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「やめて!千夏!やめてよ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした真奈美が、尻もちをついたまま後ずさる。
壁に突き当たり、逃げ場のなくなった真奈美に、音もなく近寄る。
その千夏の顔は血だらけで、ぐちゃぐちゃに潰れている。
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「大丈夫だよ。加奈子と真由も先に行って待っててくれてるから。」
ゴボゴボと口から血の泡を吹き出しながら、千夏が囁く。
「真奈美は加奈子達がいるじゃない。あたしはひとりぼっちだったの。」
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「やめて。。。」
「あたしはひとりぼっちだったの。ひとりぼっちだったのよ。」
「ひ。。。」
「ほら、見て。。。」
千夏の手には、カッターナイフ。
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ぐちゃ。。。
「ひっ!やめて!」
「見て?あたしにも血が流れてたんだよ。真奈美達と同じ血が。赤い血が。」
ぐちゃ。。。ぐちゃ。。。ぐちゃ。。。ぐちゃ。。。
無造作に自分の左手を切り続ける千夏。
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「やめてええええ!!」
「あたしがやめてって頼んでも、やめてくれなかったよね?」
「や。。。いや。。。やめて。。。」
「頼んでもやめてくれなかったじゃない。どうしてあたしだけ聞いてあげないといけないの?」
真奈美の足元に、生温い水たまりが広がっていく。
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「どうしたの?あたしが怖いの?逃げてもいいよ?ほら、。」
そう言って立ち上がり、道をあける千夏。
「っーーーーーーーー!!!」
言葉にならない悲鳴をあげながら、真奈美は走りだした。
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「うふふ。逃げても無駄だけどね。」
ゆらりと立ち上がり、真奈美の後を追う。
無我夢中で階段へと向かった真奈美は、自分の異変に気付いた。
「やっ。。。なんで。。、やだ。。」
真奈美の足は、勝手に上へと上がっていく。
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必死に抗おうとしても、体が言う事をきかない。
真奈美の体は、屋上へと向かっていた。
千夏が屋上へとたどり着くと、真奈美は既にフェンスの向こう側にいた。
「お、お願い。助けて。ごめんなさい。お願い。ごめんなさい。」
繰り返す真奈美。
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「あたしも何度も頼んだわ。でも、助けてくれなかった。真奈美、あたしのこと、キモいって言ったよね。」
「ごめ、ごめんなさい、ごめ。。んなさい。」
「許さないよ?」
千夏が笑う。
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「飛んで。」
千夏がそう呟くと。
真奈美の足が、ふわりと宙に浮いた。
「いやあああああああああああ!!!」
ドン。
鈍い音の後、たくさんの悲鳴が響く。
千夏はニヤリと笑うと、かき消すように消えた。
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昼休み。
職員室から一番遠い位置にある女子トイレで、数人の女子がたむろしている。
ぼちゃん!
朝包まれたままであろう弁当箱が、掃除用具入れの個室の、汚水の溜まった洗浄用タンクの中へ放り込まれた。
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「ほら、腹減ってんだろ?食っていいよー?」
意地の悪いにやけ顔で加奈子が言う。
「。。。。」
千夏は無言のまま、タンクの中の弁当箱を見つめていた。
ドンッ!
不意に背中を強く押され、前のめりに倒れる千夏。
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「ほら!食えよ!もったいねぇだろ!?」
蔑むような目つきで千夏を見下ろしながらそう言ったのは真由。
千夏はタンクの縁に両手をついて倒れた姿勢のまま、横目で入り口を見た。
出入り口を塞ぐように立っている真奈美。
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千夏の事など興味がないとでも言うように、ぼんやりと冷たい眼差しで千夏を眺めている。
真奈美は千夏の幼馴染だ。
忌々しそうに真奈美を睨みつけていると、
ガッ!!
加奈子が脛を蹴り上げた。
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「っ!!」
痛みで顔を歪めていると、髪の毛をつかみぐいっと顔を引き上げながら、
「どこ見てんだよ!弁当、食うだろ?!」
そう言って千夏の頭をタンクの中へ押し込んだ。
後ろで真由が高笑いしている。
「ウケる!超お似合ーい!」
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。。。。。。。。
いつからだろう。
理由は何なのだろう。
きっと些細な事なのだ。
千夏は中学に上がってしばらくすると、小さな嫌がらせを受けるようになっていた。
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最初は確か、加奈子だった。
教室から出る時。
教室に入る時。
廊下を歩いている時。
何故かいつも、加奈子とぶつかるようになった。
必ず加奈子が後ろから歩いてきてぶつかる。
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「あっ、ごめーん、気づかなかったー!」
笑顔というよりニヤニヤとした不快な表情で、全く誠意のこもらない謝罪。
そのうち、
「あれっ、いたのぉ?見えなかったー!」
と、大声で笑いながら去っていくようになった。
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その頃はまだ、真奈美とも普通に話していたと思うし、真由だって普通だったはず。
だけど気付くと、お昼にお弁当を一緒に食べたりはするものの、移動教室や体育の時など、知らない間に3人だけで行ってしまっていたりした。
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「あたしなんか怒らせるような事した?」
3人に聞いてみるも、
「えー?なにそれー、別に何もないよ?普通じゃん?」
と言いながらクスクスと含んだ笑いをするだけ。
モヤモヤしながら日々を送っていると、そのうち千夏を避けるように3人だけで行動し始めた。
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話しかけるきっかけが掴めないまま、3人の行動は少しずつエスカレートしていった。
最初は「別行動」。
次は「無視」。
それから「持ち物の紛失」「破壊」。
そしてついに、千夏本人に攻撃が始まった。
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前方から歩いてきて、明らかに見えているのにぶつかってくるなんて可愛いものだった。
