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中編4
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万引きGメン

私は20歳になるかならないかの頃、自宅から自転車で15分ほどの場所にあるスーパーでレジ打ちのアルバイトをしていた。

スーパーはスーパーでも、いわゆるイトーヨーカドーや西友のような大手ではなくて、個人商店から発展したような小ぢんまりとしたスーパーだ。

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あまり大きくないスーパーなのだが、私が勤めていた頃は万引き被害がひどくて、店長は万引きGメンを雇って店内を巡回させていた。

その万引きGメンは、当時40歳くらいの女性でサバサバした性格をしていたせいか従業員とも仲が良かった。

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みんなから「ユカリちゃん」と呼ばれていて、万引きGメンの仕事も優秀なので店長からの信頼は絶大だった。

私が閉店までのシフトだった時、閉店してレジを閉めロッカールームへ引き上げると、同じ時間のシフトだった仲間とユカリちゃんが怖い話に花を咲かせていた。

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ユカリちゃんは「視える人」だったのである。

「万引きしそうな人って、どう分かるの?」

不意に、そんな質問が飛ぶ。

私は私服に着替えながら、話に耳を傾けていた。

「私の場合はね、黒いモヤモヤが視えるの」

と、ユカリちゃん。

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簡単に言うと、黒いモヤモヤとは「となりのトトロ」に出てくる「真っ黒クロスケ」を禍々しくした感じ、なのだそうだ。

それが、身体からブスブスと滲み出ているように視えるらしい。

それを聞いて、ちょっと身震いした。

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「ほら、万引きって日常生活が寂しかったり何も趣味がなくて毎日をダラダラ過ごしていくだけの人がハマりやすいのよ。特に最近は、家族から相手にされないお年寄りの万引きも増えてるでしょ?」

「確かに」と周りが頷く。

「今日は、お婆ちゃんが事務所にいたね」

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仲間の1人がそう言うと、ユカリちゃんは頷いて話を続けた。

「初犯だったから代金支払ってもらって、旦那さんが迎えにきたけどね。まぁ、いわゆる心に闇を抱えてる人が犯罪に手を染めるから、私にはその心の闇が黒いモヤモヤとして視えてるのかもね」

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着替え終わった私が話の輪に加わると、ユカリちゃんは「君も聞いてってよ」的な笑顔を私に向けてまた話し始める。

「でもね、黒いモヤモヤくらいならまだ怖くないの。1番怖いのは悪意を持っている霊ね。その人の後ろにピッタリくっついて、万引きに手を染めさせるのよ」

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「うげ…っ、それって犯罪者の霊だったりするわけ?」

「一概には言えないけど、そうだったりするかもしれないね」

ユカリちゃんは、そう答えた。

「よく殺人事件の裁判で、誰かが自分に殺せと囁いた、なんて証言あるじゃない?」

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「あるねー」と仲間達。

「あれって精神鑑定狙って言う人もいるだろうけど、全部が全部そうじゃないと思うんだよね。万引きさせようとする悪意ある霊がいるなら、人殺しも然り、と思うわけよ」

ユカリちゃんの言葉に、ロッカールームの空気が少し重く感じる。

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「でもホラ、目に視えないものは証明のしようがないから、結局、精神鑑定されちゃうんだけどさ」

そう話すユカリちゃんは、なんだか少し寂しげだった。

「人の弱みに付け込む人間は許されるべきじゃないけどさ、目に視えない存在に操られるっていうのもなんだか理不尽だよね」

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「霊になってまで、生きてる人の心の闇に付け入るようなことはしたくないなー」

仲間の1人がそう言うとユカリちゃんは、

「だーいじょーぶ、だーいじょーぶ。そう思えるなら、そういう悪意あるモノに憑かれたりはしないから」と笑った。

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その時、コンコンッとロッカールームのドアがノックされ、みんなしてビクッ!としたが、ドアが開いて顔を覗かせたのが店長だと分かると、一気に空気が軽くなって誰からともなく笑いが漏れた。

「なんだー、店長かぁ!」

「なんだー、じゃないよ。もう鍵かけるから、早く帰った、帰った」

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「はーい」とみんなで返事をして、ロッカールームを出る。

店長に「お疲れ様」と見送られ、私は自転車を転がしながらみんなの後を追う。

「ユカリちゃん視えるのに、万引きGメン続けていくの?怖くないの?」

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何気なく私がユカリちゃんに尋ねると、

「怖くない、と言えば嘘になる。けど、好きで視えるようになったわけじゃないし、視えるなら視えるで上手にこの能力みたいなのと付き合っていくしかないでしょ」

そう答えてニカッと笑った。

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今も犯罪が増え続けているこの日本で、いったいどれだけの人が自分の中にある心の闇と向き合って、それを制御できているのだろう?

今日、今この時も、どこかで犯罪に手を染めている人がいるかもしれない。

それを考えると、なんだかやり切れない気分になってしまう。

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人間、誰もが1人きりで生きていけないのはきっと、自分の心の闇が吹き出しそうになるのを止めて支えてくれるストッパーが必要だからじゃないのだろうか。

自分だけで自制するには限界もある。

人間は感情で生きている存在なのだから。

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ユカリちゃんの話を聞いた当時は、いつも自分の心の内と向かい合えるようにしようと考えさせられた。

それは今も変わらず私の胸の中にあって、私のストッパーは夫なんだと、夫婦喧嘩をするたびに思い知らされている。

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自分1人では感情が爆発した時に、それを止めるのも大変だが、誰かがいるだけで違うものなんだと実感する。

今、思い返すと、ユカリちゃんの話は奥が深いんだなぁ、と思ってしまうのだった。

[おわり]

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