ゆーびきりげんまん、うーそついたら、はりせんぼんのーます ゆびきった
やくそくだよ、わたしを、ぜったいにおよめさんにしてね。
nextpage
separator
ぼくは晴れて就職も決まり、社会人の1年目を迎えている。
仕事も慣れてきて、恋愛のほうも同期の女の子と付き合っているし
公私共に充実した生活を送っていた。
ぼくと彼女の仲も深まり、彼女は時々ぼくの家へ泊まるようになった。
ぼくはそろそろ彼女に、プロポーズしようかと考えている。OKしてくれるだろうか。
ぼくは彼女の誕生日に思い切ってサプライズでプロポーズしようと思った。
そして意を決してぼくは指輪と共に、彼女にプロポーズした。
彼女はあっさりOKしてくれた。よかった!断られたら指輪どうしよう、とか弱気になっていた。
ぼくたちは年内に結婚をすることにした。結婚式には地元の友達も呼ぼう。
ぼくは地元の学生時代の友達にも結婚式の招待状を出した。
ある日そんなぼくの元に、1通のメール便が届いた。
差出人は覚えが無い。
なんだろう?誰かがぼくの名前で何か応募したのかなぁ。
以前一度、友達にやられたことがあって、
「応募した覚えの無い懸賞に当たったって何か来た」
と言ったら、友達が
「あ、それ俺、俺!スマン、お前の名前使っちまった!」
と言われたことがあったのだ。さしてその懸賞品に興味もなかったので
別に怒らなかったけど。
ぼくはメール便を開封してみた。その中にさらにビニールの袋が入れてあり、
さらに厳重に布に包まれた何かが入っている。
ビニール袋をあけ、布をほどくうちに、布がどんどん白から赤に変わって行き
ぼくはすごく禍々しい嫌な予感がした。
真っ赤な布の間から出てきたのは、人間の小指だった。
ぼくは思わず女みたいな悲鳴を上げて、その小指を放り出した。
よく見るとメール便に手紙が同封されていた。
「指きりげんまん 約束 覚えているよね」
そう書いてあった。
ぼくには身に覚えが全く無い。
なんなんだ、これ。何の嫌がらせなんだよ。
ぼくは警察に届けるべきか悩んだ。
以前、警察沙汰に巻き込まれてしまった時に、こちらは巻き込まれたほうなのに
警察に根ほり葉ほり聞かれたことを思い出したらとたんに面倒になった。
もうあんな面倒はごめんだ。
ぼくは黙ってその小指を厳重に新聞紙で包み、生ゴミと一緒に捨てた。
こんな嫌がらせをされるような覚えは全くないし、怖い。
見えない恐怖に身を震わせた。
それからしばらくして、地元の一番の親友から電話があった。
「おー、久しぶりー。元気だったか?結婚式、出てくれるんだろ?」
ぼくは開口一番言うと、友人は神妙な声でこう言った。
「うん、出席するよ。お前にちょっと報告なんだけど・・・・。」
友人はそこで何故か言いよどんだ。
「なんだよ、言いにくいことか?」
「・・・うん。実はさ、幼馴染の裕子って居たじゃん?あいつ、昨日、自殺したんだ。」
俺は衝撃を受けた。よく幼い頃、一緒に遊んだ記憶がある。
「そうなんだ・・・。なんで・・・・・?」
「よくわかんないんだ。俺3日前くらいに会ったときはそんな感じ、見受けられなかったんだけどさ。
あ、でも彼女、左手にすっごい包帯してたんだよ。手が開かないくらいぐるぐるに。
どうしたんだ、って聞いたら、ちょっと包丁で深く切ってしまって。でも縫ったから大丈夫、
って言ってたんだよね。で、自殺したあと、遺体を綺麗にするためにその包帯を取ったらさ、
左手の小指がなかったんだ。」
ぼくはそれを聞いて凍りついた。
ぼくに届いたメール便に入っていた小指。
左指ではなかったか?
