私が小学2年生の時のお話です。
ある土曜の夕方前、
玄関で、私を呼ぶ声がするので、
『〇〇君?』
と、言いながら行ってみると、
仲良しの幼馴染の男の子が、泣きながら立っていました。
『どうしたの?』
いつも元気なその子が、泣きながらやって来た事に驚いた私は、
とにかく家に上がらせて、話を聞く事にしました。
〇〇君には、お姉ちゃんがいるのですが、
家に帰ると、お姉ちゃんの同級の男の子が遊びに来てたと言います。
一緒に遊んでほしかった〇〇君は、
『仲間に入れて?』と何度も言ったそうですが、
『チビは向こうに行け。』と相手にされなかったと。
何度も何度も頼んだのに、最後には
『しばくぞ!向こうに行けっ!』
と、怒鳴られたのだそうです。
頭にきた〇〇君は、持っていたお気に入りのオモチャを、その男の子に投げつけました。すると、そのおもちゃの角が、運悪く、男の子の目に当たってしまいました。
しばらく目を押さえ込み、顔を上げずにいた男の子ですが、痛みが治まると、
〇〇君のオモチャを持ち、〇〇君を睨みつけ、
『クソガキ。』
と言うと、
オモチャを握りしめたまま、どこかに出て行ってしまったのだそうです。
お姉ちゃんにも怒られ、上級生の男の子には痛い思いをさせてしまって、なおかつ、その男の子はすごく怒って、自分のオモチャを持って行ってしまった。
どうしていいかわからなくなった〇〇君は、お母さんに相談をしたと言います。
〇〇君のお母さんは、
あんたも悪い。先に謝っておいで。
痛いことして、ごめんなさいとちゃんと言って、返してもらいなさい。
と言ったらしく、
〇〇君は、その男の子の家に謝りに行ったそうです。
殴られちゃうかな。
まだ、怒ってるかな。
怖いな。
そう思いながら、家に行ってみたのですが、その男の子はいなかったのだそうです。
〇〇君は、また、どうしていいか分からなくなって、泣いて私の家に来たのでした。
『もう一回、行ってみよう?
私もついて行ってあげるよ。』
そう言って、ばあちゃんに出かけてくると伝え、その男の子の家に2人で向かいました。
ずっと泣いてる〇〇君の手を繋いで、
『大丈夫。だって、私達よりお兄ちゃんだよ?ちゃんと謝ったら許してくれるよ。』
そう言いながら、歩きました。
家に着き、大きな声で、
『すみませぇん。』と
声をかけると、2階の窓から、当の男の子が顔を出し、玄関まで降りてきました。
〇〇君は、泣き続けていて、
謝る事も、返して欲しい事も言えない様子でした。
私は、男の子に
『謝りたいんだって。それで、オモチャを返して欲しいんだって。』
と伝えました。
男の子は、すごく怖い顔をして、
『今更、謝って済むなら、警察いらねぇんだよ!』と怒鳴りました。
その声に、私はビクッとすくみ上がり、
〇〇君は、声を上げて泣き出しました。
『でも、〇〇君、ごめんなさいって言いたいんだよ。
目は、今は痛くないの?
目に当ててしまったから、ごめんって言いたいんだよ?』
私もうまくは伝えられず、とにかく謝りたいのだということを伝えたくて、
大きな声で、言いました。
すると、男の子は
『うるせぇ!お前、口出すな!
女なんか連れてきやがって!』
と、また怒鳴りました。
『だって怖いんだもん!大きいし!声も怖いんだもん!でも、謝りたいんだよ!
返してあげてよ、オモチャ!』
私も半泣きになりながら、言い返しました。
すると、男の子は少し驚いた顔をして、
しかしすぐに、フフン、と鼻で笑い、
『持ってないよ、オレ。』
と言いました。
えっ?となる私達に、男の子は、
『だって、アレ、センシシャノハカに置いてきたから。』
と言いました。
それを聞いた〇〇君は、泣くのを止め、顔を上げたのですが、
真っ青な顔をしていました。
私はと言うと、男の子の言う
センシシャノハカ
が、分からず、
『どこなの、それ?』
と〇〇君に聞きました。
『返して欲しけりゃ、そこ行って自分で取ってこいよ。
置いてあるよ。1番奥の社の前に置いてきたから。
お前、取ってこいよ?』
男の子は、真っ青な泣き顔の〇〇君にそう言うと、
じゃあなと言い、家の中に入ってしまいました。
私は、
『謝れなかったね。』
と言いながら、〇〇君の手を引っ張り、歩き出しました。〇〇君は、私のうしろを黙って歩いています。
『オモチャ、取りに行こうか。
どこにあるのか知ってる?センシシャノハカ。』
と、振り返った私に〇〇君は、
『いけない。』
と、言いました。
『どうして?知らないの?どこにあるのか、分からないの?』
と聞くと、
知ってると答えます。
『じゃあ、行けるじゃない。まだ、暗くないから、取りに行こうよ。』
と言うと、
〇〇君は、
『にゃにゃみちゃん、知らないの?
