私の夫は親子ほども年の離れた男性だ。婚期を逃し、奥手だった私はついに三十路となり追い討ちを掛けるように勤めていた会社が倒産。焦った両親が人に頼み込んで見合いで結婚したのが今の主人だ。
正直、いくら土地と家を持っていてもこれほど年が離れている男性との結婚は辛いし、広大な畑の世話にも疲れていた。夫への愛情は全く持っていなかったが生きていくには仕方が無かった。
本当に、結婚は人生の墓場だった。そんな私が唯一楽しみにしていたのが、インターネットでのSNSの交流だった。
ある日、ダイレクトメールに一件のメッセージが届いていた。
SNSの中でも、特に気が合う人たちで会って廃墟に肝試しに行きませんかという内容だった。そのグループは、私を含めてオカルト的なことに興味があり、いつもその話題で盛り上がっていたのだ。
丁度、その日は夫が地元の消防団の旅行に行く日。二つ返事でOKした。私はその中でも一番気の合う、アキラと会えることを楽しみにしていたのだ。
当日、皆で、とある駅で待ち合わせをした。人間というものは、会って見ないとわからないものだ。文章と、実際に会った印象では随分と違った。まず、一番驚いたのが、ゆきりん。
文章ではキャピキャピしていて、絶対に10代から20代だと思っていたのだが、ガリガリに痩せ、ミニスカートにブーツ、萌え袖セーターにダッフルコートという若作りの40代後半と思われるオバサンだった。男性達は、きっと私以上に驚いただろう。
そして、私と同年代だと思っていたミカが実は一番若くて、まだ二十歳の学生さんだった。やはり彼女も、文章と比例して地味な黒のコートに黒のパンツという堅い装い。
タカポンは、見た目はとてもスマートで洗練された男性だった。私は、最初、タカポンがアキラだと思って、胸をときめかせた。
そして肝心の一番会いたかったアキラはと言えば。かなり太めで、オタクっぽい雰囲気で、私の気持ちを一気に醒めさせた。
私は、自分で車を運転してきていた。自家用車は主人が乗って出ていたので、カーシェアリングを利用し、ワゴン車に乗り込み、廃墟へと出掛けた。
目的の廃墟は、七つの家という元新興住宅地で、ここには数々の都市伝説があり、一番有力な話は、その自治体の朝市で売られていたキノコを購入し、毒キノコと知らずに食してしまい、その七世帯のうちの実に六世帯の人間が死亡。最後に残った一世帯もご主人が病気で亡くなり、とうとう誰も住まなくなったという話だ。呪われた土地として、買い手はつかず、とうとう全ての家が廃墟となってしまったのだ。
その廃墟につくや否や、ミカが震えだし、ここヤバイと言い、自分は車に残ると言い出した。 そのかわりに、ゆきりんが、こわあ~いと言いながら、タカポンの腕にしがみつきぶら下がってきた。いい年してよくやるわ。私は呆れた。必然的に、私の隣は、あれほど会うことを熱望したアキラとなるわけだ。廃墟全てを回ったが、中は荒れ果てて、地元の人間によって、スプレーで落書きをされているわ、ゴミは散らかっているわで、全く霊的なものは感じなかった。ただ、最後に回った家のテーブルに、何故か真新しいヨーグルトの容器がテーブルに置かれていた。
結局、廃墟には何も無かった。
ボーッとしていると、タカポンがこっそりと私の手を握り、何かメモを手渡してきた。この後、二人きりになりたいと。タカポンが、若いミカではなく、私を誘ってきたことがまんざらでも無かった。
最後に、アキラが持って来たドローンで夕闇迫る七つの家を撮影して、車に乗り込んだ。駅でそれぞれ、解散ということになったが、ゆきりんは未練がましく二次会へ誘ってきた。だが、カーシェアの時間オーバーになるからと、その場ですぐに解散となった。そして、私とタカポンは用事があるからと、電車のゆきりんとミカ、アキラを見送った後に、そのまま車でホテルへと向かい、男女の関係になった。
私はタカポンのことが忘れられなかった。私達は、その日から遠距離恋愛の恋人同士のように、夫の目を盗んで連絡を取り合った。
ある日のこと、携帯電話が鳴ったので、タカポンからだと思い、静かに夫の側を離れて、別の部屋で電話に出た。しかし、その相手は意外な相手だった。
「もしもし~、すみません。カーシェアリングの〇〇と申します。」
「あ、はい。なんでしょう?」
私は、もしや、傷でもつけたのかと不安になった。
「あのお、困ってるんですよ。あれから、お客様がご使用になったあの車を後で借りられた方から苦情がありまして。」
「え?何かあったんでしょうか。」
「お客様、あの車で、どちらに向かわれましたか?」
私は怪訝に思った。
「ど、どうして、そんなことまで言わなくてはならないんですか?」
「信じていただけないかもしれませんが、車内に出る、って言われるんですよねえ。」
「出るって?何が?」
「出るんですよ。幽霊が。お客様、どこかで拾ってこられませんでしたか?」
荒唐無稽な話に反論しようと思ったが、声が出ない。
私は、携帯電話を握ったまま固まってしまった。体が動かない。何故?
「ホント、困るんですよねえ。勝手にあんな所に行かれちゃあ。」
だんだんと話がおかしなことになってきた。声が出ない。
「あなた方みたいな、ふざけた輩が入れかわり立ちかわり、あそこに来るから、皆静かに眠れないでしょう?」
口が空気を肺に満たそうとパクパクするばかり。
「俺の家族は助かったんですよ。あのキノコは毒があると、俺が知っていたから。だから家族に食べるなって言ったんですよ。」
何の話だ。
「でもねえ。まさか、あのキノコを採ってきて、朝市の棚に紛れ込ませたのがうちの嫁だったとはねえ。」
何の話かわからないが、あの都市伝説の話に似てる。
「嫁はあの自治会のやつらを逆恨みしていたからねえ。」
電話を切ることが出来ない。
「嫁にはね、好きな男が出来たらしくて、俺が邪魔だったってわけさあ。一度、動物の罠に猿が捕まってたことがあってさ。猿で実験してたわけさ。毒の効果をね。捕まった猿があくる日泡吹いて倒れて死んでて、おかしいなって思ったんだよねえ。ベランダでね、密かに育ててたみたいなんだよね。毒草をね。それを朝食のヨーグルトに混ぜ込んでくるとは思わなかったねえ。」
最後の家で見た、真新しいヨーグルトの容器が頭に浮かんだ。
「浮気はダメだよ、奥さん。」
その声は、携帯電話からではなく、逆の耳元で囁かれた。
私はそのまま気を失った。
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気がつくと、私の顔を夫が覗きこんでいた。
「大丈夫か?具合が悪いのか?」
そう言いながら、夫が私に毛布を掛けて来た。
私はソファーの上に倒れていたようだ。
「今日はゆっくりしてろ。俺が飯を作るから。」
私は、夫に申し訳なくて、密かに毛布の中で泣いた。
あれからタカポンには一切連絡を取っていないし、アドレスも消した。
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我が家にマイナンバーの通知が届いた。
封をあけると、二人の名前とナンバーが印字されており、つくづく夫婦の幸せを感じた。
最初は夫への愛情は全く無かったが、今回のことで、私は本当に必要な人が誰かわかったのだ。
「ずっと一緒だね。」
私がそう言い、夫に微笑むと夫は悲しそうな顔をした。
「そうも行かないんだ。」
そう言って立ち上がると、私の目の前には、夫の署名と印鑑が押された離婚届が差し出されたのだ。
作者よもつひらさか
お題10入れ、第二弾!
お題
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