「さあ、食べて。」
無理やりテーブルの前まで引きずられた私は、お兄ちゃんによって、無理やり生肉を口に押し込まれた。
「うぶっ。いやっ!いやあああ!」
私がこれだけ抵抗して泣き叫んでいるのに、誰一人私を助けてくれない。
皆、お兄ちゃんと同じように無表情に私を見ている。
教祖も黙って壇上から見下ろしていた。
やはり、ここの人たちはおかしい。狂ってる。私は押し込まれた肉の悪臭で吐しゃしてしまった。
「かおりはお行儀が悪いねえ。」
妙に間延びしたお兄ちゃんの声。
私はその場で気絶した。
目がさめると、私はベッドの上に寝かされていた。
「滝川さん、大丈夫?」
お兄ちゃんが覗き込んでいた。私は飛び起きようと思ったが、体が思うように動かない。
今、滝川さんって言った。かおりではなくて。
「け・・・んと・・さん?」
私がようやくそう呟くと、その人はそっと体に毛布をかけてくれた。
「滝川さん、セミナー中に倒れちゃったんだよ。覚えてる?」
お兄ちゃんに生肉を口に押し込まれて・・・いや、果たしてそうだったろうか?
「主様の講義中に、君は倒れちゃったんだ。君、貧血とかあるの?」
先ほどのことは夢なのだろうか?
「な、生肉。生肉を口に押し込まれて。お、お兄ちゃんが・・・。」
「何を言ってるの?そんなこと、あるわけないじゃない。」
賢人さんの口調に戻っている。あれは夢だったのか。
「大丈夫かね、君。」
部屋に教祖が入ってきた。賢人さんが主様とあがめるその人。
「大丈夫です。」
「無理して起きなくていい。寝てなさい。」
「はい。」
「そのままでいいから、聞いてほしい。今回は講義を聞き損ねただろうから、私が今から君だけのために話してあげよう。」
その人は、私の側に座った。
「私達人間はさらに進化を遂げなくてはならないんだ。今日はその話を皆にした。私達の教団は、気功の力も研究しているが、本当は人類の進化についても研究している。一つは、トキソプラズマの研究。
人の脳を操る線虫のことなんだけど。私たちは、トキソプラズマの人の恐怖心を低下させる性質に加え、さらに人の能力を数倍にも上げる種の開発に成功したんだ。」
いったい何を言っているの?
「その種は人を介して、その肉を食することにより、より効率的に私たちに摂取される。人の体内で24時間後には爆発的に増殖していくようにプログラムしたんだ。しかし、それは熱に弱く、加熱せずに生で食するしかないのだよ。」
私の体を嫌な虫唾が走る。あれは現実か。では、私が口にしたものは・・・。
逃げなくては。あれ?体が動かない。
「さらに、私達は、ゲノム編集にも成功した。君のご両親からお兄さんの病気を治してくれるよう、懇願されたのだ。だが、君のお兄さんの時は失敗した。
ゲノム編集によって、君のお兄さんの病気は克服される予定だったのだが死んでしまった。
だから、私は君のご両親に必ず蘇らせると約束したのだ。遺伝子情報を操作して、筋肉の成長を抑制する、ミオスタチンという遺伝子を切断することで、筋肉量が二倍になる実験にも成功した。
だが、お兄さんの腐敗を止めることはできずに、お兄さん腐ったまま凶暴化した。」
私のあの日の記憶が蘇ってくる。体は動かない。
私はきっと、体が動かなくなる何かを投与されたのだ。
お兄ちゃん、助けて。
お兄ちゃんの顔は無表情なまま。
「君のお兄さんは、二度目の死を迎えたのだ。あの事件のあと、逃亡したが、力尽きた。私は、お兄さんを回収した。そして、新しい命を吹き込んだ。私には、陰陽道の力があってね。君のお兄さんの中に、式神を封じ込めた。そして、今度はお兄さんの細胞を培養して行き、見事にもとの姿に戻すことができたのだ。素晴らしいだろう?科学と陰陽道の融合。従って、君のお兄さんは死んでいるけど生きているんだ。」
意識が遠のいて行く。
「私はね、さらに進化した人間、つまり鬼を作りたいんだよ。人は進化をとめてはならない。さあ、君もさらなる進化をとげよう。」
そう言いながら、私の腕に何かを注射した。
すると、私の中で何かが爆発した。
どんどん力がみなぎってくる。なにこれ。今までに体験したこともないようなたぎり。
私の意識はそこでまた途切れた。
「おはよう、かおり。」
「おはよう、お兄ちゃん。」
「調子はどう?」
「凄くいいよ。何だか、何でもできる気がする。」
「そうか、それはよかった。これからは、ずっと一緒だね。」
「うん、私、ずっとここに居るよ。主様にお仕えする。」
「朝ごはんだよ。」
私は、目の前に出された生肉にむしゃぶりついた。
作者よもつひらさか