短編2
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かわうその話

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この話は、祖父がかわうその話と言っていましたので、その話だということにしておきましょう。

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祖父が小さい頃の話です。

実家のある集落の外れ、田んぼの中を突っ切るように川があります。

今もその川はありますが、河川改修とかで底をさらいきれいにならしてしまったので、私の小さい頃の川の面影はありません。

まして祖父の小さい頃からはうんと変わってしまったそうで、昔は大岩がごろごろとしており、瀬や淵の多い流れだったそうです。

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夏ともなれば子供達が水遊びに川に入り、ただ泳ぐだけでなく魚取りに興じていました。

小さい雑魚は勿論、上手い子だとカジカを突いたり、ヤマメやイワナを手づかみで捕まえることもありました。

その日も祖父も交えた子供達は川遊びをしておりました。

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日没が近づき、水が冷たく感じられるようになると、子供達はぼつぼつ家に帰りはじめました。

帰りしな、祖父は離れた淵に沈めておいた雑魚取りの仕掛けを引き上げに行きました。

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集落は山と山の間にあり、日が傾いたと思ったら山影に隠れてしまうものですから、辺りは急に薄暗くなります。

祖父が仕掛けを沈めた淵に近づくと、川の真ん中辺りに見慣れないものが浮いていました。

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「おおおい」

その浮いていたものが急に声を上げたので祖父は驚いて立ち止まりました。

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「おおおい」

立ち止まった祖父に気づいたのか気づかないのか、またそれは声を上げました。

川の中のそれは、目から上だけを水の上に出して祖父を見ているようです。

誰かまだ川に残っていたものか、しかし普段は余り遊ばない淵の中で何をしているのだろうかと祖父がいぶかしんでおりますと、また声を上げました。

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「おおおい」

最初に聞いた声と同じ調子で、それはただおおおいと叫ぶだけです。

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日はもう山影に隠れ、まわりはどんどん暗くなってきました。

さすがに気味が悪くなった祖父はそれを無視して仕掛けの浮きに手をかけ、エイヤッと引き上げて小脇に抱え、

一気に河原の土手を駆け上がりました。

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「おおおい」

土手に上がってからも尚も聞こえるその声に、そっと振り向くと、淵の中のそれの目がきらりと光ったように見えました。

後は一目散に家に逃げ帰り、仕掛けも土間にうっちゃって、夕食もそうそうに布団をひっかぶって眠ってしまいました。

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翌朝、祖父が庭にこしらえた小さな池の魚が、みな頭を食いちぎられて浮いていたそうです。

祖父の父は川ネズミかイタチの仕業だろうと言っていましたが、祖父はあの淵のやつの仕業だろうと言っていました。

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「かわうそというのは化けるのは下手だが、人の声を真似るのは上手いんだ」

池の魚を荒らしていったのは、小魚をくれなかった腹いせだったろうと祖父は笑いました。

「腹が減っていたなら池の魚を食えばよかったのに、恨みを晴らすのに必死だったんだろうなあ」

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