センシシャノハカ、知らないの?』
と聞いて来ます。
私は、
『知らない。何なの?センシシャノハカって。どこにあるの?』
ともう一度、聞きました。
〇〇君は、
『保育園の、お稲荷さんの山の上に、
あるんだよ。
センシシャノハカは…、戦争で死んだ人
のお墓だよ。子供は、行ったらダメなんだよ!お稲荷さんの道を通るし、絶対、子供だけで言ったらダメなんだよ!』
真っ青な顔で、泣きはらしたドロドロの顔で、すごい剣幕で〇〇君は言いました。
だったら、お母さんについて来て貰えば?
そう言うと今度は、
それもダメだ!と、泣き出しました。
お母さんに言うと、
親にチクったと、また、男の子に意地悪をされると言うのです。
『じゃあ、仕方ないじゃない。
2人で行こう?早く行かないと、本当に暗くなっちゃうよ?暗くなったら、私も怖いよ。
でも、オモチャ、いるんでしょ?』
センシシャノハカが『戦死者の墓』とわかっても、私には、さほど恐怖はありませんでした。
道中に、お稲荷さんを通らないと行けないのは、少し怖かったのですが、
それよりも、男の子のした事に、腹が立っていたのもあったのだと思います。
小さいながらに、
『バカにして!』
『取ってきて見返してやる!』
という気持ちが強かったのだと思います。
絶対、手を離さないで?
絶対、置いていかないで?
何度も何度も繰り返す〇〇君に
わかってる。わかってる。と私も答え続け、
ようやく、私達はそこに向かう事にしました。
保育園の隣にいるお稲荷さんに、
持っていた飴玉をお供えして、
悪いことしないから、通してください。
とお参りして、
裏の方に行くと、山へと続く細い、道があり、
山の中は、すでに薄暗く、先の方を見ると、真っ暗に感じられました。
高い木の、上の方だけが、夕焼けに近くなった太陽に照らされていて、
急がないと、帰りは本当に真っ暗になってしまうと思いました。
道のわからない私が、〇〇君の手を引くような形で歩いているので、
山の上の方に続く山道を、
『まだ、上?』『まだ、上?』
と言いながら、
ひたすら、歩き続けます。
いくつかの分かれ道を、〇〇君の指示通り歩いて、
後はまた、ひたすら上に続く山道を登っていきます。
すると、今まで薄暗かった山道が、切り開かれた所に出ました。
『着いた…。ここだよ。』
〇〇君は、そう言いながら、
私にギュッとしがみついてきました。
見渡すと、薄暗い中に、多くのお墓が立ち並んでいます。
どれも古く、石のものも、木のものも、
また土だけが、こんもりと小さな山を作っているものもありました。
草が生い茂り、供えられてるお花も枯れてしまっていました。
こんな場所があったんだ…
忘れられてしまったみたいに、
ボサボサのお墓…
私はそんな風に思っていました。
〇〇君が、
『にゃにゃみちゃん、怖くない?
