちは慌てて、今夜泊まる予定の別荘へと急ぎました。別荘は山の中にあり、外灯などがあまりないから七時までには来るようにと、管理人さんに言われていたからです。
別荘と言っても、うちの所有物ではなく、レンタルで旅行客が宿泊する、いわば一戸建ての旅館みたいなものです。一件一件の間が結構離れているため、見ず知らずの他の客と顔を合わせたり、隣に気を使ったりという事が少ないせいか、若い人の間ではなかなか人気があるようです。その代わり、食事は全て自炊。鍋類や食器はある程度揃っているので、材料さえ買っていけばかなり自由に生活できます。それが魅力で、私たちもその貸別荘に泊まる事にしたのです。
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あんな恐ろしいことが起こるなんて、夢にも思わずに……。
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「はい、じゃあこれが鍵ね。出かける時と寝る時は、必ず戸締りを確認して下さいね。それと、電話の上にかかってる白い電話は管理人室専用ですから、わからない事があったら使って下さい」
白髪まじりで人のよさそうな管理人のおじさんは、そう言って”家”に案内してくれました。
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玄関の鍵をかけると、旅の疲れが一気に押し寄せてくるようです。それでも食事を作ってくれる人はいません。今日と明日は全部、自分達でやらなければならないのです。別荘は、玄関を入るとすぐ右に台所、その目の前に六畳の部屋がひとつ、左側にお風呂とトイレがありました。その六畳の部屋に荷物を無造作に置くと、私たちは夕食を済ませました。
そして、それが起こったのです。
「京子、水着一緒に洗っちゃうから出して」
私は荷物の整理をしながら、そう言いました。割と几帳面な方なので、化粧品や洗面道具をバッグに入れっぱなしにするのは嫌いなのです。京子はおおらかで、細かいことにはこだわらないタイプ。だらしないわけじゃないけど、双子のクセに性格はそれほど似ていないのです。
「先に、化粧落とさせて。海水と潮風で、もうバリバリなのよ」
そう言って、京子は備え付けのドレッサーの前に座り、化粧品を広げ始めました。
私が鼻歌まじりにせっせと手を動かしていると、しばらくして、
「……ねぇ涼子、玄関の鍵、かけたっけ?」
と、京子が妙なことを聞いてきたんです。彼女は戸締りや火の元に関しては非常にうるさいのに。
「んー、さっきかけたじゃない」
「涼子が?」
「自分でかけたでしょー! もうボケちゃったのぉ?」
私が笑いながら言うと、妙に真剣な顔で、
「私かけた覚えないよー」
そう言うのです。
「大丈夫だよ、私見てたモン」
「じゃあ、用心のために見に行こう。……怖いから一緒に来てよ」
私は少しイライラしていましたが、それで気が済むのならと思い、立ち上がりました。
玄関までくると、京子は急に蒼白な顔になり、小声でこう言ったのです。
「いい? 一、二の三で逃げるんだよ」
「はぁ?」
何の事だかわからずにいる私にかまわず、京子は鍵をガチャリと開けると、
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「一、二の三!」
と、いきなり私の手首をつかみ、靴もはかずに走り出したのです。
「な、何よ、一体……」
「いいから早く!」
私たちは真っ暗闇の山の中を、隣の外灯めがけてひたすら全力疾走を続けました。
隣の家にたどり着いた途端、
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「助けて! 開けて下さい!」
と、叫び、激しくドアを叩く京子を見ながら、私は言いようのない不安にかられていました。後ろの方から、獣のような息づかいが聞こえてきたからです。
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住人がドアを開けてくれた瞬間、私たちは飛び込んですぐにドアを閉め、鍵をかけました。
その時です。
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ガッガッ、と何かをドアに叩きつけるような音が二度ほど聞こえ、すぐに静かになりました。
「い……今の、何……?」
ガタガタ震えている京子に話しかけても返事はありません。一体、彼女は何を見たというのでしょうか。
落ち着いた頃に、意を決したように口を開いた京子の話はこうでした。
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私たちが泊まるはずだった貸別荘には、部屋がひとつしかありません。そこには備え付けのドレッサーとちょっとした洋服ダンス、それと小物入れがありました。ドレッサーの反対側には押入れがあったのですが、そのフスマが十センチ程開いていて、化粧を落としていた京子が鏡越しによく見ると、
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中にカマを持った男の人が、うずくまりながらこちらをジッと見ていたと言うのです!
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あまりの恐怖に私たちはバカンスを楽しむ気もなくなり、翌日家に帰ることにし、その日は管理人さんの家に泊めてもらいました。
管理人さんの話によると、私たちが来た日に一度、窓やドアを開けて虫干しをしたそうです。その隙に入り込んだ変質者だろう、という事でした。
あれだけ他人に気を使わなくていいから、と思っていたのに、その他人が今回ほど頼りになると思ったことはありません。
警官が来て事情聴取され、現場検証を行い、やっと眠りについたのは朝の五時頃だったと思います。
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次の日、隣の人に挨拶をしにいった時、ドアに二ヶ所、小さな穴が開いているのを見つけました。その傷は、昨夜の出来事が夢じゃないことを物語っているようでした。
駅まで警察の方に送ってもらうと、私たちは帰路につきました。
「犯人を捕まえたら、必ず連絡します」
という言葉を聞きながら…。
でも、残念なことに未だに連絡はありません。
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作者絵ノ森 亨
古い作品です。