足をひっかけられる。階段から押される。バケツの中の真っ黒な汚水を頭からかけられる。体操服や、制服をハサミでズタズタに切り裂かれる。
数え上げたらキリがなかった。
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最初の頃こそ、
「やめてよ!なんでこんな事するの!?」
と応戦したりもしていたが、濡れ衣を着せられた、ひどい!と騒ぎたて、埒が明かなかった。
そのうち、言い返す気力もなくなり、ただ黙って耐えるようになった。
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クラスメイトは、見て見ぬふり。
千夏に話しかけるものは何時しか誰もいなくなっていた。
ーアタシハココニイルノ?ー
ーアタシハイキテイルノ?ー
ーアタシハイラナイコナノ?ー
千夏の頭の中を、自己否定が埋め尽くす。
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長く長く終わりがない、果てしないイジメ。
無関心なクラスメイト。
まるで空気のように、そこに存在しているのかも危うく感じる。
親にさえも、相談なんてできなかった。
もちろん、教師にも。
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一度担任に相談したら、ホームルームでクラス全体の前で、
「笹野さんに嫌がらせしているのは、誰ですか!」
と斜め上を行く対応をされ、事態は余計に悪化してから、千夏は自分に味方がいない事を痛感したのだ。
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千夏は壊れていった。
学校へ行こうとするだけで、呼吸ができない。
それでも無理に学校へ行けば、何度も嘔吐する。
家にいても、学校にいても、どこにいても自分をあざ笑う声が、自分を攻撃する罵声が、どこからか聞こえてくるような気がして、パニックを起こした。
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奇声をあげて泣き叫ぶ娘に困惑した両親は、心療内科を受診。
たくさんの薬が処方された。
その中で、千夏が肌見離さず持っていたのが、精神安定剤だった。
朝、登校する前に飲む。
昼休みに弁当を食べた後に飲む。
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帰宅しても、フラッシュバックが起きる度に飲んだ。
外にいて、発作が起きた時に水がない時などは、そのまま噛み砕いて飲み込んだ。
それでも治まらない不安。
ひとりぼっちの恐怖。
それが千夏をあらぬ行動に走らせていた。
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夜。家族が寝静まる時間。
千夏は真新しいカッターナイフを握りしめる。
左の手首に押し当てて、何度も何度も切りつける。
流れ出る真っ赤な血を眺めると、千夏はホッとした。
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ー生きてる。
まだ生きてる。
あたしは生きてる。
存在してる。ー
そう思えた。
いつの間にか、真夏でも薄い長袖のブラウスで登校するようになっていた。
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そして事件は起きた。
みんな半袖になってだいぶ経つのに、ずっと長袖で登校してくる事に、攻撃の理由が出来た加奈子達。
昼休み、千夏をいつかのトイレに連れ込んだ。
「ちょっと!やめて引っ張らないで!」
全員がトイレに入ると、加奈子と真由が手を離した。
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「な、なに?」
乱れた制服を直しながら千夏が尋ねる。
「お前さ、何様だよ。」
見下したような表情で加奈子が言う。
「な、なにがよ。」
「なんでお前いつまでも長袖着てきてんだよ。もう夏服着る事になってんだろ?!」
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「それは。。。。」
言いよどむ千夏。
「自分は特別ってか、ああ!?イジメられてアザだらけで半袖着られませんって言ってんのかよ!!」
加奈子がブラウスを掴んだ。
次の瞬間。
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乱暴にブラウスを引っ張られ、全てのボタンが引きちぎれた。
それを合図に、真由が千夏のブラウスを、めちゃくちゃに引き裂いた。
「やめて!!」
うずくまる千夏。
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ビリビリと音を立てて裂けていくブラウス。
ほとんど服としての役割を持たなくなってから、真由の手がとまった。
「。。。なんだそれ。」
真由が呟く。
そこには、自ら切りつけ無数の傷をつけた左手が露わになっていた。
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「うわっ!きもっ!」
千夏の耳に響いた言葉。
それを発したのは、真奈美だった。
今まで、そこにいても暴言を吐くわけでなく、暴力に加わるでもなく、「ただいるだけ」だった真奈美。
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それは「幼馴染」という最後の良心が、真奈美を踏みとどまらせているのだと信じていた。
その真奈美の口から発せられた言葉。
千夏の心は、原型をとどめていられないほどに壊れて、崩れた。
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俯いたまま、ゆっくりと立ち上がる千夏。
その異様な雰囲気に、3人は黙って突っ立っていた。
ドン。
真奈美の体に力なくぶつかり、トイレから出ていこうとする千夏。
「。。。!おい!てめぇどこ行くんだよ!まだ話は。。。」
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加奈子が言い終わらないうちに、千夏がゆっくりと振り向いた。
「消えてやるよ。。。」
それだけ言うと、千夏はトイレを後にした。
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「。。。。なんだあれ、きも。」
加奈子はそう吐き捨てるように呟くと、
「いこ。」
と言って出て行った。
ハッとしたように、真由と真奈美も後に続いた。
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フラフラと階段を登る千夏。
その瞳は虚ろで、既に生気は失われていた。
もうどうでもよかった。
屋上に上がると、躊躇なくフェンスを乗り越えた。
そして、千夏は飛んだ。
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頬を、体を切るような風圧。
近づいてくる地面。
やっと開放される喜びに震える千夏の、笑い声だけが響いていた______。
作者まりか
救いのない話。好きです。
画像お借りしています。感謝です。
そして怖いやコメントいつもありがとうございます。
怖いにお礼をしないアタシですが、感謝の気持ちでいっぱいです。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。