わたしがまだ、小学生だった頃の話です。
冬休みは、ばぁちゃんの家で過ごします。
両親共働きであることと、
ばぁちゃんに私の家まで通ってもらう手間を省くため、
来たる新年の準備の為、
冬休み突入と同時で、山の上にあるばぁちゃんのお家に、父に車で送ってもらいます。
朝の内に宿題を済ませ、
昼からは、ばぁちゃんの指揮のもと、
大掃除をしたり、薪を割ったり、餅つきの準備をしたり、新年の挨拶に来る親戚の為の布団を干したり…と、
せわせわと忙しい日々が続くのです。
そんなある日、何組かの親戚が年明け前に来ており、少し家を空けても大丈夫そうな日を見つけ、ばぁちゃんは私に山の奥にある炭屋に行こうと言い出しました。
炭屋といっても、お店ではなく、
ばぁちゃんがそこで炭を作っている小さな小屋の事です。
「早い内に、お客が来たもんだから、
思ってたより炭の減りが早いからね。
いざという時、取りに行くのは大変だから、ついて来ておくれな。」
そういうばぁちゃんに、私はわかったと、返事し、朝食を済ますと
早速、出発しました。
山の中の、細い道を歩いて進んでいきます。
ばぁちゃんは、途中、何度か、
大きな岩や、不思議に曲がった大きな木や
岩肌から湧き出す小川に
お酒をかけて歩いていました。
何をしてるの?
と、尋ねると、
「岩があるから山を守ってくれる。
木があるから、気持ちよく暮らせる。
水があるから、食事が取れる。
だから、ありがとうとお酒を振る舞うんだよ。
また、次の年も、助けてもらえるように、
お礼を言ってるの。」
山の神様ってこと?という問いに、ばぁちゃんは、
「そりゃまた別にいるんだよ。
これは、神様にでなく、存在そのものにありがとうを言ってるんだよ。」と、
言いました。
身の回りにあるものをまずありがたいと思わないと、神様がどんなにご加護をくれてても、気づきはしないよ…と。
私は山の中で聞く、ばぁちゃんの話に聞き入っていました。
何というか、とても耳に心地よく、静かに頭に染み渡り、体に沢山の自然の恵みを浴びているような気持ちになったのを、覚えています。
そんな心地で歩いていたからか、山中の細道を2時間は歩いたはずなのですが、
少しも疲れず炭屋に着きました。
炭屋に着くとばぁちゃんは、
少し休もうかね
と、炭屋の中を掃除し始めました。
炭屋の中は、
昔話に出てくる小さなお家のような造りになっていて、囲炉裏を囲んで炉端があり、
ばぁちゃんはそこをほうきで掃いたり、蜘蛛の巣をはがしたり、
私は外にある小川から水を汲んで、炉端を雑巾がけしました。
ばぁちゃんが囲炉裏に火をおこしてくれて、
「冷たかろうて、早く火にあたりな。」と言いながら、
正月用に作った
つきたてのお餅と鮎の干物を焼き始めました。
焼きあがったお餅と鮎の干物を、
外にある炭のかまどの上にある神棚にお供えし、残りは私とバァちゃんのお昼ご飯にしました。
その後、外に出て、周りの草を綺麗に抜いたり、痛んでそうな箇所を直せるだけ直して、無理そうなところを後で父に直してもらうためメモに残したりして、夕方近くまで過ごしました。
その間、ばぁちゃんは、度々、炭屋の上の方を気にして、覗くような事をしていました。
そろそろ、炭屋を出ようかと戸締りしかけた時、
ばぁちゃんが
「あー!ほれ、来た来た!」
と、声をあげました。
私がばぁちゃんを見ると、ばぁちゃんは窓の木板をはめる手を止めて小さな何かに、ニコニコと笑いかけています。
なあに?と聞くと、
「こっちにおいで!顔を見ておいてもらいな。」と言われ、私は側に行きました。
ばぁちゃんが見ていたのは、
ヤモリでした。
「ヤモリ?」
そういう私にばぁちゃんは、
「この子がここを守ってくれてるんだよ。」と、
言いました。
えっ!ちっさいな!と
驚く私に、
「見た目が小さくても、間違いなくこの子はここを見てくれてるんだよ。
家や建物は、守るものがいないとすぐに朽ちるんだよ。留守を守ってくれる者がいないと、どんなにいいものを使って立派な屋敷を立てても駄目になる。
ここは、しょっちゅう来る訳じゃないからね。
ばぁちゃんがこの辺に住むようになった時は、いつも来るたび、壁が剥がれてたり、中がグチャグチャの時もあったのよ。炭窯も何度も崩れてて、大変だったよ。
来るたび来るたび、家に守りをつけて欲しいって頼みながら山を歩いたんだよ。
そしたら、ある時から、
来るといつもヤモリの姿を見るようになったのよ。いつも、そろりと出てきて、する事見てるように、そこに居るのよ。
今年は姿を見せてくれないから、もうここは駄目かなと思ったけど、
来た来た。居てくれた居てくれた。
まだまだ、オバァと一緒に
ここを見ておくれな。」とヤモリの頭をチョンチョンと触りました。
ヤモリは逃げる事もせず、こちらに顔を向けて、まるでばぁちゃんの話を聞いているかのように、そこに留まっていました。
私は
「ヤモリさん、また、私も来るね。」と言い、
ばぁちゃんは、
「私の大事な子ですから、オバァと合わせてよろしくなぁ。」と言いました。
また来るで、餅と鮎食えや?と、言い、
私達は炭を背負って帰路につきました。
帰り道、私は、行きにばぁちゃんがお酒をかけていた木や小川や岩などに、
また来ます、ありがとうと言いながら、歩きました。
時が経ち、
今年2016年の本日、
上の子が洗濯物を取り入れに二階に上がって私達の寝室にいてたのですが、
「えー、何?この子はぁ?」と声がします。
おチビもついて上がってましたので、
「うわぁ〜!かわいい〜!」と声がします。
何かと思い上がってみると、
「お母さん!この子がここに居て洗濯物取り込めない。」と言うのです。
どの子?と覗くと、
ヤモリさんが…。
ふと、あの日の事が鮮明に思い出され、
「…来た来た。」と
ばぁちゃんの様に声が出てしまいました。
作者にゃにゃみ
全く怖くありません。
ただ、幼い頃と今の私の中で、何かがつながっている様な気がして、投稿いたしました。
読んで頂けたら、幸いです。