何故?彼女が。
いくら考えてもぼくにはわからなかった。
ぼくは次の週、有給を取って実家に帰った。
裕子のお仏壇にお線香をあげるために。
裕子のお父さんもお母さんもよく知っているから、ぼくは本当に
なんと声をかけて良いのかもわからなかった。
お葬式に出られなかったことを詫びると、こうして裕子に会いにきてくれただけでも
裕子は喜ぶと思うよ、とぼくに気をつかって、お線香でもあげてと
仏壇の前に案内された。
本当に、死んだのか実感が持てなかったけど、仏壇の中には裕子の笑顔があった。
内気で、あまり活発な子ではなかったから、ぼくは母に裕子ちゃんと仲良くしてあげて
そう言われて、よく彼女を誘いに行ったのを覚えている。
彼女はぼくが迎えに行くと本当に嬉しそうに笑った。
ぼくは中学生になってから、隣の市に引っ越したので、裕子とは小学生くらいまでの
記憶しかないのだ。遠い記憶なので、仏壇の写真を見ながら、こんな顔だっけかなぁ?
とぼんやりとしか思い出せない。
ぼくはその日は実家に泊まった。
夜中寝ていると、何か声が聞こえ来た。
女性の声だ。そのとたんに金縛りにあった。
「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。」
ゆびきり?なんのことだろう。
さらに声は続く
「知ってる?江戸時代にはね、遊郭の遊女が本気になった相手に愛を誓うときは
左の小指を切り落として相手の男性に贈ることで自分の誠意を伝えていたそうよ。
それが指きりの由来なんだよ。」
その声は、裕子か?
「だからね、私は、送ったんだよ。」
ぼくは、あの指の映像が目に焼きついていて、背筋がぞっとした。
「約束したのに。私、本気だったのに。お嫁さんにしてくれるって言ったのに!」
ぼくは遠い記憶をたぐり、ようやく思い出した。
あれは小学2年生くらいのことか。ゆびきりげんまんでそういう約束をしたような気がする。
そしてぼくはようやく声を出した。
「そ、そんな。あれは小学生のお遊びみたいなものじゃないか。そんな前の約束なんて。
無効だろう?」
ぼくは、震える声で言った。
「無効?約束を・・・・・破るんだね?破って、他の人と結婚するなんて。
許せない。げんまんだからね。覚えておいて。」
ぼくが寝ている布団の上に重みがかかった。
下の方から何かが這い上がってきて、長い黒髪がぼくの頬をなでた。
「うわああああああ!」
ぼくは大声で叫ぶと、隣の部屋で寝ていた母がかけつけてきた。
「いったいどうしたの?」
裕子がきた、と言っても信じてはもらえないだろう。
ぼくは夢でもみたんだ。
きっとそうだ。
ぼくはその次の日、自分の部屋に帰った。
部屋に明かりがついている。
あ、彼女が来てるんだ。
ぼくは幸せでいっぱいの気分になった。
部屋に待っててくれる人が居るって、ホント幸せだな。
ぼくは足取りも軽く、階段を駆け上った。
鍵を回すと逆に鍵が閉まった。
おいおい、鍵あけっぱなしかよ、無用心だなぁ。
そう思い、またぼくは鍵を逆に回し開錠した。
「おーい、鍵開けっ放しだったぞー、無用心だなぁ。ただいまー。」
ぼくは靴を脱ぎながら、玄関を入って行った。
何か部屋の中の様子が変だ。
椅子はひっくり返り、あちこちが荒らされている。
泥棒!彼女は無事か?
ぼくは急いで奥のリビングのドアを開けた。
荒れた部屋の中央に置かれたソファーに、変わり果てた彼女の姿があった。
彼女の衣服は乱暴に引きちぎられあたりに散乱し、彼女は全裸だった。
肌には痛々しい暴行のあとがあり、何よりも酷いのは顔がボコボコに殴られて変形し
一瞬彼女とわからなかったのだ。
ぼくはあまりのことに気が動転して、立ちすくんだ。
彼女の名前を何度呼んでも反応は無かった。ぼくはすぐに救急車を手配し
警察にも連絡した。
彼女はすでに息絶えていた。
ぼくは号泣した。ぼくが留守にしたばかりに!
