私の夫は海上コンテナをトレーラーで運送する仕事をしている。
港から港へ、港から工場や倉庫へ、工場や倉庫から港へ。
いつもは横浜・東京近郊を走るが、遠方へ行く時は新潟や福島まで行くこともあった。
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今からお読みいただくお話は、つい一昨年の体験である。
まだ、夫と入籍して間もない頃だ。
その日は仕事から1度帰ってきて夕飯とお風呂を済ませ、その日のうちにコンテナを引いて新潟へ行くことになっていた。
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「じゃぁ、行ってくる」
翌日の朝食のパンに昼食の弁当、氷を目一杯詰めてから麦茶を入れた水筒を持つと、私の唇に軽くキスをして玄関に向かう。
「行ってらっしゃい」
私に見送られて夫が玄関のドアを開けると、夜になってもまだ冷めやらぬ夏の熱気が入ってきた。
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そして翌日。
昼過ぎくらいに、夫に電話を入れた。
「今日の帰りは遅くなりそうかどうか」を、聞くためである。
3コールくらいで出た夫は、道路の混雑状況を見ながら「順調に行けば8時までには帰れるかな」と答えた。
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ふと、私は違和感を感じた。
夫の電話の向こうに、かすかに男のうめき声が聞こえた気がした。
「ねぇ、今ドコ走ってるの?」
「え?三国峠を越えてきて、今は群馬の市街地だけど…?」
《…ウゥゥ…》
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気のせいじゃない。
今度は、ハッキリと聞こえた。
「…あんた、変なの拾ったみたいよ?たぶん、三国峠で。帰ってきたら祓うから、家に入らずにチャイム鳴らして」
「わ、わかった…」
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電話を切ると、私は厄介なことに気付いた。
つまりは、夫が拾ってしまったモノは、夫に憑いているのか、それとも夫の運転するトレーラーに憑いてしまったのか、である。
前者なら玄関前で祓えばいいが、後者なら面倒この上ない。
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憑くパターンには2つある。
『生物に憑く』か『物に憑く』か、だ。
人間の場合、例え憑かれても憑かれた人間の守護霊や先祖霊の力を借りれば祓いやすい。
それは犬や猫も同じである。
…だが、しかし。
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『物』となると、話は別になる。
愛着のある物ならば、いわゆる付喪神的な存在が宿ることがあるため憑きにくいし祓いやすい。
だが、『会社の物』となると愛着もないのでとり憑きやすいし、その上、とり憑いた物を気に入ってしまうと、引っぺがすのが大変なのである。
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その場合は、専門家に頼んで大々的にお祓いをしてもらう他はない。
私程度の霊力では、お手上げなのだ。
これはもう、夫に家までお持ち帰りしていただくことを願うばかりだった。
願わくば、あまり悪質なモノじゃないといいな…。
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夕飯の準備を済ませた頃、夫がバイクで帰ってくる音が聞こえた。
ほどなくして家のチャイムが鳴る。
私は清めの塩(我が家は、いつも常備してある)を持って、玄関を出る。
…夫の足元を見て絶句した。
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夫の右足をガッチリ掴んでいるのは、黒いフルフェイスのヘルメットを被り、同じく黒いライダースーツを着た上半身しかない男だった。
「そんなの引きずって、重くないの?」
思わず私が尋ねると、
「なにが?」と、夫。
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私は視えているものを素直に話した。
顔面蒼白になった夫は、「やだー!早く取って取ってー!」と、まるで虫を背中に付けた女子のごとく私を急かす。
私は清めの塩を夫の全身に振りかけてから、小さく祝詞(のりと)を唱えた。
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それから右足を残った塩で摩ると、半身男は小さく呻いてから消えた。
「もう大丈夫だよ」
私が言うと、夫はホッと胸を撫で下ろし、家へと入っていく。
それに私も続いた。
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後から知ったことだが、三国峠は群馬と新潟を結んでいて事故の多い場所らしい。
そういう場所では、たまに霊感のない人間は『拾いもの』をしてしまう。
皆さんも旅行等の際は、そういった『拾いもの』に気をつけて欲しい…。
[おわり]
作者ゼロ
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
夫は霊感がなく、おまけに霊媒体質なのか霊に興味を持たれやすいので妻としては心配のタネです。
もう変な拾いものは、勘弁願いたし(笑)