オモチャ置いたって言ってるお社は、この奥だよ?』
と、指をさしました。
私は、その指を握って、
『指、差したらダメ。』
と言い、手を握りなおして、奥へと進みました。
よく見ると、何かお花の他にもお供え物がしてあるようでしたが、
猿やキツネやタヌキ、カラスなどに
食べられたような跡があり、
先ほど感じた、忘れられてるのかなという気持ちが少し軽くなりました。
『ごめんなさい。ごめんなさい。
通してください。ごめんなさい。』
〇〇君は、ずっと、謝り続けていました。
お墓の奥まで行くと、確かに白壁の建物がありました。
男の子が言った、お社はそれの事だとわかりましたが、
お社というよりは、
お墓参りをする際の、井戸やバケツや柄杓、ほうき、雑巾、などが置かれてる物置のようなものと、板間になった休憩場所のような所が作られているものでした。
その横には、大きな石碑が建っていて、
【戦没者慰霊碑】と書かれていました。
(当時はまだ漢字を読めず、後々わかりました。)
私と〇〇君は、男の子が、お社と言ってた
建物の中を探し始めました。
季節は、もうすぐ夏の頃でしたが、
山の中は、着いた時からすると、かなり暗くなってきていました。
さすがに繋いでいた手を離し、
しかし、さほど離れることもなく、2人でオモチャを探すのですが、
…見つからないのです。
私も〇〇君のお気に入りのオモチャを知っていましたので、
あの人形だよね?間違いないよね?と、
確認しながら探すのですが、
建物の中を探しても、探しても、
オモチャが見つかる事はなく、
はっと気づいて頭を上げると、
辺りは、漆黒の闇になっていました。
それまで、かなり呑気に構えていた私も、
さすがに、
大変な事になってしまった…
今から、あの道を通るのは危ないし、
ちゃんと帰れるか、道に迷わないかもわからない。
オモチャは見つからないし、でも真っ暗で何も見えない。
あー、〇〇君、また泣いちゃってる…。
お父さんとお母さん、絶対怒っちゃう。
ばーちゃん、心配してるだろうな。
〇〇君のお母さん達も心配してるだろうな。
どうしよう、どうしよう。
とにかく泣いてる〇〇君の事を慰めなくちゃ。
休憩場所の奥の方に上がらせてもらって、
座る事にしました。
〇〇君は、
『怖いー、怖いー。』
と、細い声を出して泣いています。
私は
『大丈夫だよ。だって、悪いことしてないもん。怖くなんかないよ。』
と〇〇君に言いました。
〇〇君は、
『怖いよ。
だって、ここは、
痛い思いや、悲しい思いや、ひどいことをされて死んだ人達ばっかりのお墓なんだよ。
恨みがあるんだよ。うらんでるんだよ、今でも。
夜になったら、ここは、たくさんの人魂が飛ぶんだよ。変な声が聞こえるんだよ。
さっき、井戸があったでしょ?
あの木の蓋を、お化けが、井戸の中からドンドン叩くんだよ?
もう、ダメだ。祟られて、僕もにゃにゃみちゃんも、呪われて死んじゃうんだよ。』
小声ではありましたが、まくし立てるようにそう言いました。
私は、そんな状態の〇〇君の方が怖くて、
『変だよ。〇〇君。
〇〇君、おかしいよ?』
と言うと、
〇〇君は、ハッとした顔をして、
少し沈黙した後、
『もう、僕は、祟られてしまったんだね。』
と聞き返してきました。
その顔は、
目は窪んで見えて、真っ暗の中にいるはずなのに、黒目だけが爛々として見え、
鼻の穴は、ひどく興奮状態にあるのか、
広がっていて、
頬は疲れてこけてるように見え、
口の中は、真っ黒な空洞に見え…
その顔が、何とも言えず怖くて、
今まで知っていた、私の幼馴染の〇〇君では無いような気すらして来て、
私もいよいよ泣き出してしまいました。
どうしたらいいの?
あるはずのオモチャは見つからない。
さっきの道は、真っ暗になって歩いて大怪我したり、間違えば死ぬかもしれない。
さっきまで存在すら知らなかった、見も知らない人達のお墓で、
〇〇君は、おかしな顔になってるし、
おかしなこと言うし、
どうしたらいいの?どうしたらいいの?
どうしたらいいの?どうしたらいいの?
どうしたらいいの?どうしたらいいの?
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い怖い。怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…
『にゃにゃみっ!』
不意に大きな声で呼ばれ、私はビクッ!と飛び上がり、声のした方を見ると、
たくさんのキラキラした光の筋が、こちらに向かって来るのが、わかりました。
『〇〇っ!』
〇〇君を呼ぶ声もします。
それは、私たち2人を探しに来た、
私の父と叔父、〇〇君のお父さんとおじいさん、地元消防団の方々、そして、あの上級生の男の子のお父さんでした。
『〇〇君!お父さん達だよ!』
私は嬉しくなって、立ち上がろうとしたのですが、
〇〇君が私の膝に頭を乗せ、うつ伏せている事に気付きました。
名前を呼びながら揺さぶっても、〇〇君はピクリとも動きませんでした。
私達2人の元に、飛ぶように走ってきた父が、
『どーした?〇〇っ!どーした!』
と、
〇〇君を抱き上げて、
『息はしてる。怪我もしてないぞ。
気絶、したんじゃ無いか?』
と言いながら、
〇〇君のお父さんの腕に、〇〇君を渡していました。
私は、叔父に抱き上げられ、
『バカだな、お前は!