事件は強盗殺人として捜査された。彼女には何者かに暴行されたあとがあり
捜査の結果、過去に犯歴のある男が任意同行を受け、そのまま自白、逮捕となった。
ぼくは絶望に打ちひしがれた。
今、笑顔の彼女の位牌の前、抜け殻となっている。
通夜、葬式を終え、ぼくは途方にくれた。
どうしてこんな目に合うのだ。もう死にたくなった。
ぼくは彼女の遺影を抱き涙に暮れた。
そしていつの間にかぼくはその場で寝込んでいた。
しばらく眠っていなかった。つかの間のうたた寝。
「ゆーびきーりげんまん
ねえ、知ってる?指きりの話はもうしたよね?
げんまんってどういう意味か知ってる?」
ぼくは夢を見ているのか。
どうでもよかった。「知らない」と答えた。
「げんまんって、拳骨で1万回殴るって意味よ。」
そう言うと声はクスクス笑った。
ぼくは彼女のボコボコに殴られた顔がふと浮かんだ。
そしてぼくは怒りに震えた。
「ま、まさか。。。お前が、仕組んだのか!
裕子!」
ぼくの心臓は怒りに震え、そして耐えられなくなった。
胸が・・・・苦しい。息が。
意識がだんだん遠のいて行く。
不条理だ。
こんなことは・・・・・。
nextpage
separator
「心不全だったそうだ。」
俺たちはもう、今月に入って2回目の葬儀に参列している。
「死んだ彼女の遺影を抱いて死んでたんだってね。」
同級生の女の子たちが涙目で言った。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろうな。裕子の死から
立て続けに。」
俺がそう言うと女の子たちは顔を見合わせて、何か言いたげにしていた。
「何か言いたいことでもあるの?」
俺が促すと、その中の一人が重い口を開いた。
「裕子、博之のことが好きだったんだよ。ずっと昔から。
それでね、小学2年のころ博之と指きりしたんだって。
博之のお嫁さんになるって、喜んでてさ。
小学生の頃のそんな約束なんてさ、あっという間に忘れるもんじゃん?
でも裕子はずっと覚えていて、博之が引っ越して行ってもずっと信じてて
しばらくは博之と手紙でやりとりしてたんだけど、博之の家って転勤族だったじゃん?
で、次の引越しのときに博之が住所も告げずに引っ越したらしいの。
ほら、中学生くらいの男の子ってそういうの不精で、最初返事が来てたらしいんだけど
だんだん返事が来なくなって、それでも諦めずに手紙を書き続けたんだけど、
ある日手紙があて先不明で返ってきて引越し先を告げずに引っ越したことに気付いたらしいの。
それでもずっと、いつか自分は博之と結ばれるって信じててさ。
あの子、大人しいけど思い込みが激しくて。私たちもちょっと怖かったんだよね。」
そんな話は俺たちは知らなかった。裕子は大人しいタイプだったので、そういえば
博之くらいしか男の子と話さなかったな。
葬儀も終わり、博之の遺体は火葬された。
火葬場には親族のみがついて行ったので俺たちはそれぞれその場で解散した。
数日後、俺たちは博之の遺体の火葬についての奇妙な話を聞くことになる。
死因は心不全だったのだが、火葬後の納骨の時に、お腹のあたりから
大量の針が出てきたというのだ。針は千本。
指きりげんまんを本当に実現したとでも言うのだろうか。
俺はもしそれが本当の話だとすれば俺たちは裕子の念に震撼するばかりだ。
俺は博之の実家の仏壇の前で今、手を合わせている。
「ゆーびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのーます。
指きり かねきり 高野の表で血吐いて 来年腐って
また腐れー。」
俺は驚いて声のするほうを見た。
赤いランドセルを担いだおかっぱの女の子が
こちらを見て笑った。
作者よもつひらさか