いらっしゃいませー!
背中のひん曲がった老人が一人、ヨロヨロと店に入ってきた。
「なあ兄弟、アイツ何頼むと思う?」
銀次は懐からペラリと千円札を出し、テーブルの上に置いた。
「おう、あのジジイは肝臓悪そうな顔色してっからウドンだな!昆布ウドンかキツネだ!」
俺もポケットから千円札を一枚取り出し、ドン!と置いた。
「じゃあ、俺は蕎麦だ、天ザル!」
銀次がニヤリとジジイに視線を向ける。
「すいません、天ザルとカツ丼下さい」
「あいよ!天ザル一丁!カツ丼一丁!!」
ヒッヒッヒと笑いながら銀次が金を懐にしまい込む。
「ちっ!またかよ!」
さっきから8連敗中だ。
銀次は昔からギャンブルがめっぽう強い。70を目前にしてまだその天性の博才は衰えていないようだ。
「おいテメーこのジジイ!!!」
俺は短刀の鞘を放り投げると、天ザルを頼んだ禿げジジイに刃先を向けた。
「ジジイ!カツ丼なんか食いやがって、今更そんなに精つけてどうするってんだ!この野郎!!」
「ひ、ひいっ!」
「はっはっは!まあまあ兄弟、こんな所でヤッパなんか出してんじゃないよ。それより早くいかねぇと約束の時間に間に合わねーぜ?」
白髪でオールバックの銀次が震える店主とジジイを睨みながら、俺を制した。
…
俺、源三と銀次は若い頃からの兄弟分だ。
部◯育ちの俺たちは15の歳から任侠の世界に入り、相当無茶をやって来た。
40を迎える頃にはお互い小さいながらも組を持ち、義理も人情も筋も通らないこの時代でシノギを削って生きてきた。
だが、対立組織が管轄する飲み屋の席で、態度の悪い若い衆をぶった切った事から俺は10年ほど放り込まれた。
初めのうちは、斬り殺した若者が毎晩の様に夢に出てきて魘された事もあった。
「もう殺しはやらねぇ!」
そう誓って出所したすぐそばからトラブル続きでまた相手側の組員を射殺。
「次はないぞ!」と刑務官に脅されて気づけば塀の中でこんな歳になっていた。
勤めを終えて出所した時には、もう俺には何も残ってはいなかった。
組も、家族も…
世話になった親分衆たちも、もうその殆どがあの世へと旅立っており、帰る場所も何もねえ、俺に残されたのは出迎えに来てくれたこの銀次だけだった。
そして銀次の組もとうの昔に解散しており、今は国からの少ない援助で生活を立てている。
身寄りのない俺は暫く銀次の家で世話になる事になったのだが、今日は銀次が気を利かせて、まだ辛うじて生き残っている昔の兄弟分達を呼び出してくれていた。
「騒いですまなかったな」
蕎麦屋の店主に金を払い、店を出ると、夕焼けに染まった茜色の空の中を、数羽のカラスが泳いでいた。
そう、俺たちは言わば「烏」。
渡世を渡り歩き現役を引退した年寄りにとって、一人で今の時代を生き抜くのは至難の技だ。
せめて群れて知恵を出し合い、世間様の食い残した物でも有難く頂戴しなければならない。
まあ、あと何年生きれるかも分からない身だが…
「なあ兄弟、もう約束の時間過ぎちゃったよ!」
「おう、それはマズイな!じゃあタクシーでも止めるか」
「馬鹿な事をいっちゃいけねーよ。そんな金がどこにあるっつーんだい?」
ポケットを探ると2人で840円…
「おい銀次!!テメー俺をボケ老人だって馬鹿にしてんのか?さっき掛けた8000円があるだろーが!!」
俺はまたヤッパを抜いた。
近くを歩いていたアベックから悲鳴が上がる。
「まあまあ落ち着けよ兄弟、冗談だよ冗談!」
すると、銀次の背中から派手な格好をした若者達が近づいてきた。
「お爺ちゃーん、こんな所で刃物振り回してちゃ危ないよー♪」
「何このジジイ?マジやべーんすけどw」
一番背の高い色黒の若者が銀次の度入りのサングラスをヒョイと掴み、自分の目に当てた。
「うわあ!度数きっつ!!」
銀次の細い両目が吊り上がった。
「ねえ、お爺ちゃん達ここをどこだか分かってんの?事務所の前なんだよね。そんな危ないモノ振り回してっと埋められちゃうよ?まだ死にたくないでしょ?早く老人ホームに帰ってテレビでも観てなよw」
そう言うと、若者は銀次のサングラスを足元に落としバキっと踏みつけた。
次の瞬間、銀次の拳が若者のみぞおちに食い込んでいた。
「うっ!!」
そして、前屈みになった所を容赦ない銀次の膝が顎を捉え、若者はひっくり返った。
「てめー!!何してんだこのジジイ!!」
仲間が銀次に向かって刃物を出す前に、銀次の右手には小銃が握られていた。
「お前らそれでもヤクザか?近頃のガキは道理をわきまえておらんようじゃの、ワシらを誰だと思っとるんじゃ?」
冷静に銃口を向ける銀次の迫力と、サングラスを取った事により露わになった、額から口元にまで伸びるヤッパによる古い切り傷の後に、若者たちは完全に戦意を喪失しているようだ。
バアン!!!
銀次は若者の足元に向かって一発撃ちこんだ。
「こ、このジジイ完全に逝ってるぞ!やばい!に、逃げろーー!!」
若者たちが向かいの建物の中へと逃げ去った後、銀次は銃を懐にしまいニタリと笑った。
「へっへっへ!まあまあ兄弟!冗談だよ冗談!さあさ早くいこう。へいタクシー!」
「おう銀次、お前まだそんな危ねぇもん持ち歩いてんのか?」
「へっへ!」
銀次が「マムシの銀次」と恐れられたのはもう遠い昔の話、狙った獲物は絶対に…
「どうぞ」
タクシーのドアが開いた。
ブロオオオ…
俺たちは待ち合わせ場所である、カミソリのマサが経営するという小料理屋「昌平」へと向かった。
【続く】
かもしれない…
作者ロビンⓂ︎
ある映画をみていて思いつきました…ひひ…