ぼくは今車で、山の中を走っている。
横に乗っている彼女は不機嫌だ。
今日、二股が彼女にバレたのだ。
ぼくの中ではもう彼女とは終わっていた。でも優柔不断なぼくは
言い出せずにズルズルと二股をかけていたのだ。
彼女は気が強く、自分は絶対に他の女には負けないと思っている。
容姿も端麗で最初はそんな気の強いところも、我がままなところも可愛いと思っていたが
長く付き合うと、やはり精神的に疲弊してしまうのだ。
今ぼくが付き合っているもう一人の彼女は、容姿は並だが性格が柔和で上品だ。
しかも、彼女は専務の娘だ。ぼくにとってこれほど良い話は無い。
ぼくは出世のために身辺整理をしなくてはならないのだ。
ぼくは彼女に別れを切り出すためのドライブに出かけた。
夕方、夜景を見るためにどんどん山奥へと入って行った。
あたりはすっかり宵闇に包まれた。
ぼくは山の展望台の駐車場に車を停めた。駐車場には誰も居ない。
「別れるんでしょ?あの女と。」
そう切り出してきた。
彼女は当然自分が選ばれるものとして疑わない。
「よくもあたしとあんなショボい女を二股にかけてくれたわね。
謝りなさいよ!」
言い出せない自分が悪かったけど、彼女をショボい扱いは許せなかった。
「彼女の悪口は言うな。」
ぼくがそう言うと、信じられない、という顔でぼくに近づきビンタしてきた。
「二股かけておいて、何様のつもり?」
彼女はそう吐き捨てた。
全くその通りだ。
「あんたが言えないんならあたしが言ってあげるわ。
まったく、私も舐められたもんね。絶対に許さないから。」
彼女は怒りに震える手でたばこを取り出し火をつけて、フーっと空に向かって煙を吐いた。
もうぼくは彼女に気持ちが無いのでそんな仕草すら嫌悪感を感じる。
ぼくのことなんて、大して好きでもないくせに。
自分のプライドが傷つけられたから意地になっているだけなんだ、この女は。
ぼくは少し落ち着いてきてぼんやり夜景を眺めている彼女の背後に近づいた。
そして彼女を後ろから抱きしめた。
「ごめんね、ぼくが悪かった。」
彼女をこちらに向かせて、ぼくはキスをするフリをした。
すると彼女は目を閉じてきた。
その瞬間ぼくの手は彼女の細い首を捕らえた。
彼女はびっくりして目を見開いた。細い手足をバタつかせて必死で抵抗した。
だが、所詮女の細腕。男性の力にかなうはずがなく、しばらくして彼女はぐったりと
大人しくなった。
ぼくは彼女を車に乗せた。
頂上のあたりに小さな神社の境内があった。ぼくはそこに車を停めた。
夜間そこが無人なのは知っていた。
ぼくはそこから彼女の死体を引きずりおろし、林の中を彼女を担いで歩いた。
ぼくはあらかじめ用意していたスコップで山の土を深く深く掘り下げた。
これくらい掘れば大丈夫だろう。
その穴に彼女を放り込み上から大量の土を掛けた。
何ものにも掘り起こされないように。
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彼女は両親とは折り合いが悪かったらしく、ぼくと付き合っているということは
両親の知らぬところだったようで、彼女から連絡が無いも全く今までと同じで
別段捜索願のようなものも出していないようだ。
彼女の会社はぼくとは別の会社で、彼女は友達も居ない。
ぼくと付き合っていることは誰も知らないはずだ。
大丈夫だ。
ぼくは疑われない。
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そしてぼくは何事もなかったかのように専務の娘と結婚した。
彼女は品が良くて、性格も柔和で決して感情的に怒ることもない人だった。
ある日、ぼくはふと違和感を覚えて彼女に言った。
「あれ、君って、コーヒー飲めたっけ?」
彼女が自分でコーヒーを淹れて飲んでいる。
「そうなのよ、結婚して、何故か急に飲めるようになっちゃって。
こんなに美味しいのなら早く飲めばよかったわ。」
そう言って笑いながら、コーヒーを砂糖もいれずにブラックで飲んでいた。
ぼくはなんだか胸の奥でモヤモヤした。
甘党の彼女が砂糖も入れずに?
それから、ぼくの中に違和感がしんしんと降り積もってきた。
ファッション雑誌や少女マンガを読んでいた彼女が
日経新聞を読んでいる。これって意外と面白いわね、などと言いながら。
服の好みも、派手な原色系に変わってきた。
今まで持っていなかった、ピンヒールが玄関にあったり、
化粧もふんわりナチュラル系メイクだったのが、赤い口紅を塗り
眉毛もしっかりと描く、パキっとしたビジネスウーマン風に変わっていった。
性格も少しキツくなってきた。
ぼくがシャワーを浴びたあと、壁に少し泡がついたまま出た時だって
以前の彼女なら、黙って掃除してくれて、もーだらしないんだからぁと笑ってくれたのが
「何度言ったらわかるの?泡がついたらちゃんと流してよ!
カビが生えちゃうでしょ!」
とヒステリックに叫ぶようになったのだ。
これって・・・・まるで・・・。
ぼくは封印しようとしている記憶が蘇ってきた。
深く深く穴を掘る。いくら閉じようとしても閉じなかった彼女の目。
土を掛けるのが上手くいかない。
最後まで目がぼくを捕らえて離さなかった。
ぼくはあの日を思い出し、ぎゅっと目を閉じた。
ある日ぼくは、出張から帰ってきて、自宅のドアを開けた。
家の中から歌声が聞こえてきた。
とーりゃんせ、とーりゃんせ。こーこはどこの細道じゃ。
天神様の細道じゃ。ちょーっと通してくだしゃんせ。
御用の無いもの通しゃせぬ。この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります。
彼女が歌っている。なんだか空気が悪い。
タバコ?彼女はタバコは吸わないはず。
彼女はぼくに気付くと、咥えタバコで近づいてきた。
「逝きはよいよい、還りは怖い。
ねえ、あなた、知ってる?逝くのは簡単だけど
還りっていうのは怖いのよ。
黄泉還りの還りよ。」
そう言いながら、ぼくに煙を吹きかけた。
作者よもつひらさか