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いつだか、甲斐の国の人に聞いた話である。
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山菜採りに山に入った女が戻ってこない。
たまさか狩人が、木の根元でぼうと立ち尽くしているのを見つけた。
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声をかけても答えず、体を揺すってもされるがまま。
このままにしてはおけぬと手を引き背を押し、ようよう山から下ろした。
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家に戻っても女は語らず眠らず、まるで抜け殻のような有様であった。
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幾月か経った頃、近くの山でたれかの亡骸が見つかった。
獣に追われたか、足を滑らせたか、崖から落ちた体で死んでいた。
死んだばかりと見え、まだ体に温もりが残っていた。
およそ見知らぬ旅人でもあろうけれども、あわれに思った村人は、その亡骸をせめて寺の無縁墓に葬ってやろうと里に下ろした。
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遺骸を寺に運ぶべく先の女の家の前を通りがかると、ふらりと女が家から出てきた。
そして遺骸を見るなり「あっ」と叫んでばったり倒れた。
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目を覚ました女は始めて人心地がついたように喋り出した。
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「山に入ってしばらくすると、オーイオーイと叫ぶような、ウーンウーンと唸っているような奇妙な声が聞こえた。
誰か助けを求めているのだろうかと音に近づくうち、体がこわばり、何故だかとても寒くなってきた。
なぜ凍えるのかしらと思ううち、目の前が暗くなった」
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「次に目を開けたら、自分が目の前にいた。籠を腰に、手にナタを持って傘を被ったその姿は山に入った自分だった。
これは一体どうしたことかと思うけれども、なんともしようがない。
そのうち、村の者の声が聞こえて自分を連れて行った」
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「自分は自分についていき、まるで抜け殻のようになった自分のそばにずっといた。
家人に話しかけたり、触ったりしようとしたけれども、一体どうしたらいいのか分からなかった。
そしてさっき、家の前を誰かが通る時に目の前の自分が動き出し、亡骸を見て倒れた。
あっと思ったら自分は自分の中に戻っていた」
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寺に運ばれた件の亡骸が無縁として葬られた後、女はぷいと姿を消した。
亡骸と女の異変との関係は分からない。
作者むじなあな
昔話と思って読んでいただければ幸いです。