心配した!よかった、無事で。
本当に良かったよ!』
と言われました。
そして、父の腕に渡され、息ができないくらい抱きしめられました。
そして、頭をぐしゃぐしゃっとされ、
『お母さんには、ゲンコツされるぞ。』
と言われました。
私と〇〇君は、それぞれのお父さんの背中におぶさり、
戦死者の墓を後にしました…。
家に戻ると、母とばあちゃんは、
2人とも裸足で玄関から飛び出してきて、
父の背中から、私を引っぺがすように抱きついてきて、
母は、
『何してんのォ〜。何してんのよォ〜。』と泣き、
ばあちゃんは、
『何で、ばあちゃんに言わんかったの!
ばあちゃんが行ってやったのに!』
と、こちらもオイオイ泣きながら言われました。
私達2人が、ばあちゃんに出掛けると言って家を出てから、
夕方になっても一向に帰ってこず、
家での私達の話を聞いていたばあちゃんが
男の子の家に電話をかけ、
最初、シラを切っていた男の子のでしたが、
ばあちゃんが、その子のお家に訪ねて行き、
『ここに来てるのは間違いない!
その後、どこに行ったんか、本当に知らんのかねっ!』
と怒ったところ、私達の行方が判明したそうです。
戦死者の墓に行く原因となったオモチャは、
その男の子が、
自分の部屋に隠し持っていたそうで、
戦死者の墓に、私達のような小さなものが行ける訳がないと、タカをくくって、
目に当てられた腹いせに、
嘘をついて困らせてやろうと思ったのだそうです。
次の日、ご両親とともに男の子は、
我が家の玄関先で、土下座をして謝っていました…。
父と母は、
無事帰ってきましたし、うちの娘も無茶をしてますから、もう良いですよ。
これからは、仲良くしてやってな?
と言ってましたが、
ばあちゃんは、
『小僧、よく知りもせんと、小さいものを脅す事に、死んだ人を使ってたら、
その内、お前がやられるからな。
よく、覚えておけよ。』
と能面のような顔で、言っていました。
〇〇君はやはり、気を失っていたようで、念のため病院に運ばれましたが、次の日には退院したらしく、
『にゃにゃみちゃん、ごめんね。
ありがとうね。これからも、仲良くしようね。』
と、お母さんに連れられ、家に来てくれました。
後で聞くと、
小さな子供が、
戦死者の墓を知らないのは、
場所が険しい道の先にあるので、
興味本位で行って怪我や遭難しないようにする為と、
やはり、お墓なので子供だけで行く場所ではないという理由を説明されました。
男の子や〇〇君は、戦死者の墓に眠るご先祖さんが居て、毎年お盆にはお墓の掃除に行ってるので、道を知っていたのだそうです。
戦死者の墓に眠る方の子孫の方達が、土地を離れてる人が多く、あまり手入れが行き届いていないのだと聞かされましたが、
私達の一件があって以来、
上級生の男の子は、お父さんに連れられ、
定期的にお墓の掃除に行ってくれていました。
〇〇君があの場所を怖がったのは、
『戦死者の墓』という名前と、道すがら、子供の中で、面白半分で話される怖い話が
強烈に結びついたせいだろうということも、後にこの件を話していてハッキリしたのですが、
どうしても、私があの時、怖かった理由がわからないのです。
私は、
暗く、ボサボサで、確かに知らない場所で帰れなくて、多少の不安は感じていましたが、
恐怖、と言うものは、あまりあの場所では感じませんでした。
私が怖かったのは、
〇〇君の、あの顔です…。
後にも先にも、あの顔の〇〇君を、
私は見たことがありませんが、
あれは、本当に〇〇君だったのかな…
ほんの数分ですが、
〇〇君ではない誰かと、
私は過ごしたんではないかな…
…と、
今でも、ふと、思い出す時があります。
作者にゃにゃみ
何度か投稿を試みて、うまく表現できなくて断念してたお話です。
ようやく、形に出来ましたので、
楽しんでいただければ幸いです…。