「あら、お久しぶり。」
私は、町でばったり、以前住んでいたアパートのお隣の鈴木さんに出会った。
「まぁ、こんなところで出会うなんて。奇遇ね。」
最初は鈴木さんだとわかるのに、少し時間がかかった。
あちらの視線を感じて、もしやと思ったのだ。
「お痩せになったのね。びっくりしたわ。」
そう、鈴木さんは誰から見ても太めだった。
あの頃は、体型を隠すため、ゆったりとした服装が多かったのに、やはり自信が出てくると、
体のラインがきっちりと出る服を着たくなるのか。
タイトなカットソーにミニスカートという、自信に満ち溢れた雰囲気になっていた。
「そうなのよ。実はね、ダイエットしたの。頑張っちゃった。」
そういう鈴木さんは、おちゃめでかわいい女性に変貌を遂げていた。
はっきり言って羨ましかった。
「いいなぁ~。私なんて、何やってもダメ。どうやって痩せたの?」
私は、何とか自分も彼女のようになりたくて、情報を聞き出そうとした。
「聞きたい?じゃあ、ちょっとそのへんで、お茶でもしない?」
私と鈴木さんは、喫茶店に入った。
お互いアイスコーヒーを注文した。
「あのね、今、私ね、このセミナーを受講してるの。」
そう言うと、鈴木さんはあるパンフレットをバッグから取り出した。
私は、そのパンフレットを見て、「あっ!」と声を出しそうになった。
それは、半年前に見たパンフレットだった。
私は半年前に、このパンフレットをすでに、今住んでいる近所の奥さんから
見せられたのだ。
「このセミナーを受講して、内面から美しくなるの。そして、気の力と漢方の力で
自然と痩せられるのよ~。」
同じセリフがリフレインされる。私は口の中がカラカラになり、アイスコーヒーで口を湿す。
確かに、確実に痩せられることを知っている。
私の知っている、ご近所の奥さんも見る見る痩せていった。
ただし、とめどなく、痩せて行ったのだ。
彼女は痩せることに取りつかれてしまった。傍目にも痛々しいほど激変したのだ。
そして、ついに1週間前、帰らぬ人となった。
漢方と称する、錠剤を私の前に差し出してきた。
「お友達だから、特別に、1週間分無料であげるわ。」
私はごくりと生唾を飲んだ。
「あのね、鈴木さん。」
私は、そこで言いよどんだ。
「私ね、彼ができちゃったの。すごいイケメンでね。旦那には内緒。1週間に2度会ってる。
若くてね、私に夢中なの。ウフフ。」
聞きもしないのに、鈴木さんが、私に向かって、自慢げに話して来た。
私はあっけに取られてしまった。本当に話したかったことって、これではないのか。
私は、変わってしまった鈴木さんを醒めた目で見た。
ご近所の奥さんがたどった最期を話すつもりでいた。
だけど・・・。
「そう。素敵ね。あ、そろそろ子供を迎えに行く時間だわ。ごめんね。また会えたらいいね。」
そう言い残すと、自分の分の会計をおいて、その場を去った。
鈴木さんはもっと、その彼のことを話したかったらしく、不満顔だった。
もう、次に会うことはないと思うわ。
さようなら、鈴木さん。
作者よもつひらさか